第302話、⬜︎⬜︎

















 





















































 龍の献身により王国が、世界が救われる。


「————と、それでいいのかい?」


 ローブのフードを深く被る謎の男は、誰の目がある訳でもないだろうに、顔を隠して魔王と龍天使の戦いが決した地で嘆く。温情無き非情な現実を嘆き、冷笑にて一笑した。


 吹雪ふぶく龍罰の散り火から程遠く、未だに熱気で熔けたままの大地の上で、平然と立つ。


「勇者が報われない物語ほど、期待外れなものはない。特に今こそ救いがあるべきだ」


 黒騎士と人狼が喰い合ったアルスにて、王女セレスティアへと対天使について助言した際に、存在はほのめかしてある。


「ヒューイ君、傲慢ごうまんを好まぬ稀有けうな龍よ……。……君は死ぬにはまだ早い」


 使えるものならば、真に尊き龍であろうと使う。


「やっと恩を売れそうだ。しかしまさか……赤子とは言え龍さえも殴殺とはね」


 まさか龍に勝てる存在がいようとは。


 龍罰からの生還も、快挙と呼んでも不足に過ぎる。少なくとも自分を含めて、生きていられる生物はあの御方・・・・しか思い付かない。


「いや何にしても、回収できるかだ。龍罰か……」


 命懸けとなる。


 龍の『火』に触れたなら慈悲もなく消し去られるだろう。謎の男をして表情は今から硬い。万全を期して挑む勝負だが、ひとつ間違えれば本当に死ぬ。


 何の希望も残されず、確実に滅される。


 高々と燃え上がる龍罰の炎を遠目に、冷や汗が流れる。


「…………あぁ帰りたくなって来た。こういうのは勢いだ、やるなら早めにやろう」


 その手に豪奢な魔術杖を呼び出し、謎の男が龍罰へ挑む。


 アークマンが死んだという事は、奴等・・が解き放たれる。率いる“彼”は、アークマンなど笑い話にもならない脅威だ。


 出て来るならば、あの魔王は黙っていないだろう。


(……何者なのか、魔王を名乗るあの謎の存在は強い。あまりにも馬鹿げて強過ぎる。あの御方を殺すという絶対的不可能を成し得てしまったのも頷ける…………しかしだ)


 強さだけでは、決して“彼”を倒せない。今回の件であの存在は痛感しただろうが、強いだけでは通らぬ現実がある。“彼”もまたその一つだ。


 また多くが死ぬだろう。あの時のように。


 “彼”が望むのだから、生まれなければならない。戦わなければならない。壊れなければならない。鍛えなければならない。壊さなければならない。殺さなければならない。死ななければならない。


 大きな野望により、いとも容易く失われる無数の生命。誰もが“彼”の声に応え、生き、戦い、そして死んでいく。そう、誰もが……。




 必ず訪れるその時が、今から待ち遠しい。




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古き魔王の物語をっ! 壱兄さん @wanpankun

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