第35話、約束を忘れるような人間ではないんだよ、本来なら……

 

 クロノによってライオネルごと両断されて綺麗な切れ目が作られてしまった塔で、暫しの沈黙が続いている……。


「……さて、そいじゃ俺はこの辺でそろそろ――」

「――お待ちいただけますか?」


(ギクリ……)


 さりげなく、そろそろ頃合いと足早に帰宅しようとしたクロノへと、セレスティア姫の澄み渡るような声がかかる。


「……何かな?」


 内心で塔の弁償の話題を恐れながらも、クロノは魔王らしく余裕の笑みでセレスティアへと向き直る。


 緊張からか、手元の剣が忙しなくもてあそばれている。……目にも止まらぬ速度で。


「待ちに待った機会が巡って来たのです。このチャンスを逃すわけには参りません。やっとなのです。やっと……」


 目を閉じて、みしめるように胸に手を当て感慨深く言う。


「……ですから、あの時の約束を果たさせていただきます」

「ふむ、そうしよっか」




(約束ってなんや)




 さっぱり思い当たらない心当たりを探りながらも、平然とした態度は崩さない。


 クロノはとりあえず、それっぽい感じを出しつつ話を合わせ、どのような約束だったか引き出す魔王的話術を試す事にする。


「……覚えていてくれたんだね。嬉しいよ」

「忘れる筈がありません。あの時に……私の一生が決まったのですから」


(んんッ!? そんな大事な約束なの!?)


 すると、驚きの声を我慢するのに必死なクロノを置いて、セレスティアが剣をかかげる。


 誓いを立てる騎士のように。


「全てはこの日この時の為……。全身全霊で己れを磨き続けて来ました。私の全てを賭けて、魔王陛下に臨みます」

「あ、……あぁ、うん。そう、だね……」


 このセレスティアの文言から、クロノは……稽古けいこつけてあげるとかなんかそんなんだろう、と見当を付ける。


 自分の言いそうな事だと。


 国の最大の敵である魔王を倒すのだから、一生と言うのも過言ではない。


「よし、では来なさい」


 焦って損したとばかりに、やる気も皆無に自然体で待ち構える。


「はい。あまり時間の猶予もないでしょう。初めから全力で参ります。――ふぅ……。……ハァッ!!」


 アスラを上回るスピードで踏み込むセレスティア。


 それを眺めながら、この娘ホントに人間? と疑い始めるクロノ。


 一つの剣戟けんげき音が、途絶える事なく響き渡る。


「ハァァァッ!!」

「……」


 クロノとセレスティア間の各所で、火花が同時に絶え間なく散る。


 まるで星空のように。


 黒と白銀の剣は消え、振るう腕も見えず、音速を超えてぶつかる。


 棒立ちのままセレスティアの強烈な剣を捌くクロノは思う。


 ホントーに、この娘は人間なのかと。


 速度もさる事ながら技量も高く、一つ一つがよく考えられた剣筋やタイミングなのだ。はっきり言って異常だ。


「それそれそれ」

「くっ!」


 稽古なので少しだけ、とクロノが回転し始める。


「くぅっ!」

「はっ、ひっ、ふっ、ふふ、……アハハハ……ナーッハッハッハッハ!」


 やはり回り始めると楽しくなるクロノ。セレスティアに当たらないよう加減しつつも、順手から逆手へ、またその逆へと持ち替えながら回るような見栄えのいい剣舞を披露する。


「ッ――」


 流石のセレスティアでも受け切れなくなったのか、一度後方に飛び退く。


 が、素早く一つ呼吸をすると――


「――ッ!!」

「わお」


 クロノが思わず舌を巻く。


 不完全ながら、クロノの初期版『魔力凝縮法』を再現し、剣先に込めて突きを放ったのだ。


 しかも何らかの魔術と併用へいようしているのか、いくつもの魔力の刃が同時にクロノへ向かう。


 その流星雨のような煌めきは、クロノへと一直線で突き刺さる。


 が、


「ッ……」

「う〜む、見事だ」


 突きを放った体勢のセレスティアの背後から、クロノがしみじみと呟く。


 初めて会った時と同じように、いつの間にかセレスティアの背後を取っていた。


「まさかここまでとは……。予想を遥かに上回る成長だよ」


 過去のセレスティアを知っているからか、思わずウルっとしてしまうクロノ。


「立派になったね」

「……」


 固まるセレスティアの頭を撫でながら、震え声で褒める。


 そんな、どこか温度差を感じる両者の元へ、数人の足音が近づいて来るのが聴こえた。


「早くしろっ、こっちだ!」


 ハクト達が、破滅を思わせる魔力の根源へと果敢にやって来た。


「いたっ。だれか、ッ!?」


 やって来たエリカや兵士達一同の血が、凍る。


 その視線の先には、邪悪という言葉では足りない程に恐ろしく、黒く、濃く染まった剣。


 どれだけの魔力が込められているか、想像すらできない。


「時間切れだね。じゃ、そろそろ俺は行くよ」


 気配を絶ち、素早くその場を後にする。


「あっ、お待ち――」

「――セレス様!!」


 冷えた汗にまみれたハクト達が、寒気で震えながらもセレスティアへと駆け寄る。


 塔は崩れかけているにも関わらず、正義感に溢れている。


「……」

「姉様、無事!? 今の黒い人影は何なの!? 姉様の頭に手をかざしてたみたいだけど……」


 抜き身の剣を持ち、息を乱したところを見た事のないセレスティアの、激しい運動後のような上気した顔付きに何事かと心配になるエリカ。


「……………ふぅ。……えぇ、何ともありません。ここは危ないですから、一先ひとまずは外へ避難しましょう」


 荒い呼吸をゆっくりとした呼吸で整え、エリカへと普段の笑みを見せて応える。


「そう……、よかった。じゃあ、行くよ。……エロガキ達よ」


 安堵あんどの表情を浮かべ、次いで火照ほてったセレスティアの色気にやられてしまっていたハクトとオズワルド、更に同行した兵士達へとジト目で責めるように言った。


「わ、悪い……」

「面目ないです……」


 そう口々に心底申し訳なさそうに謝罪した赤面のままの男性陣を連れ、セレスティア達は急ぎ塔から避難した。


「……」

「姉様どうしたの? 早く行こーよ」


 振り返り、塔の頂上付近を見上げていたどこか気落ちしたように見えるセレスティア。


「……えぇ」

「……?」


 普段から何を考えているか分からない姉だが、今日の姉は特に分からないと、不審そうに首を傾げるエリカであった。





 ♢♢♢





 王都にそびえ立つ王城。


 王の権威を示すに相応しい堂々たる壮観な建築物だが、この都市にはそれと並び立つ程の施設が、あと2つある。


 1つは、“スカーレット商会本部”。


 ライト王国最大の商会で、武器や生活必需品から衣服まで手広く扱っている総合商社である。


 ライト王国の経済を大部分を担っている為、王ですら取り扱いに慎重にならざるを得ない大組織だ。


 そして、もう一つ……。


 エンゼ教総本部、『アーク大聖堂』。


 日中は観光客や参拝客、祈りを捧げるエンゼ教徒達で賑わうその巨大な施設は、深夜となった今では重い静寂によりおごそかな雰囲気となっていた。


「……」


 大きな『白の天女』の彫刻像の前に跪き、祈りを捧げる事3時間。


 放っておけば朝までそうしていそうな人影に、部下が気を引き締めて声をかける。


「……アマンダ大司教、お祈りを捧げていらっしゃるところ恐縮ではあるのですが、少しよろしいでしょうか」


 司祭の男性の声に、エンゼ教の中でも数人しかいない大司教の一人、アマンダ大司教がスクッと立ち上がる。


「……ハクト・ユシアの件ね?」

「はい。何故、長年追い求めた勇者を捕獲に向かわないのでしょうか」


 背後のステンドグラスからの月光が後光のように輝いている白の天女像を見上げ……そして振り向く。


「よく考えてから口にしなさい。ユシア家が勇者の一族であるのならば、何故数年前から王都でのんびりと暮らしているの?」


 逆光でかげるアマンダは、80なかばにも関わらず40そこそこにしか見えない見た目だ。


「……まさか」

「既に勇者の役目を終えているからです。おそらく……。……それについては、もはやあなたが気にする必要はありません。ベネディクト最高司教様がお帰りになられてから指示をあおぎましょう」

「了解いたしました」


 礼をし、静かに大聖堂から去っていく男性司祭を冷たく見送る。


 先程説明した勇者達が王都にいた点や、午後に王城へと舞い降りた絶対的かつ絶望的な魔力。有能な者はそれだけで察している。


 彼が古株ながら司祭止まりである理由に、再度納得する。


「……」


 アマンダが目を閉じる。


 自分の手駒であったライオネル司教を失ったのは痛かった。ライト王国内部にいる駒の中では飛び抜けて使える男だったからだ。


 しかも、貴族や騎士達の中に潜り込ませた信徒も次々と炙り出されている。


 その中心にいるのが……。


「忌々しい、セレスティア・ライト……」


 謎の黒騎士なる新たな強者の存在などの問題もある。ナルシウスを倒したのも、あの黒騎士らしい。


 しかしアマンダからしてみれば、ベネディクト最高司教が戻る前にセレスティアだけでも何とか排除して、他の大司教達と差を付けたい。


 勿論、エンゼ教との関与を勘付かせずに。


 彼女には、既に一つ新たな手駒について心当たりがあった。


「……」


 再びひぞまずき、祈りを捧げる。


 全ては、白の天女……そして、ベネディクト最高司教の為である。

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