第32話、2つの舞台

 

 黒騎士が去った舞台では、苛烈な戦闘が繰り広げられていた。


「アアアアアアアッ!!」

「ッ、グッ!」


 獣のような咆哮をあげるハルマールの、なりふり構わぬ執念の剣撃。


 魔剣でないただの剣にも関わらず、受けるハクトは傷だらけになっていく。


「ハクト君!! ッ!」


 ハクト達の後方からのオズワルドの一矢。


 だが、ハルマールは戦場を経験しており、多対一の戦闘もお手の物だ。


 ハクトとオズワルドの直線上に身を移し、その矢を易々と避けてしまう。


「せぃ!!」


 エリカの踏み込みからの抜刀がハルマールに迫る。


「――ヌオオオオオ!!」

「えっ!? ――グゥッ!!」


 抜き切るよりも先に逆に距離を詰め、僅かに刃を腹に受けつつもそのまま体当たりで吹き飛ばした。


「ハァ、ハァ、ハァ」

「これが、近衛騎士を長の力か……」


 息も絶え絶え、虫の息のはずのハルマールだが、ハクト達3人を相手に常に優位を保っている。


 捨て身の覚悟がそうさせていた。


「……」


 その舞台を、兵士や観客含め全ての者達が見守る。


 中には、逆賊であるはずのハルマールの姿に涙するものまで出て来ていた。


「――その程度かキサマらぁぁぁ!!」


 ハルマールの怒号が響く。


 血を吐き、フラつく脚をそのままに、構わず叫び続ける。


「その程度の覚悟の者にッ、国をッ、……民を託せるものかぁぁ!!」


 どこまでも、誰よりも愚直であった。


 全ては国民の為。


 考え方は違えども、ハクトや兵士達と志は同じであった。


 エンゼ教に傾倒していたのも、自分や家族のように救われる者が必ずいるはずだからという一心からであった。


「私をっ……無駄死にさせるつも、り、ゴホッ、ゲホッ」

「……」


 死の間際にいるハルマールの必死の言葉。


 斬り傷だらけの身体で血を吐き、いつ息絶えてもおかしくない。


 もはや自分にエンゼ教や国をどうこうする事は叶わない。


 ならばせめて、若き次代へ国を託す為、己れの生き様を見せるのみだ。


 黒騎士が命を奪わずに見逃したのも、この男とハクト達への計らいであれば合点がいく。


 悲痛な慟哭が響き、ハクト達の胸に覚悟の火が灯る。


「エリカ」

「うん」


 握る剣に、携えた鞘に、力を込める。


「援護は任せてください」

「ありがとう」


 その短くも信頼の込められた言葉を受け、オズワルドが再度弓を引く。


 残りの魔力を全て注ぎ込み、終幕への一手目を担う。


「――」


 示し合わせたようにエリカが駆けた。


 ハルマールがそちらへ意識を向け始めた瞬間、矢は放たれた。


「ちぃ! ――ハァァァッ!」


 長年の勘で危機を悟り、半身になって矢を躱すハルマール。


 更に、体を回転させて迫るエリカへと剣を振り下ろした。


「――ッ!」


 それを、エリカは魔力を込めたで迎え打つ。


「なッ!?」


 いかにハルマールと言えども、その剣を握るは片手。


 エリカに植え付けられた技巧による鞘の一撃は、重く硬くハルマールの剣をしたたかに弾く。


「ギッ、くぅぅ……」


 そこへ――


「ぅおおおおおおお!!」


 数年前、王都へ来たハクトは知った。


 ライト王国周辺の誘拐事件は、ある者達が勇者を探して・・・・・・行っているものがほとんどだと。


 勇者の特性である髪色が白に近い者達が攫われていたのだと。


 勇者の役目である遺跡の監視任務が失われても、王国内部の内通者を特定し終えるまでは勇者と名乗り出る事は禁じられていた。


 当然、その間も誘拐事件は続いていた。


 理由には納得できたが、自分達のせいで無辜の民が犠牲となっていたのだ。


 心が痛まない訳がない。


 これからは、勇者である自分が守ってみせる。


 ハルマールの姿は、ハクトにそう改めて決意させるに足るものであった。


 一歩踏み出す毎に痛む全身が、ハクトの動きを鈍らせる。


 だが、構わない。


 むしろもっと、もっと強く踏み込み、更なる痛みを得る。


 痛みは痛みで分散できると学んだからだ。


 最後の踏み込みは一際力強く。それはこれまでより一段と体重の乗った渾身の一撃を生む。


「アアアアアアア!!」

「おおおおおおお!!」


 ハクトの剣とハルマールの剣が交わる。


「おぉぉおお!!」

「ガァッ!?」


 ハクトの斬撃は、剣を割り、ハルマールに届く。


「ガ、……か、ハ……」


 崩れるように血溜まりに沈むハルマール。


「ハルマールさん!」

「……逆賊に、敬称など……つけて、は、ならない……」


 ハルマールは霞んだ視界の中で、涙を流して自分を見下ろすハクトに苦笑いする。


 先程の剣戟の最中に吹き飛んだ茶髪のカツラがなくなり、雪のように綺麗な白髪が露わとなっていた。


 最後に目にするものが、自分の一番好きな色であった事に尚のこと心が穏やかとなるハルマール。


「ハクト……あとは、たの、ゴフッ……たのむ……」

「はいっ……はぃ……」


 王に刃を向けた身なれど、誰かに手を握られながら死ねる幸せを感じながら、ハルマールは落ちていく意識に身を委ねる。


「……ちちうえに、すみませ、ん、……と……………」


 一筋の涙と共にその言葉を残し、ライト王国から一人。


 “騎士”が旅立った。








 ♢♢♢







 演習場の熱気とは裏腹に、冷たく重い空気の収容塔。


 ゴツゴツと、ブーツが岩畳を打つ音が響く。


 兵士達を演習場へと送る指示を与え、楽々と目的地まで歩いていく。


 そして、最上階。


 いくつかの広い牢屋の並ぶ、罪人となった重要人物専用の階だ。


 その1つの前に立ち、先程番をしていた兵士から受け取った鉄製の鍵を――


「――ここにシーリーはいませんよ?」


 シーリー・ショークが捕らえられているとされる牢の前に辿り着いた人影の背後から、場違いな凛と澄み渡るような声がかけられた。


「セレスティア……ライト……」

「はい。色々と小細工もしていたようですが、残念でしたね」


 静かに剣を抜き、白銀に輝く刃と共に告げる。






「罪深きあなたには、ここで戦死していただきます。――ライオネル」





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