第155話、コクト、大人の対応をする
魔王が去り、改めて顔を合わせる【クロノス】。
暗闇の静寂にあれども、その心は満たされていた。
「……王女様まで加わっているなんて思いませんでした……」
「王国は敵対関係なのだとばかり考えていた……」
先ほど王が座していた場所をただじっと見上げるセレスティアに女性の二人が歩み寄って言う。
「あの御方はいとも容易く希望と絶望を管理する。そこに個人も組織もなく、国家だろうと勝ち目はありません」
「……勝機がないから従っていると?」
「まさか……愛しているからです」
疑心を持ったカゲハへと、鋭い流し目と共に恐ろしく平坦に呟かれた情愛。されどその瞳はこれまでの虚なものと異なり、確かな熱が宿っていた。
「ふむ……私のような純粋な忠誠心の方が好ましいが、主は訳が分からないくらいにカッコいいから分からんでもない。何にしても心強い。皆で仲良く主に仕えようではないか」
「……先程までと全く印象が違いますね」
「ん? そ、そうか? そう言えば、リリアにも言われた気がするな……」
頬をかいて困惑するカゲハだが、セレスティアは最優先すべき事項を告げる。
「色々と交流も必要かもしれませんが、クロノ様から命が下された以上はこれを早急に成し遂げなければなりません」
「分かってますっ。…………っ!?」
突如として背後に生まれた巨大な気配に、リリアが弾けるように振り向いた。
見上げた先には、鋭い眼光をセレスティアへ放つアスラがいた。
「私に何か?」
「クロノ様の仰られた強者について教えろ」
「御許可なしに話せよう筈もありません。お断りします」
教会前に再び戦慄の一時が訪れる。
「それにその存在は既に、クロノ様により消滅させられています。これ以上、居ない者に執着すべきではありません」
「…………」
だがどこ吹く風のセレスティアがそう告げると、アスラは少しばかり逡巡する素振りを見せ……。
「……いずれ詳細を語らせる。使命に俺が必要であれば、その都度言え」
そう言い残し、振り返ることも返答を待つこともなく去ってしまった。
「いいんですか……?」
「本来、私の指示を聞くような方ではありません。あの強さでは、クロノ様以外に本当の意味で従わせることなどできないでしょう。先程の御命令があるからこそ、彼なりに協力的な姿勢を見せているのです。これ以上を求めるのは止めておきましょう」
淡々としていながらも目を閉じて説くセレスティアを目にし、リリアに僅かな憐れみの情が生まれる。
「……ふむ、だが私もクロノ様専属であるが故に、そう簡単には御身の側を離れる訳にはいかないぞ?」
ぴきりと、空気が張り詰めた。
自慢げに言い放ったカゲハに、苛立ちは容易く憤りへ変わる。
故意にそうした雰囲気を作り出したことが最も問題であった。
おそらくはこれが魔王のいう『火種』であるのかもしれない。
「……私は何者よりも前に見出されていました」
女神と謳われるセレスティアがその魅惑の肢体で向き直り、毅然として告げた。
「むっ、それは確かにやるな……。しかし私も主から鬱憤を晴らす唯一の人材として――」
「私はメイドとして、いつも特別に可愛がってもらっています」
こめかみに血管を浮かべたリリアが、容赦なく親友の反論をかき消してしまった。
「っ……っ……」
モッブだけは何か言おうか言わまいか悩み、口を開けては閉じを繰り返している。
「……頭を冷やしましょう。カゲハさんにお訊ねします。クロノ様がいう『第三席』について何かご存知ですか?」
「う〜〜む……、おそらくあの者であろうという者はいる。そしてその者を、私は案外信じられると思っている」
「是非お伺いしたいのですが」
「それは出来ない相談だ。これを秘匿すること自体が主の策の内である可能性がある。此度のようにな」
アスラと対する際よりも、凛々しく威光を放つセレスティア。
それはカゲハでさえも従わせてしまうに足りるものであった。
魔王の放つそれを体感していなければ。
「……こればかりは仕方ありませんね。第三席の件は諦めます。しかし暫くあなたの出番はないでしょう」
「何っ!? 何故なのだ!?」
「標的である魔王軍の居所、更には内通者。これらには既に予測がついています」
「……つ、つまり?」
「残念ながら今回、諜報員の活躍の場はないということです」
「そんな、殺生な……」
活躍できなければ、武功を示せない。
先制攻撃代わりだったのだろうが、あまりに苛立つ先の言もあって項垂れるカゲハにかける言葉はない。
「偵察してもらってもいいのですが、より自然に魔王軍と相対するのなら傭兵達を使いたいのです。危険もありますし、使える駒があるのならそちらを使役しましょう」
平然と駒と口にしたセレスティアに、リリアもカゲハにも薄寒いものを感じていた。
「……ならばぁ……その内通者とやらを見張ろうではないか」
「それはいいかもしれません。ただ……その必要はありません。あとで私からクロノ様にお伺いしますので」
「…………?」
詳細を省いて話題を終わらせたセレスティアを前に、カゲハもリリアも首を傾げていた。
♢♢♢
早朝……。
ソーデン家にあるセレスの自室にて、爽やかな朝のティータイムを過ごす。
……いやもう最高。
「……っ」
部屋の隅で寛ぐ巨大な魔獣に怯えるモッブがお茶を淹れてくれるのを待ちつつ、昨夜に行った初めてのクロノス幹部会議に思いを馳せる。
「…………」
いやぁ〜……昨日の俺はホント最高に魔王してたなぁ。
びっくりするくらい魔王だったもんなぁ。……魔王だなぁ。
あぁいうのなんだよ、俺がしたかった魔王って。
部下がいてさぁ、ビシッと命令してさぁ、もういつ寝首をかかれるか分かんなくてさぁ。
……快感。
ていうか俺はこの数日、何をアルバイトしてたんだろう。クジョウからおかしかったかも。いやその前に王国の日雇い労働をやってたのもおかしいかもな。いやそもそも使用人からしておかしいのかもしれない。
魔王だって言ってんのに。
「シュズォッカ産初摘みの茶葉になります」
「お、ありがとう」
「滅相もございません」
モッブが差し出したお茶を一口二口飲み、目を閉じて朝の少しばかりひんやりとした風を感じる。
「……少し雲行きが怪しいと思ってたんだけど、いい風だ。今日も町は賑わうらしいし、町の皆さんも喜んでるね。ほんと何よりだよ」
「今日は宴も開催されますが、それよりもニダイ討伐を祝う祝祭の準備に使われるようです。明日からが本番となるでしょう」
「ほ〜ん。……それより昨日はごめんね。君にも来てもらったのに、何にもあげられなくて」
「わ、私などには恐れ多いことですから……」
「いやいや、君にもとても感謝してるんだから。昨日の代わりになんか欲しいものがあったら言ってくれる?」
「……かしこまりました」
……真剣な顔で考え込んじゃった。モッブは真面目だなぁ。
またお茶を口に含みながら思う。
それにしても……昨日はギリギリだった。
わざわざあの演出をする為にあの時間からグラスやら安物のワインを買いに走る羽目になった。
お陰で呼び出した俺が最後になっちゃったよ。
「ふぅ……」
なんかよく分かんない魔王軍も任せたし、しばらくは本当にゆっくりできそうだね。セレスなら安心。
俺はまた絵でも描きに行こうかな。
「――――」
ミストに歩み寄り首元をかいてやると、くるると鳴きながら目を細める。
一昨日辺りから俺にビビりっぱなしだったミストだけど、ワインの残りとかオヤツの肉をあげたらやっと機嫌を治してくれた。
……ていうかさぁ、みんなお互いのこと知らなかったんだけど、これって俺が悪いのかな。
だって、セレスとモッブは全部知ってたんだよ?
普通は素性をバラして仲良く温泉に浸かるんじゃないかな、とか思わないだろうか。
「……まぁいいか。ミストも、セレスやモッブとも仲良くしてやってくれ。いいね」
「――――」
軽く嘶いたミストに怯えるモッブだけど、ミストは本当に温厚だからリリア達に懐いてるところを見ればすぐに慣れるだろう。
「せ、セレス様は現在、傭兵達と会議中ですが終わり次第、こちらで朝食となります。お待たせする無礼をお許しくださいと、仰られておりましたっ」
「全然いいよ。何でも今日はお米出してくれるらしいじゃん。楽しみだ……」
夫婦らしき人が描かれた絵画を眺め、ミストがいて不安なのかぴったりと俺の後ろを付いて回るモッブに返した。
「……こちらはキリエ・ソーデンが両親を描いたもののようです」
「へぇ〜、凄いじゃん。あの強そうな次女さんがね……」
色使いがいいよね。落ち着いた色合いで、見てると和むもの。
きっとそれはそれは穏やかな人柄に違いない。
………
……
…
「あ〜……、あたし米って嫌いなんですよねぇ。なんか猪口才に密集してるし……」
「猪口才なんて変わった言い方するね、キリエ。グラスに比べたら可愛いものだけど」
キリエなる少女が、小声でエリカと会話している。
食堂にて朝食中、セレスティアやリリアから意識が集まるのを感じる。
「へ〜、そうなんですね。セレスティア様やエリカ様は平気そうだったので、そんな人がいるとは思いませんでした」
意外そうながら平然と言い、食事を再開する。
昨日の夜に出たホルモンとかハチノスっぽいものをトマトらしきもので煮込んだ地元料理と、米を堪能する。
重ためだが、美味かったからわざわざリクエストしたのだ。
そんな俺の気配に安堵したのか、セレスティア達も朝食に手を付けている。
…………。
あぁん!? よくも米を馬鹿にしやがったな! 何だよ猪口才ってっ、変な奴め!! 品種改良してやろうかっ、この小娘がっ!!
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