第12話、盾にならなくとも影をかせ

連絡事項

勘違いをされている方がいらっしゃったので、連絡しておきます。


この再公開は、以前と全く同じです。改稿版はまた別の形でと考えております。

一部、変更した設定などは『古き魔窟の物語をっ!』の方にだけ適応してありますので、よろしくお願いします。



〜・〜・〜・〜・〜・〜



 首にはめられた首輪を鎖で引っ張られたリリアが、執事らしき男と兵士数人に引きられるようにして連れて行かれる。


 せ細ったリリアにまともに歩く力は無く、傷だらけになり、苦しみながら付いて行く。


 意識も朦朧もうろうとし、足元もおぼつかない中でやがて辿たどり着いたのは、家具類の見られないただ広いだけの普通の部屋であった。


 中央におりが一つあるだけで、他には特に何もない。


 窓すらなく、牢獄のような無機質な場所であった。


「ここで待て」

「っ、うっ!」


 乱暴に檻の近くに放られ、転げてしまう。


 そして執事と兵士達は何食わぬ顔で扉付近に待機する。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 大した距離は歩いていないにも関わらず、かなりの倦怠感けんたいかんがリリアを襲い、いつまでも息が整わない。


 ふと視線を感じ、檻の方へ目を向ける。


 すると、冷たい氷のような瞳が倒れ伏すリリアを見下ろしていた。


 檻の端でリリアより少しばかり大きな身体を縮こませ、全身傷だらけながらも力強い生気を放っている。


「――ささっ、こちらです」

「思ったより早かったじゃなぁ〜〜い。仕事が早く終わりそうで嬉しいわぁ」


 檻の獣人に気を取られていた間に、ナルシウスがシーリーを従えて部屋へとやって来た。


「……もしかして、この目の前に置いてある見すぼらしい2匹なの?」


 上機嫌だったナルシウスが、檻と少女に気付くと片眉を異様に持ち上げて「マジぃ?」とシーリーにたずねた。


「は、はい……。もはや私の手の及ぶ範囲にいて、ナルシウス様のご要望に沿う可能性があるものとなると……こやつらくらいしかおりませんで」

「まぁそうでしょうね。アタクシの目から見てもアナタは結構頑張ったと思うわ。でも……こいつらは明らかに違う・・わね」

「そ、そうですか……」

「一応よく見てみたいから、檻の方の子を外に出してちょうだい」


 シーリーや執事達に動揺が走る。


 リリアは、目の前の異様な出で立ちの男と太った貴族らしき男の会話から付いて行けず、朧気おぼろげな意識で呆然と眺めていた。


「し、しかしっ」

「大丈夫よっ、アタクシがいるんだからね! ほら、早くなさい!」

「……かしこまりました。……やれ」


 シーリーの指示に、兵士達がおずおずと動き出し檻に近づく。


 そして、檻の封を開けた瞬間、獣人は跳ねた。


「げひゅっ!?」

「ごぁっ!」

「ひっ! っ……」


 一瞬にして、兵士3人を蹴り殺してしまった。


「ヒィィ!!」

「あらぁ、やるわねぇ〜。あんなに怪我だらけなのに。感心しちゃう」


 おびえて背に隠れるシーリーと執事を余所に、アゴに手を当てて素直に賞賛を口にしたナルシウス。


「……でもやっぱり違うわねぇ、ざ〜んねん」


 だが、檻の上で唸る水色髪の狼の獣人を一通り見定めると、溜め息混じりに嘆いた。


「き、気を付けてくだされ。こやつは捕獲作戦の際にも、兵士を26人殺しておるのです……。それも……あれだけの傷を受けて」

「はいはい、分かったから離れてなさいな。軽く遊んでからまとめて始末しちゃうわ」


 そう言い残すと、片目が潰れているのかずっとつむったままの獣人に、無警戒に近寄っていく。


「――」

「こ〜こっ」


 弾丸のように飛び出した獣人の腹を、カウンターで蹴り上げる。


「ぐぁっ!? っ!」


 すぐに体勢を立て直し、後方へと飛び退く獣人少女。


「所詮は獣ねぇ〜。欠伸が出ちゃうわ。単調で何の工夫も無いんだものぉ」

「おおっ! 流石はナルシウス様! あの獣人をまるで赤子をあしらうが如く!」


 腹を抑え、内に響く痛みと苦しみに耐える中で、再び飛び出した。


 弱味を見せる事は、命取りとなる事を野性の本能で知っているのだ。


 だが――


「――ガッ!?」


 容易たやすく、長く伸びた脚により止められる。


「見え見えなのよぉ。何度やっても――」

「ぅらぁうッ!!」


 蹴りを食らったまま血を吐きながらも、恐ろしくギラついた目でそのまま飛び付く。


「ナルシウス様っ!!」


 しかし、


「――ご、はぁッ……」


 逆立ちの様な形の蹴りが、獣人の腹を突き刺す。


 有り得ない角度でけ反って避けたナルシウスが、そのまま逆立ちで腕と足を縮め、バネのように全身を伸ばす形で蹴り上げたのだ。


「ギッ! ……ぐぅぅ」

「そんなものを当たってあげられる程、『福音』持ちは甘くないのよ? ウチの組織はそりゃあもう武闘派揃いで競争激しいんだか……らぁ!」

「カハッ!?」

「ッ!! っ、くっ、うぅ……」


 落ちて来た獣人の少女を慈悲なく蹴り飛ばし、リリアごと巻き込んで数メートル転がす。


「あ〜あ、やんなっちゃう。獣の血で汚れちゃったわぁ〜」

「……何という強さだ……。これが『福音ふくいん』のお力なのですねッ?」


 興奮のあまりつばを飛ばしながら期待に胸を躍らしてはしゃぐシーリー。


「はぁ〜? 何を言ってるのよぉ。アタクシ、まだ『福音』どころか、魔力もそんなに使ってないわ」

「「なッ!?」」

「今のは、テ・ク・ニッ・クっ」

「「……」」


 普通なら苛立いらだつはずのナルシウスの言動にも、あまりの衝撃に唖然として間の抜けた顔でほうけるシーリーと執事。


「まぁいいでしょ。アイツら始末するついでに、ちょっと教えてあげるわ。魔力の扱いってやつを、ねっ」


 その瞬間、魔力の波動が放たれた。


「ば、バカな……」

「……これで、まだ本気ではないのか。では『福音』持ちとは、本当に……」


 ナルシウスが魔力を全身から迸らせる、たったそれだけで物理的な打撃にさらされたように体が圧倒される。


「がぅぅ……」

「……」


 満身創痍まんしんそういの獣人が尚も低くうなるが、リリアは本能的にさとる。


 この奇異きいな格好の男は、この世界における強者なのだと。


 自分のような弱者には、どうする事もできない雲上の存在なのだと。


「あら、まだ楯突たてつく元気があるの? いいわぁ。ならもう少し遊んで――」




 ――『福音』とやらは、見せてくれないのかい?




「ぇ……」


 いつの間にか、そこにいた。


 この部屋の誰一人、獣人がいた檻に軽く腰掛ける……“黒い鎧の男”を認識していなかった。


 腕を組み、悠々ゆうゆうくつろいでいた。


「ひんッ!?」


 どのような強大な敵にもみ付くだろうと思われた獣人が、跳ねるようにリリアの影に隠れ、身を縮ませて震えている。少しでも鎧の男から見えなくなるようにとばかりに。


「だ、誰だ!?」

「……あなた、何者よ」


 ナルシウスが、初めて顔を引き締めて訊ねる。


 その頰には一筋の冷や汗が。


 彼にとって、こんな経験は初めてだった。


 視界に入っていた・・・・・・・・はずなのに気配を察せなかったなどという、不可思議極まりない経験など。


「君程度に一々名乗っていられないよ」

「……何ですって」

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