第30話、美味しい話にゃ裏がある

 

 厳戒態勢が敷かれる王城に……。


「――っ、これは、エリカ殿下の招待状っ。失礼しました! お通りください!」


 スル〜〜っとほとんど素通りで侵入する。


 ホットドッグ片手に。


 昼近くになってようやく一般人の入場が許可され、何時間もかけて入場審査まで辿り着けたのだ。とても助かるスムーズさだ。


 通い慣れた(許可なし)王城だが、限定された今日の侵入可能エリアはかなり狭い。


 門を抜けてすぐ右にある演習場の範囲だけだ。


 それを間違えれて侵入すれば、敷地の端に聳え立つ収容施設の塔に収監されてしまう。


 物々しい雰囲気を放つ円形の塔で、取り調べなど必要のある罪人を収容しているらしい。


 俺にとっては都合のいい建物だ。


 ヤバくなったら、あそこに逃げ込めばいい。


 何かが起きた場合、兵士達がまず探すのは王城内だ。そして庭やその他の施設。それから最後に特に何もない収容塔だからだ。


 あそこから隙を突いてムササビダイブすれば、容易に脱出できる。


 逃走ルートまで考えておくのは魔王だけに限らず悪役の嗜みだろう。


 それにしても王様も大変だ。狙われているらしいのに、御前試合を開催して民衆の前に姿を見せるなんて。


 辺りを見回しながらそんな事を思う。


 かなり厳選したであろう観客達だが、それでも混雑している。この中に王を狙う者がいても何ら不思議ではない。


 若干の同情を胸にその雑踏ざっとうの中をうようにすり抜けていき、指定された座席に腰を下ろす。


 丁度舞台の真ん中が見える、一般席の中ではかなりいい席であった。


 ホットドッグをかじりつつ周りを見渡せば、上部には王族や選ばれた貴族などが使用するであろう観覧席がいくつかあるではないか。特別なボックス席といった感じだ。うらやましい。


 まぁいい。実質魔王の卵である俺にはまだ早い。


 今は雌伏しふくの時。それよりバイトだ。


 確か、暗号は……“獅子の座に君臨せし者は役目を終える”だったか……。


 まさかとは思うが、あの正面にある一際豪奢ごうしゃな獅子のオブジェがあしらえてある観覧席の事かな?


 座席が三つある。


 あれだとして、君臨って言ったら中央――


 その時、怒号にも似た歓声が上がる。


 ビクっと体が跳ね、何事かと辺りを見回して観客の視線を追う。


 すると、……王様と姫騎士のような姿のセレスティア姫が、勇者のシーロを伴って出て来ていたところであった。


 獅子のオブジェの観覧席から、皆に和やかに手を振っていた。


 これでもかと手を振って観客に応えた後、静かに座った。


 勿論、王が真ん中の席へと……。




 ……。




 えええええーッ!? 王を狙う暗殺者って、俺なの!?





 ホットドッグを吹き出しそうになる程びっくり仰天してしまう。


 どう考えても、ライト王を殺せと指示されている。


 アスラと爺さん、なんてバイトを紹介してくれてんの!?


 い、いやしかし、前金は既に受け取ってしまった。依頼人が分からないので返しようもない。そもそも、漬物の材料を買うのにちょっと使ってしまった。


 何か考えねば……、あの人、夜遅くまで仕事頑張ってるんだよ……数年前から頭髪の生え際を気にし出してるのに頑張ってるんだよ……バイト如きで殺せないよ……。


 ……あの王の派手な椅子、壊すか? 


 ……そうしよう。もし何か言われても、中央の座席の事だと思っちゃったよ、とか言って誤魔化そう。老朽化云々とかツラツラとまくし立てて。


 最終奥義は、不親切な暗号に対する逆ギレだな。


 そうと決まれば、良きタイミングで昨日の内に王城内に仕込んでおいた変身セットに着替えて、王が肘掛けから手を退けた瞬間に……ちょこっとぶっ壊す。


 そんな苦し紛れの策に決意を固めた俺に、入場して来たエリカがこちらに小さく手を振る。なので、こちらもお辞儀じぎをして返す。


 普段よりはるかにお姫様らしい、おめかしした姿だ。しっかり刀も差している。


 相手は……え、あの魔術を撃って来てくれた男子生徒じゃん。


 なるほどそうか、彼がゲッソだったのか……。どうりで怒り心頭だった訳だ。


 しかも……何か小細工してそうだな。身体検査をしようとする審判を怒鳴り散らして拒否している。エリカ姫がもうそれでいいと言い出すまで徹底てっていして拒絶している。


 ……下らないなぁ。




 ♢♢♢




 会場内は、皆の予想を遥かに上回る展開に熱い盛り上がりを見せていた。


「――シッ!」

「ぶっ! くぅ、忌々いまいましい技をぉぉ」


 ゲッソの繰り出す魔術を華麗に打ち払う若き王女。


 我流と思われる刀を使った刃を抜かないさやの防御で、危なげなく火球や雷鞭らいべんしのいでいた。


「……見事な技よ。あのクジャーロの悪童相手に。エリカはいつの間にあのような強さを身に付けたのだ」


 王も思わず娘の急成長に感嘆の声を上げる。


 ゲッソ・クジャーロの魔術の才は、悪名と共に広く知れ渡っていた。


 多くの者が、此度こたびの試合でも良くて接戦。もしくはゲッソの魔術によって寄り付く事もなく勝負が決する、そう予想していた。


「……」

「浅学で誠に恐縮なのですが、私も把握しておりませんでした。独自に準備するとしか聞いていなかったもので。……確かに素晴らしい。早く刃を抜いた時の技も見てみたく思いますね」


 少しばかり不機嫌そうな雰囲気をかもし出すセレスティアと、それには気付かず舞台上のエリカに目を釘付けにされるシーロ。


「同感だ」


 多くが王達のように固唾かたずんで見守る中、舞台の上に変化が訪れた。


「っ、くそっ! はぁ、はぁ、ぐっ……」


 息が荒く、汗のしたたるゲッソ。


 魔術の天才と言えども学生だ。十数発近くも魔術を使えば魔力も底を尽きる。


 そして、待ちかねたとばかりにエリカが動き出す。


「――ッ!」


 一気に腰を落とし、鞘に収まった刀を腰元へ添え、矢のようにはやく駆け出した。


 目前まで瞬足で詰め寄ると、グラスに叩き込まれた動きに従い、自然と鯉口が切られ――


「……」


 口元が薄汚くゆがむゲッソに嫌な予感を感じつつも、刀を鞘から解放する。


「――シッ!」


 寸止めをして勝ちを得る為、首元にはしった刃が―――――弾かれた。


「えっ!?」

「ふははは!! 真の魔術士は備えをおこたらないのだ!!」


 ゲッソの気味の悪い高笑いが響き、雷のむちが振り上げられた。


 ゲッソは、その嗜虐しぎゃく的な衝動のままに後の事など考えもせずに、それを振り下ろす。




「――下らん」




 エリカを襲う雷が、静かに握り潰される。


 時が凍ってしまったように、場が固まる。


「……な、何者だ……」

「……………ぁ……」


 観客や兵士、騎士……誰も認識できぬ内に舞台上に『黒き騎士』が、突如として現れた。


 突然だ。


 皆が見守る舞台に、気付いた時には山の如く佇んでいた。


 悪寒の止まらない冷たさのある静寂の中で、ゲッソの恐怖の怯え声と青ざめたエリカの絶望感のある呻き声だけが残る。


 まさか、この黒騎士が王を狙う暗殺者だったとは思わなかったからだ。


 全ての者達が一目でその男の強大さを感じ、寒気と共に驚愕の視線を向ける。


 しかし、そんな視線を一身に浴びる黒騎士の行動は不可解なものであった。


 兵士達が自分の圧倒的な気配にさらされて動けずにいる内に、無造作にゲッソの胸元の衣服を破る。


「ッ!? それっ、それは……」

「……ふん」


 そこにあらわになった魔道具らしきペンダントの紐を乱暴に千切り、固まる審判に放り投げる。


 しかしペンダントはキャッチされる事なく地面に落ちる。


 それを見届けると、代わりにとばかりにエリカへと向き直り……告げる。


「お前の勝ちだ。あの程度で不意を突かれているようでは、まだまだだがな」

「え……?」


 エリカは黒騎士の言動の意味がすぐには吞み込めず、ゆっくりと反芻はんすうするように理解していく。


「……か、勝手な真似――」


 いつものように癇癪かんしゃくを立て始めたゲッソの体が宙を舞う。


 黒騎士がゲッソの腕に触れたと思った次の瞬間には、まるで超能力が働いたかのように不自然に空高く舞い上がっていたのだ。


 魔術ではなく、魔力による力任せな投げ技でもない。正に、未知の力であった。


「……ッブヒャァァァアアア!! アぁ、ぁ……」


 場外でゲッソの悲痛な雄叫おたけびが発生するが、気絶したのかすぐにそれも止む。


「あなたは……」

「本命のついでだ」


 おもむろに腰の剣を抜き、無造作に投げる構えを取った。


 その刃の矛先は……獅子の観覧席。


「ぇ……?」

「ふんッ」


 ――投擲とうてきした。


 流星のように突き進む刃の弾丸は、吸い込まれるように獅子の観覧席へと撃ち込まれ――




 ――グァァァァァアアア!!




「……………ぇ」


 静寂を切り裂くような悲鳴が響く演習場に、エリカだけに黒騎士の小さな声が聞こえた。


 黒騎士がそのような間の抜けた声を出すはずもなく、場違いな空耳だとしてエリカはすぐに忘却してしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る