第207話、なんで壊すん?
ローブ繋がりで興味を惹かれた魔術師の方と討論でもしていたのかと思ったら、不審者に絡まれていたらしい。
合図でもくれれば追い払ってあげたのだが、普通に会話していたものだからじっくりとコーヒー豆を厳選してしまった。
「……どう?」
ダンスホールの天井を見上げて、俺の時にはうんともすんとも言わなかった遺物の剣で浮遊するセレスを見上げる。光の粒子を纏い、ファンタジー世界の妖精を思わせる幻想的な姿で飛び回る。
魔王を差し置いて、いつの間にか飛行能力まで使えるようになっていた。
「…………やはり槍の刺さっていた付近には、跳び上がって僅かにある凹凸を掴んだ痕跡があります。器用に掴めるだけではなく、爪は鋭く、二足歩行が可能な個体のようです」
「ふむ……」
自分も跳び上がろうとする前にセレスが降り立ち、跳躍を断念して彼女を労うべく歩み寄る。
すると自然と手を取られ、あれよあれよという間にダンスへと誘導される。
すぐ外から聴こえる路上で演奏する楽曲に合わせ、出来もしない何らかのダンスを踊らされる。
「…………」
「…………」
何を考えているのか分からないお年頃のセレスに見上げられ、密かにパニックになりながらも目だけは逸らさない。
「……こうして広い空間に二人でいると、あの時を思い出しますね」
「そうだね。運命だと思っているよ」
……あの野郎、まだ全然殴り足りないよ。本当にいけ好かない奴だった。あいつだけはこの世で唯一、特に理由もなく気に入らない奴な気がする。
黒翼の男を思い出し、メラメラと闘志が湧き上がって腕に力が入る。
「ぁ……」
「あっ、ごめん」
「いえ、お構いなく……クロノ様からこのように求められるのは悪い気がしません」
お構いなくという返事に安堵した瞬間、激闘の内容が頭を通過して顔真っ赤になる。
あの男……生かしておけば良かったかな。
………
……
…
「――ただいまぁ〜」
セレスを送り出して部屋に戻った俺は、看過し難い光景を目にする。
左手には毎夜に作製している刀の鍔が無数に散らばったデスク。夜な夜な細工を施し、確実に依頼を消化している。
その手前にはアンティークのソファが三つ、一人用二つに長い物が一つ。
これらはウェルカムスイーツなどを乗せたテーブルを囲むように位置取って置かれている筈である。
なのだが、視線を右側奥へ。
「…………」
「なんや遅かったんやなぁ。お先にいただいてますぅ」
夕方から一杯やっているユミを発見した。
バスローブを着て窓近くのベッドに寝そべり、夕陽に照らされて幻想的なアルスの街を眺め、白ワインを傾けている。
サイドに移動させたのであろうテーブルには、いつものウェルカムスイーツや果物だけでなくチーズや生ハムまでもが。
「……もしかして、勝ったの?」
「当たり前やん。ウチは天才やねん」
三度目の正直であった。
なんとユミは賭博に勝ったことでいい気になっていたのだ。ギャンブルの魔力にいよいよ逆らえなくなりそうだ。
「今夜は気ぃ良う眠れるわぁ………………っ!?」
「何……? いきなり飛び起きて……今になってビギナーズラックだったって気付いたの?」
「……その匂い、妙に記憶に残ってんねんけど」
……変態っぽいから言わないけど、セレスってめちゃくちゃいい匂いがするから、ユミも何かの機会に嗅いだ匂いを覚えていたらしい。
「我が組織は君が思う以上に闇深いということだ。そんな人の部屋に…………いやギャンブル勝ったなら出てってくれよっ!」
「明日の賭け金以外、もうあらへんよ。このお酒、いくらする思うん?」
「聞きたくないけど高そうだから俺も貰うね」
驚いたのも一瞬で、ベッドに改めて身体を埋めてしまう。それはもう我が物顔で。
慣れた。もうユミには慣れた。
気分転換にでも白ワインを頂くとする。この後に予定があるのだが、お酒で酔うほど軟弱な魔王ではない。今日の部屋代代わりにテイスティングさせてもらう。
「飲むん? せやったらウチにお酌させてください」
「悪いね、ありがとう…………今の悪いねとありがとうは無かったことにしてくれるかな」
手に取った空きのグラスへ、ツゥゥ…………っと一筋の白ワインが注がれた。底が微かに色付いたかな程度の量しか貰えなかった。
史上稀に見る狭量さで、お酌をされてしまう。
「ぐびっといってください。ウチの勝利の味やねんから、ほらほら」
「……ぺろで終わっちゃうよ、こんなの」
グラスを傾けるも、舌に乗る水滴レベルの白ワインしか流れてこない。本日、彼女が得た勝利と同様に、なんとも虚しい味わいであった。
「うん、雨粒と変わんない。……じゃ、そろそろ俺は出かけて来るから。夕飯も食べて帰るし、約束もあるから遅くなるよ」
「お供するやん、水臭い。置いていこうとせんといてください」
「……晩御飯を食べるお金が無いだけでしょ?」
「着替えるんで、あっち見ててや」
指差して向きを反転するよう求められ、仕方なく背を向けて支度する。
仕事場と化しているデスクへ歩み、鍵付きの引き出しにセレスから頂いたお小遣いを隠す。追加の活動費らしい。
ユミの意識がこちらに向いていないことを入念に感じ取りながら、鍔を入れる仕草に紛れてゴールドを入れておく。
「……ざっと三倍は貰うたんやなぁ……」
「っ……!?」
衣が擦れ合う音に紛れて、ぼそっと呟かれた。
へそくりの中身を言い当てられ、ギャンブルに使われる未来を想像して恐怖する。自分で持っていよう。
だがどうしてバレた。匂い……? いや匂いでは分からないだろう。ではどうしてバレたのだろうか。
こうして不気味なまでに才能豊かなユミを引き連れ、領主館へ移動する。
今日も夕食をご馳走していただけるそうなので、非常に楽しみである。
日も沈み、これまでならば夕食も終えている頃合いだろう。エンゼ教の戦力激減に伴い、闘技場が一時閉鎖されていなければだが。
しかしどうしたことだろう。領主館に到着した直後、メイドに見つかるなり食堂とは異なる別室へ案内される。
中は談話室のような場所で、調度品の他に唯一ある家具である六人掛けのテーブルには三人の人物がいた。
「――デューア君、順調な回復でとても喜ばしいじゃないか」
領主ギャブル・キャブルは対面に座るデューア君へ告げた。
その隣にはパッソもおり、テーブルを挟んで領主と重要な話し合いに臨んでいる。
ギャブルの話しながら差し出された手に従い、そっとデューア君の隣に腰を下ろす。
メイドさんを無視して食堂に直行したユミは今頃、厨房で摘み食いでもしていることだろう。
「ご心配をおかけしましたが、明日には全快するでしょう。ありがとうございます」
「……カナンさんのこと、とても辛いだろう。私としても彼女は天真爛漫そのもので、よく声もかけてくれていたし、闘技場の闘い振りも見事で…………ふぅ、非常に残念でならない」
偽りではなく、心からの言葉に思えた。
やるせない思いを溜め息と共に吐露し、指を絡ませた手をテーブルに乗せて項垂れる。
「……葬儀はこちらで行ってはどうだろう。このような状況であることだし、私が手配できる範囲ではあるが協力は惜しまない」
「有り難い申し出です。是非、お願いさせてください」
「うむ、明日の朝にでも葬儀屋に遣いを送っておこう」
デューア君達よりも仮にも領主であるギャブルが手配した方が、より迅速かつ安定した葬儀を行えるだろう。
落ち着ける場所に早く眠らせてあげるに越したことはない。
「で、それとは全く別の話になるのだが……」
「…………」
顔付きが一気に険しくなるデューア君とギャブルの視線は、テーブルの上へ。
「……仇が討てたことには安心している。恐るべき意志の強さで八人もの非道な輩を倒したことに、純粋な驚きと敬意を表する」
「…………」
だらだらとデューア君の顔に汗が流れる。
「でも借り物だろう? なんで壊しちゃうの?」
「……申し訳ありません」
木っ端微塵となった〈
「申し訳あってくれ、聞くから……。……〈夜の剣〉なら、武器を壊さなくても倒せたんじゃないかな? 強かったでしょ? 伝説にも謳われる“日の剣”の一つなんだもん。強いに決まっている」
確かに。鎧が割られるとは思わなかった。
「あれだけは破格の値で高かったのだ。ただ、貸し出した武具はぜ〜んぶ高額」
「…………」
「分かっているよ。弁償できる筈がない。そんな額じゃないものな。できる訳がないのだもの」
顔色悪いデューア君の心情を察して語るギャブルは次に、視線を横に流して俺へ告げた。
「……先生もさ、それだけ強いのなら武具を取り上げるくらいはしてくれても良かったのではないのかな? 目の前で悪用されているのだよ?」
「す、すみませんでした……」
大人から真っ当な説教を受けてしまう。あまりの正論に、さしもの魔王も平謝りとなる。
「そこでだ。例の殺人事件は未だに未解決。黒騎士も街にまだいるようで、武具は依然として不可欠」
他人事のパッソが頷く気配を察した。数度しか顔を合わせていないが、エンゼ教から補填するつもりはなく、しかし武具は必要との意思の現れだろう。
「だから直して来てくれたまえ」
ギャブルは隣の席に置いてあった地図を取り出し、テーブルへ広げた。
「実は少し離れた山中に、秘密の作業場を持つ凄腕の鍛治職人がいる。どのような状態であろうとも完全な姿に直してしまうことから、一部の貴族や富豪のみで情報を共有するのみに止めているのだ」
無理だ。斧ならば兎も角、粉末同然の大槌の方は直せる筈がない。暖炉に放り込んだ方が役立てるだろう。
ただ世界は広い。とあるドワーフの一族には、それを可能とするアイテムが存在していたと師匠から聞いたことはある。なんか盗まれて行方が分からなくなっているらしいが。
「行けるとなった時に、行って来てくれたまえ。魔物も多数生息しているから、準備も怠らないようにするのだ」
「……分かりました。では明後日に訪れてみます」
「頼むよ」
話し合いは淀みなく終了した。
領主ギャブルの良心的な提案により、破産の危機を乗り越えたと言っていいだろう。
その夜……。
「むぅぅんっ!」
「…………」
ビキニパンツでポーズを取る筋肉がはち切れんばかりのチャンプ。
屋敷の庭が熱気で渦巻いている。
延期となっていたチャンプのショーに参加したのだが、篝火に挟まれて屈強な男が肉体に汗を迸らせて筋肉自慢をする会であった。
「なんやねん、これ。名だたる偉人でも、ここまで無駄な時間の使い方は考えつかへんわ」
「不満があるならホテルへ帰ればいいだろう……」
ユミとデューア君と体育座りで並び、余すところなくチャンプという筋肉を観覧する。
「…………いいよぉ! 胸筋が爆発しそうだよぉ!」
「ヌッ!? も、もっとくださいっ! そう言われると私の筋肉が喜んでいます!」
筋肉が調子付いてしまった。
「この背筋オバケがっ! 二の腕の標高も高過ぎぃ! ……ほら、ユミも言うんだよ」
「嫌や。ウチくらいの美人にそんなんさせんといて」
「折角こうして参加してるんだから、やってみたらいいのに」
ボディビルの大会みたいに檄を飛ばし、せめて俺だけでもとチャンプを鼓舞する。
「肩の仕上がりも抜群だっ! ……先生、犯人がメイドの中にいるというのは本当ですか? 聞いた時には俄に信じられなかったのですが」
「その質問を待ってたんだ」
俺に習ってチャンプを活気付けるデューア君から、待ちに待った問いがされる。
そわそわと落ち着かない時間ともおさらばである。
「落ち着いて考えてみたんだけど、結論として……犯人はまさに怪物なんだろうと思う」
「……まさか
「いや……え〜っと…………あっ、この犯人は常習犯だと予想されるから違うんだよ。手慣れ過ぎてるんだ。こんな連続殺人をかなりやっていて、それなのにそんな遺物に聞き覚えがないのは妙だ。遺物の情報は各国が目を光らせているからね」
「では魔術師か…………召喚魔術というものが魔法大国ツァルカにはあると聞いたことがあります」
「魔術なら発動まで時間の猶予があったはず。戦闘にならなかったのはおかしい」
「確かに……」
セレスが言っていたことを思い出し、できるだけ忠実に言葉にする。
アレンジとかはダメ。綻びが生まれる。
「……ホンマにあんたはんが考えたん?」
「そうだよ? 他人が解明した真相を本人の許可もなしに言うなんて恥知らずだと思う?」
「許可を得たら言うんやな…………あぁ、そう言うことかぁ」
「…………」
魔王よりも悪どい笑みを浮かべ、ユミが真実に気付いてしまう。
「どないしたろか、もの凄い恥ずかしい秘密を知ってもうたもんやなぁ」
「言わないでくれ……」
「コ〜ン…………………………えぇよ、黙っときましょ」
「ありがとう、かなり意地の悪い間を置かれたけどありがとう」
俺の気まぐれで生かされたユミの気まぐれで、何とか師匠の威厳は保たれた。
「…………?」
当然ながら不思議そうにするデューア君だが、これは絶対に知られるわけにはいかない。
なので、無視。
「ハイッッ!」
こうして汗で光るチャンプの独演を、二十分に渡り楽しませていただいた。
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