第156話、遺跡偵察隊発足
朝食を終え、いよいよミストやカゲハと遊ぼうと思った矢先であった。
「……うわぁ、下手をしたら昨日より増えてるじゃん」
「…………」
エリカ姫にとっ捕まり、宴に無理矢理連れて来られた。
がっちりと手を握られ、リリアとクリストフさん。そしてキリエを背後に付き従えてやって来たのだ。
そんでずっと出店や舞台の並ぶニダイ湖周辺にある王女様専用の席でお相手をしている。
ちなみに、ご飯をおかわりして郷土料理もいっぱい食べたので俺の機嫌はすこぶるいい。
お陰でキリエの特殊な言葉選びに惑わされて、ちょっと大人気なかったかもと冷静になった。
「あ〜あ、コクトも覚悟しておいた方がいいよ。私達はここでお飾りみたいに喋ってるだけだから」
「俺は縦横無尽にジャッカルの如く宴を満喫できるはずなんですけどね」
「はぁ……、ねぇなんか話題ある? 暇で暇でさ」
まぁ分からないでもない。
子供が拐われたりしてるし、下手に動かない方がいいとは言え、こんな楽しそうな中でずっとここにいるだなんて。
仕方ないからグデプリとのお喋りくらいなら付き合ってあげよう。
「そうですねぇ……ん〜、ん〜っ…………なら、殿下はお強いと聞きますが、普段どのような訓練をされているのですか?」
「あっ、そう言えばグラスが持ってた刀について訊くの忘れてた! あれすっごく使い易そうなんだよね」
「頼まれて掲げた俺の話題はどうするおつもりですか!!」
わざわざ興味のありそうな話題を考えたのに! 何この子! 俺が親切心で捻り出したこの話題を今後どのように扱うつもりなんだ!
「うわ、怒ったっ」
「…………」
蕎麦のザルに残ったちっちゃい切れ端くらいイライラするわぁ。
何をそんなことで怒ってんのこいつみたいな目で見下してくるキリエにも思うところあるわぁ。
「……お言葉ですが」
「やめて! お言葉ならやめて! 騎士達に旅の間だけでももう何回も言われて嫌になってるの!」
「対話を拒まれたら俺がここにいる意味ってなんですか?」
やってらんねぇ。
そんな時、ふとブレン君のことを思い出した。
「……ところでブレン様は今頃は何をされているのでしょうね」
「そうだよねぇ。ちょっと気になる。拐われたばっかりだから連れて出てはあげられないけど。……キリエは知ってる?」
何故か思いっきり不服そうな顔をするキリエだが、流石にエリカ姫の問いには逆らえないようだ。
「今頃は……おそらく授業ですね。ラギーリンが言うには、最近は薬学でしたが初級を終えたのでもう少し高度な勉強をさせるとか」
「……ブレン君も大変だね」
ホントだよ……。あの歳から薬学って……。
俺だってちょっとした薬草とかしか知らないのに。
「コクト君、冷たいお茶です」
「おっ、ありがとうございます……」
やたらと張り切っているリリアが世話を焼いてくる。
せっかくなのでとお茶を飲むと……すかさず口元を拭いてくれる。
「……っ」
「っ……!!」
あ、危なかった……。
無意識にリリアの頭を撫でそうになってしまった。
リリアも呼応するように頭を差し出しそうになってから気付いてた。
気を付けよう。阿吽の呼吸が、命取り。
俳句みたいにして心に念じておく。
「リリアちゃんのメイド病も大変だなぁ……」
「エリカ様、テーブルに突っ伏すのははしたのうございます」
周囲を警戒していたクリストフさんが、若干の顰めっ面で苦言を呈する。
「……ねぇコクト、どう思う? 厳し過ぎると思わない? 私が許すから思ってること言ってみてよ」
「猛暑にやられたサルみたいだなぁって」
「なんて!? 今なんて言ったの!? そんな無礼なこと考えてたの!?」
ふん、お返ししてやったわ。
セレスが一生懸命に町を守ろうとしてるんだから、少しくらいは辛抱して欲しいものだ。
これが昼まで続くのか。昼食は何を食べよっかな。
♢♢♢
その頃、ソーデン家三階にあるレンドの部屋にて――
「……い、遺跡に魔王軍がいるってことっすか?」
「はい。見取り図を見て確信しました」
俄には信じられないという風なソウマの問いにも、セレスティアは少しの迷いも見せずに返答する。
ほとんどの者は一目で女神の虜となってしまう為、必要最低限の者しかこの部屋にはいなかった。
レンド、アサンシア、ランス、オズワルド、そして……。
「…………」
「な、ならアスラがその気になってる内に俺らでやっちまいますか?」
初めて会議に参加していたアスラをチラリと見てから、ソウマが提案した。
「それがそうもいきません。遺跡内は広く、魔物が隠れていそうな箇所が多く分布しています。いくらアスラさんがいるとは言え、全域を補えるわけではないので溢れ出すと返って町が危険です」
「そもそも協力してくれるのであればアスラにはセレスティア様を護衛してもらいたい」
セレスティアとレンドが拒絶すれば、誰も何も言えない。
「遺跡かぁ……。まぁあれだけ森は探したからね」
ランスが疲労感を滲ませて呟いた。
森を捜索すれども出会うのは小隊らしき魔物の群ればかり。
挟撃の可能性も消えた今、セレスティアは遺跡に隠れて町を狙っているのであろうと予想していた。
「これから遺跡内に侵入し、魔王軍の規模や魔物の種類などを可能な限り探る部隊を結成。直ちに出発してもらいます」
見取り図の写しに、ルートらしき赤字を入れながら告げる。
「……そのような雑事、俺は関与せん」
「承知しています。むしろあなたには町にいてもらいたいくらいです。あの剣のこともありますから」
細部まで描かれた見取り図に忙しなく視線を巡らせるセレスティアが、同時にアスラへ答える。
側から見ていても、圧倒される才であった。
「ニダイの手を離れた以上、いくら封印したと言われたところで本当に効果があるのかなど直ぐには分かりません。聞くところには、未だに剣には高位の悪魔が使役した眷属がいるかもしれないという話です。アスラさんがいてくれれば心強い限りです」
つらつらと紡がれる言葉が途絶えた頃、見取り図への記入も同時に終わる。
「そうですよね、レンド」
「……仰る通りです。私も『封の間』がその実機能しているのかを断言はできません」
「という事らしいです」
片手間にそう言うと、セレスティアは書き込んだ見取り図をアサンシアへ差し出した。
「っ、姫様には護衛が――」
「アサンシアさんは信頼できますし……」
「グゥッ!?」
「その武も見惚れる程でしたし……」
「ウォッ……」
「ソウマさん達と共にお願いできますか?」
「しかと承りました」
まるで賞状を受け取るようなアサンシア。
「ありがとうございます。では、できる限り少数でその図に書いてある通りに調べてください。安全を優先して構いませんが、一つだけ注意事項が」
「……落石のことですか?」
この中ではレンドとソウマしか知らない事故。
ラギーリンの所属していた調査部隊。
かつてラギーリンの兄“シュギーリン”が率いていた部隊は、シーバー山の遺跡を調査中に落石に見舞われ、ラギーリンを残して全滅。
今も亡骸さえ回収不可能となっていた。
この場に遺跡について最も詳しいラギーリンがいないのは、兄のことへの配慮からであろうとソウマは察していた。
「それは私から言わなくても気を付けるでしょう? 落石のあった地点も除いています。それとは別に、一つです」
デスクから立ち上がり、唇に人差し指を当てて静寂を生み出して告げる。
「用意してもらった資料に目を通した限り、あの遺跡はどのような文明かも、どのような存在がどのように創り出したのかも分かりません」
どうすることもできず引き込まれそうなセレスティアの妖艶で昏い神秘的とも思える雰囲気。
最大限警戒していることもあってカーテンも閉め切り、薄暗いこともあり、セレスティアの輝く美貌の印象ががらりと変わっていた。
「何が飛び出すか分かりません。下手に周囲に触れぬよう、くれぐれも注意してください」
「……り、了解しました」
艶やかなセレスティアの威光にやられたアサンシア等が室内を後にする。
「……ところでレンド、遺跡のに混ざって宝剣グレイについての資料があるのですが」
「っ……申し訳ございません。ラギーリンにはしっかりと言い付けておきますので」
これがラギーリンの単なる失敗ではないことは、どちらにも分かっていることである。
歯噛みしつつセレスティアの手にある資料を受け取ろうとするレンドだが、その手は空を切る。
「……まさかとは思いますが、あの剣で何かをしようなどと考えているのですか?」
資料を開き、次々とページをめくり目を通すセレスティア。
「そのような馬鹿げたことっ! 有り得よう筈がございませんっ!!」
「ならば良いのです。…………【疫災危機・ココンカカ】の事が多く書かれているようですね」
強力なもの程、細かく多く記載されるのは道理である。
しかしそれ以外のものも、記されたものを読むだけでも思わず鳥肌が立つような存在ばかりであった。
中でもココンカカに次ぐとされるのは、十五番目とされる霜の眷属。
「……【冬凍危機・アヴィバリス】」
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