第7話、改革や……

 

 途方もなく強大であった黒翼の男が光に消え、しばらくすると魔王は地面に突き刺さった黒の装飾剣を引き抜き、セレスの元へと歩み寄る。


「……」


 ヘタリ込み純真な眼で見上げるセレスティアと、見下ろす傷だらけの魔王。


 胸元はえぐられ、口の端からは血が垂れ、満身創痍まんしんそういとなりつつも余裕の笑みを崩さない魔王。


「……君の剣は俺が持って行くよ」

「え?」


 ニヤリと唇の端を吊り上げて得意げに言う魔王に、キョトンとするセレス。


「……っ」


 だが、賢いセレスはすぐにその言葉の意味を理解してしまう。


「いいね?」

「……はい……」


 魔王は、か細くなりつつもしっかりとした彼女の返事を聞き、一つ笑顔で頷くと、


「じゃあね」

「あっ!」


 天井の穴から外へと飛び上がり、この場を後にした。


 月明かりに照らされたキラキラと輝く澄んだ瞳が、いつまでもその後を見上げていた。





 ♢♢♢





 装飾された黒剣を引きずり、山頂からかなり離れた雑木林まで降りてきた。


 そこで、周囲に気配が無いことを確認する。


「……ガフッ」


 血を吐き、ガクリと膝をつく。


 そして思う。





 異世界人つえ〜〜〜ッ……。





 なんだよアレ! 死んじゃうかと思ったじゃん!!


 なんで山に閉じ込められて、おまけに鎖で繋がれた奴があんなに強いんだよ。翼なんてただの邪魔臭いアクセサリーと化してたのに……。


 異世界人ナメてた。ギリギリだった……。


 こんなん、デスクワークのメタボ中年に格闘家が延長戦判定勝利(疑惑あり)したようなもんだ。


 魔力もあっちの方はまだまだ余裕あるみたいだったし、やっぱそう簡単にはいかないよな。


 ぐ、ぐぅ……。子供の癖に最初から強武器を使おうとするもんだから、横からさらってやろう、とか考えるんじゃなかった。


 絶望を与えるのも簡単じゃないや。


 ……まぁ、あの子が助かったんだから……………いやいや違う! それはあくまでオマケだ! 剣のついでだ!


 口元の血を乱暴にぬぐい、魔力がすっからかんで中々癒えない脇腹を抑えて帰路に着く。


 全然最強じゃなかった……。


 まだあのちびっ子勇者が成長するまで時間がある。


 出直すんや……、鍛え直しや……。


 ――鍛え方改革じゃぁぁぁ!!





 ♢♢♢





「はぁ、はぁ、はぁ」

「すまない! 先に行かせてもらう!」

「む、無論です! 勇者様っ、セレス様をよろしくお願いします!」


 天変地異を思わせる轟音に目を覚ましてみれば、セレスティアがおらず、山頂付近では白き閃光が天をいている。


 間違いなく遺跡にセレスティアがいて、何かが起こっている。


 アレが解き放たれるような事があれば……。


(……不覚だ)


 シーロは、共に飛び出した姫の護衛のマリーを置き去りにして、矢のような速度で遺跡へと駆け上がり、焦燥感に駆られながら内部へと侵入していく。


「――セレス様っ!」


 あの頑強な扉が吹き飛んでいる事実と、無傷で尻餅をついているセレスティアに違和感を感じつつ、最奥の封印の間へと入り込む。


「……そんな……まさか……」


 シーロは、有り得ない光景に目を疑う。


 過去の偉大な先祖達が、その叡智の結晶を注ぎ込んで作り上げた強固な神殿が……ボロボロに破壊され、崩れかかっていた。


 そして、鎖はあれども……アレがいない。


 逃げた訳ではない。


 鎖が外された形跡もなければ、千切れた様子もない。


 という事は……。


「せ、セレス様っ! ここにいた男はどうなりましたかっ!?」

「……倒されました」

「バカなっ!?」


 有り得ない。


 封じられていたとは言え、あの【太古の魔】が倒された。そもそもそんな事が可能なのだろうか。


「い、いったい、誰が……」

「……黒い、魔王……」


 黒い魔王?


 先程から天井の穴を見つめてボーっとしたまま呟くセレスティアだが、それよりも気になる事が多すぎる。


 あの離れ島の魔王は有り得ない・・・・・


 そもそも黒と言われるような姿でもないはずだ。


(ならば、……新たな脅威か。それも……【太古の魔】を単独で倒す程の……)


 ゾッとした。


 想像もできぬ絶望的な強大さに、身の内から凍り付く。


 セレスティアの証言は事実だったのだ。


(新たな、魔王……)


 力だけでなく、手口も悪辣あくらつかつ巧妙だ。


 まず部屋に押し入り、セレスティアに接触し挑発。当然シーロらは姫と言えども子供の言うことを間に受ける訳もない。実際、姫の見た夢だと一蹴していた。


 そして、危機感を覚えた姫に遺跡まで誘導させる。


 子供を使うという邪悪な策だ。


(おのれ……黒き魔王め……)


 音が鳴る程歯を食いしばり、拳を握り締め、まだ見ぬ悪に怒りをあらわにした。





 ♢♢♢





 王都の民もすっかり寝静まった時刻。


 張り詰めた雰囲気の王の間には、ライト王と王の補佐のジョルジュ・ジージ、更にはセレスの護衛のマリーと……勇者シーロ・ユシアがいた。


 急遽セレスティアやマリーと共に、一家全員で王都へとおもむいたのだ。


 壁際の篝火かがりびの火が、玉座に座る王の険しい横顔を照らす。


 皆、一様に顔付きが険しく、非常事態に冷や汗をにじませている。


 “真実の伝承”を受け継ぐこの場の者達にとっては、『世界の終わりの始まり』とも思えたからだ。


「……【太古の魔】の伝説が伝承通りであるならば、……とても信じられる話ではない……」


 これが、ドラゴンなどの人類を超越した存在ならば納得できただろう。


 この世界のドラゴンは、モンスターというよりは神や大災害。力の象徴。


 言い換えれば、畏怖と恐怖、信仰の対象なのだ。


「……少年、だったのだな?」

「はっ。セレスティア様は二度に渡って接触しております。見間違いではないかと」

「……ふむ」


 眼前にひざまずく勇者とマリーに対する信頼は厚く、しかも証人があのセレスティアだ。


 続けて溜め息混じりに、王が呟く。


「……新たな……それも、未知の【魔王】か……。して、他に特徴は」

「黒髪の一般的な人族の姿をしているとしか」

「ふぅむ……」


 黒髪の種族は多い。


 亜人族の魔人族を代表に、人間側にも魔族側にも多くいる。


 つまり、有力な手がかりにはならないという事だ。


「私もこれからはこちらにて、主に若手の育成に尽力したく思います」

「おお! これからは勇者殿が近くにおられるとは。これ以上頼もしい事はありませぬな!」


 使命が消滅した以上、あそこに留まるよりも王都にてセレスやハクトの育成に力を入れた方がいいという考えである。


「同感だ。余も心強く思うぞ。この滅亡の危機にひんする現状では、特にな」

「もったいなきお言葉」

「うむ。魔王についてはまずは情報を集める他ないな。それは余の方で手配しておこう。……………して、セレスはどんな様子だ?」


 王としての本題を打ち切り、父としての本題に移る。


 魔王が何故セレスを見逃したのかは不明だが、無事で何より。後は、精神的な傷やストレスを心配するところだ。


「……殿下は……その……」

「……マリーよ。はっきり申せ」


 歯切れの悪いマリーの様子に苛立ちを隠し切れず、低くなった声で訊ねる。


「も、申し訳ありません。……殿下は、……非常にお元気です」

「……元気、とな?」


 あまりに漠然ばくぜんとした物言いに、元気と言われても素直に安心できずにいるライト王。


「陛下。セレスティア様は、事件直後こそ呆然とされておりましたが、次の日の帰省の朝にはこれまでよりも遥かにお元気になられ、旅の最中にも私に剣の稽古をせがんでこられる程でした」

「……なんと……」

「ほぉ……」


 あのセレスが自主的に何かに取り組むなど、これまで一度たりとも無かった事だ。


「理由をお訊きしましたところ、“魔王がいつ現れても戦えるように”との事です。魔王の相手は自分がすると仰られて聞かないのです」


 勇者の説明に、王の片眉が上がる。


「……頼もしいが……素直には喜べんな」

「実力はあれども、姫様にはできるだけ安全な場所にいてもらいたいですからな」

「うむ」


 王もジョルジュも、喜ばしい変化とほおを緩ませてばかりではいられないようだ。


「笑顔もこれまで以上にお素敵になられて、目にしただけで周囲の者達を幸せにされるのです。あぁ、お側に侍る私のなんと幸運であることか……」

「そうか……」


 以前以上にウットリとして語るマリーに、王もジョルジュも勇者ですら、気づかれぬように溜め息を漏らすのだった。


 そして王は、避けられない問題に思考を巡らす。非情なまでの現状に頭を悩ませる。


 常に離れ島にいる【孤島の魔王】の危機にさらされ続けるこの王国に、新たな未曾有みぞうの脅威が生まれた可能性が出て来た。


 最善は、どうにか両者をぶつけて擦り減った戦力を叩くというものだが……。


 何故、秘匿中の秘匿とされる勇者の居場所や……王を含めて極一部の者しか知らぬ『遺跡の伝承』までもが知られていたのか。


 【黒の魔王】とは一体何者なのか、その正体に見当もつかず、何か大きな力が働いているのを感じ、言い知れぬ恐怖に凄まじい悪寒おかんを覚える。


「……ふぅ」

「……今宵こよいくらいはゆっくりと休まれては?」

「ふっ、できると思うか?」

「……申し訳ありません」


 かわいた笑みを浮かべる王へと、同情的な視線を送り謝罪するジョルジュ。


 いつその魔の手が忍び寄るやも知れない。


 王国の民の為に、一刻も早くいくつもの備えをする必要性を感じるライト王であった。

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