第137話、騎士・ニダイ

 

 ……俺の気のせいじゃないよなぁ。結構強い方だよね、さっきの。


 青みを帯びた光を放つ大小様々な無数の魔術陣が展開され、すっかり元の形を取り戻した湖の古城。


 その中央で最初と変わらず徘徊するニダイを眺めて、さっきの戦闘に想いを馳せる。


 ……寄生虫があんな強いことある?


 いやでも地球にも驚きの生態を持つ寄生虫とかいたから有り得ない話ではないか……。つい先日のマダムにも凄いのが引っ付いていたしな。


 凄い度胸じゃんか、ここの人達。運動不足の人が有酸素運動をするのに丁度いいくらいの距離にあんなのいて、よく生活できてるな。普通に剣とか火とか効かなかったぞ。


 まぁいいか。仕方ないから諦めて駆除したけど、町の人達に損になる訳でもないだろう。


 それよりもだ。……ふ〜ん、俺は明日アレをグラスで倒すのか……。


 宴の催しの一つに、ソーデン家の推薦を受けた戦士のみがニダイに立ち向かえるというものがあるらしい。


 だからニダイの討伐を記念した祭りを行い、宴自体を延長したいって言ってた。何より、あの剣が必要らしい。それが目的で来たとも言っていた。


 でも今ここで倒しても宴は続かない。


 誰もいない間に倒してもニダイの脱走かと疑われてしまうかもしれないし、魔王などとして倒すのも論外。


 ニダイを超える脅威の発生に、緊急事態となって町全体で大混乱だ。


 だから黒騎士かグラスで、王女である自分の推薦を受けての討伐をと気丈なセレスにお願いされた。


 …………。








 無茶苦茶言うじゃん、あの娘……。俺の威厳、終わったな……。








 勝てねぇよっ? あんなん倒せないよっ。もしかしてあの娘、怒ってんの? テキトー言ったから怒ってんの?


 カゲハの手前クールな笑みを浮かべたまま、内心でセレスに苦情を連投する。


「…………」


 ……毒突いても無駄だな……。打開策を考えよう。


 え〜まず、黒騎士では勝てないな。


 グラスより中身不明の黒騎士の方が無茶をできるけど、単純にニダイの技量が高すぎて重厚なパワー型の黒騎士では攻撃が当たらないし、躱せもしない。黒騎士で出せる範囲のパワーでも確実に負ける。


 先手を打って魔力で強引に吹き飛ばそうにも、おそらくあのぶっ飛んで洗練された剣技で斬られてしまう。


 最後の、余波というか衝撃? 自分でやっといて分かんないけど、あれを斬り裂いたところを見ても明らかだ。


 何より俺がまだ鎧に慣れてなさ過ぎる。


 だからどちらかと言えば、テクニックに重きを置くグラスなんだけど……。


 力任せ無しの剣技でニダイに打ち勝たないといけない。ちょっといつもより身体能力を上げるのだけは必須だ。誤魔化せる範囲ギリギリで戦うのは前提である。


 けれどそれでも……う〜ん……勝てるビジョンが見えてこないな。


 力を込めずにまともに剣を合わせてもみたが、途端に流れを作られて主導権を握られてしまった。


 もう正直に言っちゃうと、柄頭で顔面狙われた時はヒヤっとしちゃった。


 しかもそれだけじゃない。


 一番厄介なのは、斬撃の合間に挟んでくる突き・・だ。


 あれが魔力の技より何より巧み過ぎて困る。実戦でどれだけ突きが有効かを嫌ってほど再認識させられた。


「……ふっ」


 悔しいっ!! あぁっ悔しい! めっちゃ悔しい! 悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい〜っ……!!


 外面はそのままに心の中で叫び、剣で負けた悔しさを爆発させる。


 ……悔しいけど……やっぱりいたか。俺より優れた剣士が。


 だが当然だ。格闘はともかく、俺の剣技の元になっているのは……あの父ちゃんだ。


 最近は腹太鼓が自慢だと言って憚らない、あの父ちゃんの剣術なのだ。孫ができたらこの音で子守唄を歌うんだと、日夜腹を叩いて練習しているあの男の剣なのだ。


 それを体捌きやフットワーク、間合いを使った技術、高速移動などで改良したのが俺の剣術だ。


 まだ威厳らしきものが残っていた頃の村長に習ったとか言う父ちゃんの剣術と、古より負け無しのニダイの剣術。


 使い手の年季というか経験というか、それもあるがそもそも剣術自体のレベルが違う気もする。


 おそらく時代を遡るにつれて剣のレベルも高くなるのだろう。


「…………」


 ちょっとどころではなく厳しそうではないか。


 でも……、あんな話を聞かされたらなぁ……。




 ………


 ……


 …







 かつてここには一つの小国があった。


 豊かな土地柄と侵略し難き地形から長く続く歴史ある王国が。


 勇敢な女王の統治の元、苦難もあれど穏やかに過ごしていた。


 だがそこに、不穏な影が迫る。


幽骸の首刈り魔グリム・リーパー】の軍団。


 血で錆びた大鎌を手に地上の生命を狩り尽くす使命を持った怪物は、目に付く生物を端から襲う。


 そして蜜に群がるように【幽骸の首刈り魔】に付き従う様々な魔物。


 生者にとって凶悪極まる能力により出来上がった軍団であった。


 決して戦闘能力の高くない【幽骸の首刈り魔】を、恐怖の代名詞とする悪辣なる能力。


 ――〈死を与え、器を奪うサリエル〉。


 死霊系魔術の元になったとも言われる【幽骸の首刈り魔】が持つ大鎌の力。


 刃に触れた生命の魂を刈り取り、虚となった肉体を下僕とする。


 森に棲まう魔物や魔獣を刈り、あっという間に出来上がった生者を求めるアンデッドの軍勢に、その小国などはみるみる疲弊していった。


 勇猛なる女王は倒れ、伴侶も後を追うように首を刈られ、屈強なる兵士達も倒れ……。


 ……魂を刈られた器は、アンデッドとなって【幽骸の首刈り魔】に従属する。


 ものの二日の出来事である。


 亡国まであと数日。誰もがその時を予感していた。


 そんな時だった。


 一人の騎士が現れた。


 その騎士は、ニダイと名乗った。


 ニダイは冷徹な騎士だった。


 何事にも無関心で、寡黙であった。


 ニダイは比肩する者無き剣技と左手により紡がれる鮮やかな魔術、更には特殊な能力を秘めた鎧により無敵と思える強さを誇っていた。


 しかし、自分の役目にしか関心のなかった騎士は、滅亡寸前の王国を目にしても何ら心が動く事はなかった。


 だがふと……彼は城下町を訪れる。


 王国最後の景色を眺める為か、足りなくなった旅道具の調達か、それはニダイのみが知るところだ。


 そしてニダイは王城へも立ち寄った。


 当時王城の端には庭園があり、何の躊躇いもなく自然と足を向けた。


 そこでニダイは、前女王と幼き王女と出逢う。


 老いた前女王は何人も侵入できぬ厳戒態勢の城内に現れた全身鎧の男に目を見開くも……すぐに温厚な気質へと戻り、騎士を談話に誘った。


 かたや幼き少女も、誰もが圧倒されて震え上がるニダイにも快活な笑顔で絶え間なく話しかける。


 騎士は、理解が出来なかった。


 国は壊滅目前、目の前の女性は娘を失い、この幼児は両親を奪われたと耳にしていたからだ。


 鎧と共に与えられた使命故に、関係のない何事にも何者にも干渉してはならないという鋼の掟は承知の上。


 それでも訊ねずにはいられなかった。


 ……そこから、どのような会話がされたのかは誰も知らない。その部分の文献は残されていない。


 しかし結果として、ニダイはソーデン王家の者にしか扱えない強力な宝剣を手に【幽骸の首刈り魔】の軍勢に立ちはだかった。


 強力な鎧を使命と共に脱ぎ捨て、宝剣グレイに込められた悪魔ゾ=ウルトの血液に魂と身体を蝕まれつつ、高波の如く押し寄せるアンデッドの軍団をたった一人・・・・・で迎え撃つ。


 絶望する者、祈る者、悔いる者、様々な弱者を背に、孤独に宝剣グレイを振るう。


 腕が千切れ、首が無くなり、どれだけ負傷しようとも無関係に襲い来るアンデッド。


 仄かに青い黒き剣閃が傀儡と化した屍を尽く薙ぎ払い、変異していく身体に構わず一昼夜の後に【幽骸の首刈り魔】に辿り着く。


 ついにその風貌を、一刀両断にする。


 残った不死の軍団はそれを機に、大気に溶けるように消えてなくなる。


 恐れもなく、疲労もなく、死すらない二千の人型と四千の魔物を、鬼神の如き剣技で掃討した瞬間であった。


 だが、悪魔の血の影響は計り知れない。


 戦闘が終わるも悪魔の血により重度に侵食されたニダイは、予め自分の作り出せる最高強度の結界魔術を城に編み込み、最後の理性を振り絞りその中へ自らと宝剣グレイを封じた。


 前女王は静かに涙し、幼き王女の慟哭は響き、民はあまりに無残な救世主の最期を嘆いた。


 そして女王は、ニダイを倒して魂を解放できる者が現れるまで、晒し者にならぬよう城への接近を禁じた。


 余所からの訪問者には、国民総出で邪悪な悪霊が現れるなどと嘯き、徹底して回避させた。


 しかし時代が経つにつれ伝承は混濁し、長き時を経てニダイは国堕としの悪霊としてその名を広めてしまう。


 ソーデン家がいくら声を張り上げても、誰も信じなくなるまでに。


 だからこそせめて……。




 ……


 ………


 …………





 セレスが、ソッド・ソーデンから訊き出したらしい。


 ニダイがどのような人物であったにせよ、自分達ソーデンの者からすれば恩人たる救国の騎士に違いはない。


 だからこそ今もあそこに囚われ続けているニダイを打ち倒し、その魂を一刻も早く解放したいのだとか。


 悪魔の邪気により、全くの別物へと変異していようとも。


 ……泣いちゃうじゃん、そんなの聞かされたら……。


 やろう、俺がやるよ。正式に剣士として相対し、剣士として葬ろう。この手で長き呪縛から解き放つのだ。


「……こほんっ。……ミスト、もうすぐここに町の人間が来るだろう。来たら教えてくれ」

「――――」


 俺の呼びかけに背後で具現化したミストが、命令を聞くなり再び霧となって流れていった。


「…………」


 ふと思い立ち、黒剣クロノカリバーを引き抜き……魔力を込めて軽く振る。


 月光照り返す漆黒の刃から、五つの暗黒の線が零れる。


 それらは皆、それぞれの軌道を描いて四方へ散開していった。


 ……やっぱり真似できないか。


 練習すれば同じような事もできそうみたいな感覚はあるんだけど、ニダイ程のものになるには圧倒的に時間が足りない。


 おまけにニダイのはなんか……学問臭がする……。多分、魔力による技というよりは魔術関連だろう。


 まだまだ種類もあると見て遠距離中距離は避けて、突きは厄介だけど徹底的に接近戦に持ち込もう。


 再び黒剣を突き立て、王らしく堂々と立つ。


 最近よく思う。魔王は強いだけでは務まらない。


 いつ裏切るかも分からない部下達に威厳を示し続ける為に、きっちり自分の仕事をこなしてこその魔王なのだ。


 騎士一人救えない魔王など、古き魔王ではないのだ。


「……カゲハっ!」

「っ、は、はっ!! 私に何かっ」


 カゲハへと厳格な感じで声をかけた。


 まだちょっと震えていたが、反射的なものなのか素早く跳ね起き跪いた。頭にあった鴉の仮面がぽろりと落ちるも、一切構わずに忠誠を示している。


 ミストとカゲハにある物を取りに行ってもらおうと思うが、間に合わなければ仕方ない。


 でも彼女達ならばと、ここ数日で得たカゲハのデータを元にしたやり方で命令を下す。


 睨まれるのがめっちゃ怖いから、色々試した結果得た答え……それは……。


 ……カゲハは他の人達と違って、結構強めに命令すると機嫌が良くなる。たぶん。






 ♢♢♢





「……先程は落雷を超える揺れでしたね。まことに恐ろしや。何事なのでしょうか」


 一年前に建てられたクジャーロによく見られる建築様式を取り入れた大きな屋敷。


 中の食堂では明け方近くにも関わらず、グンドウが筋肉を維持する為に食事をしていた。


 一日最低十食は食べるグンドウの一食目だ。


「ニダイ湖の方角でしたが……」


 予期しない轟音に、興味深そうな笑みを浮かべていた。


「う〜〜むっ、まぁよいでしょう。今は冷めない内にこちらを頂かなければ」


 分厚く味の濃い、よく焼かれつつも固くない絶妙な焼き加減。


 グンドウが扱うと裁縫用の針のようにも見えるナイフとフォークが、大きく肉を切り分ける。


「あ〜〜〜っむ」


 熱々のボア肉を口に運び、強靭な顎の力で、猪肉の濃厚な味わいや食感をよく噛んで味わう。


「のっほっほっ。美味なる血肉に感謝。……本日は賑やかになるでしょう。いつもよりも多めに食べて備えなければ。きっと……この町も過去最高に盛り上がりますよ?」


 歪んだ闘志を垣間見せるグンドウの視線が、対面に座りびくびくと怯える人物へ向けられる。


「――ねぇ、ブレン・ソーデン君?」

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