第269話、君の名前

 まずは何をするよりも前に、決めておく事がある。先程から気にかかっていた問題を、真っ先に解消せねばならない。


 クロノス、エンダール神殿前派出所のメンバーを前に、魔王権限で緊急会議を開いた。


「じゃあまずは差し当たり、君の名前を決めようか。いつまでも竜の赤ちゃんじゃあ、格好が付かないからね」

「ピュイ」


 既に呼びかけなどに支障をきたして困っているので、竜の子へ名付けをしよう。


 椅子に座る面子を前に、中心へ竜を座らせてMCを務める。


 この場にいるリリア、カゲハ、レルガ、ヒサヒデと候補を出し合い、竜自身に決めてもらおうという魂胆だ。


「…………みんな、決まったかな?」


 独特な拘りを持つレルガの熟考が終わり、やっと全員から候補が出揃った。


 俺から順繰りに、木の板に書いた文字を見せてプレゼンを始める。


「まずは俺から。俺からは……『シンゲン』という名前を提案させていただきますっ!」

「…………」


 ……竜なのに凄く微妙な顔をされる。渾身の名前をここで投入してみたのだが、独眼竜の方が良かったかな。甲斐の“虎”だもんな。


「侮るなかれ。このシンゲンという名前は、昔にいたそれはそれは強い将の名前なんだ」

「ピュイ?」


 強いと聞いて関心が生まれたようだ。竜とレルガの『ガゥ?』が揃って聞こえた。


「誰もが恐れる大将で、無敵の騎馬隊を率いて時代を作り上げた凄い人なんだよ? 戦国時代っていう戦乱期の中で、最強とも謳われたんだから」

「ピュ〜イ……」


 ふ〜ん、と満更でも無さそうな竜。そりゃそうだろう。お館様だもの。


 そして、さっきから大体察していた事だが、この子は非常に賢く、こちら側の意思を大まかに理解しているようだ。


 感情豊かなのもそうだし、母への愛情も強い。


 将来はこの名前に相応しい大物になると予想しての、武田さんだ。


「次はカゲハにしようか。どんな名前を考えたの?」

「はっ」


 応答後に木の板を裏返し、達筆で書かれた文字を露わにした。


「私は『クロハ』が最も適当かと」

「うわっ、いい名前!」


 シンゲンと渡り合うような、ナイスな名前を持って来られた!


 センセーショナルの一言。


「なんか理由とかあるの? ひょっとして俺に気を遣ってくれたとか? ほら、クロノとカゲハを合わせたっぽい感じでしょ?」

「ッ——!!」

「ぬおっ!?」


 烏のお面を言葉尻に顔へ被せ、その勢いに度肝を抜かれる。


 被る間際に、トマトくらいに顔が赤くなっていたが、まさか癇に障ったのか……?


「……思い過ごしかと」

「……あ、あぁ、そう」


 そして恥ずかしい思いをする。てっきり俺の名前から取ってくれたのかと思えば、それは勘違いでかなり恥ずかしい自惚れを炸裂する。


「ピュイ……」

「あら、気に入らないみたい」


 竜の反応も全くよろしくない。俺が傷心するのみに終わる。


 次のヒサヒデも魔眼の念力で、軽やかに木の板へ筆を走らせた。何度も書道大会を開いただけあり、達筆な文字を自信満々に俺へと見せてくる。


 ——『幻』


 打ち上がる荒波を思わせる大胆な筆遣いで、たった一文字勝負。


「いるよっ? ヒサヒデ、彼は幻でなくて現実にいるから。今は好きな漢字を発表しているわけじゃないからね?」

「……ピュイ」


 竜も呆れたように声を漏らした。


 ここまでだと俺のシンゲンが最も好印象だ。このままトップを独走して命名まで辿り着きたいところ。


「つぎ、レルガ!」

「はいどうぞ! 裏返してください!」


 悩みに悩んだ挙句、どのような名前を思い付いたのだろうか。


 レルガは大胆に書いた文字を見せてくれた。


「こいつの名前は『酒呑み』にする」

「レルガちゃん!?」


 いくつかお気に入りがあるのだが、レルガは何故か『酒』という漢字も気に入ってしまい、竜の子へも名付けようとしている。


 論外だと竜からも却下が出て、いよいよ最後のリリアとなる。


 シンゲン誕生まであと一歩だ。


「私は普通ですけど……」


 あえてまだ触れていないが、元気のない様子が気にかかる。が、今はカゲハの方が相談役として相応しいように思う。


 とりあえずは様子見と結論付けて、リリアの案を見てみる。


 謙遜するリリアが裏返した板に書かれていたのは……。


「……『ヒューイ』か。確かに凄く良い名前だけど、それなら俺のシンゲンの方が——」

「ピュ〜イっ!」

「えぇっ!? これがいいのっ!?」


 竜が飛び上がって歓喜の舞いを見せた。武田さん、遠い未来の異世界にて敗れる。


 鳴き声と似ているからなのか、一発で名前が決定してしまう。


「……じ、じゃあ、何はともあれ、この子の名前はヒューイという事で決まりました。皆さん、名付け親のリリアと名前が決まったヒューイに拍手っ!」


 俺の高速拍手とチラホラと上がる拍手で盛大に祝福され、ヒューイの母親探しが始まった。


 最初に向かう先は、いつでも何処でも彼女からだろう。


「それじゃあ、ヒューイ」

「ピュイ?」

「お母さんの匂いを辿れるらしいけど、それはこの辺りで途切れてるんだよね?」

「ピュイ」


 肯首による返答を受けて、方針を固めていく。


 この辺りに連行されたという事は、決戦に関わる可能性が高い。


 まだ時間がありそうだったセレスに相談するのが、俺が真っ先に取るべき行動だろう。


 そして、匂いというと……まだ生きているとは思う。変な事にならないよう迅速に動こう。


「ヒューイ、まずは行き先を知っているかもしれない人に、話を聞きに行こうか」

「ピュイ! ピュ〜イっ!」


 母親再会へと進展し始めたのが嬉しいのか、飛び回って喜んでいる。


 微笑ましい限りだ。この期待に応えなくして、何が魔王か。


「この帽子の中に隠れててね。いい? 絶対に騒ぎを起こしてはいけないよ? 警戒されて捜索が難しくなるからね」

「ピュィぅぅ……」


 俺はお土産屋さんで買っていたカウボーイハットみたいな被り物を被り、中に渋々入ったヒューイを隠してセレスの元へ向かった。


「ふわぁ……」

「まだ寝るつもり? いい加減に起きてカゲハの手伝いして」

「リリア、うるさぁ〜い……このムシ」

「虫じゃないっ」


 嘆息混じりに苦言を呈すリリアと、二度寝に向かうレルガをカゲハに任せ、俺は物陰からジャンプで先程にセレスティアを見かけた場所へ。


「……事情は把握しました」

「どう思う?」


 セレスは俺の『この子に会ったんだ』の開幕一言で事情を把握したらしい。少年探偵も真っ青な推理力だ。


「親の竜を追って来たのですね」

「お母さん竜を探してるんだってさ。この辺りで匂いが留まっているから、何処かにいるんじゃないかと思って」

「おそらくは神殿内にいるのでしょう」


 案外、すぐに見つけられそう。


 セレスはすぐさま答えを出してしまう。


 場所やその正体、連れ去った人間達にまで言及して、詳細まで語り始めた。


「クジャーロ国の研究では、『竜』を題材にする事が多々あります。カシューの龍になるというテーマもその一つでした」

「うん」

「多くの竜がクジャーロの研究所に運ばれ、中には処置を施して戦力にしてしまおうという研究まであります」

「…………」

「それが、巨額の支援を受けたベネディクト・アークマンに購入され、クジャーロからここまで運び込まれています」


 悪い予感がする。セレスの話す内容が、どんどん不穏なものに変わっている。


 何らかの処置を施された竜は戦力として運び込まれた。匂いが近いという事からも、話に沿って考えれば、それはヒューイのお母さんという事になる。


「処置って言うと……?」

「主に戦闘力強化。そして命令に従うよう、おそらくは薬物による調教が施されています。以前とは全く変わり果てた姿をしている恐れもあるでしょう」

「そんな……」


 カウボーイハットの中でヒューイが、察するに不安から細かく震えている。


 発見しても、自分が母親だと分からなくなっていたら、俺はその時どうすればいいのだろう……。


 あまりに無力だ。再会した竜の親子を前に、それでも何もしてあげられないと思う。


「ですが仮にも竜。驚異的な耐性により薬物が抜ければ、精神は元に戻る筈です」

「えっ……じゃあ、連れ出しさえすれば、問題無いって事?」

「何も変わらないでしょう。ただし竜の故郷よりも、カース森林に連れて帰ることをお勧めします。元の故郷はクジャーロに特定されていますから」

「おぉっ! 大丈夫だってさ!」


 カウボーイハットを指で突くと、中から威勢のいい鳴き声が生まれる。一条の光が差し込んだ瞬間だった。


 流石はセレス。俺だけだった時には想像も付かなかった具体的な行動方針が明確になる。


「ただし、連れ出すのならお早めに」

「えっ……?」


 セレスは平坦な声音で、忘れてはいけない注意事項を告げた。


「竜は戦力としてここに連れて来られました。そして王国軍には、竜を消し去る程の実力を持つ者が、二名ほど在籍しています」

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