第272話、決戦という名の遊園地
ダゴは気性が激しく、誰も近寄らせない暴力性を秘めていた。その屈強な体躯から分かる通り、蹴りは当然ながら、踏み締めるだけで触れた瞬間から形を失って死に至るだろう。
だが触れずとも地面を踏む度に火薬が弾けたように爆散し、その都度に渡り魔力や風圧が発生する。
倒すどころか触れられも出来ず、踏み付けるダゴから逃げ回りながら、遠くから殆ど意味を為さない矢を射るのが精々だった。
「リリア団長、如何しましょうか……」
「鎖を使って強引に縛り上げましょう。それから私を先頭にみんなで斬り付ければ大人しくなる筈です。貧血になれば、誰だって黙りますよね?」
リリアが見た目に反して、非常にワイルドな思考性をしている事を、団員達は既に察していた。
暴れる者は血を抜けとの指示がされる。
「で、ですがあのパワーは我等人間に抑えられるものでしょうか……」
「所詮は狙いを付ける事も出来ずに暴れる粗暴者なのです。知性から策を生む我等に負ける道理はありません。それに獣ですから、一度転がして脚を縛れってやれば楽勝です」
「……り、了解です」
悪どい顔をしたリリアに命じられる。
要は足元を掬って転倒させ、脚さえ拘束すれば裂傷等により出血を繰り返せば、無力化は出来る…………と言っているのだと判断した熟練の副団長ローエンが、全体へ指示を回した。
「鎖をかけろぉーっ!!」
怒号を発した騎士に従い、ダゴの足元に鎖がかけられる。
遠心力が付いた鎖は弧を描いて前足に絡まり、力自慢達が引けば如何に竜と言えども容易く倒れる。
「引けぇぇぇぇーっ!!」
「オオオオオオオッッ!」
黒騎士の元でトレーニング法を指導される筋肉自慢の大男達が、鎖をダゴごと引っこ抜かんばかりに思い切り引っ張った。
「…………」
ダゴ、動じず。
何がしたいのかも理解できず足に巻き付く鎖を見下ろし、五匹の中で唯一この高強度の鎖を脚力のみで引き千切った。
その体躯から生み出される力で、ダゴに勝る竜はいない。
「り、リリア団長、次はどうしましょうか……」
「ぐぬぬ、ですっ……」
規格外に強靭なダゴを前に、リリア団長の策が尽きる。
副団長を務めるローエンは、自分が付いていないとこの人は駄目なのだなと、この時から使命感がより一層強くなったという。
「————フぅぅぅううううう!」
乱入者が降って来たのは、打つ手無しとなったその時だった。
小さなその人影は、何処からか舞い降りた。
「ッ————!?」
「イィィーハぁぁー!!」
暴れ竜と化していたダゴの背へと舞い降り……いや、飛び乗った。
そして、艶やか流麗な立髪を掴むなり、踵でダゴを蹴る。
「————ッ!!」
空気が張り裂けんばかりの
まさしく目の色が変わった瞬間だった。
虫を相手に遊んでいたダゴが、何者かの挑戦を受け取ったが如く暴れ始める。
瞬時に地面が破裂し、土煙りが舞い上がる。無論、魔力と突風、そして音波の重なり合ったものが、ダゴから鮮烈に放たれた。
「ぐっ!? グヌォォォ……!!」
「うわぁぁぁ!?」
吹き飛ばされる騎士達だが、ダゴは止まらない。
暴れ馬となって身体を揺らし、空を蹴り、身を捩って暴力を振り撒く。
「あ〜っはっはっはっは!! イーハーっ!!」
幻聴なのか、空耳なのか、子供のさも
けれどダゴの暴れ振りは滅茶苦茶なもので、一向に激しくなるばかり。近寄るどころか、もっと離れなければ身の危険を感じるようになる。
「イッピーカイエーっ、イッピーカイエーっ!! あっはははは!!」
ロデオさながらの様相で、暴れに暴れるダゴ。
見間違いなのか、踏み締めた拍子に飛び上がった鎖の一部を掴み、ダゴを鞭打っているような人影さえ見える。
「ピュ〜い! ピュ〜い!」
「ヒューイもノってるねっ! イッピーカイエー! ふぅっふぅ〜!」
興奮するダゴは気が触れたかのように一頭で暴れ狂い、やがて最高点へと達する。
「はっはっはっはっはっ!」
「————ッ!!」
撒き散らされる過剰な力、力、力。暴れるダゴに巻き込まれたなら、他の竜であっても一溜りも無いだろう。
だがそれは長くは続かなかった。
乗り手の体力にまるで付いて行けず、これ以上の勝負を挑もうものなら永遠に続くと察してしまってから、ダゴの勢いは失速し始める。
肉体よりも精神的に疲れ果てて、暴れる気概が失われる。
「はぁ〜、楽しかった。じゃあ次いってみよう!」
「ピュイ!」
「君も暴れるのもいいけど、程々に」
「ピュっ!」
「ありがとねぇ〜」
ダゴの後脚が跳ねたところを利用して、小さな影が飛び去る。
息切れするダゴは動きを緩めていき、伝説の跳ね馬から老いたロバのように大人しくなる。
「か、確保ぉぉぉー!!」
「確保ォォォォッ!!」
大凡を察したリリアのみが一早く叫び、副団長ローエンが反射的に声を上げた。
こうして最も困難とされる魔壊竜・ダゴが、早々と無事に捕獲される。
………
……
…
ジョルマと戦うハクトは、竜という生物が生態系の上位に位置する理由に合点がいっていた。
「ッ————!」
「ふんっ!!」
離岩竜・ジョルマの吐く
手に握る魔力の大楯を地面に突き立て、恐るべき速度で連射される弾丸を受け止める。
先程から
「おらっ!」
次の装填までの隙を突く。
飛び掛かるハクトの手には、よく使用する白い大剣がある。
「ッ————」
首を跳ね上げて、額の岩石をハクトへ飛ばした。
「うおっ!?」
驚きながらも踏みながら受け止め、剣を突き刺す。
「————グッ!?」
物量の高さをぶつけられ、怪力を発揮して足腰で耐えながら魔力を流す。手元に集まる魔力を剣身を通し、切っ先からまたその先へ。
「フッ——!!」
刃が伸びる。急速に伸長した剣身により、大岩は割け、その先にいたジョルマの首へ突き刺さる。
苦もなく地面まで貫通した。
「————ッ!?」
「……っ!? おいっ! もう治ってるって、どんな再生力だよっ!」
激痛に鳴くも、その目には苛立ちが生まれるのみだった。竜の耐久力と再生力を超えるには、更なる威力が要求される。
「師匠達にこれだけ戦えるようにしてもらったんだ。もっと貢献しないと示しが——」
地上に着地後、改めて覚悟を決め、ジョルマを捕縛もしくは討伐に臨もうとした、その時だった。
恐ろしい程の速度を出す何かが、すぐ上空を通過した。
「うぉぉぉ!?」
「————!?」
ジョルマも目が眩む高速飛行物体。
過ぎ去った後を目で追えば、それはサンバーン=クインだと分かる。
「あ、あんなに速かったのかっ?」
戦略的に狡猾に、悠然と飛翔していた先程とは違い、ただただ速度を追い求めるような異常さが見て取れる。
誰も知らない変化が起きていた。見送られて加速していく竜の背中には、人知れない人影があるのだった。
「え〜、こちらマオーヴェリック。ヒューイ、敵の位置を教えてくれ」
「ピュ〜……ピュイ!」
「OK、ありがとう。全く分からん。でも問題無し。俺達に敵はいないって事だ」
遥か高い空の上、またその上からその背へ一人と一匹が搭乗してから、サンバーン=クインの動きはガラリと変わってしまった。
ダゴと同じく、無礼にも崇高な竜の背中に飛び乗った不届き者を振り落とすべく、高速での飛行を開始する。
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