第271話、竜の運動会

 ひっくり返ったジョルマが仰向けに倒れたところへ、魔力で形成した大槌を投げる。試行錯誤して作り込んだ形状は、手に馴染み、投げ易く、扱い易く、結果が雄弁に有用性を物語っていた。


「うしッッ!」

「ッ——!?」


 同じ竜に殴られたかのような打撃を横腹に受ける。内臓にまで響く攻撃を受け、幸か不幸か半回転して元の通りに四足で立つ。


「————っ」


 振りかぶった右手に純白の光を溢れさせ、跳び上がるハクトが視線を固定する。


 狙いはジョルマの頭部。叩き込めば捕縛する隙は作れるだろう。


 白日の中で同じく燦々と輝く人間。見上げる竜の側も、危機感から目の色が変わっている。この魔力が命に届くものだと察したのだろう。


「————!」


 天空からの刺客が、それを良しとしなかった。


 妖姫飛竜・サンバーン=クインが、空からハクト目掛けて急降下する。


 派手な色合いをした翼と孔雀くじゃくのような長い尾羽を広げ、猛禽類を彷彿とさせる鉤爪で標的を捕える。


「っ……!?」


 空中で狩人に攫われたハクト。咄嗟に収束させた魔力を大楯に切り替え、その鉤爪を受け止めていた。


「——っ!!」


 だが鉤爪の締め付ける力に、今に背骨と肋骨が砕かれる間際にあった。まだ掴まれた瞬間にあるというのに、一分にも感じる数瞬を鉤爪の中で感じる。


「グッ、ぬぉっ……!?」

「————」


 軽々と連れ去り、上空へ飛び立とうとする。空から落とされたなら、いかに打たれ強いハクトも耐えられるわけもない。いや、その前にもう握り潰される寸前だ。


 更に去り際には尾羽を散布。地上に無数の羽が突き刺さる。


 すると直後、————尾羽の魔力が炸裂する。


「グァァ!?」

「そ、空の竜にも気をつけろぉぉぉ!!」


 地上へ撒かれた魔力弾が次々と弾け、虫ケラのような人間達を、後を濁して吹き飛ばす。


「——っ!?」


 だが、高速で飛行する左眼が、正確に射抜かれる。


 まさしく飛ぶ鳥を落とす神技により、鉤爪からハクトが取りこぼされた。


 咳き込みながらも上手く着地したハクトは、遠目にいるオズワルドへ感謝のサインを送る。


「ゴホっ、ゴホっ……っ」

「…………」


 芝居がかった仕草で返礼をされ、今一度ジョルマへ向き直る。


 その背へと、見かねた指揮官が喝をくれる。遥か後方から戦場を網羅もうらしていたバーゲンだ。彼は勇猛ゆうもう果敢かかんにも駆け付け、声が届くか届かないかの境界線から叫ぶ。


「ハクトっ、お前が周りの騎士へ指示を出すのだ!」

「し、指示……」


 要領を得ないハクトへバーゲンの叱咤が飛ぶ。かなり遠巻きの岩陰から、主力の使命を説いた。


 けれど、これにはハクトをしても疑問を持たざるを得ないようだ。


「そ、それってバーゲン隊長のやることなんじゃ……」

「我等は逃げも隠れもせんッ! お前の支援に命を賭してみせよう! お前の戦い易いように、騎士を導けぃ!!」


 後退りしつつハクトへ命じると、ここなら被害が届かないなという位置まで下がって行った。


「……みんなはオズと飛竜を落としてくれっ! 岩にも気を付けながら上の奴に集中すべきだと思うっ!」

「飛竜かっ、了解した!!」


 騎士達は弓矢を手に、優雅に上空を支配する竜を見上げる。


 代わりにジョルマとハクトは、互いに一体一で睨み合う。憂さが溜まったジョルマもまた、識別し易い白い魔力の人間に狙いを付けていた。


 そして、最後の西側。激戦必至の二体に、王国最強の【光旗の騎士団】が相対す。


 その灼熱は魂をも焼き尽くすとされ、火竜の上位種にして業火の王と謳われる。


 火口の主として相応しく、雄々しい身体は赫赫と鮮やかな赤光を放ち、焼滅と灼熱を体現する風貌で猛火を燻らせる。


 灼魂竜・アルマグレン。


 蒼き皇帝と畏れられる猛火の竜王は、古代から存在したとされる希少種として長きに渡り君臨す。


 弧を描く角は皇を象徴する冠であり、蒼く美しい身体から放たれる猛烈な熱風は、棲家とする洞窟内にブルーフレイムと呼ばれる貴重な鉱石すら生み出す。


 蒼冠竜・ブレト。


 最も危険とされるこの二体は、元王国随一の傭兵と魔術師が受け持つ事になる。


「久しぶりの実戦だ。血が沸くな」


 大物を前に疼くジークが、本来の剣を手に灼魂竜へ挑む。


 魔剣・バルドヴァル。魔力を喰らい、血を呑み、糧とする事を可能にした竜殺しの剣だ。鋼ではない何かを剣身とした、不気味な剣を手に笑う。


 かつてネムやダンと前線を駆け抜けていた時代に、ネムの前衛として斬り込んでいた際に使用していたものだった。


「久しぶりって……坊ちゃんとダンは負けたんでしょ? 次からは持ち歩く事ですね。また半殺しにされちゃいますよ?」

「そうしよう。カシューの顔はさして見たいと思わないが、リベンジ出来ないのが残念だ」


 傭兵団【旗無き騎士団】が創設時は、二人が並んでどのような強敵にも向かって行った。


 国を脅かすと聞けば、何処へでも向かった。


 懐かしさと同時に、あの頃の熱い闘争心が呼び起こされる。ある意味で、初心時に抱くものほど強い感情は無い。立場が変わり、感情もまた形を変えて大きくなる事はあっても、結成当初の思いは特別なものだった。


「それじゃ、ま、気の合う義兄弟同士で気軽にやってた頃に戻って、やってみましょうか?」

「あぁ、ベネディクト前に身体を温めよう」


 赤と蒼の竜王を前にして、獲物を見る目付きをする人間二人。


 竜の機嫌を損ねるには、それだけで十分だった。


「————」

「————」


 不敬には、王の竜炎を。並び立つ王達の火炎が解き放たれた。


 赤熱の業火は岩をも溶かし、不遜な人間へ焼滅を義務付ける。


 蒼々と煌めく炎弾は見る者を魅了し、慈悲を最後に一切を焦土に変える。


 二色の炎が騎士団を灰塵に散らす。一団を丸々と呑み込む灼炎の波が、今、吹き付ける。


「すごいな、自慢の炎なわけだ。それなら一度くらいは自分で味わってごらんよ」


 いつだって団員に降りかかる火の粉は、ネムによって跳ね除けられた。豊富な魔術に数多の道具、尽きぬ多才に確かな経験。誰もが術なく屈するような苦難を、いつでもネムは笑いながら払って来た。


 いとも容易く。軽々と。


「うちの魔眼を見てもらおうか?」


 ネムとジークの眼前に歪みが生まれ、炎はそっくりそのまま反転する。


 雪崩れ込む灼熱は竜自身を、瞬く間に包み込んだ。


「——ッ! ッ——!?」

「ッ——、ッ……!」


 火に強い筈の……それも竜王達が悶えて苦しむ。


 どれだけの火力だったかは、想像すら絶するものだろう。焦土の上で剛炎に苦悶する竜達を目にしたなら、考えもしたくなくなるというものだ。


「うわぁ……熱そう。こりゃ、思っていたより高位のが出て来たもんだね」

「言っていないで、やるぞッ!」


 大地を焼く蒼い炎と灼炎をバルドヴァルで斬り裂きながら、ジークが先陣を切って竜王へと襲いかかった。


 久しぶりにバルドヴァルが炎に宿る竜の魔力を喰らい、目を覚ます。


「団長が張り切ってるところ悪いけど、おじさんは温存気味に行かせてもらうよぉ。この年になって殿下に怒られたくないからね」

「え、お、俺……?」


 ネムは背後で槌を両手に持ち、ウドの大木と化していたダンヘ魔術をかけた。正確にはダンの持つ二つの手槌へ。


「兄貴……俺をあのレベルにぶつけたら死ぬぜっ?」

「早とちりして情け無いことを言わない……。……二人で蒼いのをやるんだよ。今回は出来る限り、魔力を節約しておきたいからね」


 魔剣を手に竜王二体を斬り付けるジークだが、やはり限界はある。


 今の炎から力量を見る限り、控えめなネムと槌に震動魔術を付与したダンなら、三人で都合が良くなる筈だ。


 他団員による下手な援護は、竜の息吹に巻き込まれかねない。


 付与した槌を困惑顔で見るダンへ、急かすように背を叩いて送り出す。


「ほら、行っておいで」

「本気かよっ……!」

「行った行った。こういう息詰まる戦場を忘れたから弱くなったんだ。腹も出ちゃってみっともない……」

「は、腹なら兄貴だって——」


 反論するダンの足元にゴーレムの砲撃を射出した。


 地面は爆発し、重量級を誇るダンの少しダラシない身体が浮かび上がる。


「ダァァァ!! 悪かったよぉぉぉーっ!!」

「最初からこうなるって分かってるのに粘らないの。前からいつもこうだったでしょう?」

「そうでしたぁぁぁぁ!!」


 竜よりもネムから逃げるように、死線へと駆け出した。業火の絨毯上を悲鳴混じりに叫びながら向かう。


「みんなは左階段を警戒しててね。神殿にベネディクトが現れたら、すぐに知らせてもらっていいかい? その時は動いてもらうからさ」

「分かりました、ネムさんッ!」

「いつも裏方ありがとねぇ。助かってるよ」


 他団員にも指示して、ネムも手招きしてゴーレムを呼び寄せ、操作し始める。




 ………


 ……


 …




 あらぁ……思いっ切り怪獣大戦争が始まってしまった。


 何処に隠れていたのか、神殿から五体のカッコいい竜が飛び出し、エンゼ教側は高みの見物だ。


 これでどうにかなる戦力差ではないと思うけど、あのレベルの竜は流石に倒し切れないだろう。評価から考えてネムなら行けるのだろうけど、どうなのだろうか。


「ネムと今のハクト君には竜を死に至らしめる術があります。多少強引にでも連れ出しておくべきでしょう」

「だったら早く確認しなくちゃ」


 俺はカウボーイハットを手に取ると、ヒューイの目視用に指で突いて穴を二つ空けた。


 そして改めて被り直して、感度良好を確認。人族を相手に猛威を奮う竜達をロックオンする。


「よし、ヒューイ! あそこで運動会しているのがお母さんかどうか、確認しに行こうかっ!」

「ピュ〜イっ!」


 逆授業参観へと、大ジャンプを開始する。

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