第29話、祭りの始まり

 

 クロノが訳の分からないえにしに赤ワインで現実逃避していた頃……。


 ライオネル邸の一室では、2人の武人が剣を打ち合わせていた。


「ぬん!!」

「はぁ!!」


 木剣の欠片が飛び散る程、強烈に打ち合わせる。


 光を多く取り込めるように作られたその部屋では、月明かりに両者の飛び散る汗が反射してキラキラと輝いていた。


 ハルマールは、今だけは心を無にして剣だけに意識を集中させる。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「こ、ここまでにしておくか。流石に疲れたわ」


 剣を支えにして立つライオネルが、息も絶え絶えのハルマールへと言う。


「し、承知……」


 急に訪ねたハルマールを快く歓迎し、いつもの挨拶がわりの父子による剣での語らいを終える。


 井戸で身を清めてから、先程の剣技場に戻る。


 部屋の奥の壁には、魔剣と呼ばれるイー家の宝剣が飾られており、その剣に見守られるように向かい合う。


 しんとした夜の静かさと慣れた冷たい木の床の感触が、ハルマールとライオネルの心を落ち着ける。


「――まだ迷っておるようだな」

「それは……………申し訳ありません……」


 やはり義父には見破られていたかと、うつむくハルマールは申し訳なさと同時に不思議な安心感を覚えた。


「よい。謝る必要などない。迷いなど誰の内にもあるものだ。人生なんぞ迷いの連続よ。儂はそれが悪い事だとは思わん。醍醐味だいごみだとすら思っとる。……まぁつまり、儂がお前に言いたい事は一つだけだ」

「……是非お聞かせください」


 心を構えるハルマールに、ライオネルは特別な事ではなく、当たり前な事を口にするように言う。


「――お前は儂の息子だと言うだけの事よ」

「ッ!!」


 ハルマールが胸にり上がる感情に打ち震える。


「お前が国に仇なす存在となれば、儂の剣はお前の前に立ち塞がるだろう。しかしな、それでもお前は儂の息子だ」

「ぐっ、……くぅ……」


 流れ落ちる涙をこらえ切れない。


 背後の魔剣を取り、ハルマールへと近付いて胸元に押し付けながら高らかに告げる。


「どのような選択をしようとも、お前はお前が思う正義を突き進めっ!! お前は儂の自慢の息子だ!!」

「ッ……ッ………はいッ!!」


 快活に笑うライオネルに、震えながらも力強くハルマールは応える。


 幸か不幸かライオネルの言により、ハルマールの命運が決まった。




 ♢♢♢




 朝日が昇る。


 御前試合の会場となる演習場には、ライト王国の貴族達や各国の来賓達が次々と入場する。


 通常、ライト王の前で国民の武力の高さを示す催しである御前試合には他国の者達は参列しない。


 だが、ここ数年は国外からも大勢の者達が参加を希望していた。


 目的は勿論……。


「……お、おぉ……なんと……………目にする度に美しくなられている……」


 専用に設けられた行列で、何度目かも分からない同じような賛美する言葉が紡がれる。


 その言葉の先には、椅子に腰掛け楚々としたセレスティアが。白銀の軽鎧を身に纏い、いつもの度の超えた愛らしさと美しさと共に、戦女神のような凛々しさがより濃く現れていた。


 左右にはマリーともう1人の警護が。そして周囲にも数多くの騎士や兵士が目を光らせ、豪華な贈り物と共に熱い言葉を送っている貴族貴賓達の動向を、油断なく窺っている。


「このモッブめの忠誠をお受け取りください」

「――接触は禁止です」


 セレスティアへと近付くモッブ子爵をマリーが即座に止める。


 手の甲に口づけでもしようと考えたのだろう。明らかな規定違反なので、列に並ぶ多くの者達からも殺気混じりの視線を浴びている。


「ご両親から習いませんでしたか? いえどちらにせよ、今後はセレスティア様への御目通りは叶いませんので、悪しからず」

「そんなバカな!? 私はこの国の貴族だぞ!!」

「お連れしろ」


 手荒くはないが兵士によって罪人のように運ばれていくモッブが見せしめのようになり、後に続く者達の面会はスムーズに行われていく。


 セレスティアへの言葉は常識的なもので二言以内、セレスティアへの接触は禁止、贈り物も専用スペースへ置く事。


 主にこの三点に気を付けておけば、後は余程の事が無ければ中断される事はない。


「……相変わらず、セレスティア殿下は男性へ対するガードが固いですなぁ」

「うむ。徹底しておるな。男嫌いの噂まで立つ程だが、逆にまだ我々にもチャンスがあると考えようではないか」

「はっはっは。流石は侯爵閣下。素晴らしいお考えだ。おっと、わ、私の番だ」


 誰も彼もが、自分こそが、あわよくば自分がと、欲望を内に隠して短い時間に工夫を凝らしてアピールし、美の化身への挨拶を終えていく。


「そ、それでは、……また、お会いしましょう……」

「はい。機会があれば、またお会いする事もあるでしょう。さようなら」


 早朝から始まり太陽が頂点へ上った頃に、やっと最後の者が終わる。


「二人共、ご苦労でしたね」


 疲労を全く感じさせないセレスティアが、あと半日を残してクタクタの警護の2人に声をかける。


「私達の事はお構いなく。それよりも、やはり今回も増えておりました。……セレス様はお疲れでは御座いませんか?」


 催し毎に増える面会希望者の数に、マリーは流石に心配になる。いくらセレスティアと言えどもストレスや疲労も溜まるはずだ。


 ところが、セレスティアはむしろ今までよりも快調そうな笑顔で返した。


「はい、私は全く。なので、すぐにお父様の元へ参りましょう」

「「はっ!」」


 預けておいた剣を腰に差し、ライト王の待機する場へ急ぐ。


 王城内は騎士や兵士が行き交い、ピリピリと張り詰めた緊張感漂う厳重な警備がされている。


 凄腕の暗殺者の情報により、騎士や兵士の目にも戦のような真剣さが見える。


「――お父様、シーロ先生、お待たせいたしました」


 演習場の一際豪華な観覧席の入り口で、王達と護衛を任されたシーロ・ユシアと合流する。


「なに、時間通りだ。……疲れているだろうが……頼むぞ」


 静かに一礼して応えるシーロと、先程までのセレスティアの苦労を労うライト王。


 これからまた一つ重要な役目を課す事もあり、眉根を寄せて心苦しそうな表情だ。


「はい。私の立てた計画・・ですもの。当然です。……それでは、参りましょう」

「うむ。では、……開けよ」


 王のその言葉に、入り口を警備する騎士が観覧席の扉を開ける。


 そして、扉から溢れるように聴こえてくる歓声の中に、王を先頭にその身を投じていった。



〜・〜・〜・〜・〜・〜


連絡事項


……………なるほど分かりました。半日程お待ちください。

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