第278話、死の天使

 天使の兵器はベネディクトの妨げとなる目標を倒すべく存在する。思考性は同じ、性能も同じ、魔力量も統一されている。


 当然ながら阻害する者には優先して排除すべき格付けが施され、より脅威となるものから標的となる。


「——〈ハンマー〉ッ……!」


 右手の上に魔力を集め、小さく纏める。


 ここで功を奏したのが、攻撃をしたのがハクトのみだった事だ。


〈聖域守護の衛士〉となる以前の情報は、阻害ランクに考慮されない。


 仮にネムかジークによる攻撃がされたなら、一部の個体はそちらを捕捉。抑え切れずに何体もの追跡を許しただろう。


 けれど現在は、ほとんど全ての兵器がハクトへと狙いを定めていた。


「ッ————!」


 足元から魔力を弾けさせて滑走し、雑然と並び立つ人形達の中心へ。回転しながら手にある小さな五つの魔力球を順に放つ。


 いや、放つと言うよりも、罠を設置するように自身の周りに等間隔で放ち、配置した。


 すると一拍の後に、飴玉のような魔力が丸く膨張。白撃が炸裂した。


 大きな球体に膨れ上がった白い魔力が、滞留し、迫る人形兵器を巻き込み、荒れ乱れる魔力流により削り取り、高圧により焼き消した。


「っ……! オラっ!」


 爆発音が上がる神殿方面へ飛ぼうとする個体へ、人差し指に纏めた小さな発光体を振る。


 小粒の光は高速で走り、徐々に大きく轟々と渦巻く球体となって、飛び立つ間際の兵器を打ち抜いて破壊する。


 いや、轢き殺した。


「ハァ、ハァ、ハァ……!」


 天使の魔力と卓越した技巧は、天使の兵器を破壊していく。その威力たるや、一撃必殺を思わせる。


 高圧力という魔力特性や豊富な保有量を鑑み、効率性と破壊力を追求した〈玉〉。獲得した魔力形成能力が、繊細かつ強引な魔力制御により短期の会得を可能とした。


 この〈玉〉により、いとも容易く天使の兵器を駆逐するハクトだったが、同時にそれは精神的かつ魔力的に全力で駆け抜けている事を意味する。


 常に疲労を伴う〈ハンマー〉による戦法を使用し続け、周囲には兵器の残骸が死屍累々と散らばっていた。


 しかし、まだ三分の一が残っている。


「…………——っ!?」


 横から伸びる魔力槍の突きに、僅かな反応の遅れを見せてしまう。


 高純度の穂先が左肩を掠めるも、寸前で上体を逸らして躱す。


 焼き付く激痛よりも早く、〈ハンマー〉を作り、兵器の胸元に配置した。


 巻き込まれる位置から撤退すべく、なりふり構わず転がって距離を取る。


「ッ……!!」


ハンマー〉が炸裂する。


 不意を突いた兵器を呑み込み、歴然と破壊する魔力の球体が猛威を奮った。


「ハクト君っ!」

「だ、大丈夫だっ! 魔力はまだ全然ある!」

「かなり疲れて見えますよっ?」


 ダガーに持ち替え、人形兵器を複数も相手取り、体術で時間を稼ぐオズワルド。


 動きに冴えが無くなったハクトの疲労を心配しているが、そのオズワルド自身も顔から汗が滴っている。


「まだまだ集中しないと使えないから、気が疲れるんだ。でもこのまま全滅まで駆け抜けたい……!」

「分かりましたっ!」


 周りで抑えている王国軍の兵士には、兵器による被害が増えていっている。


 驚異的な技量により魔力の槍を間近で交わし、振るう手を魔眼で逸らし、体術にて反撃しては注意を引き続けるオズワルドにも限界はある。


「……〈ハンマー〉……」


 また再び手に魔力を集め、纏めて小さな弾を作り出す。


 一つ、二つ、三つ、四つ……。


 そこへ飛び上がったのは、兵器達。両手に携えた〈見放されし者に最後のジウ・ラ・ヘクマ慈悲を〉を振り上げ、余白もなく投げ落とす。


「————ッ!」


 天使の裁きに他ならない。


 真っ向から見上げて拒絶し、四つの〈ハンマー〉を撃ち上げた。


 天使が編んだ慈悲の光と、人族が操る守護の光。


 ぶつかり合った瞬間が分からないほど、無情に打ち砕かれる。


「っ…………」


 光を突き破って貫通した〈ハンマー〉が、兵器を撃ち落とす。


 食い破るように玉が空へ翔け、余った破片が落下した。


「あと少しだ……」


 落ちる人形には見向きもせず、王国軍やオズワルドが引き止めるベネディクトの兵器へ向かう。


 疲労感を引き摺りながらも、数の減少に伴って大剣を手にし、一体ずつ斬り殺す余裕が生まれた頃には、王国軍の士気は格段に高くなっていた。


「あと三体だぁーっ!!」

「神殿へ槍だけは射たせるなっ! 勇者が来るまであと少しだぞ!」


 声援が背中を押すのか、動きを止めないハクトにより、一体、また一体と斬り伏せられていく。


 そして最後の一体。


「サポートしますッ!」

「————ッ!」


 真正面から白大剣を唐竹に振り下ろす。


 合わせられる槍は防御の軌道だった……が、示し合わせたように魔眼が使用される。オズワルドにより、手元をズラされて槍は逸れ、空気を焼くのみ。


 代わりに、————縦に分かたれる。


 左右に割れて開くように落ち、福音の翼と共に世界から消滅した。


「……う、うぉぉぉぉーっ!!」

「ハクトがやったぞぉぉぉぉ!!」


 勇者を讃える歓声が上がる。戦果を祝う喝采が生まれる。


 たった一人でベネディクト・アークマンの刺客を壊滅させるなど、偉業以外の何物でもない。この決戦の大一番。流れを変えた立役者と言っていいだろう。


「……くそっ……」


 喝采を浴びるハクトは、構う余裕すら見受けられない。膝に手を突き、地面へ俯いたまま荒い呼吸を整えるのに必死だ。


「…………」

「まだ行けそうですか……?」

「戦力になるかは…………〈ハンマー〉も失敗するようになって来てるから、ベネディクト相手に何か出来るとは思えないな」


 体力を有り余らせて騒ぐ周囲と異なり、長時間もの間も走り続けたかのような疲労感であった。


 魔力も相応の量を消費し、兵器を一撃で斬り裂く為に全て全力。何よりも、例え難いながら“頭が疲れている”としか言えない感覚だった。


 出鱈目な性能で致命的な槍を振り回す人形への恐怖心と責任感。同時に魔力操作へと質の高い集中の連続で、〈玉〉を使い続けた反動だった。


 しかしそれは、兵器を体術で引き留めていたオズワルドも同様だ。


「僕も素直に言うと、魔力はともかく体力が保ちません……。脚がガクガクですよ、もう」

「オレ達はここまでか……いや、一度はアルト様に指示を仰ごう。もしくはそのまま護衛するでもいいし、やれる事はあるだろ?」

「……ハクト君って疲れていると、利口になるんですね」


 周りとの温度差も気にせず、二人は離れた地点にある天幕へ向かう。


 その足先が向いてから、僅か数秒の事だ。


 異変は音によって知らされる。


「…………?」


 危機を打破して、あれだけ騒いでいた軍隊が、静まっていく。


 ソレ・・に気付いた者から、根源的な恐怖を抱き、言葉を無くしていく。


 周りの感情が激変したのを察知して、振り返ったハクトも視線を行き交わせる内に、それを捉える。


 一言で言うなら、違和感だった。


 微動だにしないその影は何気ない違和感で、見つけるのに少しの時間を要する。


 だが一度でも気付いてしまえば、その違和感は全く異なる意味となる。


『…………』


 宙に浮かぶオーク……。


 糸で編まれたような輝く翼を生やし、それは紋様になって身体にまで及んでいる。


 無言で浮かび、少しも動かない。


 ゾッとする。


 その姿のあらゆる違和感に、本能的な恐怖心を芽生えさせられる。


「…………っ、何者だッ!」


 強引に克己した騎士が踏み出し、威勢良くオークへ問うた。


 熟練である事はしたたかであるとも言える。


 すぐ後方にはハクトがいて、負ける可能性は極めて低い。ならばここで勇猛な姿を見せたなら、勝利の一助となったと評価されるやもしれない。


 微かな企みで歩み出た騎士。危険を顧みて行動しない者に、勝ち得るものなどない。


 その危険を短時間で吟味して、駆け引きを生き抜いて来た老齢らしい動きだった。


『…………』


 しかしそれは、必ずしも良い結果となるものではない。


『私は、マファエル』

「マファエル……?」

『アークマンから生み出された、【不運】の第三天使です』


 酷く作り物めいた語調で、浮かぶオークから発せられる。


 口元は動いておらず、どう発音しているのかすら分からない。微かに反響する若い女性らしき声音が送られてくる。


 けれどマファエルと名乗った天使は、確かに自己紹介をした。


 ————【不運】の第三天使と。


『皆様、お見知りおきをお願いします』


 生命にとって、不条理極まりない権能を有する死の天使が、王国軍の元に降り立ってしまう。


 人は、その天使に決して抗えない。


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