第186話、魔王式マインド

 

「……それ以上は見てやるな」

「…………はい」


 諭すガニメデに肩を掴まれ、遺体から引き離される。


「昨夜は儂等で飲んでいてな。明日が闘技場当番なもんで、部下が酔い潰れてここを寝床にしようと横着しなければ、発見が遅れていただろう。……衆目に晒されずに済んで良かったわい」


 背を押して出口へ誘導される。


「国軍出身のミッティに捜査を任せておったが、これからは儂等で調べにゃならん。新たな犠牲者が出た以上は、無いものは無いと割り切って動かねばな」

「ガニメデさんが捜査を……?」


 武術一辺倒のガニメデが頭を使った仕事を引き受けるとは思えない。その考えを声音で如実に表してしまう。


 瞬時に礼儀を欠いていると察し、慌てて弁明しようと開口するもガニメデは既に笑い声を上げていた。


「にゃっはっは! そんなわけがないだろう! あの守銭奴パッソに任せるつもりだ!」


 現場にはガニメデ派、総じて八名。誰も彼もが戦闘員寄りで、捜査できる面々とは思えない。自覚はしているようだ。


「もうじきパッソが来る。引き継いだならば儂等は一度帰還して寝させてもらおうかの。臭いで分かるだろうが、帰っておらん」


 酒の臭いだけでなく、教会騎士服のままの様子から見ても明らかであった。


「そうしてください。わざわざ呼んでくださってありがとうございました」

「……ミッティの直後だ。儂は迷ったのだが、イーロスが呼ぶべきだと言ってな」


 好敵手ライバル意識らしきものによって避けられているという印象だった。壁に背を預け、遠巻きからパッソ派の調査を眺めるイーロス。


「…………」


 視線に気付くも、照れがあるのかすぐに目を閉じてしまう。


「……お孫さんに感謝をしていたと伝えてください」

「うむ。……あぁ、もしユミがいたら匂いを確認させたい。早めに呼んでおいてくれ」

「分かりました」


 こうして憂うガニメデに帰宅を促され、不明瞭で言葉にできない違和感・・・を抱え、耐え難い悲哀と共に屋敷へと持ち帰ることとなった。


 帰路の道中、頭は働いていなかった。記憶もなく、闘技場から到着までの一切が頭から省かれていた。


 屋敷に戻ると、玄関前で先生は事件を聞かされたのか真剣な面持ちをしていた。塀の上には朝から珍しくユミもいる。腰掛けて足を組み、事件にもいたって無関心という徹底ぶりだ。


 まだ日が昇って間もない。早朝稽古の願いをしてあったのだが、とても律儀であることが伺える。


「……カナンは、グーリーという火熊と共に、来る日も来る日も研鑽を積んでいました」


 妹分であった犬人族の少女を想い、やるせない気持ちを吐露する。


「昨日、少しだけ話をしたよ……。……やられたのは、あの子だったのか」

「あまり大きな声では言えませんが、エンゼ教内には獣人差別主義者もいます。その中で司教に選ばれるには並外れた実力が必要です」

「…………」

「カナンは私と同じく、物心つく前からエンゼ教に保護された身です。司教となる夢を見るのは必然でした。……やっと選ばれたのに」


 戦力増強であろうが、剣闘都市へ配属が決まった際に司教と認められて、福音を授かった。それが二週間前。


 その時の喜びようが、どうしても想起される。


 小さな頃から共に育ち、同じミッティの付き人をした先輩であったこともあり、妹同然に育った。共に生きてきた火熊を恐れて友人は少なかったが、世間知らずなところもあれど明るく気の優しい少女だった。


「決闘で敗れたミッティさんとはわけが違うっ、絶対に許されないッ……!」


 怒り……と言うよりも殺意だろう。殺意が止まらない。この手で犯人に報いを……いや、殺さなければ気が済まない。カナンをあのような状態にした犯人など、どれだけ八つ裂きにしてもし足りない。


「………………万死に値するっ……」


 幸いにも黒騎士への憤りは黒々と渦巻く激情により上塗りされた。


 震えるほど握り込む拳から、血が垂れる。


「……必ず犯人を見つけなければ」

「俺にできることなら手伝うよ。この街にいる間は何でも言ってくれていいから」


 何故ここまで心強いのか。昨日に出会ったばかりの男に、途方もない信頼を寄せていた。


 最も的確にこの心情を表す言葉は、憧れだろう。武に秀でる大司教達も含め、辺りを見渡しても見たこともない程に強く、けれど真っ直ぐな芯があり持っている力に振り回されない。不思議な魅力があり、これからもとつい考えてしまう。


 仲間内からは黒騎士打倒を依頼すべきとの声もある。けれど自分の口から頼むことはないと、きっぱりと告げておいた。


「あのぅ……胃に優しい雑炊か何か作ろうか?」

「いえ、食べ物に不満はないので。また別の機会にお願いします」


 一見すると、ただの一般人であるわけなのだが。


「そっか…………そうだ、なんか事件について気になることを言ってた人がいたよ」

「気になることですか?」

「今朝のは分からないけど、その人が言うにはこれまでの殺人にはメッセージ性があるんだってさ」


 メッセージ性と言われ、顎に手を当て自然と事件について思考を始める。


 一件目の殺人にメッセージなどあっただろうか。“不可能”な状態での殺しという点以外に、天井の絵画との関連性も考えられない。


 二件目は……残酷、それに加えて“狂気”を感じた。あれを目にした誰もが背筋を凍らせた。犯行に関しても有り得ない状況であったと思う。


 だとするなら三件目は“怪物性”を感じたと言える。ミステリー小説にありそうな不可解な状況での発見。密室状態の部屋の中で怪物に食い殺されたとでも言いたげに殺されていた。これまでのように不可能とは思わない。魔物に食わせることさえできたなら部屋に運び、密室にする仕掛けがあった筈だ。


 すると今朝の殺人は…………。


「…………分からない。昨夜に殺されたカナンだけは、受ける印象は二件目と被っていますが、不可能では無くなっている。メッセージなども感じられません」


 これが違和感だったのだろうか。


(……カナンだけは犯人が違うのか?)


 模倣犯ならばと仮定するも、尚のこと許し難く怒りが再燃する。


「動機とか……から考えたら黒騎士しかいないか」

「いえ……それに私はミッティさんを殺したことを別として、黒騎士は一連の事件と無関係だと考えています」


 わざわざ決闘を申し込んでまでミッティを倒した黒騎士は、隠れて連続殺人を行う犯人と同一であるとは考え難い。


「ただ……今回の件で分かったこともあります」


 握り拳を額に当て、苦々しく告げる。


「犯人もしくは協力者は、内部の人間かもしれません……」

「あり得るわなぁ。グーリー、連れて行ってへんねんもん」


 カナンが屋敷から出て行く姿は確認されているが、火熊のグーリーは動物小屋に今もいる。


 常に共にあるグーリーを置いて出て行ったということは、顔見知りに唆された可能性がある。


「ユミ、現場で匂いを確認して来てくれ」

「ん〜? あの子には嫌われとったんやけど、しゃあないなぁ」


 ユミの嗅覚はハーフだからなのか、一般的な獣人よりも遥かに優れている。


「私より先にガニメデさん達が現場保存に努めてくれていた。私や彼等以外の匂いがあれば覚えておいてくれ」

「ふわぁ……寝足りへんわぁ……」


 返答もなく相も変わらず飄々と、呑気に向かって行った。気分屋で何を考えているのか読めないユミに文句は言えない。頼み事を引き受けられただけでも幸運だ。


「先生、もし宜しければ領主から配られる武具を試しておきたいので、付き合っていただけないでしょうか」

「いいよ。弁当とか用意するやつ?」

「午前中にと聞いていますので不要です」


 黒騎士との決闘でミッティは他の者に手は出さないようにと、条件付けしたと聞く。衆目の中で取り決められた以上、これは守られるだろう。


 けれど領主は納得しない。魔剣や魔具などを持たせて再び大司教達をけしかけ、黒騎士の闘いを目に焼き付けんと欲している。


「デューア、戻ったのかい?」

「チャンプ……」


 控えめに声をかけて来たのは、パッソ派でありながら親交のあるチャンプであった。気の優しい彼もカナンと親しく付き合っていた。


「黒騎士にやられた傷があるんだ。仕事は他に任せて大人しくしていてくれ」

「そうしたいのは山々だけど、トレーニング中毒なのは知っているだろう? 今日は肩の日なんだ」


 爽快なウィンクと笑顔で健在振りを表すチャンプは相変わらずであった。


「あっ、そうだ! 先週にしたばかりだが、今夜にでもどうだろう!」

「…………そうだな。分かった、空けておこう」


 相槌を返し、分かり切った気遣いに了承を伝えた。


「…………?」


 言葉足らずな会話に置いていかれた先生が疑問符を浮かべて表情に表した。


「はっはっは! 先生、デューアはたまに私のショーに参加してくれるのですよ。宜しければ先生もどうでしょう」

「招待してくれんの? じゃあ……折角のご厚意だし、お邪魔しようかな」

「おおっ……! では可能ならば先生も上半身は裸でお願いします。欲を言えば太腿も露出していて欲しいのですが」

「……どんな時間の使い方になるんだろう。今から不安で仕方ないよ。あんまりないことなんだけど、怖いって思うもん」


 立て続けに仲間を失ったのは同じであるのに、気の良いチャンプは失意を和らげようとこの提案をする為に待っていたようだ。


 どうしようもなく煮え滾っていた昏い感情が落ち着くのを感じる。


「…………」


 冷静になった頭で思考する。


 これまでは“クールスフィア”と“九揉くもん”のみであった。


 追加して“煙痲えんまキセラ”に“夜の剣”、そして“アクア”に“痺翠ひすい”などと、かなり強力な武具が貸し出される。


 自分には、最も強力な〈夜の剣〉が渡されると聞いている。能力を聞いた時には耳を疑ったほどで、使いこなせば確かに黒騎士に勝る性能を持つ。


 早急に適応させて備えなければならない。いつ仇が判明しても良いように……。



 ………


 ……


 …



 激情で居ても立っても居られないと言うデューア君を連れて、領主の屋敷を行く。


「……早朝稽古、やってみよっか。お願いします」

「よろしくお願いします」

「カナンちゃんのことがあるし、厳しく行くよ。この一回だけでも大幅に強くするつもりで鍛えるから」

「そう仰っていただけるのなら、こちらとしても望むところです」


 エンゼ教が推しに推しまくる圧倒的主人公デューア君を指導する魔王です。


 領主館横の広い裏道で向かい合い、互いに礼。


 彼の幼馴染が殺されたこともあって、確実に討ち取れるように特段の鍛錬を施す所存だ。彼の熱意に応えなければ。


「それで、何をしようかな……」

「可能ならば、先生がどのような鍛錬を経てその域にまで上り詰めたのかを知りたいです。なので差し支えなければ、先生が私くらいのレベルであった際の鍛錬内容をまずは聞かせてください」


 そうかぁ……と言っても変わったことはあまりやっていないんだよな。


 魔力凝縮法なんていう魔力を訳分からん別の何かに変えてしまうような破茶滅茶な所業と、マッドサイエンティストも泣き出す人体魔改造以外は……特別にヘンテコなことはしていない。


「じゃ、とりあえずスクワットからやろうかな」


 左手の川付近にある小さな岩へ向かい、手に取って軽く重さを感じてみる。ダンベルマイスターの俺からすれば……二十キロくらい。


「先生は当時、何回程度をやられていたのですか?」

「…………俺と同じことをやりたいんだよね?」

「はい」


 岩を手にしてデューア君へ歩み寄り訊ねるも、即答される。なのでこちらも即答しながら岩を手渡す。


「なら“ずっと”だね」

「っ…………」


 岩の重みによろけるも、ぽかんと口を開けて絶句してしまった。驚くだろうなとは思ったが、隠すことでもないので正直に言う。


「回数とか時間は決めてなかったよ。スクワットに限らず、ずっとやってた。硬い壁を殴って一日過ごしてたこともあるもん。独自のマッサージで無理矢理に動かして、それでも動かなくなったら他の動く箇所を鍛えてた」

「…………」

「最終的には腹パンパンな芋虫みたいに全く動かなくなるから、そうしたら魔力方面を鍛えてたね。で、なんだけど……最初の内はたまに気絶するから気を付けて。朝だし胃に何もないから吐きはしないけど、気絶すると時間をロスすることになるから」


 一般的に筋肥大を目指すなら深くしゃがんで、筋肉の可動域を精一杯に使うのがいいと聞く。回数も十回前後の重量で、正しく狙った筋肉に刺激を与えなくてはならない。


 ただここは地球じゃない。


 俺は魔改造と同時に鍛えることで、俺自身を作り変えるという鍛え方をしていた。過酷なトレーニングで細胞から血肉に至るまで甘えるなと鍛え直し、適応させ、別物に変えていこうスタイルだ。心も身体も魔王であって初めて健全な魔王と言えるのだ。


「せ、先生は、それを当時から毎日やり遂げたのですか……?」

「最強を目指すなら世界一努力するしかない。世界一になれる努力をするしかない。だからやる。今もね。それに……負けられないタイミングってあるだろう? 負けてはいけないって言ってもいい。その時に世界一強い奴が相手だったら、俺は負けちゃうじゃん。それを俺は許せない」

「負けてはいけないタイミング……」

「カナンちゃんをあんなにした輩が現れて、負けられる? 相手が強いから負けたんだって、そのあと許容できる? あっちでカナンちゃんに謝って済ませる自分を、受け入れられる?」

「…………」


 ……歯が軋む音が鳴り、デューア君の顔つきが変わった。俺の言わんとするところを理解してくれたようだ。


「そいつがどんなに強くても、たとえ俺や黒騎士だとしても、いま届く刃じゃなきゃいけないでしょ?」

「はい、反論する余地もありませんっ」

「明日じゃ遅いかもしれない。その可能性を許さない。だから今、強くなる納得のトレーニングをするんだ」


 気後れした戸惑いの情が吹き飛んだのが、怒りに険しくなった表情から顕著に現れている。


「……先生に会えて良かった。血を吐く努力をして来たつもりだったのですが、お遊びと言ってもいいくらいに甘過ぎた。内容もそうですが、意識がまるで違う」


 気合いの入った面持ちで石を両手で抱え、肩幅程度に脚を開いた。


「フォームはこんな感じね。重くなって上がらなくなったら、岩を下ろして続けようか」


 目の前で三回程、俺がやっていたスクワットを見せて開始を告げる。


「はいっ!」

「俺がいる間は強引回復マッサージができるし、短期間で基礎能力を上げていこうぜと言っている間にも俺は次のトレーニングの準備を始めるよ」


 脇に置いておいた古びた剣を二つ手に取る。刃が折れたり大きく欠けたりして廃棄予定のものを倉庫から頂いた。


 これのガード……刀で言う鍔のところを紐で結んで繋げておく。


 横目でちらりと確認すると、今ある一秒を全力で鍛錬に注ぎ込んでやるとばかりにスクワットに励む姿が見える。


 これが、本当の…………弟子っ!

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