第273話、マオーヴェリック、出撃
魔剣・バルドヴァルが竜炎を切り裂き、竜血を散らし、自らに少しずつ取り込む。
使い手であるジークと魔剣の周りには、付き従うように竜達の魔力が流れていた。
「これは大物だなっ……」
僅かな過ちが死に直結する相手は、これまでにも幾度も戦った。
しかし、ここまでの火力を通常の攻撃手段に用いる敵は、未体験の領域にある。上位竜の宿す焔は、生物にとって致命的な猛毒だった。
肉を焼き、空気を焼き、外部からも内部からも生命を焦がす毒となっていた。
「まだ足りないか……」
右手に握り締めるバルドヴァルを横目に、まだ届きそうにないと長年の経験から察していた。
竜の魔力と血を味わうように
けれど、まだ足りない。
「…………っ!?」
「————」
迫る灼熱の劫火が目の前を覆う。
骨身どころか魂さえも残しはしないと、竜王の炎風は絶えず無慈悲に吹き付ける。
「…………」
灼魂竜・アルマグレンにも、ジークは興味深く見えていた。
今もだ。
己が竜鱗すら焼き焦がす炎を横に飛んで避け、焼ける大地を駆け抜けて襲いかかる。火傷をこしらえ、脚を裂かれ、着実に弱りながらも、何故か奮い立つ。
たった一人で、竜に歯向かう。
「————ッ!」
赤竜の爪で迎えた。
魔力を込めて放った竜爪は、焼けた空気を裂いて燃え上がりながら人間へ迫る。
けれど人間は滑り込んで難を逃れ、衣服を燃やしながらも剣で腹を斬り付けた。
「ッ————」
「ムンッ!」
踏み付けるも身体を翻して避けられ、その脚を斬られる。
更に細かく炎の息吹きを撃ち下ろすが、股の間を抜けて尻尾を傷付ける。その尻尾を振れども、また軽々と人間らしからぬ動きで避け、笑いながら剣を打つ。
傷は再生され、無駄だと言うのに、何度も何度もこの繰り返し。
「…………」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
剣の傷はいくら
もう付き合う必要は無い。無礼者に存在の格差は見せられただろう。あとは魂ごと燃やし尽くすのみ。
と、考えたのも何度目だろうか。
しかしまだ、人間は生きている。むしろ瞳の輝きは増し、気迫が上がっていく。
「んゴラァァ!!」
「相変わらず品のない掛け声するねぇ……」
一方で蒼冠竜・ブレトは、久しく感じていなかった高揚感を味わっていた。
「ッ————!?」
耳障りに叫ぶ人間の武器に打たれると、竜帝をしても身体が揺さぶられる。
打たれた瞬間、竜体の芯まで非常に細かく振動して、内側から破裂せんばかりのものを感じていた。
大した事ではない。だが、やはり気に触る程度には鼻に付く。打ち返す思いで、即座に蒼き炎弾を人間へと撃ち出した。触れたなら一度で肉を失い、骨が僅かに残るか否かの灼熱だ。
「兄貴ィィィ————!!」
「分かってるから……」
盛大な爆発音が生まれる。
笑えるほど怯える人間は心地良いが、結果は望んでいるものではない。
炎弾は、結束した金属体の壁により完全に阻まれ、人間には傷一つ見られない。
「よいしょ!」
「————!?」
更に平面で炎弾を受け止めた物体は九つに分かれ、鋭利な先端を向けて射出される。
これが中々に重い。竜爪で弾くが、やはり重い。
蒼冠竜ともあろう身で、立ち回りながら弾かなければならないのだ。
「ンンっ、ゴラァァァ!!」
その隙を縫って馬鹿騒ぎする人間に、妙な打撃を貰ってしまう。
だが、むず痒く苦戦する原因は定かだった。
蒼弾を放つべく、下品な人間へ向く。
「あ、兄貴っ!!」
「……ははぁん、狙ってるな?」
九つのゴーレムが結束して、真四角な盾を構成した。
ブレトはそれから離れた場所で戦闘を操る厄介な人間へと向きを変え、炎弾を撃った。
「だよね。やり慣れてないから、不意打ちも見え見えだよ」
人間の瞳に奇妙な紋様が浮かび、目の前の空間が歪む。
炎弾は空間に入り込むとすぐに方向を変え、灼魂竜へ向けて放たれた。
「ッ————!?」
「…………」
赤熱の息吹きを吐き出そうとしていた灼魂竜の顔に着弾し、苛立ち混じりに睨まれる。
当然、同じ高位竜と言えども謝罪など有り得ない。
視線を戻して人間を見下ろす。灼魂竜もやがて諦め、同様に心に決めたようだ。
「————」
「————」
人間如きには余りある光栄だろう。
灼魂竜は直下に劫火の竜巻きを吹き出し、その炎は火柱となって自らをも呑み込む。
あえて竜鱗に引火させ、身体を変質させる。
蒼冠竜は冠の形状をした角に魔力を集めて輝かせた。
角から伝う骨格にも明滅する光は流れていき、抑制していた蒼冠竜の封が解かれる。
地獄から這い出たような燃え上がる炎竜と、静謐なる審判を与えるべく真の姿となった尊き蒼竜。
竜の矜持は火力であると、その姿が物語っていた。
「これは拙いな……」
「坊ちゃん、バルドヴァルはまだですか?」
「もう少しなのだが、アレの炎が今まで以上に増しているのなら、俺の方が保たん」
アルマグレンの体は悪魔の如く変形し、猛々しく燃え盛り、今までよりも強大化しているのは明らか。
それはブレトも同じだ。
ゴーレムでも庇い切れるか怪しく、単体で相手取るジークはまず焼き殺される。
「仕方ないなぁ……もう少しゴーレムを増やすか、何か手を尽くそうか」
口調はのんびりしながらも、ネムは竜二体を葬るのに少なくない犠牲を払う事を、強く危疑していた。
まだ本命の姿すら見えない内から魔術などを使用する事を、決めあぐねていたが、竜の位が想定よりも高い。そして、底知れず強い。
「…………」
人間の思惑など知った事ではない蒼冠竜・ブレトが、一撃で消し去ろうと、鼻高々に歩み出る。
その時だった。
「————!!」
上空を高速で過ぎ去った巨影から、魔力の球を見舞われる。
「ッ……!!」
「…………」
直撃して目が眩む二匹の目が据わる。全開の状態でいるところを格下の竜から攻撃され、激昂を余儀なくする。
標的が完全に移ったのは、誰の目にも明らかだった。
すぐに飛び去った妖姫飛竜・サンバーン=クインの後を追って、翼をはためかせて飛び上がる。
「な、仲間割れか……?」
「なんにしても助けられた事に違いない。今のうちに備えておきましょ」
「……そうだな」
無理に納得してバルドヴァルの完成を待つジーク。
ネムもまたゴーレムを操りながら、蒼冠竜攻略の糸口を模索する。
その頃、空では……。
「……追って来たか」
「ピュぅ……」
「ヒューイ、こいつの性能は把握した。次は生意気な新人達を懲らしめてやろう。しっかり掴まっててくれる?」
「ピュイ!」
サンバーン=クインの
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