第151話、ディナーの王女はご満悦
「……ニダイが……」
「本当に素晴らしい戦いでした」
ソッドの部屋を訪れたクリストフが語る。
押し殺して尚も滲み出る興奮で、熱く。
報を受けた際には俄かには信じられなかったソッドも、この男からの証言では信じざるを得ない。
「世紀の一戦と言っても過言ではないでしょう。私もまだまだ死ねません。あれを目にすればまだまだ剣の先を見なければと思えてならないのですから。私だけではないでしょう。耳を澄ませば聴こえてくるこの喧騒が物語っています」
「…………」
熱は未だ冷めることはない。
町はかつてない賑わいを見せていた。
どの酒場や宿、レストランにも宴の為と食糧や酒を買い溜めてあるのだが、一晩か二晩で底を尽きそうな勢いである。
この町の者達も、子供も大人も老人も、一つの話題でいつまでも繰り返して語り続けている。
「ここでも、セレスティア様やエリカ様をもてなす晩餐会が開かれるようです。ブレン様の無事のご帰還やニダイ討伐のお祝いも兼ねて。顔を出されては?」
あれほどニダイに拘っていたにしては、思いの外に感情の変化を見せないソッド。
ベッドから上半身を起こし、窓の外に浮かぶ三日月を見上げている。
むしろ穏やかながらもこれからを考えているように、クリストフの目には映っていた。
「……あまり老骨が出しゃばるものではない。若い者等同士で盛り上がるのが最も楽しいものだ。……お前はリッヒー伯の側に侍ってなくてよいのか?」
「あの方はあの方で勝手に動くでしょう」
「ならばそこにある酒でも飲むといい。お前の上等な舌も満足すること間違いない」
先ほど使用人に用意させた赤ワインへ目をやり、クリストフへ勧める。
「では、ご用意いたします」
「私は――」
「同世代で飲むお酒が一番楽しいですから」
「…………」
クリストフは病人に酒を勧めるような真似は決してしない。
それが友人であれば尚更だ。
ソッドを未だ現役とみていることを暗に示しつつ、剣への情熱も失われていないとしていた。
「……ニダイを倒したのは、何と言ったか」
「グラス・クロブッチと。彼の技はニダイと同じく別次元にありました。神の御技が舞い降りたかのようで、特に……」
ニダイを追い詰めた六度の太刀。
そして魔力による大々的な衝撃波を斬り裂いた、特殊な抜刀術。
あれらなどは完全に理解を超えていた。
「今は魔王軍などという無粋な輩が潜んでいるようですが、機会があれば教えを請いたいものです」
「……魔王軍やニダイが消えても最大の問題はまだある」
ワインを嗜みつつ、ソッドは棚にある資料を睨む。
「今まではニダイが宝剣グレイの受け皿となっていた。それがなくなりどうなるかなど、最早誰にも分からない」
「悪魔の眷属……でしたか」
「……それ
しかし、ソッドは知らない。
いや現世の誰もが知り得ない。
二の眷属【疫災危機・ココンカカ】を恐れて動かなかった眷属が多くいたことを。
強大なココンカカが消え、狂喜乱舞する眷属達が今も尚、宝剣グレイの中で脈動していることを……。
「……いずれにせよ、あの剣をただ放置はできん」
クリストフに聞こえるか聞こえないかというか細い声で、ソッドが小さく呟いた。
♢♢♢
食堂にて、次々と運ばれる料理を前に皆異なる反応を示していた。
だが、レンドやラギーリンの姿はない。
ニダイ討伐の祝祭、その第一回目を急遽開催しなければならなくなったからだ。
と言ってもセレスティアの手腕はそこにも発揮されており、実質的には指示通りに事を運ぶのみであった。
「……ぼ、僕はあまりこのような食事会には相応しくないので……本心を言えば部屋に戻りたいんですけど……」
「何言ってんだ。オズワルドだって俺らと立派に戦ったじゃねぇか。出されたもんを王女様方を真似して食えばいいだけだ。ったく、情けねぇ」
「ソウマさん……、……緊張して心配になるくらい震えてるじゃないですか」
手にしたグラスに注がれたフルボディの赤ワインがバチャバチャと跳ねる程震えるソウマを、じとっとした目で見るオズワルド。
「……まだ町の外に魔王軍がいるのに、オレ達だけこんな食事をしていていいんだろうか。居所すら特定できてないし……」
「まぁまぁ。アスラさん任せになっちゃったけど君も自分達も頑張ったし、何よりセレスティア王女はこれ以上ないって断言できるくらいに効率的に手勢を操ってる。夕食くらいは贅沢してもいいじゃないか」
「…………」
眉間に皺を寄せる真面目なハクトに好感を感じつつも、ランスが諭す。
「魔王軍と戦うことになれば、君はオーガとか強力な魔物に決定打を与える貴重な戦力になる。中々いないよ? 奴等の命に届く術を持つ者は」
「ていうかよぉ、もう正直に言っちまうとアスラがいれば……いればっていうか、アスラがやれば勝てるぜ?」
間近で鬼の力の一端を垣間見たソウマとランスは、確実な勝利を信じて疑わない。
「そうなんだよね。問題なのは、頑なにハクト君達の護衛を務めようとする彼をどうやって魔王軍と激突させるかだけだ」
「いやでもまずは……やっぱり居場所を早く突き止めないといけないんじゃないか?」
何もしないことに我慢ならないのか、ハクトがランスへ問いかけた。
「あぁ、う〜ん……さっき王女様に少しだけ訊いたんだけど場所は…………」
ふとランスが、ハクト…………を挟んで向こう側の席にて、身体を思い切り傾けて全力で聞き耳を立てる子供に気付く。
何故か貴族の子であるハクトを差し置いて上座のセレスティア近くの席に座り、エリカとも対面するその子供。
「…………」
一列に並ぶ男性陣の視線を浴び、何食わぬ顔でそっと食事に戻る。
「ふふっ。……コクト君、美味しいですか?」
煌めく金髪を後ろ側で一纏めにした紺の鮮やかなドレス姿のセレスティア。
露出度はあまり高くないにも関わらず豊満な胸元が覗いてしまっており、男性達は勿論のことアサンシアさえもそちらへ視線を向けられない。
向けてしまえば最後、目を離せなくなるのが明らかであった。
「とても美味しゅうございます、セレスティア様。名だたる御方に囲まれて恐縮しておりましたが、このお料理の数々はその緊張すらも取り除く、繊細かつ温かな――」
「この子ホントに子供か……?」
ハクト達の魔王軍に関する会話を盗み聞きしていた以外は、平民とは思えない程に行儀良く食事を楽しむコクト。
細かな点ではライト王国のマナーと異なるところはあれど、これはこれではっきりと様になっている所作であった。
「……このソースは何から作っているんだろう」
「そちらは旬のオレンジなどをベースにしたもので、香り高く爽やかなものとなっています」
「あっ、使用人さんありがとう」
「いえ、滅相もありません」
グラズが背後からそっとコクトへ説明し、すぐに適度に頭を下げて再び控える。
「……っ!? っ、っ?」
しかしその使用人は何処からかの一瞬の怒気に背筋を凍らせる。
「ねっ、すごく仕事ができるでしょ?」
「そうですね。もうヤんなっちゃうくらいに仕事ができる人ですね」
コクトに興味津々の向かいのエリカが、楽しげに話しかける。
青いドレスに身を包み、隣のキリエと見比べても幾分華やかである。
「でも兄の方はニダイをやっつけちゃうくらい強いけど、使用人としては問題児なの。反抗的だし、お口が悪いの」
「い〜やっ、俺はそうは思いませんね! 弟さんがこんなに伸び伸びと育ってらっしゃるんだもん! お兄さんもきっと竹のように真っ直ぐな人に違いない!! 傑物と言ってもいいっ!!」
「えぇ……見ず知らずの男にここまで全力で味方する人初めて見た……」
しかも王女に、血相を変えて。
「でもね、それには異を唱えるよ! 伸び伸び育ち過ぎたんだよ。目を離したらすぐ弟君を身代わりにして旅行に行くんだよ? 有り得ないもの。……何度、騎士達に首輪と鎖を持って来なさいと言いかけたことか」
首輪と鎖、二つ揃ってされる事など誰にでも容易に思い付く。
「……セレスティア様っ、こんな邪悪な思考の持ち主がこの国の王女なのですかっ?」
「エリカ、野蛮ですよ」
「うっ……」
何故かコクトに酷く甘いセレスティアに叱られ、エリカだけでなく隣のキリエも、その隣のブレンも、そのまた隣のリリアを超えてアサンシアも、びくりと打ち据えられたように跳ねた。
「お、おい、コクト……。エリカはともかく、流石にセレス様はマズいってっ」
耳元で囁くハクトが心配になるほど恐れを知らないコクト。
「良いのですよ、ハクト君。こんなに楽しい食事会は初めてです。……コクト君、この後は私の部屋でお話でもどうですか? 美味しいお茶とお菓子もあります」
「ええ!? この子を誘うの!?」
にこにこと稀に見る上機嫌さでコクトに接するセレスティアを目にして、彼女を知る誰もが愕然とする。
グラスの際にも驚いたものだが、彼女がここまで率直にアプローチするなど有り得ない。
晩餐会に呼んだ自分も自分だが、まさかあの姉が自室に他人を……しかも昨日に会ったばかりの者を呼ぶことに驚愕するエリカ。
「う、う〜〜ん……」
「うっそ。悩んでるんだけど、この子……」
悩むコクトは集まる驚愕の目に何ら構わず、一度ちらりとリリアを見てから話を切り出した。
「実は……剣聖様がいらっしゃるということで、いい機会なので俺はブレン様のついでに剣を教えてもらおうと思っていたのです」
「――っ!?」
驚いた拍子に、ブレンがフォークを落としてしまう。
「…………」
そして……キリエの動きも不穏に固まる。
コクトはその際にブレンの表情が酷く強張ったものになるのを目にする。
「…………」
ついでに、セレスティアの頰が少しばかり膨れる気配も敏感に察知する。
機嫌が悪くなる前兆であることは、ここのところの付き合いで経験済みであった。
「……君、なんかひ弱そうだし剣術なんて危ないよ。今持ってるナイフ以上のものを持つのは禁止ね。ブレン君としりとりとかで遊びなさい。めっ!」
「エリカ様、俺のことを生態系の最下層だとでも思ってるんですか?」
運ばれて来た料理から目が離せないコクトが言う。
リクエストした町の郷土料理で牛の内臓やトマトを煮込んだものだ。
歯応えがあり、噛む度に味わい深いとあってコクトも楽しみにしていた一品である。
「……うふふっ、食べていいですよ?」
「そうですかすみませんそれではお言葉に甘えていただきますっ」
わくわくと楽しみにするコクトの姿に、拗ねた顔を保てずに堪らず機嫌が治ってしまうセレスティアであった。
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