第274話、魔王、母とママ友を撃墜する

 この飛竜の機能や性能を把握したので、少し派手目な竜で試させてもらう。お母さん竜なのか確認もしなければならないので、ネム達から引き剥がしがてら。


「こちら、マオーヴェリック。これより敵竜二匹と交戦する。ヒューイ君、準備はいいかな?」

「ピュ〜」


 魔王たる者、竜の一匹や二匹は初見で操らなければならない。


 速度が衰えるところを知らない飛竜だが、それならそれで結構。一本だけ背中に生えたヒレを握り締め、背後から迫る竜達を谷へ誘導する。


 ヒレの付け根をグリグリして不快感を与え、体重を傾けた方へ進むよう促す。


「ピ、ピュイっ!」

「うん? どうしたの、そんなに焦って。ヒューイ君、交戦時に動揺するなんて絶対にダメ。常に冷静でいなきゃあ。そんな事では、いつまでも少尉のままだぞ」


 後方を確認した相棒から緊急連絡が届き、俺も背後を即確認。


 すると真後ろに迫る蒼い竜と目が合う。『ヘ〜イ』とグータッチが出来そうなところで飛んでいらっしゃる。


「速ぁぁぁぁぁ!?」


 ビックリした。魔王なのに大声を上げて取り乱す程、仰天した。


 気配は分かっていたが、大きいからなのか思ったよりすぐ後ろにいる。


 同じ真後ろの位置でも、お風呂のアヒルと空母では印象がまるで違うのと一緒。


「くっ! 機体の性能に差が出たかっ! けどこっちはチームなんだ!」


 握ったヒレを巧みに操り、グネグネと曲がりくねった谷間を巧みに飛んでいく。


 右に左に舵を取り、竜体を急激に傾けさせて速度をなるべく維持しながら。


「ピュ〜イ!」


 チラリと後ろを確認したヒューイのご機嫌な声からも、敵竜を引き離していくのが分かる。


 所詮は性能頼り。日々の訓練は嘘を吐かない事が、今ここに証明された。


「————」

「…………」


 ……谷のスレスレを蛇行しながら飛ぶ俺達を、谷の上を真っ直ぐ飛行する赤い竜が見下している。


 そんな事ある?


 なんでそんな難しいところを飛ぶんだろう……とでも言いたげに馬鹿を見る目で見ている。なんて嫌な目なのだ。


「舐めるなよ、新人っ!」


 背びれハンドルを手前に引き、浮き上がるように急反転させる。


 追尾する蒼い竜の頭上をひるがえって二匹の裏をかく。


「————!?」

「————!?」


 当然だが速度が出ている二匹は慌てて翼を用いて速度を落とし、反転してそれからまたスピードを出していく。


 愚かなり、ノーテクニック主義。


「地球の空はもっと熾烈だよ? まぁ、俺自身は修学旅行で飛行機に一回乗っただけなんだけど……」


 機内では寝てた。前日に楽しみ過ぎて寝られなくて。


 また速度を上げて斜め上へと上昇していく飛竜の上で、若かりし学生時代の思い出を振り返る。


「はぁ……楽しかったなぁ、修学旅行。みんな、元気にしてるかなぁ」

「ぴゅ、ピュイ! ピュイっ!」

「絶対、俺の方が元気なのは間違いないけど。釣谷とか、まだ夢を追ってるのかなぁ。あとあいつ、コンビーフを鞄に入れて持ち歩いてたやつ……名前はなんだったっけ。思い出せないなぁ」

「ビュ〜イイッッ……!!」

「あぁ、そうそう。部井君、部井俊春君だ……ん?」


 なんだかヒューイからトンデモない力で顎へ頭を押し付けられている事に気付き、まだ後方にいる筈の竜達を見てみる。


「————っ!」


 ヒューイの警告通り、蒼い竜が口を開けて炎を放とうとしていた。


 全力で追いかけたからなのか、疲れて速度が落ちている。


 なるほど、スタミナではこの飛竜が勝っているようだ。負けているのは最高速度と火力のみ。ならばマオーヴェリックとヒューイの敵ではない。


「疲れて追いつけそうにないから、撃ち落とそうって作戦かっ!」


 ロックオンをされないように、曲がったり下がったりと変化を付けて飛ぶ。


 だが向こうも高性能な竜。すぐに補足して蒼い炎の球体を吐き出した。


「ピュっ!?」

「大丈夫。——そらっ!」


 飛竜のお尻辺りへ指を弾いてデコピンを当て、痺れさせて尾羽の爆弾を後方へ散布する。


 飛来した炎に尾羽の一つが接触すると連鎖して次々に爆発し、上手く相殺させて防いだ。


 そして爆発で竜達の目が眩んでいる間に、むしろこちらから突っ込む策に打って出た。飛竜の身体をひるがえらせて、正面からの真っ向勝負だ。


「ぴ、ピュぅ……」

「時には大胆に。予想外な一手が効果的な場合もあるんだよ」


 加速しながら下降しつつ、飛竜のメイン攻撃である魔力球を吐かせる。


 これは簡単。飛竜も目標が目の前にいれば臨戦態勢になり、竜の性なのか魔力を撃ち出したくてウズウズし始める。


「…………発射ッ!」

「————!!」


 二匹に火力は遠く及ばないまでも、合図代わりに首筋の秘孔を押して竜の魔力球を放つ。


 狙いは赤い竜。


「——ッッ!?」


 着弾を確認。しかし赤い竜は撃墜には至らず、苦痛を与えられてすぐに睨み付けてくる。


 竜の瞳は飛竜へと狙いを定め、渾身の息吹きを撃ち出した。これが過剰防衛もいいところだった。


「ぬっ、マズいッ!!」


 明らかな必殺技っぽい必殺技を使われる。


 身体全体から炎が燃え上がり、内部の熱も急上昇。


 原子炉でいう炉心溶融メルトダウンすれすれの状態から、地獄の業火が渦巻いて吐き出された。


「くぅぅぅっ……!!」

「ピュイ……」


 言わんこっちゃないとでも言いたげなヒューイに、心の中で謝罪しながら全力で左旋回。追ってくる凶悪な炎の軌道から逃げる。


 でも君の炎も負けていないよ?


「うおぉぉぉぉ!!」

「ッ————!?」


 そして嘆くなかれ、俺も馬鹿じゃない。


 作戦通りに赤い竜の必殺技を、隣にいた蒼い竜へと誘導する事に成功した。


 さしもの蒼い竜も、特段の業火に塗れては一溜りもなく、あえなく墜落していく。


 多分、アレがヒューイのお母さんなので、何とも申し訳ない限りだ。高位の竜だから怪我で済むだろうし、息子さんの危機だったので勘弁してください。


「一匹撃墜っ!」

「……っ!?」


 気まずい心情を露わにしていた赤い竜へと、容赦なく魔力球をぶつける。


 そのまま頭上を通過。同時に尾羽も浴びせて爆発の連鎖を見舞う。


「っ——!!」


 赤い竜も必殺技後だからなのか、炎の昂りが弱くなっており、我ら飛竜コンボをまともに食らって撃墜。


 煙を上げながら落下していく。


「ふぅぅぅ!! やったぜっ!! これに懲りたら頭を冷やすんだなっ!」

「ピュピュ〜イっ!」


 魔王と子竜、初めての飛行戦で格上二匹を相手に勝利する。


 相棒と勝鬨かちどきを上げ、お母さんとママ友であろう竜達墜落を喜ぶ。


「この飛竜も気に入ったなぁ。でも行きたいところもあるだろうし、行く宛が無くても連れて帰ったら怒られるかなぁ……」

「ピュイっ」

「あ、そうだった。落ちたお母さんを回収しに向かわないとね」


 ヒューイから頭突きで怒られたので、急いでお母さんの元へ飛ぶ。


 けれどここで、大問題が発生してしまう。


「ピュイ……? ピュイッ!」


 これはレルガの通訳が無くても、語調と伝わる雰囲気から意味が理解できた。


 今のは『はぁ……? お母さんじゃないッ!』と言っているとしか思えない。


「えっ!? あの蒼い竜がお母さんなんじゃないの!? そうと思って撃墜したけどっ!」


 まぁまぁ、ヒューイのお母さんだと思って撃墜するのもおかしい話だが、それは置いておこう。持ち帰らずに、ここに置いて帰ろう。


「ピュイっ……!」

「違うって言ってるね……。……すれ違う時に匂いを感じたのかな。だったら赤い方は?」

「ピュイッ」

「あっちも違うのか……」


 だとしたら、もうあと一体しかいない。


 随分とそのぉ…………いや、きっとヒューイは父親似なんだね。

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