第16話、プラン変更だ

 

「……大丈夫かい? 古傷も残らず施術した筈だけど、どこか変なところはないかな」


 クロノが小声で話しかけ、全身をくまなく見渡し異常がないか調べる。


 『クロノ施術』の途中にタイミングの悪いことにハクト達が来てしまったので、急ぎながらも正確さを重視して診ていく。


 桃色の髪は尚のこと華やかに、傷だらけだった肌は雪のように透き通り、痩せ細った身体も適度に健康的に。


 失敗する事はないと分かっていたが、一安心だ。


「……はぃ。ご心配をおかけしてしまいました。申し訳ありません、クロキシン様。リリアはもう大丈夫です……」


 そして、どうしようもなく愛くるしい顔付きで見上げ、クロノへと返してくるリリア。


 その顔は陶酔するように蕩け、月明かりの下でも頰が上気しているのが見て取れる。


「……」


 だが、……クロキシン様?


 一瞬、何の事かド忘れしたが、すぐに先程日サロ男に名乗った殺虫剤みたいなテキトーな名前のことだと思い出す。






「――おいッ!! その子達に何をしたぁッ!!」






 堪え切れないといった風に、ハクトが熱く叫ぶ。


 クロノの目論見通りエリカとオズワルドとパーティを組み、上手く陣形を組んでいる。剣を使うハクトとエリカを前衛に、弓を構えるオズワルドを後衛に、油断なくクロノを見据えている。


 向ける目つきは、親の仇を見るようだ。


「ガルル……」


 獣人の少女がクロノの前に出て、八重歯の牙を剥き出しにして低く唸る。


「グルルくぅ〜〜ん、うんん」


 焦ったクロノが、すかさず頭を撫で付けた。


(この子が相手をしたら俺の作った勇者パーティが2秒で肉だんごだよ。危なかった……)


「クロキシン様には……手出しさせないッ!」


 更に、施術が終わったばかりの子……リリアまでが、フラつきながらも両手を広げてクロノの前に立つ。


「“黒騎士”、だと……?」

「もしかして、魔王の手先? とうとう本格的に王国に手を出して来たのかな」

「……そこまでは分かりかねますが、魔王の切り札というのは有り得ますね。……一目で分かりましたよ。あまりにも……強過ぎる」




 ……。




「リリア」

「ッ、はいッ。何かご命令でしょうか!」


 立ち上がったクロノが、嬉々として応えるリリアと獣人の少女の頭を撫でながら前に出る。


「こいつらは、俺の客だ。お前達は少し下がっていなさい」

「……か、かしこまりました」

「うぅ……」


 意識的に渋い声と口調に変えながら、謎の黒騎士を気取る。


 あまりにも威風堂々とした立ち居振る舞いに、大きな威厳を感じるリリア達。


「……なんて威圧感なの……」

「これは……マズいですね」

「逃げる事も、考えないとな……」


 やる気満々のクロノに呑まれ、戦々恐々となってタジタジの勇者達。


 クロノは、ルートの変更を決意したのだ。


 そこで失神している肥えた『ザコ領主討伐ルート』から……。


「――敵が少しでも強いと、お前達は逃げ出すのか?」

「「「ッ!?」」」


『負け確イベントバトルルート』へと。


 その決定と共に、エアコンの微風のようにウィ〜んと魔力を送り始めた。






 ♢♢♢






 恐ろしく濃く邪悪な魔力の波が、ハクト達に浴びせられる。


「ば、かな……」

「はぁ、はぁ、はぁ……ぐぅ……」

「気が……遠のく……」


 剣で床を突いて震える足を支え、歯を食いしばり霞む意識を繋ぎ止める。


 男の鎧から黒い炎も立ち上り始め、先程よりも更に威圧感が強まる


「ひんッ、ひんッ」

「ッ、……ッ」


 背後で余波を食らったリリア達も、黒騎士のオーラの強さに怯えてしまう。


「くっ、やられる前にやるしかない……。――行くぞッッ!!」

「はぁ、はぁ、くぅ……う、うんッ!」

「し、正気ですか!? ……えぇいッ! 付き合いますよッ!!」


 剣の間合いまで決死の覚悟で駆け寄るハクト達の為に、先制の矢を射るオズワルド。


 注意を引き、回避や防御で行動を制限させる目的もある。


「……」

「ッ!?」


 だが黒騎士は微動だにせず腕だけを上げ、矢尻を――指で弾いた。


「そんなッ!」


 クルクルと小枝のように頼りなく落ちる矢を……更に弾き、撃ち返す。


「――ッ……」


 その矢は、オズワルドの頰を掠め、背後の壁を貫く。


 あの弾いた一瞬に、矢尻……しかもその先端だけに魔力が込められていたのだ。それも、かなり濃密な。


「……」


 途方もない技量の差や、顔を掠めた死の矢に怖気付き、尻餅を突いて戦意を喪失するオズワルド。


「――うぇいッ!!」

「せりぁあッ!!」


 ハクトとエリカの魔力を込められた実直な剣が、振り切られた。


 鎧の男は、それに合わせて右手を軽く振るような仕草を見せるだけであった。


「……」

「はぁっ……!?」

「う、そ……」


 黒騎士がおもむろにかざした手には……ハクトとエリカの剣の刃が。


 振られる剣を指に挟み、半ばからへし折ったとでも言うつもりなのだろうか。それも、二本同時に……。


 ただ呆然と怯えて固まる両者に溜め息を漏らす黒騎士。


 そして……。


「――弱い」


 その失望の色のある言葉と共に刃を勢いよく握り砕き、その拳から黒い魔力の波を一つ放つ。


「ッぁぁぁああッ!!」

「キャア―――――ッ!」

「ぐわああぁぁあ!!」


 未熟な3人は、黒き衝撃波に踏ん張りきれず、あっさりと部屋の端まで吹き飛ばされる。


「……弱過ぎる。あまりにもな。これでは何も守れない。何も正せない。……覚えておけ。力無き正義は、悪に劣る」


 見込み違いだったという風に、妙にハキハキと言葉を紡ぐ黒騎士。


 まるで噛まないように細心の注意を払うかのようだ。


「ぐぅぅ、くそぉ……」


 倒れ伏して悔しそうに呻くハクト達を置いて、颯爽と振り向く。


 ハクト達は、その様を見て安堵してしまう自分達が何より情けなく、自分達の小ささと未熟さを痛感する。


 そして黒騎士は去り際に、ハクト達に聴こえない声量でリリア達へと声をかける。


「……俺は、『金剛壁』にいるからね」

「ぇ……ぁっ、はい! かしこまりました!」

「う?」


 恐縮しきりのリリアが、すかさず立ち上がり了承の意を示す。


「あとアレだよ? 俺はこういうダークサイド的な立場だから、言うまでもないけど……」

「はい、全て承知の上です」


 頰を赤らめ、瞳を潤ませて丁寧に頭を下げる。


 リリアは決めていた。


 このお方に付いて行こうと。


 たとえ、邪神の眷属けんぞくとなるのだとしても。


 そしてその心を見抜き、黒騎士は自分の居場所を教えてくれた。


 自分を捧げる事を認めてくれたのだ。


 絶望から一転、泣き崩れそうになる程の幸福を噛み締めながら、一時の別れを惜しむ。


 満月が雲に隠れる。


 月光により鮮明に開けていた視界が、徐々に薄暗くなる。


「おぉ、ベリーナ〜イス……うむ。……ここですべき事は終わった。――ではな、我が勇者よ」

「ッ………ぅ…………」


 黒騎士は気を失う間際のハクト達へとそう告げると、その姿を暗闇へと静かに溶かして消えた。


 その黒騎士へと、いつまでも頭を下げるリリア。


 リリアの胸は感動と歓喜で、大きく、早く、苦しい程に高鳴っていた……。






 ♢♢♢






 2日後……。


 ハクト達は、王都への帰路に着いていた。


 オズワルドも気の合う彼等と共に付いて行くことを決め、共に馬車に乗るリリアへと盛んに話しかけている。


「リリアさん、本当に身体は何ともありませんか? あの黒騎士――」

「――何ともありません。寄らないでください」


 何度目かも分からないクールな一言による拒絶。


「……よくめげないよな」

「うん、ちょっと凄いよね。あんなに可愛いのにすっごくクールなんだよね、リリアちゃん。しかも、あのリリアちゃんの横には……」


 旅用の地味な長袖長ズボンに身を包んで尚も愛らしいリリア。


 その横には――


「うぅぅぅッ……」

「す、すみません、レディ。起こしてしまいましたか?」

「がうッ!!」

「すみません!」


 リリアのすぐ横で不機嫌そうに座る獣人の少女に吠えられ、ハクト達の元へと逃げ帰るオズワルド。


 馬車の端と端だ。


 彼の緑の髪から覗くおでこには、冷や汗が浮き出ている。


「ふぅ〜、焦ったぁ。怒られてしまいましたよ……」

「殺されかけたの間違いだろ。あの子達が黒騎士に何をされたのか王都で調べる為とは言え、かなり命懸けだよな、この旅は……」


 あの黒い魔力を頭に流されてどうなったのか、調べる為に王都へと連れ帰っているのだ。


 黒騎士を庇う素振りを見せた以上、詳しく調べなければならない。


「洗脳とかだったら治してあげないといけないし、仕方ないよ」

「……あんなに強い人が、洗脳なんて真似をするでしょうか」


 力だけであらゆる問題を解決できそうなものだ。


「……」


 この先、あれ程の脅威が再び出て来ればこの国……いや、人類はどうなるのだと、ハクトは焦りと憂いを感じていた。


 そして、もう一つ。


『――ではな、我が勇者・・・・よ』


 意識が失われる間際に確かに聞いたその一言が、どうしても気になってしまう。


 自分が勇者と言う事を知っているのは、本当に一握りだ。


 という事は、ライト王や父から聞いた『黒き魔王』の関係者だろう。


 なのだが……。


 不自然に自分達を見逃した事や、悪徳領主であったシーリー退治。


 そして、まるで自分達を育てようとしているようにも思える、どこか温かみのあるあの眼差し。


 あの男は、本当に魔王の手先なのだろうか……。



 ♢♢♢



 ハクトが外の景色を呆然と眺め、出口の見えない思考の迷路に頭を悩ませている中、リリア達は……。


「……おい」

「何?」


 獣人の少女が、鋭い目付きで睨みながら呼びかける。


 とても隣同士で座る間柄に対するものではない。


「ほんとーに、くろきしん様に会えるのか?」

「信じられないなら付いて来ないで」

「……ちっ」


 リリア達は、王都へ行くつもりなどなかった。


 黒騎士の元へ参じる為に、途中まで移動の足がわりにしているだけだったのだ。


 獣人の少女も決してリリアに懐いている訳ではなく、黒騎士に会いたい一心から逃がさない為に張り付いているだけだった。


 険悪な雰囲気で馬車に揺られる2人だが、期待と希望で口元は僅かに綻び、尻尾はフリフリと揺れ動いていた。


(……今しばらく、お待ちくださいませ)





 〜・〜・〜・〜・〜・〜




 連絡事項

 これで一区切りとなります。

 次回からは、全20話(既に書き終えています)の『王都暗躍編』が始まります。続けての更新も考えておりましたが、一章が後半ちょっと失速気味かなと感じたので、修正をしようか迷っております。

 なので、今日の夜か明日に2章の1話を更新しますが、その後は予定通り少しお時間をいただく可能性があります。申し訳ありません。


 ここまで、たくさんのご声援をありがとうございました。励みになり、モチベーションも高く保てました。皆さまのお陰です。


 そして宜しければ、次章もよろしくお願いします。


 では、ありがとうございました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る