第62話、悪意の始まり
ライト王国とラルマーン共和国の、境目の曖昧となっている平原。
長年の争いにより荒野となり果てた平原には砂埃が舞い、植物や生命の気配は一見では見当たらない。
「……」
ザンコック達は息を殺して目を閉じて遠見の魔法を使うハナムの報告を待つ。
遠くの林に身を潜め、前方のラルマーン部隊が壊滅した地点を探る。
「……………少尉、不運にもライト王国の調査隊が調査中のようです。去るのを待った方がいいでしょう」
「……」
ハナムが得た情報をすぐ様報告する。
「……不運? ハナム君、それは幸運と言うのだ」
「と、言いますと?」
自分に無い見解に興味津々となるハナムに、ザンコックは余裕を醸し出して毅然とした態度で答える。
「報告では、部隊を壊滅させたのは未知のモンスターであろうとの事だが……ライト王国軍の可能性もあるはずだ。そうは思わんかね」
「それは……可能性ならば確かに有り得ます」
人種の所業と言うには、大幅に逸脱した威力による惨殺であったと言えども、ライト王家には王国唯一にして強大な『遺物』があるとの噂だ。
他にも、自分達のような魔物使いが現れたという可能性もある。
「そうだろう? 殴られたなら殴り返す。外交でも舐められない為には、非常に重要だ」
ザンコックが、左手首の鎖に魔力を込める。
都合が良いとばかりに、降って湧いた力を振るう。
興奮から表に出る、邪な感情の色濃い笑みで……。
「……手は抜くなよ? 『弐式』」
♢♢♢
アルト王子の命により、最終調査が終わり次第近くの駐屯地まで引き上げろとの命が出た調査団。
「……やはりこれ以上得られるものは無さそうですね。アンデッドとならぬよう死体もきっちり燃やしましたし、そろそろ帰還の頃合いかと」
「うむ……よし、では引き上げるか!」
調査団団長が、入念な確認の後にそう指示を叫ぶ。
「団長、あれは何でしょうか……」
「うん?」
団員の一人の指差す方を見る。
そこには、ラルマーン側の空より来たる……青い影。
「……見た事は無いが……虫の大群だろう。日暮れに合わせて移動しているのではないか?」
そのまま頭上を通り過ぎるのを眺めていると、丁度部隊の真上を通過するや否かといったタイミングで……。
「……今、何か光っ――」
♢♢♢
「……」
「クァーハッハッハッ!! 素晴らしいではないかッ! あの数を一撃とは! これがラルマーンの奥の手ッ! それがこの私と合わさる……最高の孤軍の誕生ではないか……」
跳ねるように立ち上がり、喜びを
しばらく予想を超える力に陶酔していたかと思えば、ふとした疑問から我に帰った。
「……ん? いや、針の雨を降らしたのだから一撃では……まぁいいか。兎にも角にも、総員っ、引き上げるぞ!」
『弐式』の殲滅力に放心状態の隊員達を余所に、ザンコックは愉しげに指示を出す。
目の前で数十名が一瞬にして死に絶えたのだ。
火薬を使用した爆撃跡のような、悲惨な現場。
隊員達は、『人造魔物』がラルマーンの切り札である所以をその目で知る事となった。
ある者は恐怖し……。
ある者は愕然とし……。
「【沼の悪魔】を殺してしまわないか、それだけが心配だな……ククッ……」
ある者は、悪魔に魅入られたように歓喜して……。
♢♢♢
ザンコック率いる特殊部隊が、【沼の悪魔】を偵察する為、近くに仮拠点を設営していた。
「はぁ……まったく。粗悪だな、やはり」
事前に偵察していた部隊との連絡が付かない事もあり、うんざりとした顔付きのザンコックが部下達が組み立てた拠点を見て呟く。
最低限退かしたと言っても小石だらけの冷たい地面に、布を敷いただけ。その上に、テントを被せただけ。
しかもラルマーンのこの地域は寒く、豪雪に見舞わられる事もしばしばある。
歴史的な任務にも関わらず、それを成そうという部隊がこの環境下では士気に関わる。
そう言い訳をし、明日以降の仮拠点の改善を独断で決定する。
「……ッ!? ザンコック少尉っ!」
「何か見つけたのかね」
遠見の魔法を使える部隊唯一の隊員“ハナム・グリズ”に、ザンコックが横柄に問う。
「はっ。この先で盗賊達が屯しており、そこで戦闘がはじまりました。しかもあろう事か相手は、たった一人でです。恐ろしい強さで、現在も盗賊を惨殺しています」
「……」
「もしや……噂の【夜渡り】では……」
その新入りの報告に、ザンコックの子供心のような高揚感を覚える。
「少尉……?」
「……試運転は入念にすべきだろう」
「ッ、そ、それはッ!」
浮かれているザンコックに迷いは無かった。
盗賊や賊がいくら死んだところで、何の影響もないと。
興奮に早まる胸の内を抑え、腕に巻き付いている鎖型の魔道具を翳す。
「――行け、『弐式』」
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