第193話、挑みし者達
王都程ではなくとも、アルスのカジノは国軍が迫る現状でさえ盛況と言える賑わいを見せていた。
やたらと露出の高い女性ディーラーがカードなどのゲームを仕切り、比較的品のある客層が談笑少なく賭けを嗜む。
「……あんた、イカサマしとるやろ」
「お客様、これで三十七回目にございますが、お客様の実力です」
大司教の権限でオーナーを呼び出したユミは、マナーに構わずカジノテーブルに腰掛け、酷薄な笑みを浮かべて負け惜しみを口にした。
彼女の懐には、一文も残ってはいない。
「ウチが素人なのをええことに、カモにしたんやろ? ええ度胸しとるようやけども、言えるもんなら言うてみぃ」
「お客様、素人でいらっしゃるのに全財産をお賭けになられたのですか?」
心の底から呆れるオーナーだが表情には出さず、当たり障りのない言葉を贈った。
「私共は度々、引き時ですとご忠告を差し上げました。続行を選んだのはお客様です。……お引き取りを」
「あんた、命拾いしたなぁ。これが純度百のウチの金やったら、今ここで射殺しとるところやで。他人の金やったから大目に見とるんよ?」
「他人の金でギャンブルをやられていたのですかっ!? なのにスタッフにクレームの嵐!? あんたどの面で言ってたの!?」
仰天するオーナーを置いて、どこ吹く風のユミは後ろ手を振って足取り軽くカジノを後にした。
人通りが煩わしく感じるユミは公道を避け、建物の屋根伝いを好む。当たり前に裏道に逸れ、壁を蹴って羽根を思わせる軽さで跳び上がる。
三階建ての屋根に登ったユミは…………深く息を吸い込み……。
「…………また怒られるやぁ〜んっ!」
一先ずは、魔王から叱責確定のストレスを叫んで発散する。
「この弓も売ろうかとも思うたんやけどぉ……。負けても次で増やしたらええっちゅう考え方はアカンなぁ……二日でその真理に気付いたんか、ウチ」
全財産を失って二日目、ユミはギャンブルの心理的罠を理解する。そして感嘆の溜め息混じりに自画自賛する。
「ほな……叱られるんは嫌やし、やりましょかぁ」
僅かな興奮に口元を歪め、人のいない方面を探して屋根伝いに散策する。
目当てはなく、辺りを観察しながら適切な場所へと誘導する。
「……ええやん、この辺にしよっ」
上澄む声音で着地したのは、都市の北東にある廃墟群。カジノが完成してからはお役御免となった宿泊施設がある区域であった。
「コ〜ン……コ〜ン……」
鼻歌混じりに機嫌良く、両側に並ぶ廃墟を眺めて歩く。後ろ手を組み、周りに警戒する様子もない。
「………………ぷっ、何がしたいん?」
「――やはりお前相手に隠伏は無駄か」
先の曲がり角より、その者は姿を現した。
「なんやの、それぇ……下手過ぎて笑うてもうたわぁ、堪忍なぁ? あとの二人も出て来てええよ。冗談みたいな話やねんけど、もしかしても、もしかしなくても奇襲のつもりなん?」
「…………」
目の前のガニメデ、そしてガニメデ派の大司教二人が背後より現れる。
「……参考までに訊こう。どうして風下の二人を察知できた」
「さぁ? なんでやろなぁ」
クスクスと嘲り笑うユミは、ガニメデ含め武装した大司教三名を前にしても愉快げに歩む。
掴める性格ではなく、御せる実力でもない。思わず溜め息が漏れるガニメデは単刀直入に要件を通達した。
「ふぅ…………魔弓を渡せ。パッソは構うなと言いおったが、きちんと役目を果たせるアーチェこそが持つべきだ」
「そうやないやろ?」
「…………」
ユミは嘆息して、囀られた嘘を切り捨てる。
そして、ホップ、ステップ、ジャンプ。
驚異的な跳躍力で宿屋であった空き家の屋根に飛び乗ったユミは、縁に腰掛けると要求を口にしたガニメデを嘲笑する。
「会う度に思うんよ、あんた面倒やなぁって。いらん問答をして得になるんは、あんた等だけやん。早よかかって来たらええんよ」
「何の話をしている……」
嘆息混じりに呆れるガニメデは腰に手を当て、誤解を正そうと釈明を選ぶ。
「儂等はお前さんが抵抗した時のために武装しているに過ぎん。弓さえアーチェに渡せれば文句はない」
「くっ……」
受け取ったユミは袖で口元を覆い、顔を伏した。
「……あっはっはっはっは! うっふふふふ!」
何事かと思うのも束の間に、顔を上げてガニメデ達を哄笑する。手を打って無邪気に笑い、憐れな者達を改めて見下ろした。
「ふぅ……あ〜、おかし」
「…………」
「あんたはホンマに頭が回らんのやなぁ。本気で欺けたつもりでおったん? デューア等くらいやん、そんなんで騙されるんは」
脚をゆらゆらと揺らし、上機嫌を物語りながら無言で聞きに徹する三名へ告げる。
「……カナン殺したん、あんた等やろ? パッソもウチもとっくに分かっとったんやで?」
犯した罪が暴かれた。当然に動揺を表情に表して、ガニメデを除く仲間内で伺う視線を交差させる。
「忘れたんか? ウチな、天才やねん」
自分の頭を人差し指で指差し、自他共に認める事実をひけらかした。
雑種強勢。
グーリーと同様にユミはエルフと狐人のハーフであり、彼女はどちらの種族特有の能力も併せ持ち、加えてそれ等が両親より優れていた。風読みも嗅覚や身体能力も。
「死体へ突き立てた矢に付いた匂いまでは嗅ぎ取れんと思うたんやろ? ウチはできんねん。下手に荒らされてなかったら、その時の大体の行動まで匂いで遡れるんよ、これが」
そして続けて放られた信じ難い言葉に、尚も頭を悩まされることとなる。
「ええ武器もろたみたいやなぁ。パッソにまんまと誘導されてもうとるやん。それがあればウチと戦えるもんなぁ」
「っ…………」
してやられたと気付いた時、堪えられない頭痛にガニメデは空を仰いだ。
「ホンマにイライラしてもうたわぁ。ウチが弓を手にしたくらいで目に見えて焦るもんやから、隠す気ないやんって腹が立ってん。あっ、次に狙われるんウチやなって一発で分かったわ」
武器次第では慎重に動くつもりだったが、パッソの提案により性急な襲撃となった。それがパッソによるものだとは、おおよそ察しが付いていなかった。
「泣かんでもええんよ? まだまだツキは回っとる。ウチは誰にも言うとらんし、あんた等を焚き付けたからにはパッソも黙認するいうことや」
どこからか甘い匂いが鼻腔を掠め、それから続いてユミの甘言が耳に届く。
「ウチさえ殺せば、下るお裁きはないんやで?」
異様な微笑みを受けたガニメデは素早い身動きのために脱力して心を構え、同じ大司教の位にある二人は……恐怖に踵を僅かに後退りさせた。
自分を殺せば解決だと心から微笑むユミに、誰が平常心でいられるだろうか。
まだ増えるであろう複数の大司教を前に、どうしてああも愉しげでいられるのだろう。
計り知れない人物と知ってはいたが、明確に頭の中から何かが欠如している。ある一線を超えた強者にあるような、なくてはならない部品が損なわれてしまっている。
「殺しましょ、そうしましょ。久々に真正面から踊り狂って、血を浴びて、悪人ならあの人も言うことなしや」
曇り空へと諸手を掲げ、嬉々として不条理な戦場を歓迎する。招き入れてみせている。
「あの人には悪いんやけど、ウチは虫を潰すんが愉しいて仕方ないんよ。ぶんぶん鳴きよってからに鬱陶しい……」
同格に囲まれて尚も虫ケラと吐き捨てるユミが、立ち上がる動作を見せる。それだけで大蛇に睨まれたように射竦んでしまう。
あのユミをいよいよ敵に回さなければならない。
「気で負けるな……呑まれる前に仕留めるぞ。時間をかけないに過ぎないしな」
「…………」
イーロス等に静かな喝を入れ、ガニメデは腰にある片手斧を二つ、各々の手に握る。
「晴れやかな日に穏やかに死ぬるは、お前には似合わないだろう。儂等が死に様を決めてやる。泥に塗れてゆるりと息絶えろ」
「くくくっ、おおきに。死ぬんならお礼は先払いしとかんとな。ほな……孫の生首でええのん?」
ユミが視認も難しい速度で跳躍した。
「っ……!? イーロスっ、動け!」
「もう遅いわぁ、堪忍な?」
跳躍した先は向かいの建物の壁であった。そこから更に真下へ蹴り跳び、着地したのはイーロスともう一人の背後。
初めの跳躍で黒い影らしき物体が視界を過ぎ、その姿を失って直後だ。察知も準備もできず、無防備な背中を晒していた。
ユミは素早く懐のダガーを引き抜き、イーロスの首を掻き切る。
「イーロスッ!!」
「ぐはぁっ……!?」
咄嗟に首元を押さえ、膝から崩れ落ちる様を目にする。
「ぐっ…………うん? あれ?」
「…………」
首は…………繋がっており、ガニメデ達は呆気に取られる。
視線は当然に強襲を成功させたユミへ向かい、そこには確かにダガーを持つ彼女がいた。
「…………」
刃の無い持ち手だけのダガーを、口を開けて眺めるユミの姿があった。
「………………あ〜、なるほどなぁ。これは寸法から何から測り直しやな。すこ〜しだけ、難儀するかもっちゅうだけの変更や。なんてことない。こういうところも、おっちょこちょいで可愛い…………やんね?」
あのユミが、ぎこちない愛想笑いを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます