第92話、神父
いよいよ入り口から遠くなり、魔物が現れる危険性が出て来た頃合いで、オズワルドはある物を取り出す。
「カンタイアリがアント系なら、この粉の香りが嫌いな筈です。サイレンターという個体がどうにかできればよいのですが、ちょっと訳が分からないので魔検石を頼りに動きましょう。近付くようなら石の色が変わります。話を聞く限り、おそらく青色に」
自分とハクトに鞄から取り出した薄い黄色の粉を足下や靴に擦り付ける。
「隠れる場所がないので最悪の場合、サイレンターのみは戦闘になると思います」
「分かった」
「アルミラージは魔法を使いますけど刺激しなければいいだけです。さっ、行きましょう」
かつての旅で培った魔物に対する経験が活きていた。
「……さっきのベネディクトの話なんだけどさぁ」
『何か不審な点でも?』
「ヤバいのは分かった。倒す手段はこれから見つける。たださぁ、なんでそんなに能力を知ってるんだよ。かなり細かい説明だったぞ」
『“天使は嘘を吐けない”』
当時の剣殺人である友が発見した事実なのだという。
『調べたからです。粛清人として役目を果たしつつ、少しずつ、友と共に……』
悲しげに、酷く悲しげに、マヌアは語る。
『ベネディクト……私の時には、ハルバド・アークマンでしたが、彼はエンゼ教を布教するのに当時、二つの策に尽力していました』
他宗教根絶と〈福音〉の散布。
現在、ライト王国近辺に他宗教がほとんど存在しない理由はこれに起因する。
『アークマンは何かを警戒しながらある一族を探しつつ王国を回り、村を救います。私の村もそうでした』
伝統的な呪術を武器にする民族の一つであった。比較的大きく、しかし家畜のお陰で飢えることの少ない恵まれた集落である。
周辺にある七つの民族などとの接触は多く、それらも含めて自分達だけでコミュニティは完結していた。
しかし突然の疫病。それは家畜を中心に人にも感染する。
飢饉と疫病に苦しむ中で、その者は現れた。
ハルバド・アークマンは望む者すべてに魔力を与え、一夜にして民を救う。現代とは異なり、〈福音〉を惜しげもなく与えた。
『当然にエンゼ教への入信を勧められましたが、入信する者も少なくない中で私達の家族はシーマン教を信仰しており…………代わりに私だけがエンゼ教徒となって、恩を返すことになったのです』
それが粛清部であった。マヌアは若いながら呪術に極めて長けており、なんらかの所持品か髪などの身体の一部があれば対象を呪い殺せたという。
『父と母は改宗を許し、笑顔で送り出してくれました。むしろ済まないと……。私には弟がおり、族長は彼が引き継ぐので後顧の憂いなく村を後にした』
何も疑うことなく、五年の歳月が経過する。エンゼ教が最も活発であった街の教会で、過激派反エンゼ教徒を呪い殺す毎日。マイノリティを排斥しようとする者達から、信徒を守る為に。
『しかしその時は、突然にやって来た……』
「やって来たであるな……?」
後半のマヌアの声を反復するようにして、左通路の影からその者が顔を覗かせた。
「ショ〜〜ック!!」
分厚い何かが、ハクトへと振り下ろされる。
この不意打ちと通路の狭さでは、即座に大剣を取り回せるわけがない。
「っ……————」
人前では使わないと自戒した〈魔眼〉の封を、オズワルドは躊躇わずに切る。
〈魔眼・引力〉の紋章が、瞳に浮かび上がる。
不審者の凶器と横合いの壁に、魔法陣が浮かび——凶器が壁へと摩訶不思議に軌道を変えた。
「ワッツ!? ぬぅ!? ぬぅぅん!?」
壁にめり込む……鋼鉄の教本を不思議に見る巨体の男。
ショック神父であった。
デカい、そして腹回りから腕回りまで何もかもが分厚い。
「おおっ!!」
「ぬぅ、ぅん!? ぬぅん、苔は付いていないであるな」
「っ……無傷?」
オズワルドが繰り出したグラス直伝の右上段蹴りを首筋に食らいながらも、教本に汚れがないか確かめ始めるくらいに分厚い首であった。
「……こほん、配置した魔物がいないので奇妙極まり、お出ましと相成ったのである」
「くっ……」
魔眼は
『今ですっ!! ハクト殿っ、この変人が祭壇にいない今が好機!!』
「えっ、オレも戦おうかと……」
『あの男は変人ですが強いっ! 〈福音〉無くとも粛清部で一際飛び抜けています!! 時間がかかり過ぎる上に、あなたの魔力量でないと封が切れないんです!!』
マヌアが叫び、ハクトが方針を改める。
「っ、待ってください!! ハクト君、待って!! ——くっ!?」
「教えを教え、広めて広げて!!」
教本を広げ、爆風を巻き起こすショック神父に堪らず後退る。
『時間を稼ぐ力量はお持ちのはず!! そちらはお願いします!! 呪具を回収してさえすれば私達の勝ちです!!』
マヌアはここしかないとばかりに速度を速め、ハクトを先導する。
『ハクト殿っ、お早くっ!!』
「お、おう……!」
マヌアに付いて行く為に魔力を馴染ませて疾走していくハクト。
「ハクト君っ、戻って来てくださいっ!! 一人では危ないっ!!」
「必死っ!! 活きが良しっ!! 呪いの糧としたいところ!! しかしあちらはあの騒ぎで走れば、あの魔物が察知してしまうであるなぁ!!」
「ハク——」
「おっとぉ!! ……その魔物について訊き出そうとしても無駄であるぞっ!? お口にチャ~~ック!!」
「くぅ……、この人の大声が一番邪魔だったなぁ……!! 来るとしたらこっちに来ますよっ!」
堪らず嘆きを漏らすオズワルドだが、再び瞳に魔力の線が浮かび上がる。
時間をかけている場合ではなくなった。全力だ。それでも勝てるか怪しいが、そうするしかない。
「舌舐めずりである……じゅるり、——ん?」
「よぉ、神父さん。上機嫌じゃねぇか」
「ッあぉう————」
今度はショック神父の顔が、壁に埋もれる。
背後からやって来た同等の大男によって、頭を鷲掴まれて力任せに叩き込まれた。
「…………父、さん……?」
「…………」
オズワルドが、ジェラルドを見上げて無意識に呟いた。
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