第174話、レークの閑話三本立て

 

 ・『遺跡偵察の日、ソウマとランスが遅くなった理由』



「――〈羅焦らしょう抜き手〉」


 鉄をも溶かす高温の炎を纏った人差し指と中指で、即座にゴブリンの喉元を焼き貫く。


「――ッ!? ――――ッ――」


 悲鳴も許されず、赤熱色の残る首を掻きむしるゴブリンが泡を吹いて事切れた。


「ギギィ!? ギィィーッ!!」


 更に抜き手の炎は光線の如く走り、直線上にいたゴブリンを貫き、焼いていた。


「ッ――」

「ギッ……!?」


 顔を焼く炎を躍起になって消火せんとしていたゴブリンを、宙返りで飛び越える際に首を捻り、頸椎を折って仕留めた。


「…………」


 曲芸師じみた派手な技を見せたソウマが、崩れ落ちたゴブリンを見下ろしてから辺りを見回す。


 尚も周囲に気を配りつつも、一仕事終えたと緊張の糸を解く。


(……今ならアレも真似出来そうだな……)


 自分の相手はもういないと悟や否や、手首を軽く振り先程の手応えを確認する。


 紛れもない強者達の激突を目にして、才能任せに駆け上がって来た炎の武闘家はかつてない熱意を滾らせていた。


「……なぁ、もう決定でいいんじゃねぇか?」


 溜め息混じりに言うソウマの足元には、バーゲストやゴブリンの残骸が散らばっている。


 焼かれ、細切れにされ、胸元を貫かれ、腕利き達により様々な死に様を見せていた。


「ひくっ、ひっく……終わりましたぁ、頭領ぉ」

「…………みっともないから顔を拭け」


 逃げようともがく最後のゴブリンの口を塞ぎ、首元を掻っ切る【踊る二刃】の副頭領ヤーニャ。


 血と涙と鼻水を流しながらの報告を受けたアサンシアは、いつまでも終わった恋を引きずる仲間に頭を抱えている。


「……可哀想だね、彼女。いい感じだったデープがクジャーロ王の遺物に取って代わられていたなんて」

「まぁな……」

「……えっ?」


 ソウマが思わず驚きを露わにした。


「こんな大事な任務中に終始泣きっ面で戦ってるあいつの肩を持つの……? 叱る一択だと思って険しい表情してた俺って、思ってたより常識ねぇのかな……」


 同情的なランスとアサンシアに仰天する。


「何はともあれ、ソウマ殿の言うようにもう決まりだろう。だが、姫君が記された最後の重要な地点だけは確認せねばなるまい」

「……この先か。ここからでも死臭が凄いね」


 光鉱石が散りばめられた遺跡内は、松明いらずで見るも美しい造形をしていた。


 明らかに自然的ではない丸みを帯びた遺跡は、時折任務を忘れて見入る芸術性を秘めている。


 しかし……ある区域に入るその道からは、夥しい肉片や血の跡が続いている。


「ガキの頃、弟子仲間と一緒に師匠に引きずられて行ったオーガの巣穴を思い出すぜ。これよりはもっと綺麗好きのオーガだったけどな。それに……なんか死臭に混じってヤバい臭いもしてる」


 そのソウマの言を受け、嫌な予感を加速させる一同は間もなく怪物の存在を確信することとなる。


 たまにすれ違うゴブリンなどの魔物を、瓦礫の陰に身を隠すなどしてやり仰せつつ深部へ向かう。


 そしてセレスティアが示した最終ポイントまであと少しといったところであった。


「…………」

「…………」


 誰もが横穴にあった強烈な腐敗臭を放つその巨大な死骸に絶句する。


「トロールなのか……?」


 汗の滲むランスが噂に聞く巨人の名を呟いた。


 オーガなどとも桁の違う強力な魔物“トロール”。


 人間の三倍以上も大きな背丈と肥えた身体で、力任せに繰り出される強烈な攻撃は容易くオーガさえも破裂させる。


 そのトロールが…………下半身のみ・・・・・でそこにあった。


「トロールの肌なんて、岩みたいなもんなんだぞ……」


 綺麗さっぱりと抉られた下腹部からは、背骨や虫のたかる変色した腸が飛び出ている。


「……アサンシア達は帰ってこれを伝えろ。攻城兵器なんかもあっただろ。全部用意させろ」

「承った。では」


 アサンシア等を見送り、ソウマが嘆息混じりに言う。


「……少なくともトロールがいた。他にもこれクラスがいる可能性は高い。その上、トロールを噛み千切る化け物までいる。……アスラに期待する他ないだろうな。俺等ですら、徒党を組んでトロールを倒すのが精々だろうからな」

「だね。アスラさんならやれると信じるしかない。トロールならまず間違いなく軽く蹴散らしてしまうだろうけども……。……何にしろまずは早いとこ偵察を終わらせて帰還しよう。あんまりここに居たくないよ」

「んだな」


 意識する必要もなく警戒心は何段階も跳ね上がり、より慎重に遺跡の中でも指折りの広さを誇る空間へと辿り着く。


 太古には見張り台として役割があったであろう高台に忍び、眼下に広がる陰惨な光景を見る。


「……こりゃ……やべぇな」


 これだけの広い場を隙間も疎らに蠢く魔物達。


 不快感と吐き気を誘う醜悪なものであった。


 しかもソウマ達に冷たい汗を流させる最も無視し難い要因は、それらの魔物が武器などを奥の部屋から運び出すなどしていた事実である。


「戻ろうぜ。化け物がいるとしたら……武器部屋とは別の、あのもう一つ奥の穴だろう。トロールやらが鎖で何かを引きずり出そうとしてやがる」

「……見取り図を見ても、あの入り口を利用しなければどうにも辿り着けないね。さっさとやれるだけの罠を仕掛けて帰ろうか」


 一見冷静に会話するソウマとランス。


 武器を運び出す、鎧を身に付ける、盛大に食糧を消費する。


 人間と大差ない。


 直前に迫る『戦』の準備であった。


「……なぁ、これを言うと頭がおかしくなったと思われるかもしれないけどさ」

「うん? な、なに?」

「その作業、裸でやっていいか?」



 ………


 ……


 …





「なんでだよ!! 気持ち悪いなぁもう!!」


 話を聞いていたハクトが堪らず叫ぶ。


 ソーデン家の一室にて養生しているソウマの見舞いに来ていたハクト。


 世間話でもと、遺跡偵察の一部始終を聞いていたのだ。


「遺跡で全裸なんて中々できないんだからちょっとくらいいいだろうが!! ————いてっ!? いててててっ!」


 ベッドの上で、〈魔雷撃〉や〈魔怒撃〉にて酷使した全身を抱えて悶絶するソウマ。


 身体中の包帯や添え木が、先日の激戦を物語っている。


「アサンシアさん達を帰らせたのはそういう理由だったし、遅くなったのも自分が本当に裸になったソウマさんを見ないようにして罠をしかけていたからなんだよ。こんなの言えないでしょ?」

「うわ、最低すぎる……」


 ランスとハクトの残念な者を見る目付き。


 魔王相手に共に戦った者へ送る視線は既に無かった。


「ふん、やだねぇやだねぇ! 自分でやってもいないのに凝り固まった価値観で他人の趣味趣向を否定する奴ってのは! 損してるぞ!? 健康にだっていいのによぉ!」

「はっきりと迷惑になる趣味はやめて欲しいよ、ソウマさん……。ちょっと布教しようと挑戦するのも止めてくれ」





 〜・〜・〜・〜・〜・〜





 ・『魔王、妬む』


 チュンチュンと、窓の外で鳥が鳴いている。


 なんか下の方の階でハクト達が叫んでる気もする。


「…………」

「…………」


 ソファと脚置きを揃えて寝そべり、サングラスをかけて日光浴に興じる。


 一緒に釣りをしようと連れて来たレルガと揃って陽光を浴びる。


「レルガ君」

「なに」

「君に必殺技はあるかい?」


 俺の場合はパンチのことをいうのだが……魔王の必殺技がパンチってなんだ。それっぽくないし、聞いたこともない。


 何か考えねば。


 理想を言えば、威力は二の次で遠距離を狙える……もっとこうあの黒翼の男みたいな使い勝手のいいビームとかがいい。目からビームとかもいい。


 それにモリーやアスラ、セレスにまで必殺技があるらしいではないか。魔王より先んじてなんてやつらだ、けしからん。


 ……妬ましい。そして、羨ましい……。


「なに、それ」

「う〜ん、強い……というより自信のある技のことだよ」

「それだったらレルガにもある。レルガがドウサン投げるやつ。獲物にドウサン投げたらドウサンが殺して帰ってくる」

「それはもはやドウサンの必殺技だよ、レルガ君」


 レルガらしくて可愛いではないか。なんでも真似したがるのは困ったものだが。同じサングラスを用意するのに手間取った。


 あと、全員にドウサンとヒサヒデとの戦闘を禁じる指示を忘れないように出しておかないと。あの子達は凄く危険だから。


 思えば、そこそこ強くなったと思っていた子供時代に初めて本気を出したのが彼等だったな。


「……モッブ君はどうかな?」

「私は姿形を変えることくらいしか取り柄がありませんので」

「凄いスキルじゃないか。いつもパーフェクトな仕事にお世話になっているよ」

「こ、光栄の至り……」


 戸惑う使用人(男性)姿のモッブに構わず、握手しといた。


「あ〜、なんかいい必殺技ないかなぁ。あ〜む」

「……あむっ!」


 近くのテーブルの上にある生ハムをクロノカリバーで削いで跳ねて、俺とレルガの口元に落とす。


「あの……例のラギーリンを葬ったのは、それとは異なるのでしょうか」

「……あんなの魔力を飛ばしただけだよ。それに、あれはとにかく派手なものをって感じだったからね。技と言うには不完全だよ。ニダイなんかには魔力の無駄に終わるからとてもじゃないけど使えないね」

「……不完全……」


 やっぱ放出系はダメだな、弱々しい。ただの魔力に戻ってしまうので、使えると判定できる合格ラインの技がなかなか放てない。


 あんなんより、モリーが最後に使った魔術の方が何倍も凄かった。ていうかアレ……ほんとに凄いよな。ムスケルさんの魔術、凶悪なのばっかだよ。どんな人だったんだろう。


「…………」


 むしろ必殺技の名前から考えてやろうか。


 ぽかぽかお日様に身を委ねつつ、緩やかに名前の方から技を考える斬新さを見せてみる。


「デビルぅ……ティラノぉ…………なんかセンスがないな。レルガとモッブって趣味とかあるの?」

「レルガはお腹いっぱいになってからドウサンの上であったかして、ヒサヒデの唄を聴きながら寝る」

「なにその好待遇……」


 何かヒントになればと訊いてみれば、随分と楽しそうにやってるじゃないか。赤ちゃんにする類のお世話をされている。


「私は、お恥ずかしながら……劇場から聴こえてくる歌声を聴くことが楽しみで……」

「おお、いいじゃないか。モッブは上品だからそういう感性もあるんだね。ていうか、入場すれば?」

「いえ、私には我等がクロノスの名誉あるお仕事があります。最初から最後までとなると時間がかかるらしいので、とてもとても」

「行きなさい。俺が絶対に休みをあげるからね?」


 ……休暇をあげなければ。特に側で働いてくれている忠臣に、定期的な休暇を。


「歌か……」


 まだ必殺技ないのに、名前だけいいの思い付いちゃった。





 〜・〜・〜・〜・〜・〜





 ・『第一席、アレを知ってしまう』



「――申し開きのしようも御座いません……」


 平謝りで頭を下げるレンドを前に、無機質な気配を醸し出すセレスティアは平静のまま返す。


「私は決して宝剣グレイには近付かず、あなたとキリエとラギーリンとの三人のみ。屋敷内での決着をとの条件を付けていたはずです」

「はっ、仰る通りです……」


 レンドの執務室には二人の他にキリエとリッヒーにクリストフ、護衛する騎士達四名のみ。


 騎士等は何としても死守せねばと鋭利な視線を方々へ行き交わせ、リッヒーはクリストフの給仕に優雅にカップを傾ける。


 キリエは何か考え事に気を取られ、心ここに在らずの様子だ。


 リッヒーと対面する形で長椅子に座るセレスティアは、厳しくレンドを非難する。


「個人の裁量に任せた裁きをとの私の命令自体が問題のあるものだったとしても、グレイが魔王の手に渡ったとあってはあなたの責任を問わずにはいられません」

「はっ……」

「ですが正直に言ってしまえば、あれだけ魔王が強大ならばグレイや眷属が渡ったところであまり変わらないのではとも思います。奪取しようと思えばいつでも手に入れられるのではとも」


 そして、グレイを奪ったラギーリンが戦場に現れる可能性をも考慮していたとも……。


 セレスティアの頭脳の一端を知る熟練の騎士等は、そう感じられていた。


「なのでお父様がどう仰るかは分かりませんが、多少の口利きはしましょう」

「あ、有り難きご慈悲に感謝の言葉も御座いません!!」


 ソーデン家にセレスティアへの計り知れない恩が生まれた。


 まさかこれも……。


「リッヒー、エンゼ教にご執心の侯爵派貴族の取り込み、ご苦労様でした。まさか彼等から兵達も借りられるとは。あなたがこちら側でとても心強く思います」


 わざわざ自身でレークの町へとやって来た理由の一つが、これであった。


「何のこの程度、我等が王女殿下の命とあらば容易いことです。……クリストフはお役に立ちましたか? 帰って来てから顔色が優れないのですが、訊ねてもこの不機嫌顔でして」


 理由などあの漆黒の魔力を町からでも見たのであれば、容易に察しが付く。


 背後のクリストフがお調子者のリッヒーを睨み付ける。


「えぇ、とても良い働きでした。お陰様で魔王軍を追い払えましたから」

「…………」

「ほぅ、それは宜しゅう御座いました。良かったな、クリストフ」


 何とも言えない顔付きのクリストフやご機嫌のリッヒーを他所に、セレスティアが席を立つ。


「おっと、我等も途中までお供せねば!」


 慌ててリッヒーも立ち上がり、背広を執拗な程に正す。


 その様を眺めながら、佇むキリエは深く考える。


「…………」


 ブレンからそれとなく訊ねたところ、あのメモはグラスなる使用人宛にと弟に渡したらしい。


 あの口振りからしてグラスなる者は魔王の仮の姿なのだろう。


 これ自体が王国を揺るがす重大かつ驚愕の秘密なのだが、現在キリエの頭を悩ますのは別のこと。


「では私は自室で休ませてもらいます」

「はっ、何かご入用のものがあれば何なりと」


 変わらず冷淡に兄と会話するセレスティア。


 グラスの弟はセレスティアの使用人として付き添い、この町にやって来た。


 どう考えても弟も魔王の手下だ。


 分からないのは、セレスティアの知らない内に魔王の手が伸びているのか、もしくは……。


「はい。レンドも無理をせずにソッドに任せて休んでください。それではまた昼食の際に」

「はっ、ごゆるりと」


 深々と礼をする兄に続き、頭を下げる。


 その際――


「――――」

「ッ……!!」


 闇を纏うような艶やかな笑みを口元に浮かべ、口元に人差し指を当てる仕草を見せた。


 部屋にいる騎士やクリストフにも察せないタイミングで、キリエにだけ分かるように。


 美しい王女が垣間見せた妖艶さと恐ろしさに、キリエが身震いした。


 怖い。


 やはりこの作り物じみた完璧なる王女だけには、とてもではないが逆らえない。




 ………


 ……


 …






「お祭りには赴かれるのですかな?」

「これ以上、皆を困らせるつもりはありません。あとは大人しくしているつもりです。勿論あのエリカもそのつもりでしょう」


 陽気なリッヒーと律儀に会話しつつもセレスティアは心なしか足早に一階廊下を歩んでいく。


 自室へと急ぐ。


「はははっ、いやご無礼を。エリカ様のお名前を耳にし、つい思い出してしまいました。まさかあれ程までに微笑ましくも尊いエリカ様のお姿を目にできるとは思ってもいませんでしたもので」

「…………」


 セレスティアの足が止まる。


 気にはなっていた。あの兇剣の宴の日にエリカが茹で上がった様子で運び込まれていたことだ。


「おっと、どうかなさいましたかな?」

「……微笑ましくも尊いとは、どのような意味なのでしょうか」


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