第93話、ジェラルド・アーチ

 旧地下水路での奇妙な出会いは、小さな会議へと発展していた。


「……そんな危険人物がいるのかぁむぐむぐむぐ」

「魔王殿、良ければご助力願いたいあむあむあむ」


 炊き込みご飯おにぎりを頬張る魔王とコォニー。魔王が持参していた弁当なのだという。


「もちろん。でもこの子の感じだと、物音は北と西の両方からしてるんだよね。……お新香いる?」

「いただこう」


 背後にずらずらと魔物達を引き連れ、百鬼夜行の如く地下水路を練り歩く。


 特に異様なのは巨大な蟻の魔物。


『…………』


 カンタイアリというらしいが、黒い複眼が不気味に覗いている。腹部に巣があるようで左右に複数の穴が空いており、そこから小さな……小さいと言っても一般的な蟻の数倍はあろう大きな働き蟻が無数に出入りしている。


 これは確かに危険だ。出会っていたらコォニーだろうと自分だろうと一溜りもない。


 それを、“道中に出会ったから拾った”のだと言う。


「さっきまで音はしないって言ってたから、きっと新しく色んな入り口から地下水路に入って来た人達がいるんだと思う。そんな危険人物がいるなら、どちらにしても追い出さないと」

「ふむ、二手に別れるべきか」

「遠いから俺達は北から回るようにして行くことにしようか」


 話半分に聞いていた魔王であったが、どうやら本物らしい。


 あの性悪な女共が調子付くのも頷けるというものだ。


「あ、もう一個ずつくらいおにぎりどうぞ。小腹が空いた時にでもいいんじゃない?」

「かたじけない」


 とても魔王には見えないが。


 ………


 ……


 …



「…………父さん」

「こんなところで何してる」

「あ、僕は、その——」

「行くところがあるんじゃねぇのか?」

「っ…………」


 頭を引き抜こうとするショック神父を通り過ぎ、オズワルドの目の前まで歩む。


 あの頃と変わらない産まれながらの強者の歩み。


「ぐぬぅ……カジノのオーナーがやることではないのではないのかぁ!?」

「てめぇはどうなんだ。背負った肩書きに見合うことをやってんのか?」


 大したダメージも感じさせない神父と向き合う形で踵を返し、肩越しに無言でオズワルドへ顎で示した。


「……ありがとうございますっ」

「…………」


 ジェラルドにショック神父を相手にしてもらえるならこれ以上はない。しかし……道が分からない。


「少年少年、吾輩が案内しようぞ」

「えっ……!? 水ゴブリンっ!?」

「先程にちらりと見えた白髪少年だろう? 魔力が非常に濃いので、吾輩ならば跡を辿れるだろう。道すがらに現状を話してもらう、付いて来るのだっ!!」

「は、はい……」



 ♢♢♢



 コォニーに連れられ、オズワルドが去る。


 昔に住んでいた道場で、はしゃぐコォニーを見たが一向に変わらないようであった。


 そして、息子オズワルド。


「ふっ……——っ?」


 思い出に浸るジェラルドの後頭部を襲う、尋常では無い強打。


 いつもと違い痛み・・を感じる一撃に、ジェラルドが微かに眉根を寄せる。


「ヌオッ!? し、死んではいないのであるか?」

「これくらいじゃあな」


 常人ならば頭蓋骨を粉砕する一撃を受けても、首の関節を鳴らしながら向き直る。


 そこにはお目当てである巨体の男が、理解不能とばかりに首を傾げていた。


 石壁を本でいとも容易く殴り砕き、自分の側の問題で無いと確認すると、改めて名乗った。


「……………私はショック神父である!!」

「知ってる。……変人で有名だからなっ」


 額に垂れる血を気にも留めないジェラルドの拳が、ショック神父に炸裂する。


「グッッ!? ぐっ、ウゥ……ヌン!!」

「ッ……! ……ッ!!」


 大きな教典がジェラルドの首元を強かに打つが、兵士が鎧越しに抉られる打撃を物ともせず殴り返す。


 鉄の本と拳の応酬。


 一撃死必至とされていた両者の攻撃。


 互いに譲らない打撃の応酬に、鮮血が飛び散る。


 しかしそんな事に構わず、その場に足を止めて相手の身体を砕こうと力任せの攻撃を繰り出し続ける。


 それは数手までは全くの互角に思えた。


 だが――――


「――ヌォォオ!? これは本当に現実であるか!?」


 己に施した呪いの複効果として、“痛覚を感じない”と言うメリットでありデメリットがある。


 痛みで死ぬ事はなく、怯む事は無い。


 だが痛覚を感じず己の状態を正しく認識できない神父の手や足は次第に重くなり、確かなダメージの深刻さを現す。


 僅か二十秒間の無呼吸連打で、地力の差が現れた。


「グヌぁぁ!? クッ――」

「ッ――——」


 正面からの殴り合いから飛び退いた神父がジェラルドの追い討ちのケンカキックを顔面に受け、鼻と口から鮮血を飛び散らせる。


「ヌガぁ……」

「……フンッ!!」


 もう一つ続け様に放ったケンカキックを胸に受け、ショック神父が通路の遥か向こうへ飛び抜けていく。


 ジェラルドがその後をゆっくりと歩み追っていく。


「…………」


 行き当たりの壁に奇妙な形でめり込んだショックを見て、一息吐く。


 長年で最も手間のかかった相手であったが、先ほどの非常識極まりない体験をしたジェラルドには何の驚きもなかった。


「…………?」


 服の汚れを払おうとする手が止まり、自分の胸元に伸びた神父の左手に疑念を抱く。


 そっと添えられた、爪に奇妙な印の浮き出た左手。


「お、お返しするである。――〈応報呪撃衝ざ・ショック〉」

「ゴフッ……!?」


 爪の刻印が妖しく光り、ジェラルドの身体にこれまで・・・・の衝撃が纏めて返される。


 血肉や骨が粉々に弾けるような衝撃がもたらされる。


「ぐのぉぉ……、これでも死なないのであるか。普通ならば良い音を立てて弾けるのであるが……」

「…………」


 膝を突き、全身から血を流す。


 無敗の男を窮地に追い詰めたのは、自らの力技。


 それも三十七発分の自分の攻撃を一度に受け、身体の内部や外部に様々な傷が生まれる。


 一瞬の間に身体中を内から外から刃物で八つ裂きにされるような感覚であった。


 それは紛れもなく、生まれ落ちてから一番の深手。


「ッ……」

「……のぉぉッ、本当に人間であるか?」


 彼にとって聞き慣れた台詞を吐きながら、トドメを刺す為にやっとの事で起き上がる。


 歓楽街で治療を欲すれど金に困る者達や教会に集まる子供達で実験。施術と題して実験に実験を重ねて編み出した秘術を持ってして死なない人間がいようとは想定していなかった。


 石壁をも木っ端微塵に破砕する切り札を喰らい、尚も人型を保つジェラルドに驚愕しながらも武器を大きく上げる。


「兎にも角にも、これで終わってもらうのであ……ルゥゥゥンッ!!」

「ッ……――――」


 鋼鉄教典が渾身の力で振り下ろされる。


 生々しく半端ではなく鈍い音が響く……。


「……ふぅ〜、……ぐぐっ、身体が……まさか祭壇は流石に大丈夫だろうと言いつつ、急ぐ私であった」


 ショック神父が立ち去る。呪いと血だらけのジェラルドを残し、スキップ混じりに祭壇へ急ぐ。



 ………


 ……


 …



『……ケケケ、ケケケケ』


 ……誰だ。耳障りだぞ。


『おいおい、もう起きたのか? ……サイッコーだなぁ!!』


 うるせぇ、誰だって訊いてる。


『あの出来損ないから移ってやったんだぜ? 感謝しろぉ?』


 謎の呼びかけが脳内に響き、幸か不幸か混濁していた意識が繋ぎ止められる。


『俺に代わりなっ、すぐにあいつ殺してやっから』


 ……流石に病院に行った方がいいらしい。

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