第223話、合否発表



 怪物の雄叫びは、民も魔物も恐怖の坩堝に落とし込む。


 上位者に脅されて氾濫する魔物達は、コンロ・シアゥから飛び出して直後、混乱を余儀なくされる。


 自分達を捕獲した、人、人、人……。


 コンロ・シアゥ周辺には、今日も酒場や露店で飲み食いする人間で溢れていた。雄叫びに打ち据えられ、身動きを封じられて。


 無数の視線が集まり、その眼差しは驚き、怯えていた。


 まともな食事も与えられず、凶暴性を高めて舞台へ送る為に適度に飢えた状態で飼われていた魔物達。


 魔物達は野性を取り戻し、人間を餌と認識し始める。怯えた目と逃げ行く背中に、捕食者へと戻ってしまう。


 飛び出した順に、人を目掛けて殺到していた。


「ぐわぁぁ!? ヤメロっ、やめてくれぇ!!」

「に、逃げろッ! 早くっ!」

「待てっ、助けてくれっ! ガァァァ!?」


 血が舞う。


 首を噛まれ、腹を喰い裂かれ、臓物を生きたまま食われる。


 コンロ・シアゥ周辺が血で赤く染まっていく。


 逃げ出した魔物の種類は六種類。凶暴な肉食猿、ビッカル。霊のように浮かび鎌の腕を振るうアンデッド、リーパー。無尽蔵の体力を持つ一つ目の牛型魔物、カトブレパス。オーク種の中で唯一、特定の氷雪系魔術と似た能力を扱えるブルーオーク。


 中でも危険と思われるのは、二種。


 全長十メートルを超える今季最大の魔物、ゴアクロコダイル。


 捕食率が九割を超える最凶のハンターであるグレイトリカオン。犬型の魔物として群れで収容されていた危険生物であった。


 これらの魔物達が、ライカンスロープに恐れを成して暴れ回る。


「阿鼻叫喚っ! 活きがいいから踊り食いしちゃってるねぇ! 人間のオスメス揃った選り取り見取りの豪華ディナーをご馳走だ! 魔物達の晩餐会が始まったよぉぉ!」


 コンロ・シアゥの屋上で密かにパーティーを取り仕切る主催者トニー。眼下の晩餐会は満足のいくものであったらしい。


「おっとグレイトリカオン軍団、旺盛な食欲とハンティングスキルでスコアをどんどん伸ばしていくぅ! 後を追うのはやはりこいつっ、ゴアクロコダイルぅ! 人間の親子らしき大中小を丸呑みだぁぁぁ! ……あむっ」


 手に持つ頭蓋骨をスナック感覚で摘みながら、人間を食い殺していく魔物達を観覧する。


「……なんて事だっ、ビッカル選手! 剣闘士の義足を執拗に食おうとしている! 猿なのに他の魔物よりも知能が低いっ! 恥ずかしくないのか! もう二度と二足で歩いてはいけません! 人型の恥晒しです!」


 駆け付けた剣闘士達が応戦するも、凶悪な魔物達を止める事はできない。


「っ、キャァァァ!?」

「ゴァァ!!」


 グレイトリカオンの一体が、横合いから酒場の女主人に駆ける。飛びかかり、素早く首筋を噛み砕き、肉を食らう。


「ッ――――」


 飛び上がらんと踏み締めた右前脚……その爪先が、地面ごと踏み抜かれた。


「ギャイン!?」


 出鼻を挫かれたグレイトリカオンが転倒しながら、女主人の横を転がっていく。


「ぁ…………」

「早く避難するんだ。声も抑えて、周りをよく見て慎重にな」


 漆黒の騎士が現れ、視線も向けずに避難を呼びかけてから、黒いモヤを滲ませて魔物へ向かう。


「コォォォ……」

「血煙を吸っているのか……」


 大きな角で人を刺し殺し、放り投げては血潮を吸い込むカトブレパス。


 次なる獲物を見つけ、足踏み二つで駆け出した。


「ッ――――……」


 黒騎士を弾き飛ばす…………と思われるも、接触すると同時にカトブレパスが崩れ落ちる。


 見ていた者には何が起こったのか分からない。


 カトブレパスは黒騎士に激突後、地面ごと抉りながらニメートルは押し込み、角で掬い上げるものと思われた。


 だが実際には受け止められ、僅かな筋肉の弛緩を突かれて掴んだ角ごと頚椎を回し折られていた。


「な、なんだアイツぁ……」

「おいおいおいおいっ、強いなんてもんじゃねぇぞ……!」


 闘技場で目の肥えた住民や剣闘士の酔いも覚める戦振り。


 一見して戦士の頂と分かる美技に、逃避も忘れて見入っていた。


「次は……」


 倒し難いものは、黒騎士の目から見ても明らかだ。


 ゴアクロコダイル、グレイトリカオン、そしてリーパー。これらは他の魔物よりも段違いに打倒難度が跳ね上がる。


「……面倒なものは任せるか」


 黒騎士が最も厄介なリーパーを指差す。


「黒騎士っ!」

「……来たか」


 背後から放られた魔戦斧を振り向きながら受け取り、ブルーオークとビッカル等へ歩む。


 降り立ったデューアも双剣を引き抜き、現場の状況を確認する。


「そちらは全体に指示を出して戦ってくれ。俺は先にオークをやる」

「いいだろう。……チャンプとクーラはクロコダイルの相手だ! 剣闘士達はグレイトリカオンを頼む! 他の者達はリーパーとビッカルを牽制してくれ!」


 頭抜けた速度で到着したデューアに続き、続々と集まる後方へ叫んだ。


「テメェ等ぁぁ! ダチ公に続けぇぇ!! チャンプごとやったって構やしねぇ! 久しぶりに暴れんぞぉぉ!!」

「おおおおおおっ!!」


 もう片方の魔戦斧を手に合流したベルトを始め、剣闘士達が結果盛んに魔物達へ駆ける。


 本職であるベルト達は指示がなくとも各々が広がり、背を見せないよう取り囲んで陣形を整えた。


「や、やはり僕は目の敵にされているね……」

「チャンプっ、そんなことよりデューアさんの指示通りあのヤバいのと戦うぞ!」

「そうだね。行こうか…………ムゥぅんッ!!」


 渾身のマッスルポーズ、フロントダブルバイセップスが炸裂する。ゴアクロコダイルの腹下から銅像が突き上げ、巨大な怪獣が宙を舞う。


「相変わらず凄ぇな……」

「だが鱗が硬いな、どうするか」


 一人でもゴアクロコダイルを相手取れる実力があるのは、デューアを除けばチャンプだけであった。補佐として足止めできる要因がいれば、不足などない。


 采配が光る。


「無理しないように! 弓と槍でリーパーを近寄らせないようにしましょう!」


 だがアーチェや司教等は苦戦必至であった。リーパーの本体は怨念が積み重なってできた小さな魔石。身体のどこにあるのか分からず、突けども射っても手応えを感じない。


「こんなのっ、どうすればいいのよ……!」


 近くに建つ建物の二階窓から射るも、住民へ飛び付くビッカルの邪魔をするのが精々であった。


 激戦の中では、音が無くなる瞬間が必ず存在する。悲鳴や激音、怒号や剣戟音、はたまた集中していて耳に入らなくなるなどで。


「――――」

「これのどこがパーティーよっ!」


 物音もなく背後に忍び寄ったリーパーが鎌を振り上げ、脳天へ突き下ろした。


「っ……!? な、なにっ……?」


 頭の後ろを通過した疾風に背筋が寒くなるも…………背後には誰もいない。


「…………?」


 思いの外に鈍いのか、アーチェは壁に刺さった矢に気付かない。誰も知らない間に神業は披露され、魔石を撃ち落としていた。


 誰も気が付かない内に、魔物の晩餐会からリーパーは消えていた。


「ベルト達は魔物が逃げ出さないよう注意してくれ! 私達が中で数を減らす!」

「任せなぁぁぁ!!」


 全体を見渡して抜かりなく指示を飛ばすデューア。魔物は本能で、この群れを率いる者を見極めていた。


「ホォォォォォォン!!」


 群れのボスが遠吠えを発し、仲間達がデューアへ集まる。


「ぬおっ!? ダチ公、そっちへ行ってんぞぉ!」

「……都合がいい」


 テト相手にも試したが、まだ未完成。これだけの魔物を相手に、本物の戦場であれば好都合だ。


 師に訊ねた。どうしてそのように相手の攻撃を躱せるのか。


『…………集中してるから』


 もっと具体的に教えて欲しい。


『ん〜………………相手の思考を読んでるのかも。相手の気持ちになって、どうしたいのかを読み取って、たまに誘導したりして』


 剣の切っ先を目の前に差し出されれば、弾こうと剣を振る。その行動を引き出し、反撃に利用する。間合いも使い、視線も使い、単純な見切りだけでなく技巧も駆使する。


 非常に高度な次元で、師はこのような技を使用しているのだと言う。


「…………」

「ホアっ!?」


 真っ先に飛びかかろうとしていたビッカルに剣を放る。急停止したビッカルに驚き、全てのビッカルが身を硬直させた。


「っ――――」


 静の心で敵を読み解き、動の心で敵を斬り裂く。


 踏み込んだデューアは逆手の剣で初めのビッカルを斬る。左斬り上げで裂かれた身体から、血風が吹く。


 放った剣を掴み取り、呆ける背後のビッカルが開ける口へ突き刺す。


 引き抜くと、一体のビッカルが事態を理解して飛び上がった。仲間を殺され、怒り心頭に達して。


「ふんっっ!!」


 一回転してから並べた双剣を打ち付ける。


 魔力を流して斬るのではなく、剣で叩いてビッカルを右方に打ち飛ばす。


 駆け出していた二匹を巻き込み、転がっていく。


「…………ボォっ!?」


 遠目から飛ばされた仲間を見ていたボスが、目の前まで迫っていたデューアに気付いた。


 その圧迫感は修羅を思わせ、ビッカルの王は縮み上がる。身を強ばらせる間に、二つの刃は通過していた。


「食事か高みの見物か、どちらか一つにしておけ」


 高みの見物と人間の肝臓を喰らいながら眺めていた王が、首を飛ばして崩れ落ちる。


「ホォォ……」

「…………ォォ」


 餌であった人間が群れを蹂躙する様を目にして、ビッカル等は戦意を喪失してしまう。


「……殺さないに越したことはない、か」


 怯えるビッカルを殺せはしない。双剣を鞘へ戻す。


 だが剣を収める間際に、轟音が鳴る。


 轟音が発生したのは、ゴアクロコダイルがいる地点であった。


 収束する視線は、拳骨を見舞いクロコダイルを昏倒させたらしい黒騎士に集まる。


 左手にまだ逃げようと這うブルーオークの脚を持ち、クロコダイルも引き摺ってコンロ・シアゥの地下へ向かおうとしている。デューアはその様を見て……。


「…………」


 何か引っかかる。


「…………す、凄いなんてもんじゃねぇ」

「は、ははっ……これと戦おうとしていたのか、僕達は……」


 チャンプや一部の者達は以前に一度、敗北した身ではあっても、この拳骨はあの時の比ではない。


「…………」

「…………グレイトリカオンも終わっていたか。流石はプロの剣闘士達だ」


 チャンプ達と同様に、鼻水まで垂らして黒騎士を見るベルト達。その周囲には倒れるグレイトリカオンの姿があった。


 が、ふと足を止めた黒騎士に異変が訪れる。


「…………」


 一匹のリーパーがいた。


 不思議そうに見るも、次にその視線をコンロ・シアゥの最上部へ向ける。


「っ、――後は任せた」

「何……?」


 どうしたのか魔物を手放し、腰元にあった戦斧も下ろして飛び上がった。


 建物の屋根に飛び乗り、全身鎧を身に付けているとは思えない身軽さで跳躍して去っていく。


「…………どうしたんだ?」



 ………


 ……


 …



 先程、ユミといた塔の上部に飛び乗ったクロノだが、ここから弓を射ていた彼女の姿はない。


 任せたリーパーはまだ残っていた。飽きて帰ったとも考えられるが、一体だけ残すとも考えられない。


 そしてトニーらしき気配も途中から無くなっていた。


 先にトニーを倒しておくべきだったかと思うも、死に直面する者が多数いた場面ではどちらが最善かなど答えは出ない。


 今はユミの安否を確かめるべきだろう。

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