第33話、異常な普通

 

「……戦死、とは、穏やかではありませんな。それに罪深いとは? 儂はただ警備の手薄になったシーリーの牢の様子を見に来ただけですぞ?」


 平坦に話すライオネルが、ゆっくりと背後のセレスティアへと振り向く。


 白の上等な騎士服は筋肉により盛り上がり、老人とは思えない生気みなぎる立ち姿だ。


 隙間風が何処からか吹き込む音のみが響き、しばし両者共に無言で視線を交わす。


「……ふぅ。……してやられたか」

「はい。シーリーは、既に自ら命を絶っています。情報を洗いざらい喋り、それによってあなた方の組織の手が及ぶのを恐れて。よほど怖かったのでしょうね」


 諦めたように一つ溜め息を吐き、セレスティアの策に落ちた事を認めるライオネル。


 全てはセレスティアの思惑通りであった。


 シーリーをえさに、ハルマールに騒動を起こさせておとりとし、ここへのこのこやってくるライオネルを始末する。それが計画であった。


「いつから気付いていた?」

「疑っていたのは初めからですが、確信を持ったのは3年前ですね」

「……ほう? それはまた……、儂は何かミスをしていたか?」


 腕を組み、片眉を上げ、感心したように言う。


 初めから疑われていた事に、流石のライオネルも動揺に一瞬だけ言葉に詰まる。


「不思議な事ではありませんよ? 私なら、あなたを利用すると考えただけです。欲深く、地位もあり、それなり・・・・に強いあなたを」

「……ガハハ! 言うてくれるわい。なるほどな。確かにそうかも知れん」


 さほど気にした様子もなく豪快に笑い飛ばすライオネルに対し、セレスティアは凛々しい無表情でライオネルを見据える。


「3年前の事件で誘拐事件の容疑者を殺害し、自害した騎士。どちらも始末したのはあなたなのではありませんか? あなたの関与に確信を持てたので何も言いませんでしたが、どちらの手際もあの騎士の技量を遥かに超えていました。それを見て見ぬ振りして捜査を打ち切るのは、自分は関係者だと教えているようなものです」

「……あの貧弱な男から、このような化け物が生まれるとはな」


 にわかには信じがたい洞察力だが、この確信を持ったセレスティアの様子では事実なのだろうと、目の前の美女に向ける目付きに真剣味が増す。


「会議で王がシーリーから情報を引き出していると儂ら……いや儂に伝えさせたのはお主だな? 儂にハルマールをきつけさせる為か」

「はい。彼は優秀かつ実直ですが、あなたに洗脳されていますから。心酔するあなたを捨ててこちらに付くとは思えませんでしたので、……まとめて始末する事にしました」


 王達にとっても、苦渋の決断であった。


 王やジョルジュ、騎士や兵士達にとって、ハルマールは人格的にも能力的にも非常に惜しい人材であったからだ。


「……ハルマールはどうなった?」

「私が最後に見た時は、片腕が取れていましたね」

「……」


 セレスティアは、世にも奇妙な物を目にする。


「……ぶはっ! ガッハッハッハ! 魔剣までくれてやったのに負けたのかアイツは!」


 心底愉快そうに豪快に笑うライオネル。


「……養子とは言え、息子なのでは?」

「ガッハハハ! あ〜、息子だぞ? このような時の為に養子にしたのだから大事な息子だ」

「……エンゼ教をり込んだのも?」

「うむ。単純で助かったわい」

「剣を教えたのも?」

「それこそ、それなりに強くなければ使えん・・・だろう?」


 セレスティアの表情に変化はない。無表情のままだ。


 無邪気にも思える笑顔を見せるライオネルに、どのような感情を抱いているのか、それは本人にしか分からない。


「彼は、あなたをしたっていましたね」

「うむ。知っておる」

「自慢の父だと胸を張っていました」

「そうだな。儂もよく聞いた」

「今頃は、お亡くなりになっている事でしょう」

「何?」


 片眉が上がるライオネル。


「もうか? 存外に早いではないか」


 あっさりと返される言葉の数々はとても軽く、薄っぺらい。


「それよりお主はやはり惜しい。天上にもおらんであろう程の美に、その智謀。儂のモノにして連れていく事に――」

「――黙りなさい」


 その言葉に、自分の肢体を眺める気持ちの悪い目付きに、殺意が爆発した。


「……」

「ふざけた事を口にしないでもらえますか? 虫唾むしずが走ります。く死になさい」


 一転して戦女神のような鋭い表情で、あふれる殺気と共に苛立いらだたしげに剣を突きつける。


 かつて無い激憤をあらわにするセレスティアだが、ライオネルはいたって冷静であった。


「ふむ。男嫌いと言うのは事実であったか……。まぁ、これを見れば気も変わるだろう」


 ライオネルの背から、膨大な魔力が噴き出た。


 勢いよく飛び出した魔力により、塔全体が明確に揺れた。


「ガッハハハハハ!! 信じられるか? エンゼ教に入り、少し便宜を図るだけでこれだけの力を得られるのだぞ!? 『福音』とは正に選ばれし者への恩恵よぉ!! 汗水垂らして剣を振っとったのが馬鹿みたいだ!!」


 天へと感謝を告げるように両手を広げ、荒れ狂う魔力の竜巻から生まれた……白に黒のまだら模様の両翼・・に陶酔する。


「……」


 セレスティアは、塔を覆う程の魔力にさらされながらも鋭くライオネルを睨め付ける。


「素晴らしい! これを見て尚もそのような目をするか! いいぞ? どれ、少し遊んでやろう」


 嗜虐しぎゃく的な笑みに顔を歪ませ、剣を抜くライオネル。


「あなたはここで賊に殺されるのです。偽りの英雄には、そのような最期が相応しい」


 セレスティアも、怯むどころか静かに魔力を剣に込め、構える。


 今のライオネルは魔力の化け物。ドラゴンなどとやり合うと考え、様々な策を脳裏に浮かべる。


「……」

「……」


 わらうライオネルと怒るセレスティア。


 互いの間に言い知れぬ緊迫感が生まれ、それが頂点まで高まった瞬間――







 1つ隣の牢が、開いた。






 びていたのか耳障りな金切り音を立て、静かに、ゆっくりと扉が開く。


 セレスティアもライオネルも、突如として訪れた僅かな変化に、自然と視線を吸い寄せられる。


「――気分が悪いね」


 少年の声であった。


 15才程の見た目に背丈、白いシャツに黒いズボン。他には何もない。剣はもちろん、かせも何も。


 王城の、それも収容塔の特別牢にいたにも関わらず。


 そんな異常な・・・普通の少年が、牢から歩み出てくる。


「それに……醜い」

「……なんだ、この小僧は」


 黒髪の少年と目が合う。


「ッ!?」

「君は悪い奴だね。勝手に聞いてた俺が言うのもなんだけど、胸がムカムカしちゃったよ。その様子だと、全部事実のようだし」


 少年の黒い双眸そうぼうに、深い闇に引きずり込まれる錯覚を覚えるライオネル。


「ヌゥゥッ!?」

「会った事はないけど、そのハルマールって人の事を思うと……胸が張り裂けそうだよ」


 祈るようにまぶたを閉じ、次に目を開けた時には……。


「……久しぶりだね。セレスティア姫」

「はい。お久しぶりです。魔王陛下」


 少年がセレスティアへと微笑みと共に話しかける。


 セレスティアは一国の姫らしくおしとやかに、優雅にお辞儀をする。


(魔王……?)


 そんなセレスティアの言葉に、内心で渦巻く嫌な予感や未知の不安を加速させるライオネル。


「あの時と今回……2回続けてで悪いんだけど、こいつは譲ってもらうよ?」

「どうぞお好きになさってください」


 魔王と呼ばれた少年は、その打てば響くように返って来た言葉に苦笑いしつつライオネルへと向き直る。


「まぁ今回は、羽虫にも劣る小物だけどね」

「羽虫、だと……?」





〜・〜・〜・〜・〜・〜


連絡事項……ではありません。


不意打ち更新。

やられたぜって方は、星かハート……ではなく、明日誰かに優しくしてあげましょう。

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