第132話、エリカとコクト

 

 それは、エリカやリリアが宴での本日の役目を終え、仕事の残っているキリエを置いてハクト達と帰路に就く馬車内から始まった。


「あ〜あ、見物してすぐ帰るのかぁ。前はもっと町中とか散策できたんだけどなぁ」

「御身を思えばこそです。賢明な姫様ならばお分かりですね?」


 その引退間近の熟練騎士による忠言を耳にしつつ、エリカは唇を尖らせて言う。


「……なんか最近、いい子だねって言われたら反抗したくなるんだよねぇ。こう……非常識になりたくなるって言うか……」

「厄介極まりないですなっ。なりませんよ! 誰の影響ですか全く!」

「……ねぇ、なんか息抜きしたい。いやします」

「えっ、もう決定なのですか!? い、いえ! なりません! なりませんぞ! セレスティア様からも、エリカ様の身の周りには注意せよと命じられております!」

「寄り道するなとは言われてないじゃん」

「いえそれは……ですから……」


 こうして頭の固い騎士は言い負かされた。


「な、なぁ、あそこになんか行列ができてるぞ。なんのお店なんだろうなぁ〜……」

「おぉ! きっと有名なご飯屋さんだ。よし、あそこにしよう! 行くよ!」

「そうか! なら行こう!」


 騎士達の手前、直接「あのお店で小腹を満たしたい!」と言い出せなかったハクトだが、長い付き合いのエリカはそんな彼との付き合いも慣れたものであった。


「お、お待ちをっ!! ぬっ、リリア殿っ、どちらへ!?」


 馬車から飛び出していくウキウキのエリカとハクトに続いて、リリアまでもが馬車から出てしまう。


「これだけ騎士がいれば私はいらない。黒騎士様から言われてる今日の訓練をしたいから、先に屋敷に戻ってる」

「……そう、ですか」


 矢継ぎ早に飛び出す者達に疲れ果てていく騎士に、哀れなものを見る目のオズワルドは同情の念が尽きなかった。


 そんな事も置き去りに、エリカとハクトは行列客に譲られるがままに店内へと入っていく。


「おぉっ、腹が減ってくる匂いだ。早くっ、早く注文しよう!」

「子供みたいだから落ち着いて。……今日は私も食べるよぅ? 騎士いるし、毒味してもらえば食べられるもんね」


 早速、木のテーブル席へと座るうきうきとした二人。


 満席状態の昔馴染みといった趣ある飯屋の店内を興味津々に見回す。


 こちらを注目する客達のテーブルには、米を炒めたようなものに肉や蟹などがトッピングされた料理が置かれている。


 エリカとハクトの期待感も上がっていき、無意識に厨房へと視線を向ける。


 だがすぐ様、過剰なほどに大人数の護衛騎士達が取り囲む。


「……そこのあなた、ここのオススメを注文して」

「はっ!」


 あまり文句は言えないとして、エリカが低い声で護衛の一人に命じた。


「おい、ここのオススメを……二つもらおう」


 目線でエリカに確認しつつ、店内にいた女性店員へ気を利かせてハクトの分まで注文する。


 城で訓練することの多いハクトは、騎士達にとっても弟のような存在なのだ。


「……承知した。……シェフ様っ!!」

『はぁ〜い!』

「し、シェフさま?」


 厨房へ叫ぶ店員の物言いに疑問符を浮かべるエリカ達。


 その厨房からは、青年らしき男の声が返ってくる。


「ガーリックライス、トッピングお任せ、一つ入りました!!」

「おいっ、二つだぞっ? そのがーりっくライスなるものを二つだ」

「……売り切れだ。きっと米が無くなった」

「きっと!? 予想だけで判断したのか!?」

「私くらいになると大体わかるのだ」

「……そ、そうだったか。なら……ハクト、米以外でもいいか?」


 困惑ぎみの騎士が、褐色肌・・・をした店員と思しき少女・・の態度に固まっているハクトへ問う。


「あ、あぁ……、それで頼むよ」

「だそうだ。米以外のものを頼む」


 再び、エリカ達と年の変わらなそうな少女へ注文した。


「……承知。……シェフ様っ! ガーリックライス、ライス抜き入りました!」

『米抜いちゃうの!?』


 背後で一纏めにした黒髪を揺らして、またズレたオーダーを叫んでしまった。


『どういう事!? 炒めたニンニクが欲しいの!?』

「そうじゃない! そういう問題じゃなくて、根本的に違うだろ! 方向性が違いすぎてシェフさんも困ってるじゃないか!」


 混乱するシェフなる者の声を受け、堪りかねるハクトが少女へ物申した。


「ちっ、嫌なら虫らしく外の雑草でも食らうがいい。お前にシェフ様の料理は身に余る。シェフ様との至福の生活で天にも登る思いであったのに、気分が悪い……。あっ、王女殿は程なく出来るので待っていて欲しい」

「オレにだけ態度が悪い!!」


 まるで大嫌いな虫を見るような視線であった。


 何故かハクトへ嫌悪感を表す店員に、呆気に取られてしまう。


「……なぁ、あんた何かしたのか? 口調は少し古風だが、この子はいつも愛想が良いんだぞ?」


 隣の席の常連客も、初めて目にする少女の豹変ぶりに驚いていた。


「いや……オレはここに入るのは初めてだし、町へ来たのだって数回しか――」

「――お客さん、米が苦手なんですか?」


 厨房から、黒髪の青年が出て来た。


 そのシェフと呼ばれる平凡そのものの男は、口調も態度も柔らかく、それでいてどこか親近感の湧く懐かしい雰囲気を纏っていた。


「なんならパスタかパンでなにカ―――――――っ!?」


 仰天した。


 何故かエリカ達のテーブルを目にした瞬間、飛び跳ねる勢いで驚愕した。


 そして誰の目にも留まらない速度で、両腕で顔を懸命に隠し始めた。


「ど、どうしたんだ……?」

「い、いやいや! 何でもないよっ。ちょっと顔に油をかぶっちゃって……」

「だ、大丈夫か!?」

「大丈夫大丈夫」

「大丈夫なのか!? 油かぶって大丈夫なのか!? どんな面の皮なんだ!」


 仰天するハクト達だが、シェフは言葉通り顔を隠す以外は健康そうだ。


「ち、ちょっと待っててください! すぐ戻るんで! カゲコ!」

「はっ!!」


 慌てふためくシェフと呼びつけられて嬉々とする店員の少女が、いそいそと厨房へ引っ込んでいった……。


「な、なんか見覚えがあるようなぁ……」


 エリカの呟きからしばらく、事態に追い付けず静かになった店内で待っていると……。


「――お待たせしました」


 ……帰って来たのはカゲコと呼ばれた少女と、エプロンやぶかぶかの頭巾をかぶった黒髪の子供であった。


「誰……?」

「シェフのコクトです」

「さっきの人は!?」


 静観していたエリカまでもが、コクトという八才ほどの子供にツッコミ始めた。


「あれは……お客さんです」

「えっ!? あの厨房にいた人は客だったの!? シェフじゃなかったの!?」


 常連の老人が真っ先に驚きを表した。


「常連さんが驚いてるよ!?」

「お客さま、店の体制は企業秘密となっております。それより調理が滞るので、何が問題になっているのかお話しください」


 我が道を行く子供のペースに呑まれ、ぽかんとしてしまうエリカ。


「もう細かいことは何でもいいっ。シェフさん! 聞いてくれ! この子の態度が悪いんだ! オレにだけ!」

「えっ……? カゲコが?」


 店員として評判がすこぶる良かっただけに、信じられないという目で背後に立つ……告げ口をしたハクトを射殺す勢いで睨み付ける少女を見上げる。


「ほ、ホントだ……。メシ抜きにされたドーベルマンみたいな目をしてる……」


 するとシェフは少し考え込み……。


「……どうかご勘弁を。俺と姉は二人きりの家族でして、身を寄せ合い、どうにかこうにか協力して生きて参りました」

「え……、そうなのか……? すまない……」


 何故か謝るハクトに、エリカが思わず溜め息が漏れそうになるが、確かにこんなに幼い身では大変なのは明らかで可哀想に思えた。


「行きつけにしていたここの店主さんが腰を痛めてしまったので、俺達が代わりに店を切り盛りしていたのですが、慣れないことの連続……。ちょっとイライラしちゃったんだと思います。悪気はないんです。すみません」


 ハクトも途中から事態を見守っていたオズワルドも、自分より幼い子供にここまで謝られると、責める言葉など出てくるはずもない。


 ……背後のカゲコが、飢えた狼の如き吊り目で睨んでいようとも。


「――偉いっ!!」


 しんみりとする空気を、立ち上がったエリカの威勢の良い声が払拭する。


「謝罪も私なんかよりしっかりしてるし、なんか色々ちゃんとしてる! 私は王女として、君のような立派な国民を持てて誇りに思います! だからご褒美に今晩の晩餐会に招待してあげようと決めました!」

「えぇ!? ひ、姫様っ、何を申されるのですかっ」


 軽食くらいはと口を挟まずに見ていた老騎士も堪らず止めに入る。


「お、お申し出はたいへん光栄なのですが、いかんせん俺は作法も知らない平民でして――」

「じゃ、行こっか」

「国民の声に耳を傾けちゃくれませんか……?」





 ♢♢♢




「…………」

「…………」


 ガタガタと揺れる馬車でエリカ姫と前のめりで向かい合い、無言で視線を合わせている。


 ……ど、どうしてこうなったんだ。


 俺はただ、リリアやハクト達の様子を一目見てから帰ろうと思って、この町で休暇を満喫してただけだったのに。


「……私、とっても興味があるの」


 行きつけにしてた飯屋のおじさんがぎっくり腰になっちゃったから、代わりに料理してただけなんだ俺は。


 それ以外は遺跡をスケッチしたり、カゲハの特訓に付き合ってあげたり、ミストを遊ばせたり……なんにも悪いことなんかしちゃいない!


「この日の為に領主が外の街からわざわざ雇った料理人の夕食だよ? 滅多に食べられないものが食べられるのに、何でそんなに嫌がるの?」


 しかも、あのタイミングでおじさんの腰が治って出て来ちゃうもんだから、エリカ姫に強引に馬車へと連れ込まれてしまった。


 まだおじさんが心配だからカゲハを残して来たが、どう脱出したものか……。


 王都でもこの姿で色々と生活してたから、下手に力を使えないのが痛いところだ。指名手配とかになったら面倒過ぎる。


「美味しいお菓子もあるんだよ? あったかいミルクティーもご馳走するよ。君はいい子だからウチに来てたくさん食べて欲しいの」

「御伽噺の魔女が、子供をおびき寄せる時に言うやつですよ?」


 じっと見つめ合う。


「…………」

「…………」


 互いに前のめりになって見つめ合う。


「なぁ……こういう事は訊かない方がいいのかも知れないけど、君のご両親は……」


 ハクトが言い辛そうに訊ねて来た。


「俺の両親ですか? 両親は故郷で兄夫婦と農家をやってますね」

「全然二人きりじゃないじゃないか!!」


 し、しまった……。


「お、おいエリカ! 嘘吐いてたぞ、この子!!」

「二人きりで田舎から出て来た! そう言いたかったのが、舌ったらずな子供らしさが出ちゃったもんだからウッカリ言い間違えてしまったんです! ……それを揚げ足取りで責められたら俺はもう…………なんも言えねぇ」

「し、舌ったらずな子供の物言いとは思えないんだが……」


 肩を竦めて溜め息混じりに呆れたといった物言いをする俺に、ハクトは何やら汗ばんでいる。


「ねぇ君、ひょっとして……グラス・クロブッチって知ってる?」


 だが変わらずに俺を凝視していたエリカ姫が、何やら核心を突く質問をして来た。


「黒縁メガネをかけた変な男なんだけど」

「い、いいえ……? なんですか、そのあたかもお風呂で一息吐いている時にふと思いついたかのような安直な名前は。それにボク、田舎もんなもんで知り合いとか少ないんです、トホホぉ〜……」

「……そっくりな物言いをするし、黒髪だし、怖いもの知らずだし、絶対グラスの弟だと思ったんだけど……違ったかぁ」

「ちなみに俺からも訊きたいんですけど……今から行くとこに【剣聖】様っていたりします?」

「ん? よく知っているではないか。【兇剣の宴】に剣聖が呼ばれることや、姫様と同じく領主邸に泊まると読んでのことか? 姫様ではないが、頭が回る聡明な子なのだな」


 感心した様子の騎士さんが答えてくれたが……マズいな。


「ちなみに……ものすごく怖い人とかもいたりします?」

「ん、ん〜……、脅かすわけではありませんが、とっても怖い鬼族の方がいますね」


 オズワルドが心配そうに俺を見ている。鬼に会うと泣いてしまうかもとでも思っていそうだ。


 でもこのまま情け無いとこ見られたら泣いちゃうかもしれない……。


 こんな小娘にとっ捕まったなんて知れたら、せっかくの魔王の威厳が崩壊してしまう。


 これまで戦闘力と運の良さで、ごり押し気味ながら何とか誤魔化してやって来たってのに。


 ひょんなことからこの魔王ともあろう者が窮地に陥ってしまった……。エリカ姫たった一人の手によって。


「なぁに? 怖いの? 大丈夫、お姉ちゃんが付いててあげるからね」

「……ふっ」

「鼻で笑われたよ!? わたし王女なのに!」


 すると、馬車が無情にも停止してしまう。


 仕方ないな……、扉が空いた瞬間に逃げるか。下手に逃げたりするとこの姿を使いにくくなるから、あんまり問題は起こしたくなかったんだが……。


「……お、おっと? お姫様?」


 エリカ姫が、馬車の扉が開かれたと同時に神速で脱出しようとしていた俺を抱えてしまう。


「あんまり時間がないからね。剣聖とか凄く強い鬼族とか、普段絶対に会えないような珍しい人に会わせてあげる」

「ヤメて!?」


 ゾッとしてしまう。何故そんな、今までの俺の努力を無にする残酷な辱しめを思いつけるのか、魔王として少し憧れすらも感じてしまう。


「走るから口閉じてるんだよ? 舌噛んだら大変だ」

「待って待って! 考え直してください! どうかご慈悲を!」

「こらっ、暴れちゃ――」


 御者さんが、外から扉を開ける。


「とう!!」


 領主邸玄関前に停まったのに、迷う事なく真横に走り出した。


 日頃の俺の訓練の成果なのか、エリカ姫は俺を小脇に抱えたまま風の如くぐんぐんと駆けてしまう。


「よ、余計なことを教えてしまったっ。ちょっと一回止まってみてくれませんか!」

「あそこの角を曲がれば、剣聖のリリアちゃんが訓練しているはずだよ!!」

「えぇ!? 思いの外に近いっ!」


 ヤバいっ! ヤバいヤバい!! 卒業間際の初恋レベルで猶予がない!!


「……ま、待てぇい!!」

「いたぁぁ!!」


 抱えたまま走られて揺られる中で、器用にエリカ姫のお尻をパシーンっ! と引っ叩いて止めた。


「お、王女のおし……に、触れていいと――」

「エリカ殿下を思ってのことでございます」


 お尻を叩かれて顔真っ赤で恥ずかしがるエリカ姫に、俺は毅然として告げる。


「今やエリカ殿下といえば、セレスティア殿下とも並ぶ剣の使い手。そんなお方が剣聖様の修練を妨げたとなれば、剣士でありながらバカじゃないのかと言われてしまいます」

「そ、そんな感じで言われることなの……?」

「俺としましては、エリカ殿下直々にご招待いただいた誉ある王国民として、貴女様の名が失墜する……それだけは見過ごせなかったのです」

「…………」


 深刻な面持ちで言い、少し間を置いてから真摯に続ける。


「しかし……。かの美しきエリカ殿下のやたらといい音の鳴るお尻に触れたことは事実。お諌めした俺を罰する非道性をお持ちと仰るならば、どうぞご自由に……。その覚悟はしておりますので……」

「……偉いっ!!」


 俺を猫みたいに目の前に抱き上げて吠えた。


 それっぽい事を言えば、エリカ姫は納得してしまうのだ。グラスの時は中々聞き分けてくれないが。


 ともあれ、姉譲りのチョロい王女はこれで一丁上がりぃぃい!?


 俺の魔王的話術で屋敷の角のかなり手前で危機を回避できたにも関わらず、別方向へと再び駆け出した。


「なら早く許可を貰わないとね。一食分多く作らせなくちゃいけないし」

「なんだったらっ、俺は塩おむすびとかで満足するんですけど……!」





~・~・~・~・~・~

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ちょっと正気ではないくらい文字数が多かったので、流石に二つに分けました。なのでコメント欄に違和感があると思います。

あとやはり毎日公開が難しくなりそうです。待ちきれない方は新作の異世界コメディの方で穴埋めしてください。



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