第247話、明日の魔王は、温厚のち高揚
誰も部屋に入れないレルガは、魔王かリリアが片付けや掃除をするしかなかった。
なので今回の帰省でも魔王が部屋を訪れて整頓を試みたのだが、少しばかり頭を悩ませる事に。薄々は危惧していたようで、どうしようかと暫く思案していた。
「困ったなぁ、どうしようか…………いや、試しに言ってみようか」
魔王はレルガの部屋を見てから、困り顔となっていた。
とりあえずはヒサヒデにレルガを呼び出させ、キッチンで仕込みをしているところに彼女がやってくる。
「なにぃ〜?」
「うん、あのね……さっきレルガの部屋を見たんだけど、少し骨が多いかなって」
レルガは食べ終えた骨つき肉で気に入った骨があると、ヒサヒデやクロノに綺麗に処理してもらい、蒐集する趣味があった。
最近はそれが積もりに積もって集まり、寝床すら失ってしまいそうになっていた。
「気のせい。まだ置けるとこある」
「う〜ん、足の踏み場も無かったんだけど……少しだけ減らしてみない?」
「イヤぁ〜」
「だよね…………ちょっとだけなら?」
「ちょっともイヤっ!」
無邪気な顰めっ面で魔王にも否を叩き付けた。予想通りだった魔王はエプロンを外して仕込み作業を中断。
レルガへこう続けた。
「そうなるよね…………なら捨てるのはしなくていいから、レルガの部屋を見てみようか」
「イヤっ!」
「大丈夫。捨てるんじゃなくて、要らないのがあるかもしれないから見てみるだけ」
「イ〜ヤッ!」
「捨てないんだよ? 行くだけだから」
「……い、イヤっ」
いつになく諦めない魔王に、レルガの顔付きに緊張が表れ始める。いつもの愉快な反応ではなく、物腰柔らかな語り口であるのが、嫌な予感を増大させる。
「じゃあ部屋の中にも入らない事にしよう」
「れ、レルガ、イヤって言ってる」
「言ってるね。だから部屋の外から中を見て終わり。だから行こうか」
「っ、イヤ……イヤぁ……」
手を差し出す魔王から、首を左右に振りながら少しずつ後退りして逃げる。しかしすぐに壁に背中を付ける事に。
「とりあえず、部屋に向けて少しだけ散歩をしよう。途中でもまだ嫌なら、そこまででいいから……ね?」
「イヤっ……イヤァぁぁぁ!! ゔわぁぁぁぁん!!」
逃げ場を失ったレルガが泣き出してしまう。慌てた魔王が優しく宥めるも、数分に渡り号泣する事態に。
「……クゥ〜ン……」
「泣いちゃったね」
「ないちゃった……」
泣き止んだレルガをハンカチで涙を拭いたり、鼻をかませたりして世話をしながら言葉を交わす。
「イヤだった……」
「嫌だったか……。……コレクションを捨てられると思ったの?」
「おもった……」
「捨てたりなんかしないよ? レルガがいいって言わないのに、レルガの大切な物を勝手に捨てたりなんてしないから」
「……うん」
抱き上げて軽く上下に揺らしながら、未だ涙声のレルガを落ち着かせる。
「ごめんね。ゆっくり話せば良かったよ。急だったから驚かせたんだね、きっと。レルガにも都合があるんだもん」
「ツゴウ、ある……」
「うん、今度から気を付けるから」
「レルガ、イヤって言ってた。きこえなかった……?」
「聞こえてはいたんだけど、部屋を見るくらいならいいかなって思ったんだ」
「……イジワルされた」
「い、意地悪じゃないよ……?」
オロオロと見守っていたヒサヒデやドウサンの合間を縫ってキッチンから出る。刃物や火のあるキッチンを、念のため離れたのだろうか。
「骨が部屋から溢れてしまいそうだったから、もしかしたら昔の物はもう要らないんじゃないかなって思ったんだ」
「全部いるやつ……」
「うん、分かった。捨てないよ。でも部屋の容量には限界があるから、いつかは入らなくなる時が来るよ? その時はどうしようか」
しがみ付くレルガの背中を撫でて、様子を見ながら諭す。
けれどレルガは素朴な疑問を返した。
「でもクロノさま、ブキの部屋いっぱいある」
「…………本当だね」
意表を突かれた魔王はレルガと目を合わせて、素直に認めてから結論を出した。
「それじゃあ二人で同じ数の部屋を持つ事にしようか。そこに入らなくなったら、中身を入れ替えていく形にしよう。それでどうかな」
「………………わかった」
解決策に納得して頷いたレルガの頭を撫でて感謝を伝え、機嫌回復へと注力を開始する。
「ありがとう。レルガが教えてくれたから、無事に解決したね」
「どういたしました……」
「お昼を食べたら何をしようか。何がしたい?」
「……いっしょに森いく」
「そうしようか。一緒に森で遊ぼう。すぐにお昼ご飯を作るからね」
「すぐって言って、すぐ食べれたことない……」
「レルガはおにぎりでも遅い判定だからね……」
仲直りした二人がまたキッチンへ戻っていく。ドウサンやヒサヒデと揃って介入の余地なく、事件は成り行きで事なきを得る。
「…………」
一週間の金剛壁での生活で、二人を観察した末の印象は最初とは少しだけ異なっていた。
「…………クゥン」
「大丈夫。もう悲しい事なんてないんだよ? 安心して美味しいものを食べて、それからいっぱい遊ぼうね」
結論、レルガ先輩は魔王にだけは強くもあるが弱くもあり、魔王はとにかく温厚。
温厚なのだが……。
………
……
…
カース大森林に不思議な静寂が生まれる。氷点下の吹雪に晒されるように、吹き荒れる緊張感が魔物達の肌を刺す。
「…………オーク達の指導は一段落かな?」
練兵場にて、あの日よりも背の高い魔王が問う。
「これも稽古の一貫とも言えます。奴等にも見取り稽古の真似事程度は望めるでしょう」
外壁沿いに怯えて並ぶオーク等の視線を受けながら、戟を担いで修練場の半ばに歩み出る。
骸魔と平原で対峙した際より、比較も憚られるほど昂ぶる胸の内を隠して、呑気に佇む王と相対する。
「なら……忙しいところ悪いんだけど、個人的な稽古に付き合ってもらおうか」
極悪な魔力を渦巻かせて、闇が晴れた時には漆黒の鎧姿で現れた。
突き立つ漆黒の大剣を引き抜き、軽く手元で回して突風を巻き上げる。
これを見て気が逸るのを抑えられようか。
答えは、否だった。
「参る……」
「……参られる」
鬼と黒騎士が、過剰な膂力を容易に予想させる風体で歩み、互いに意気揚々と臨む。
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