第13話、『福音』
随分と気分の悪い場面を目にしてしまった。
桃色髪の少女が気になって来てみれば、日焼けサロンに週7で通っていそうなゴボウのような男が、水色の獣人の少女を蹴り飛ばしているところだった。
非常に気分が悪い。
そして何故か魔力を垂れ流しにして悦に浸っていた。
「あ、あの鎧は、誰も着られない不良品だったはずッ……」
「な、何故死んでいないのでしょうか……」
太っちょとガリは、ほっとく。
「……」
「ひんッ、ひんッ!」
……可哀想に。桃髪の少女も獣人の子も酷く怯えてしまっている。
許せんな。
俺の“古き魔王の物語”に、『悪』以外の犠牲者は要らない。
少なくとも、俺の予定していないものは許さない。
魔王プレイをする上での、俺のルールだ。
「……あなた、王国の人間……じゃあないわよね。だとしたら……どこの手の者なのかしら。それか、もしや違う派閥なの?」
「魔王城警備チーム『ケルベロス』の隊長、魔王クロキシンだよ。よろしく」
「魔王? ふざけているのかしら」
その通りだ。
剣呑な雰囲気を纏い、油断なく構える男。この日サロ男が気に入らないからテキトーを言っているだけだ。
鎧でかなり動きが制限されているが、こいつくらいならば問題ない。
ハクト達には荷が重いようだし、間引いておこう。
そう決め、ビビりまくる少女達と男の間に立ちはだかる。
「あぁ、そうだ」
「……」
「ついでに、蹴り方を見せてあげるよ。君のはあまりに拙い」
「……何ですってっ」
コメカミにビキリと血管が浮き出て、言葉終わりと同時に踏み込む。
先程までのがお遊びだとはっきりと分かるスピードと圧力の上段蹴りが、俺の顔面へと跳ね上がる。
「ここ」
「なっ!?」
蹴りが眼前を通過し、日サロ男は派手に転ぶ。
「ナルシウス様ッ」
「騒がないでッ!!」
飛び起き、表情が羞恥に歪む。
「……あの蹴りの中で、軸脚を払ったって言うの……?」
「あの蹴り、なんて言える大層なものじゃなかったよ」
蹴りを掴んで、残った軸脚を払ったりする。ムエタイでもよく見かける技術だ。
あまりに避けやすかったので掴む必要すらなかった。
「……もう終わりかな?」
「……」
技量で及ばない事を思い知ったからか、動かず様子を見ている。
「なら、俺から行こうか」
一歩ずつ男に歩む。
散歩するように、何の気概もなく。
男は相打ちならば負ける事はないとでも考えたのだろう。明らかに俺を待ち構えている。
「……………げふッ!?」
男の腹に、爪先がめり込む。
歩行の動きのままに、自然な流れで前蹴りを放った。
続けて、下がった顔を強かに蹴る。
「ガッ―――――ッ!」
石が水面を跳ねるように飛んでいく。
「そ、そんな……」
「……」
誰もがあの男のこのような姿など予想できなかったのか、呆気にとられている。
それにしても……予想よりやり難いな。俺の編み出した“凝縮”させて最小限で最大限の力を生む魔力の使い方では、鎧を着たままでこれ以上出力を上げられないようだ。鎧が悲鳴を上げている。
ヤバくなったら、第2段階とか言って鎧を脱ぐ事も考えなければ。…………ん? いやむしろ魔王的に……アリだな。
「……………ふふ、ふふふふふふふッ」
大の字で倒れたまま、愉快げに笑う黒光り男。
だが、次の瞬間―――――男の背の辺りで魔力が弾ける。
「あぁ、……感謝するわ。久しぶりに使えるのね……」
その勢いだけで起き上がった男の背から、膨大な魔力が吹き出す。
「おぉ……。あれこそが……私の求める……」
「なんという……………力だ……………」
その白い魔力は、部屋を軋ませながら男の背に、1つの片翼を形作る。
「……もしかして、それが?」
「えぇ。これが……これこそが、―――――『福音』よ」
濃密な魔力の塊である異形の翼を広げ、陶酔するような笑みを浮かべる。
「うふふふふふ。えぇえぇ、認めましょう。あなたは素晴らしい」
「……」
「最高レベルに卓越した技量、その鎧を着たままでのそのスピード、アタクシを蹴り飛ばしたパワー……」
だけど、と芝居染みた動きで指を振る。
「――あなた、ひょっとしてあんまり魔力がないんじゃない? 鎧も上手く機能していないし」
「……」
……機能?
「テクニックで勝てなかったのはショックだわぁ。だ・か・ら、……力で押し潰させてねっ」
ウィンクと共に言葉を放って来た。
「一々気色悪い――」
頭部をガードした腕に、凄まじい圧力が加わる。
今までとは桁が違う速度とパワーでのハイキックに、重量級の俺の身体が数メートル
「あはははははははヒヒヒヒヒヒッッ!!」
次々と、出鱈目なフォームで力任せに蹴りつけてくる。
「ッ、ッ! っ……」
しかし、異常な魔力を迸るそれは、ガード越しの俺の身体を易々と左右に揺さぶる。
そして、
「ソレッ!!」
「ッ―――――」
一際力強く蹴り出されたドロップキックによって、部屋の壁まで一気に吹き飛ばされ――
♢♢♢
リリアには、ドラゴンが部屋の中で大暴れしているように感じられていた。
いや、この場の当事者達以外には、全員がそのように感じただろう。
目の前で縦横無尽に繰り広げられた暴虐の嵐。自分達では掠っただけで、身体が吹き飛ぶだろう。
その人類の枠を遥かに逸脱した力が、あろう事かたった一人の為だけに振るわれ、結果……壁の向こうへ消えてしまった。
「ん、ん―――っ! ふぅ〜……。久々に思い切り動いていい気晴らしになったわぁ〜。じゃ、そろそろ……」
「ッ……」
背伸びし終えたナルシウスの舐めるような粘つく視線がリリアと、未だ怯え続ける獣人へと向かう。
あまりの悍ましい目付きに、リリアに未知の怖気が走る。
だが――
「ッ!?」
黒い魔力が爆発した。
「な、何よこれッ!? これ魔力なのッ!? 何が起こってんのよぉぉッッ!!」
背後の壁の穴から、果てしなく暗く深い力が急激に溢れ出す。
半狂乱となったナルシウスの絶叫の声にも構わず、この世を喰い尽くさんと黒い魔力は噴出し続ける。
地が揺らぎ、屋敷は崩壊し始め、誰もに世界の終わりを予見させた。
しかし、ふとした瞬間に『黒』の侵食は収まる。
ピタリと魔力の噴火が止まり、代わりに――
「――あぁ、なるほど。色々な事に納得したよ」
壁の穴から、黒き陽炎を立ち上らせた鎧の男が歩み出て来た。
だが、先程までとはまるで別人のようであった。
「……ぁ」
「ヒッ……」
「……」
全身から放つ魔力は途方もなく強大で、超越的で……。
万力で押し潰すかのような圧迫感が、この場を支配していた。
「君には感謝するよ。俺のやり方だと“機能”しない訳だ。
「……」
失神する者まで現れる中で、クロノは平然とナルシウスへと歩んでいく。
「……ふ、ふふふ。……リャアァァアッ!!」
ナルシウスの蹴りが、クロノの側頭部に炸裂する。
「……」
「……」
山を蹴った。
ナルシウスは、脚から伝わる不動の感触からそんな感覚を覚える。
全く、少しも、力を行使した手応えを感じられなかった。
「……魔力を放出して鎧に通すだけでコレだよ。こんな鎧があるなら、技量が育たないのも頷ける」
ドン、と軽く突き飛ばす。
ナルシウスはそれだけで床を滑りながら簡単に飛ばされる。
「くっ、あ、あんたぁ……」
「力で押し潰す、だっけ。なら俺も、“力”で受けて立つよ」
ナルシウスへと、軽く手をかざす。
「何、を…………………」
背筋が凍り、言葉を失い、最大の恐怖に震え始める。
クロノのかざした手に、黒い魔力が急速に集まっていく。
「放出するやり方は、魔力を無駄に使うようであんまり好みじゃなかったんだけど。……
無慈悲なまでに、際限なく集中していく。
この世の闇を凝縮させるように……。
全ての光や、希望を、呑み込むように……。
「ま、まっ、待ってッ」
「断る」
真っ青な顔と震える声で許しを請う小さな悪を、切り捨て、凍てつく眼差しで見据える。
やがて大気が静まり、音が消える。
「俺は――」
黒き絶対的な『力』が解き放たれる。
「――俺以外の『悪』を許さない」
「いッ!? ヤメ――――――――――」
黒に染まった。
音も呑み込み、静かに放たれた黒き閃光。
その漆黒の光は、ナルシウスを容易く呑み、消し飛ばす。
屋敷や敷地をはっきりと削り取り、大地を難なくえぐる。
収束した力はとどまることなく、その力を膨張させていき……。
やがて――
ショーク邸の存在した場所を、―――――巨大な球形に
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