第31話、英雄の背中

 

 会場が静まり返る少し前。


「……ッ」


 ライト王の座する観覧席の扉を守る騎士達が、姿勢を正して敬礼する。


「何か問題でもありッ!?」

「なっ!? ガッ……」


 瞬く間に近衛騎士2人が気絶させられる。


 そしてその人影は、躊躇とまどう事なく扉を開き、中へと踏み入る。


「――陛下」

「やはり来ましたか」


 左右の座席から、セレスティアとシーロが立ち上がる。


 予定調和とばかりに。


「そのような魔剣まで持ち出して、ただでは済みませんよ?」


 セレスティアはいつも通り優雅に、美しく。


「……」


 シーロは心底残念そうに剣を抜く。


「ハルマールよ」

「陛下。お考え直しください。エンゼ教は国民達の心の支えです。辛く苦しい時代を支え、今の……これからのライト王国民を救う光です。それを排斥する事は、国の崩壊に繋がります」


 ハルマールが覚悟を宿したまま魔剣を抜き、鞘を投げ捨て、玉座から静かに立ち上がった王へと嘆願する。


 脅すように結晶を削り出したような形状の魔剣を突き付け、つり目な目付きを更に鋭く細める。


 王に刃を向ける。


 後には引かないハルマールの決意が感じ取れた。


「……排斥はせん」

「陛下……」


 安堵の表情を見せるハルマール。


 勇み足であったとしても、これで自らの首が飛ぼうとも、国が安泰であれば何も言う事はない。


「だが、事件に関わった者は全て罰する」

「……」


 ハルマールの顔が強張こわばる。


「……エンゼ教自体に罪は無くとも、内部には確かにこの国に仇なす者がおる。長年の病とも言うべき誘拐事件に関わっておった者共が判明した。貴族や騎士の中にも、広く深くその手が及んでおった。そのほぼ全てにエンゼ教がからんでおった。……其方そなたは違うようであったがな」


 その可能性は、シーリーの尋問後の王やセレスティアの態度からも察していた。


「洗い出しが済んだ以上、たとえ愚王とさげすまれようとも余の考えは変わらん。該当する全てのエンゼ教徒を法の元に裁く」


 王の口調から、そのエンゼ教徒達は重く罰せられ、国民へも正直に喧伝けんでんされるだろう。


 それではダメだ。


 国民へエンゼ教への悪印象が植え付けられるであろうし、反発した国民による暴動などで悪教とされかねない。


「……もはや私に残されたおいさめの方法は、これだけのようです」

「……そうか。余からももう何も言うまい」


 静かに魔剣を構えるハルマールに、王はあえて多くは口にしない。


「行きます」

「えぇ、いつでもどうぞ」

「……」


 2対1。しかも、数年前に現れてから一気に頭角を現した実力派のシーロと……あのセレスティアだ。


 いや、既に道は決まっている。


 死ぬその時まで、エンゼ教と国民の為にこの命を捧げるのみだ。


 だが――


「――ッ!?」

「な、なんだ!?」

「……」


 演習場中央に生まれた、圧迫されるような異質な気配を感じ取る。


「アレが、ハクト達の言っていた『黒騎士』なのか……?」

「……何者なのだ」


 全身を覆い隠す重厚な全身鎧にも関わらず、この厳重な警備体制の演習場の中心へと幽鬼のように現れた男。


「あれは……エリカを救ったのか……?」

「そのようですね……」


 下方では、ゲッソの不正を摘発し、尚且つ邪魔をするゲッソを何らかの未知なる術で投げ飛ばしていた。


 シーロも王も、その男の神業に目を釘付けにされ、その力みなぎる雄々しい姿にどこか心惹かれる。


「……」


 セレスティアでさえ驚きからかすっかり固まってしまい、動きを止めていた。


 だが、この男にとっては千載一遇のチャンスであった。


「――ズェイ!!」

「ッ!? くっ!?」


 我に帰ったハルマールの魔剣による一撃が、咄嗟に反応したシーロの剣を斬り裂く。


 抵抗もなく尚も進む魔剣の斬撃を皮一枚で躱すもシーロはバランスを崩し、王の守りは無防備となる。


 セレスティアと言えども、王と座席を挟んでいては魔剣を防ぐのは困難。


「御免ッ!!」


 振り上げられた魔剣に雷が走り、王の額へと振り下ろされ――


 宙を舞った。


「――グァァァァァアアア!!」


 魔剣がハルマールの右腕ごと斬り飛ばされ、演習場へと飛来し、突き刺さる。


「……黒騎士が、陛下を……守った……?」

「……」


 王とシーロの視線の先には、ハルマールの腕を断った剣の流星を投擲したと思われる黒騎士が。


「ぐぅぅ!!」


 ハルマールが魔剣を追って演習場へと飛び降りた。


「待てッ!! くっ、後はハクト達に任せるしかないか……」


 シーロが作戦の内容を思い出し、追いそうになる足を止める。


「……お父様」

「あ、あぁ。何用だ?」

「お忘れですか? 本来の目的を」

「……そうであったな。……任せたぞ」


 無感情にも思える淡々としたセレスティアが、その言葉に頷き、部屋から出て行く。


「……あちらも心配が残るが、それより問題は……」

「こちらですね」


 ハルマールが演習場に降り立った。


「はぁ! はぁ! くっ」


 肩口を布で縛って止血し、魔剣から自らの右腕をがして左手で掴み取る。


 そして苦痛に歪む顔で前方に立ち塞がる強大な存在をにらみ付ける。


 対する黒騎士は特に構えるでもなく、ただ立ちはだかるだけであった。


「エリカ!」


 黒騎士の背後に呆然とたたずむエリカへと、動けるようになったハクトとオズワルドが駆け寄り、黒騎士との間に立ち塞がる。


 そこへ観覧席からシーロの声がかけられた。


「ハクト!! その男はもはや陛下の御命を狙った逆臣だ!!」

「え……?」

「そんな……嘘……」

「兵士達では相手にならん! 私は陛下のお側から離れられん!! お前達が倒すんだ!!」


 長年の知人が件の暗殺者である事を知るハクトとエリカ。


 そして同時に……。


「じゃあ、あんたは陛下を……救ってくれたのか?」

「……………多角的かつ学術的な観点から見れば、そうなるかも……知れないな」


 やはりそうだったか、と不思議と腑に落ちたハクト。


 状況を把握し始めた周囲の観客達からも、感嘆や賞賛の声が徐々に漏れ始める。


「……ではな」


 しかしそんな事には興味もないのか、背を向け、獅子が無人の野を行くように悠々とハクト達の間を通り過ぎようとする。


「ま、待って!」

「後はお前達の問題だ。そうだろう?」

「ッ……」


 少し早口気味に言う黒騎士。


 甘えの残るエリカ達に焦れたのか、強めの口調で二の句を封じる。


「では――」

「黒騎士ィィィ!!」


 背後から文字通り死に物狂いのハルマールが、黒騎士へと魔剣で斬りつける。


 だが黒騎士は、


「ふんッ」


 振り向き、両手を打ち合わせるようにして、迫る魔剣を砕け散らした。


 柔らかい果物を潰すように容易く破砕された魔剣に、否が応にもその桁違いのパワーを思い知らされる。


 かつて戦場で剣を失った“英雄ライオネル”が見せた、真剣白刃取り。


 それを遥かに上回る、衝撃的な光景であった。


 そのあまりに純粋な力技に誰もが魅了され、身震いする。


「……魔剣を……砕いた、だと……?」


 キラキラと飛び散る魔剣の破片。


「ではなっ」


 汗と血を滝のように流しながら唖然とするハルマールへそう強く言い、黒騎士は足早に風のように立ち去って行った……。


 会場中が、非常事態に逃げもせず、謎の黒騎士の一部始終から目を離さずに最後まで見届けていた。


 男は憧れ、女は見惚れ、誰もが心に敬意を抱き、その背中に『真の英雄』を思った。






 ♢♢♢





 男は焦りに焦っていた。


 想定外な事態と、理解不能な展開に非常に困惑していた。


 そして思い付く。


 一度、静かで落ち着ける場所で考えをまとめようと。


 そう決断し、気配を消して蒸れる鎧に耐え、早足で目的地を目指すのだった。



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