第118話、夜に出会った御老人の話をしよう
夜の業務も終わり、ヒルデガルトの元に情報が集められた。
「……では、あの女の取り巻きはあと二人なんだな?」
「は、はいっ。コクトの師匠と兄弟子が倒した者達でどうやら間違いないらしく……」
「…………」
手間が省けたと素直には喜べない。
自らトラブルに突っ込んでいくようなコクトに、意図せずして溜め息が漏れそうになる。
「あ、あの……コクトは強いし、あんまり心配しなくても……」
「マダムはお前達が考えるほど甘くない」
本当ならば取り巻きをしっかりと始末してからマダムを排除するつもりであった。
しかし、今夜の内に無理をしてでも纏めて暗殺する考えが浮かぶ。
コクトを野放しにするのもマダムを泳がせるのも、どうにも危険に思えていた。
「……あと判明しているマダムの戦力は、四十代くらいの女性とやたらと奇妙な杖を持った小柄な老人の二人です」
「そうか…………おい、コクトを確認して来い」
嫌な予感のしたヒルデガルトが目の前に座るカエデとタマキに問うも、二人は顔を見合わせて言いづらそうにしている。
「……早く確認して来い。外出を禁止したから部屋にいる筈だ」
「コクト君なら……さっき、“キノコ狩りに行って来るよ!”って、すっごい元気にすれ違いましたけど……」
ヒルデガルトが目を細めた。誰がどう見ても怒っている。
「おっきな籠を背負って、やる気満々に走って行っちゃいました……」
「…………」
タマキとカエデが見た事のないくらいに、ヒルデガルトの眉間にはシワが寄っていた。
♢♢♢
料理人修行があるのでキノコ狩りから早目に戻り、花月亭にて食器を磨いてから朝方に部屋に戻って来た。
「…………」
「…………」
俺に与えられた部屋の前まで帰ると、足音に気づいたのか部屋の襖が開いてヒルデガルトが出て来た。
「俺の部屋で何してんの?」
「貴様が帰って来るのを今か今かと待っていた。どこに行っていたかは訊かん。ただ覚悟しろ」
「なんの覚悟をすればいいの」
「悪ガキには仕置きだ。……貴様を待っていたが為に、またあの女を殺しに行けなかった」
殺人を防げたようだ。名探偵も真っ青の快挙だ。
「おまけに一睡もせずにここで待つ羽目になった。どうしてくれる」
「…………」
チラリと中を覗き見る。
「……俺の布団がぐっちゃぐちゃなんだけど」
部屋の中で散らかった布団を見て言う。
「君、ここで寝てたでしょ。めちゃくちゃ寝てたでしょ」
「…………」
俺は寝る事なんて無いから布団には触ってもいない。
よく見れば寝巻きっぽいの着てるし。着崩してるんじゃなくて、急いでちょっと直しただけみたいだ。
「……やはり言い訳を聞こう。今なら多少は大目に見てやる。正直に言ってみろ」
「君とは会話のキャッチボールが出来てないんだよね。俺の投げたボールはキャッチしてくれないんだもん」
どうせ大目に見るって言ったって、最終的にはシバかれるのだ。
もう扇子、用意してんだもん。
まぁいい。背負っていた籠を置いて説明する事にした。
「ほら、新作料理に使うキノコを採って来たんだよ。美味しそうでしょ。今夜の試作品がホントに楽しみだ……」
「……キノコを採るのに、何故農具がいる」
籠に入った鍬を指差して訊ねるヒルデガルト。
「昨日言ったでしょ? 襲撃者を尋問する時、ちょっと周囲を荒らしちゃったって。だから直しておいたんだよ。御老人や子供が転ぶとたいへんだからね。その後にキノコ狩りに行ったよ」
カゲハが手伝ってくれたからたくさん採れたのだ。
「……誰かと会ったか?」
「い〜や? 魔物は寄って来たけどね」
寄ってくる周りの魔物はミストが食べてくれてた。食費も削減、身体も動かせて嬉しそうだった。
「そうか」
「あ、でも、道を直してる時に、変なお爺さんとは出会ったよ」
「……言ってみろ」
ヒルデガルトの目がこわ〜い感じに細められた。
♢♢♢
それは俺が、弓の人相手に割った地面を埋める夜間作業中のことであった。
「よいしょ、よいしょ……」
少しずつ少しずつ割れ目に砂を流し込む地味な作業。
斬撃の方はすぐに終わったのだが、問題は蹴ってしまった方だ。
「これは明日明後日もやらないといけないなぁ……」
深くまで割れていた裂け目を見て一人呟く。
カゲハにミストの散歩を頼んだから、程々にして合流しないといけない。
朝日が登る頃には料理長が来てしまうから、夜中の内には食器を磨いておきたいし、それまでにキノコも取らないと。
「急がないとな……ん?」
「……
ちっちゃなお爺さんが、変な杖を片手にやって来た。
夜なのにせっせと土いじりをする俺を訝しげに見ている。
いや、俺だって訝しげだろう。
お爺さんが夜に杖ついて徘徊してんだもん。
しかもめちゃくちゃ変な話し方だし……。
「……変な人だなぁ……」
「……
「うん?」
「……
微妙な沈黙。
「……ここ、地面割れてるでしょ? だから埋めてるんだよ、お爺さんみたいな方がコケたら危ないから。お爺さんも早く家に帰りな?」
「……
ガキ如きがと見下すような目で言いながら、杖を翳す。
まるで、海を割る賢者のような気質で。
すると……周囲の土が泥となり、波打って集まり始める。
「へぅ〜、凄いね」
「……
「驚いてるよ。……驚かない事に驚いてるお爺さん程じゃないけどね」
「……
お爺さんの魔力が爆発的に上がり、泥が物凄い勢いで……地面の亀裂を埋めていく。
どうやら手伝ってくれるようだ。煽てておこう。
「……うわぁ!? す、凄い……。開いた口が塞がらないよ!」
「……
泥がどんどん流れ込んでいく。
「…………」
「…………」
割れ目にこれでもかと注がれていく。
「…………」
「…………」
とにかく雪崩れ込んでいく。
「…………」
「……
いつまで経っても埋まらない溝に、御老人が叫んだ。
近所の人達が気付いてしまうから止めて頂きたい。
「あ、ありがとう、もう十分だから。あとは俺が――」
「……
結局、謎の御老人は謎のプライドを見せて割れた地面を完全に直し、魔力が底を尽きたのか、疲れたのか、ふらふらと立ち去って行った。
♢♢♢
「…………」
「なんでも大昔にいた泥を操る大蜘蛛から作られたって杖で、自分はこれを扱える実力で選ばれたーって自慢してたよ。何に選ばれたのかは知らないけどね。過去の自慢話を聞いて欲しかったんだと思う」
ぺしぺしぺしぺしぺし……。
「ある人達を捜し回ってるとか言ってるけど、きっと自分家を忘れちゃったんだと思うんだ。昔は凄い人だったのかも知れないけど、話した感じは犯罪めいた自慢話ばっかでちょっと何言ってるか分かんなかったからね。大丈夫、安心してくれ。それらしい人を見たって言って、衛兵さんの待機所の場所を伝えといたから」
ぺしぺしぺしぺしぺし……。
何故かさっきから連続して散々ツッコまれている。
扇子で優しいタッチの往復ビンタの嵐だ。
ほっぺがぷるぷるする。
「ふん、もういい。……んっ」
ご機嫌斜めのヒルデガルトが、布団を顎で差す。
「……布団がなに。干しとけって言いたいの?」
「今すぐ寝ろ。貴様は昨日もその前もまともに寝てないだろ。当たり前だ」
「俺はまだ仕事があるから寝れないよ。君はまだ寝てていいから。じゃっ」
「…………」
踵を返した俺の襟首が、軽々と持ち上げられる。
「……君はよくこの運び方をするけどね。俺は猫じゃないんだよ」
「猫でも夜は寝る。貴様は目を離すと問題ばかり引き起こすな。少しは大人しく出来ないのか。……ランにチビとバカにされたくなければさっさと寝ろ」
お姉ちゃん気取りで布団まで連れて行かれる。
仕方ない。一旦寝たフリをしてから厨房へ向かおう。
「やれやれ……」
物凄く久しぶりに布団に潜り込む。
「…………」
「…………」
「……………君も寝るの!?」
しれ〜っと隣で寝始めるヒルデガルトにツッコむ。
「ダメだと言ったのに外出したんだ。見張ってないと寝ないでふらふらと何処かに出かけるに決まっている」
「夢遊病みたいに言うね……」
いやでも確かに、一生懸命に欠伸を噛み殺しているヒルデガルトの言う通りだな。
どうやら心配させてしまったらしい。睡眠も、夜の外出も。
……よし、素直に寝たフリして安心させよう。この時間を使って魔力トレすればいいし。
静かに目を閉じて過ごす。
……なんだかほっぺがムズムズするので、軽くかく。
「……っ、っ?」
「…………」
左を向くと、ヒルデガルトが俺をめっちゃ見てた。
あまりのガン見に高速二度見してしまった。
「何……?」
「早く寝ろ」
「寝るよ……。寝るからそんな穴が空くほど見ないでくれよ。君のきっつい視線でムズムズするんだよ」
「貴様が意識を手放すまで信用できない」
「コクト不信になっちゃってんじゃん……」
つべこべ言ってもヒルデガルトは聞いてくれなさそうなので、気にせずに目を瞑る。
「…………」
結構な時間をかけて俺を見張っていたヒルデガルトも、視線を外してやっと寝始めた。
ふぅ、やれやれ。心配させ過ぎていたようだ……。
その時――
「――ビザンツっ!?」
「――っ!?」
ヒルデガルトと一緒になって、ガバッと布団から起き上がる。
おまけに変な声まで出てしまった。
「な、なんか凄い震動だったね……。遠くの方で起きたみたいだけど、不意打ち食らっちゃったよ」
「…………」
ヒルデガルトがゴシゴシと腕で目元を擦り、鋭い視線を今起きた震動の方へ向ける。
ゴシゴシのせいで可愛らしさが抜けてないので、あんまりシリアスじゃない。
けど……。
「この街、怪獣でもいるの……?」
………
……
…
♢♢♢
翠嵐亭で、それは起こった。
寝室のマダムが、とある魔道具を貪り食ったと同時に……。
「……随分、変わり果て……失礼、大きくなられましたね」
寝室へ踏み入ったアマンダが目にしたマダムは、もはやベッドに収まり切らない大きさとなっていた。
「あたくしは入室を許可した覚えはないのだけれど?」
「必要ありませんもの。私はあなたの部下ではありません」
「そうね。でも……シッジはあたくしのものよ」
身動きの取れない肥大化した身体から、大司教を超えるまでに至った魔力が滲む。
「そうでしょうか……。あの方は私の方が好みらしいですよ?」
「好き嫌いは関係ないのよ。人は簡単に縛れてしまう。ものに出来てしまう。金でも、力でも……」
「あら、ですがあなたの最も欲するものは、そのどれを持ってしても手に入らなかったのでしょう?」
「…………」
マダムの真に欲するものを見透かすように、アマンダが笑みを浮かべて言う。
「まぁ、いいわ。今夜にでも、あの子のところへ行こうと思っていたの」
「……ヒルデガルトがもうこの街にいるのですか?」
「えぇ、間違いなくね」
シッジが料理を受け取った。途中でこぼしてしまったが、それがヒルデガルトのいる証であった。
何故なら、自分自身で赴き脅したならともかく、ヒルデガルトを慕う花月亭の者達がシッジ程度に料理を作るとは思えないからだ。
「もうそろそろお終いにしたいの。手伝って頂けるわよね。そして早く消えて頂戴」
「無論、あなたの望みを叶えるお手伝いはします。ベネディクト様のご指示ですから。……その前に質問をさせてもらいます」
「あら、何かしら」
見かけだけは淑やかなアマンダの問いに、積極的な姿勢を見せる。
「私と共にいた大司教達が誰一人帰って来ません。何か知りませんか?」
「さぁ? ……ひょっとしたら、あたくしが食べてしまったのかもね。ホホっ、ホホホホっ」
「人が生き物を食べても魔力は得られません。あなたは今でこそ不自然に強くなりましたが、元はただの人です。特別なものなど何もない、凡人です。面白い冗談ですが、有り得ません」
「…………」
横たわるマダムの不穏な笑みが深まり、アマンダが薄ら笑いを浮かべる。
「……その魔力は危険ですね。やはりあなたは縛り付けておいた方が良さそうです」
アマンダの細目が開くと、魔力が薄らと浮き出る。
「……協力関係の話はどうなったのかしら」
「あなたの望みは叶えます。“ヒルデガルトの討伐”。何もあなたが正気でなければならない理由などありません」
「……はっきり言ったらどうかしら。シッジが気に入ったって、ね?」
そのマダムの平坦な問いに、
「……ふふっ」
シッジはもう自分のもの、とでも言いたげな妖艶な笑みで返した。
「あたくしはその考えが好きよ。手に入れたいものは、奪えばいいの。太古の時代からの絶対的なルールなのよ、それが。……奪えるのなら、だけれど」
「では、お言葉に甘えて……」
アマンダの背から、魔力の翼が解き放たれた。
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