第253話、弱火でコトコト
楽しい楽しい砂漠渡り。大した距離ではないが、ヒルデガルトの付き人二人では車輪が砂に埋まってまい、一日かかっても進まないであろう旅路だ。
とは言っても、この魔王がいるのだ。
結局のところ、ペースは落ちることなく殆ど俺が引いてディア・メイズに到着した。中盤からは三人を荷台に乗せて運んだのだが、この暑さだから責める気にはならない。
さて…………一応、夜の間はディア・メイズの壁外でジャンプして中の様子を探り、エリカ姫達が無事なことは確認しているが、作戦は順調だろうか。
「すみません、スカーレット商会のものですが」
「…………えっ、荷車っ?」
悪名高きスターコート侯爵の私兵が出迎える正門へと到達するも、目を疑われる。
「本当に歩いて参ったのかっ!?」
「見ていた通りではありませんか。あっ、素足で失礼します」
「焼けるぞっ、普通! 蜃気楼かと思っていたら、もう目の前にいるではないか……!」
ここが南方唯一の出入り口で、驚く事にここから一歩でも踏み入れば、《大公の玉座》に座するスターコート侯爵にその存在を把握されてしまうのだという。
「さっさと入れろっ」
「は、はっ!」
噴火寸前のヒルデから睨みと共に一喝され、門番が慌てて作業を始めた。懐から宝石のような滑らかな鉱石を取り出した。
「……では無礼を承知で、魔石による検査にご協力ください。危険な魔術式や怪しい物質があれば、内部が危機に陥りますので」
「勿論です。お仕事、ご苦労様です」
知ってるもんね。
魔術で変装とかしてないか調べる為に、このような検査がされるであろうって言われてるもんね。
「つまり貴様等は、このヒルデガルトを疑うのだな?」
「え……?」
付き人に日傘を差させ、荷台で仁王立ちして睨み下ろすヒルデちゃん。
バランスを崩すと危ないので、細い足首を押さえておく。
「この私に対して、あまつさえ借金塗れの小僧如きが身体検査するというのだ。貴様等、仮に何事も無かった場合はどうするつもりだ……」
「…………」
憐れな程に縮み上がり、涙目となっている。
でもここにいる人の殆どは悪人らしい。門番や側近なんて確定的。そもそもライト王国に反旗を翻した者達で、あまり同情はできない。
陥落知らずのディア・メイズなら安心として、やりたい放題のスターコート侯爵に付いているわけだ。
「言ってみろ。どうしてくれる、どうするつもりで私を疑う。ここで雇われている門番など、碌な経歴でないのだろう。悪党如きが、どのような領分で物を言っている」
「申し訳ありません。私が引き継ぎ、対応させていただきますので」
大凡の時間を伝えてあったのか、かなり偉い役職のような老人が慌てて駆け付けた。
「まずはヒルデガルト様、無事に到着されて何よりでございます」
「どうするのかと訊いている」
「ひ、ヒルデガルト様……?」
流石はヒルデ。偉い人でも、まるで無視。
相手側の事情などに取り合わず、助かったとばかりの表情を見せていた門番を更に詰めている。
「いや、いいだろう。検査に応じてやる。その代わり、何事もなかった場合には…………三人共に相応の覚悟をしろ。ここが無法地帯である事を、よくよく思い出しながらな」
そして厳罰には偉い人もきっちり勘定に入れるヒルデガルト様。
けれど偉い人、これは連れが王子達である証だとして、まんまとセレスの術中にハマってしまう。
「……お受けいたします。仮に何事もなければ、煮るなり焼くなりお好きなように」
「やれ。今すぐに検査を実施しろ」
恐ろしい事が起きようとしています。
門番さん、偉い人がハッタリだと判断して頷くのを目にし、検査という名目で術式破壊の魔石を俺達に翳しています。
何の変化もありません。それは、そうなります。
お気の毒なことですが、偉い人と門番が顔を青くして、次に白くなりました。
「おい、焚き火と男三人が入れる大鍋を用意しろ。別々に三つ用意してもいい。だが薪は大量に備えておけ」
煮る事にしたようです。
「火力は弱火にしておけ」
ちなみに、本当に煮ました。
死なないくらいに煮込み、ヒルデが出る許可を出すと、朦朧とする意識で地に頭を擦り付けて感謝していました。
しかし「鉄板を用意しろ」というアスラでもギョッとしそうな無慈悲な命令を聞いて、絶望感を再び表し、一人ずつ絶叫を上げながら熱々の鉄板で踊っていました。
このような事を本当にしていたから、女皇と呼ばれるようになったのかもしれません。
当のヒルデは瀕死で感謝する門番達へと鷹揚に頷き、まるで人の道を説いた御老公の顔付きでその場を去りました。
「……何の案内もないのですが、道は分かっておられるのですか?」
「ここでは道など当てにならない。あのバカはいつも最も高いところにいるから、そこを目指すだけだ」
「最も高いところ……」
改めて見上げると、現代の建築技術を凌駕しているとしか思えない壮大な都市であった。
陽光を照り返す居城を中央に、外壁も含めた建物が見事に合わさり、完全な同化を果たしている。
「……止まれ」
「全体、止まれっ!」
「煩い……」
何かを察したヒルデの命令により、付き人三名が足を止める。
すると聞いていた以上に度肝を抜く光景が、目の前に広がった。
「…………」
――ディア・メイズが、作り変わっていく。
都市を形造る全てが、部分部分にブロックのように分けられ、都市全体を僅かに揺らしながらゆっくりと組み替わり、道や建物、壁までもが全く異なる形態へと変化していく。
「これがあの女が、ついでに取り戻したい《大公の玉座》の能力だ。ここでは《大公の玉座》を持つ者こそが完全な支配者であり、ディア・メイズの造り手なのだ」
「すげぇ……」
そして俺達の立っていた道は、五メートル幅に切り取られ、徐々に城の方へと導かれていく。上下左右もなく自由自在に移動し、全自動エスカレーターによって何処かへ連れて行かれる。
これが可能となるならば、自分が神か何かだと錯覚するのも分かるかもしれない。
やがて苦もなく城の元まで辿り着くと、そこには執事らしき男性が立っていた。
「ようこそ、ディア・メイズへ」
しかしヒルデガルトさん、茹で焼き男達を待つ時間に疲れたようで、挨拶もなく問いを投げかけた。
「宿は何処だ」
「はっ……えっ、あ、宿でございますか? しかし我が主人がお待ちですので、先にお会いになられた方が宜しいかと」
小癪にも我等が会長に楯突く執事。
だが会長は以前よりも更に痺れる魔力を滲ませ、ディア・メイズでも我が道を行く。
「宜しいかどうかは私が決める。宿は何処だ」
「宿は手配してございますが……」
「金を持って来い。マダムが預けた例の物もな。それらを受け取ればすぐに帰る」
「……主人はヒルデガルト様に会えるとたいへん喜んでおります。会っていただくまでお金は用意できかねます」
天晴れ、執事さん。無法都市の悪人とは言え、忠義の心から汗だくでビクビクしながらも、あのヒルデガルトに物申してみせた。
思わず俺も拍手してしまう。
「っ…………」
……物凄い睨み上げられ、機敏な反応に可愛いなと思いながらも手を叩くのを止める。
「ふん、会えばいいのか?」
「是非に」
「それと、次からは容赦しないとだけ言っておく」
「無論、承知しております」
ヒルデガルト、慈悲の心を取り戻して執事の願いを聞き届ける。
彼女は城へと歩み出し、
「……ふぐぅ!?」
執事に抉るようなボディブロウを打ち込む。
「何故なら私は暴力を振るうからだ」
「っ……!?」
「他人を妬み、僻み、責め立て、蔑んだところで、自身の現状が豊かになる事はない。ただの逃避であって、時間と労力のみを消費する愚かな行為だ。だが私は嫌いというだけで殴る。気持ちが晴れるからだ」
拳を掲げ、全くもって言っちゃいけない事を公然と言い捨て、悶絶する執事さんの尻を蹴ってから城内へ向かう。なんてお茶目なヒルデちゃん。
次からじゃないじゃん、なんて言ってはダメ。煮られた上に焼かれて、おまけに殴られてしまう。
まぁ、ヒルデは敵以外に暴力を振るう事はない。だからおそらくヒルデは、この執事が悪人と知っていたから天誅したのだと思う。懐からなんかヤバそうな粉が溢れ落ちてるし。
なので魔王の俺も記念に尻を蹴ってから、ヒルデに続いた。
……のだが、《大公の玉座》が使用されたのは、ヒルデの迎えともう一つ。耳に届いた遠くからの悲鳴を受け、後ろを振り返る。
「…………」
入り口で倒れていた門番含む三人が、ブロックに四方を囲まれて逃げ場を無くし、迫る壁により圧死させられてしまったようだ。
殺した理由は分からない。彼等は指示通りに実行したであろう筈だが、処断するとテラーが決めたならここでは合法となる。
そしてそれは人族がどれだけ集まろうと、生き物の力ではどうする事もできないのだろう。
これが《大公の玉座》が所持者をメイズ内において絶対者にする所以だった。どれだけの兵力で攻めようとも、どれ程の兵器を用いようとも不落を貫く不可侵領域と化すのだ。
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