第71話、黒騎士セミナー

 

 王子様に説教した後、アルト王子からリリアに【剣聖】としての説明と報酬を手渡す間、王城内のベンチに座りのんびりと待つ。


 俺と共にいるのであれば認めざるを得ないとか何とか言って、なんやかんやでリリアは【剣聖】として認められた。雑な称号というのが分かってしまった。


 だが物覚えが異常に早かったとは言えリリアの努力が報われて、鎧の下で感動させてもらったのも事実。


 リリアには陰ながらカゲハに付いてもらっているし、安心だろう。


「……」


 サァァ……っと駆け抜ける風を感じる……鎧の隙間からほんのちょっとだけ。


 ……思えば、実家に里帰りして以降このような落ち着いた時間は無かったのではなかろうか。


「あ、あの凄そうな人って……」

「お、おいっ、アレか?」

「あぁ、黒騎士だ……」


 小鳥やメイドさん達のコソコソ話の姦しい声、兵士達のヒソヒソ話。


 それらに耳を傾けて、優雅なひと時を楽しむ。


 ビビって兵士達は近付いて来ないし、昼寝でもしたくなって来た。


 そんな時、駆けて来た一人の兵士が前の通路を通りがかった。


「――うわぁ!? し、失礼しました!!」

「……むしろ失礼な部分を見つける方が難しいだろう」


 またもや謎の謝罪を受けてしまった。


「急いでいるのだろう? ぶつからないように気を付けて行きなさい」

「は、はっ! 失礼します!!」


 すると、深〜く頭を下げた後にさっきの修練場の方に走り去った。


 ……遠くで感嘆の声や黄色い控えめな声がする。


 こんなんで好感を得られるのか。あ〜、気楽だわぁ。


 お茶でも飲んでほっこり……鎧だから飲めないや……。


「……黒騎士、訊きたい事がある」


 勝手に打ちひしがれていた俺に、さっきから草陰に隠れてビクビクしていたハクトが意を決して話しかけて来た。


 中性的な美形の顔で、ビビりながら近寄って来る。


 男女問わず一部の者達に絶大な人気が出そうだ。


「……」

「き、聞いているのか! 無視するな! ……無視しないでくれ!!」

「何の為に敬語があるのだろうな。ものを訊ねようと言う少年が、この国の者でもない年長者にその態度でいいのか?」


 お兄ちゃん的な目線で、無視されて涙目の弟に常識を説いてみる。


「ぐっ、い、いいから魔王の情報を提供しろ!!」

「断る」

「何っ!?」


 俺達の方を見てキャーキャー言っている遠くのメイドさん達へ視線を引き寄せられそうになるのを我慢して言う。


 子犬のようにキャンキャン言うから、つい咄嗟にからかってしまった。


「……いや、断ると言うよりは語る程の情報が無いと言った方が正しいな。強大で、邪悪で、俺と同じく黒い魔力だ。それくらいだな」

「……似ているところが多いが……知り合いなのか?」


 ……設定、考えて無かった。


 どうしようかな……、迂闊なことを言うと後で痛い目を見そうだ。


「……それは、聞いてくれるな……」

「黒騎士……」


 とりあえず、意味ありげな憂いに満ちた声音で時間稼ぎしとこうっと。


 青空を見上げ、哀愁を漂わせておく。


 すると、真剣な表情となり覚悟を決めたようなハクトが……。


「……な、なら、……オレを弟子にしてくれ!」

「弟子は取らん主義ぃ……だけど、今はリリアがいるな……」


 それに、勝手に弟子となっていたどこかの王女様もいる。


 どう言ったものか……いや丁度いいから少し教えておくのもいいかも知れない。


 ……都合の良い事に、相応しい獲物もあちらから来てくれたようだからね。




 ♢♢♢




「……俺はあちらこちらへ赴く事が多い。やるべき役目が多いからな。本格的な弟子は取れない。リリアは……他に行く所が無かったから、例外だ」

「……そうか」


 リリアなる者の弟子の存在にかなりの期待を持っていただけに、ハクトが肩を落として意気消沈する。


「だが……」


 ベンチに悠々と座る黒騎士が、腰を上げた。


「……強くなる道くらいは示しておこう」

「道……? それは、どう言う……?」


 戸惑うハクトを余所に黒騎士が黒いオーラを纏い、目を血走らせて駆けて来る大男へと身体を向ける。


「黒騎士ィィィィ!! てめぇをやればオレの名も上がるゼェェェ!! ゲヘヘヘェ!! ヨダレが止まんねぇぜどうしてくれんだコラァ!!」


 誰もいない修練場で目を覚まし、事態が飲み込めないまま通路にいたメイド達の黒騎士の噂話を聞いて走って来たようだ。


 その手には、剣と大きめの盾が。


 黒騎士を殺して国の英雄の座を奪い、女を侍らすつもりだ。


「勇者とは、希望の体現者だ」

「……」


 ハクトへと黒騎士は静かに語る。


 ハクトはその大きな山のような背を見つつ、次の言葉を待つ。


「どのような形であれ、多くのものを救うには力が要る。お前の求める力は、おそらく武力だろう」


 そう言い、立て掛けてあった大剣には見向きもせずに、左手に魔力を宿す。


 凝縮法を用いない、普通の魔力を。


「強くなる方法は無数に存在する。鍛練、武器、武術、戦術、そして……魔力。組み合わせれば、その可能性はまた大きく広がっていく。そうだな、例えば……」


 黒騎士は、ただ黒い魔力に染まった手を向かって来る大男へと翳す。


「くたばれェーッヘィ!!」


 奇妙な声を上げる大男の分厚い剣が、黒騎士の翳した手へと振り下ろされる。


「黒騎士ッ!!」

「ッ!!」


 ハクトも、背後の草陰のオズワルドも、流石に未だに無防備な黒騎士を案じてしまう。


「ヌァッ!? ……て、てめぇ!! なにしやがった!!」

「……今……」


 誰しもの予想は外れ、大男の剣は……黒騎士の黒いオーラを纏った手へ触れるなり、滑るようにして空を斬った。


 大男も滑り落ちて地面を打ち付け、骨まで酷く痺れる手から剣を手放し、先程と変わらず手を翳したままの黒騎士を見る。


「今のは手にある魔力の流れを操作し、接触した瞬間に剣を受け流しただけだ」

「……」


 耳を疑う、常識からかけ離れた説明であった。


 魔力を宿すならともかく、宿したそれを動かすなど聞いた事が無い。


「そして……」


 黒騎士は次に、黒い魔力の左手を手刀のようにし……。


「んだぁ!? やんの――」


 大男の翳した魔力を纏った盾へと、軽く突いた。


「ビィ!?」

「……」


 その結果に、ハクトやオズワルドだけでなく、息を呑んで見ていたメイド達や兵士達まで凍り付く。


 何よりも、心臓を貫かれる錯覚に陥る程に大男が恐怖した。


 金属の盾を軽々と貫通した黒き手刀が、大男の左胸手前で寸止めされていた。


「鋭く速く魔力を流して操れば、他の何よりも魔力が馴染む己の身体ならばこの通りだ。……さて、もう用は無いな」


 手刀から、五指へと魔力が集まる。


 そして掴むように手を広げ、更に一つ突いて大男の鎧の腹部を穿つ。


「アグァァギゃアァアア!! ぐっ、こ、この程度でぇぇぇ!!」

「……いや、鎧だけだからお前には一切当たっていない。……まぁいいか」


 大袈裟に喚く大男を、そのまま持ち上げる。


「ぬおっ!?」


 雄々しく力任せに持ち上げた巨体を、誰もいない通路脇へとぞんざいに投げ捨てる。


「グベっ!?」


 本日二度目の失神を余儀なくされた大男。


 一目で力自慢と分かる大男を、パワーだけでなくあらゆる面で制する。


 しかも戦闘目的ではなく、明らかにハクト達へ教授する目当てであった。


「……殺人未遂のこいつは兵士に任せるとして」

「……」


 未だに理解が追い付かず、ポカンと呆けるハクトへ向き直る。


「魔力だけでもこれだけで様々な用途がある。魔術や強弱を付けたりなどの工夫をすれば、また更に可能性は広がる。このように柔軟な思考で物事を――」

「これが、黒騎士の奥義……」

「……………お、奥義?」


 ハクトが目をキラキラさせて、黒騎士の技に胸を躍らせる。


 草陰にいるオズワルドも同様であった。


 しかし、黒騎士は……。


(……今パッと思い付いただけの、技とも呼べないものなんだけど……。俺には魔力凝縮法があるから、こんな猪口才ちょこざいなの使う事なんてないし……)


 黒騎士としては、常識に捉われない柔軟な考え方の方を伝えたかっただけなのだ。


「いや、あのな?」

「ありがとう! 黒騎士! 奥義を教えてくれたお前の期待に応えてみせる!」

「……いや、だから」

「次に会う時を楽しみにしててくれ! じゃぁなぁー!」


 後ろ手を振りながら、爽やかな笑顔で去っていくハクト。


 まぁ損にはならないだろうと、黒騎士はそのバカっぽい背を見送る。


「……お前はいいのか?」

「ッ、……ぼ、僕は……弓使いなので……」


 草陰のオズワルドが、その姿を現しながら返す。


 緑の髪を後ろで結んではいるが、その背にはいつものように弓がある。


「そうか? お前の能力ならば弓以外にも色々できそうだが」

「……それは、どういう……」


 黒騎士の不明瞭な言葉に、オズワルドは警戒心を高めて問う。


 だが丁度そこへ、リリアがメイド服を揺らして懸命に急いでやって来た。


 そして黒騎士の前で一礼し、片手を上げ……。


「――黒騎士様、魔力と共にあらんことを」

「それは他に人がいない時だけって言ったでしょっ」


 褒めて欲しいのか、そんな事を得意げなオーラと共に言うが、黒騎士は何故か焦った小声で窘める。


「……失念していました。ごめんなさい。それより、ご報告があります」


 どことなく子猫感が漂うリリアが、申し訳なさそうにしながらも報告を急ぐ。


 しかし……。


「黒騎士様っ!!」


 クールなリリアの眉間がこれでもかと寄る。


 位の高そうな騎士が大慌てで駆け寄り、リリアの報告よりも早く黒騎士へと告げた。


「どうした。リリアではなく俺の方に何か用か?」

「き、急な要請で誠に恐縮なのですが、緊急会議にご出席頂きたくっ」

「よし分かった案内してくれ」

「「……」」


 金の匂いに、黒騎士が即答した。








 ♢♢♢







「――ん?」


 意気揚々と駆けていたハクトが、何かしらの違和感を感じる。


 だが、辺りを見回すも……庭を抜けたこの場所には今は誰もおらず……。


「気のせいか……」


 再び黒騎士の技を練習する為に走り出した。




「……」





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