第246話、レルガ先輩
レルガ先輩の部下という役柄は修行以外で、とても頭を使うものだった。
「…………」
「…………」
ガッシャ〜〜ンっと、音を鳴らして茶器が割れてしまう。廊下を走るレルガが茶器の飾られた台に接触し、落ちて粉々に割れたのだった。
レルガはジッとそれを見つめる。焦る事も逃げる事もせずに、復元不可能な茶器を見下ろし……。
「…………」
「……っ!?」
首だけを動かして、こちらへ視線を向けた。
そして世にも恐ろしい発言を放つ。
「レルガはオマエがやったと思う」
「えっ……? せ、先輩……?」
「レルガはオマエがやったと思う。オマエはどう思う?」
この時はまだ何が言いたいのか分からず、頭に浮かんだ率直な回答を述べた。
「……れ、レルガ先輩が落としたのでは?」
「それだとレルガがやった事になる」
「はい……」
「でもそれじゃダメだから、レルガはオマエがやったと思う。オマエはどう思う?」
「えええええっ!?」
上司が先ほどから続けている発言の意図を察する。
「お、オレに、先輩の身代わりになれと……?」
「そんなこと言わない! ……でも、レルガはオマエがやったと見てる。オマエはどう見る?」
「…………オレが、触れた気もします」
「きっとそう」
殺される可能性が脳裏を過り、仕方なく魔王手作りの茶器を壊した罪を被る。
「クロノさまはレルガのこと大好きだから、コロされそうになってもコソっと言って助けてやる。レルガが言ったらダイジョーブ」
「は、はぁ……」
「じゃあ、クロノさまがくるまでここにいろ。来たら今のいえ」
それだけ命じたレルガは、ペタペタと歩いて角を曲がった。すぐに素足が滑らかな硬い床を歩く足音も聴こえなくなってしまう。
「…………」
「まったく、俺が見てないとすぐこれだ」
「っ……!?」
呆然と見送るすぐ隣に、いつからなのか魔王がいた。腰に手を当て、嘆息混じりに不条理なレルガを嘆いていた。
「あ、あの……」
「あ〜、いいよいいよ。全部、茶碗を落とした直後からパワハラ唐竹割りに至るまで、一部始終を見てたから」
「はぁ……」
「ククも大変だろうけど、こういう時は正直に言ってくれていいからね」
同情を微笑みに表して、魔王は真犯人を呼び出す事にしたようだ。
「レルガぁぁ〜〜〜〜!! ちょっと来てくれるぅ〜っ?」
響き渡る魔王の呼びかけ。確実にレルガの耳へと届いているのは、彼女を知る者なら容易に察せられる。
「………………まっ、来ないよね」
犯人は警戒心の塊だった。今頃は見つかり難い場所で寝たフリをして無視しているであろう事は、短い付き合いの自分でも分かる。
「仕方ない…………いちばん強い子、ダァ〜〜レだ!!」
「レルガぁ〜〜〜!!」
瞬時に真犯人が現場へと舞い戻った。満面の笑みを浮かべて魔王へ飛び付き、あっさりと確保されてしまう。
「おっとっ……そっかぁ、レルガだったかぁ」
「うん、そう! わすれてた?」
「うっかりしてたね。忘れないようにしないと」
「むふぅ!」
魔王に頭を撫でられたりと戯れるこの可愛らしい人物が、先ほど悪魔の命令をした人物なのだ。
「ところでレルガ、コレの事なんだけど……」
「…………」
抱き抱えるレルガに割れた茶器を見せて問いかけた。いよいよ自白を引き出しにかかるのだろう。
どうするつもりなのだろうと、強い関心を持ってレルガを見ていると、彼女は予想を裏切り即反応した。
「……あっ!」
たった今、知ったでも言いたげに茶器を指差し、驚きに丸い目をして魔王を見る。
茶器と交互に視線を移して、初見である事と驚いた様子をしっかりと印象付けていた。
「うん、割れてるね」
「われてる……」
まるで純真無垢。心中を察するとばかりに、慮るような眼差しをしている。どうしてそこまで自然に出来るのだろう。
「でも廊下の端に乗せていた物が、勝手に割れるのかな。レルガは、どう見る?」
「ん〜〜……」
顎に手を当てて推理を始めるレルガ。茶器や周辺へ視線を巡らせて、犯人に繋がる手掛かりを探す。
するとレルガはある事に気付いた。
「…………あっ!」
真っ直ぐな目で、真っ直ぐに指を差される。重要な人物……ほぼ確定的な容疑者としてレルガに発見されてしまう。
「…………」
レルガは足元の茶器と被疑者を交互に何度も指差し、魔王が理解するまで入念に顔を向けて『もう分かるでしょ?』と言わんばかりに確認した。
「な、何か分かった?」
「レルガの口からは言えない。あいつはレルガの後輩だから、レルガの口からはなにも言えない」
はっきりと売られてしまう。魔王も肩を落として純真な悪魔に困り果てている。
魔王は予め考えてあったのか、次の手段に出た。ウィンクで合図をされ、指示を受ける。
「誰かが割ってしまったみたいだけど、誰だろう」
「あ、あの……」
「うん、どうしたの? もしかしてクク、君が割ってしまったの?」
「……はい、すみません」
「いいよ。形ある物はいつか壊れるものだから。じゃあ勇気を出して割った事を素直に謝ってくれたククには、今夜の献立を決める権利をあげよう」
「えっ……オレがですか?」
「うん。何が食べたい?」
なるほどと手を打ちそうになる。これならば次からレルガも正直に自白するだろう。
「クロノさま、クロノさま」
「うん……?」
「これ、レルガがやったの」
目玉が飛び出るかと思った。音速を超える早さで手の平返しが行われてしまう。
魔王の服を引っ張って注意を引くと、耳元でコソコソと囁き始めた。
「れ、レルガがやったの……?」
「そう。じつは、そうだったの。走ってたら当たって、ガチャ〜ンってなった。だからレルガがやった」
「…………」
「たまご焼き」
自白した事により、犯人の座を奪い取ったレルガが献立を決めてしまう。
「でもっ……ククも自分がやったって言ってるよ……?」
困惑する魔王の疑問に、レルガはまた耳元に口を寄せて……まるで悪事を密告するかのような声で、あまりに残酷な囁きをした。
「……こいつ、ウソついてんの」
「レルガ……」
「がう?」
膝から崩れ落ちる魔王に、名乗り出た犯人は不思議そうに小首を傾げる。何の躊躇いもなく罪を被った後輩を切り捨ててしまうレルガに、魔王軍の才能を見せ付けられる。
魔王は溜め息を吐いてから、せめてククに謝らせようと膝を付いたままレルガと向き合う。
けれど、それを敏感に察したレルガは、真っ先に行動を起こした。
「…………っ!」
「姿勢低くした! 姿勢を低くしました、この子ぉ!」
「…………」
「どうして姿勢を低くするのかな? それは襲い掛かる時のやつでしょう?」
答えるでもなく、真ん丸な目で魔王をジッと見上げて、姿勢低く反抗心を示す。
そして、
「………………っ」
「あ!」
魔王の胸を指でチョンと突いて、僅かな攻撃性も表し始める。
「……っ!」
「またやった! どうして魔王をノッキングしようとするの……。家族に神経締めは意味が分からないでしょ?」
「…………っ!」
「首筋なんか絶対にダメっ」
魔王の顔を伺い、反応を面白がって指で突くレルガ。
それが分かっている魔王も、思わず笑顔となってレルガへ手を広げた。
「はい、おいで」
「がぅ!」
ニヤけた顔を笑顔に変えたレルガを抱き上げ、ククへと歩む。
「いいかな? レルガは賢いから、気を付けてねって言ったら気を付けてくれるでしょ? だから今度から、ククにも罪を着せようとしてはいけないよ?」
「レルガ、そんなことやってない。コイツがやったって言った」
「……うん、でも身代わりになるよう誘導したでしょ」
「ん〜ん? してない。しててもショーコがない。だからクロノさまの方が、今ユードーしてることになる」
「レルガちゃんっ、バレなければ犯罪じゃないなんてのは、無法地帯の魔王軍では通用しないぞ?」
「っ……!」
「ノッキングも禁止!」
頬を突くレルガに苦戦を露わにして、魔王は方向を転換。過ちだけでも認めさせる事にした。
「……じゃあさ、ククが嘘を吐いていたとして、もう一人だけ間違えちゃった人がいるよね」
「…………うん」
「誰かな? 今度から気を付けたらいいのは誰?」
神妙な顔付きとなったレルガに手応えを感じる。やはり自覚はあるようで、レルガは粛々と口を開いた。
「コレをココに置いたヤツがいる……」
「俺じゃないかっ! 最終的に俺が悪いことになっちゃったよ!?」
さしもの魔王も、レルガには形なしのようだった。
しかし意外にもレルガが窮地に立たされる事もある。偶然にもこの翌日に、その場に居合わせる事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます