第97話、ベルナルド・アーチ



 十年も前の話である。


 オズワルドがまだ幼い頃。


 実家である道場の冷たい床に正座して、相対する二人を固唾を呑んで見守る。


「さぁ! 来なさい! どれだけの腕前になったか見てあげましょう、ジェラルド君!!」

「…………」


 ポケットに手を入れ、やけに太々しく佇む巨体の男に対する……線の細い初老の男性。


 緑髪を丁寧に後ろで縛り、胴着姿で構える。


「僕を前にして相も変わらず構えないとは……それは驕りと言うのです!!」


 青年に容赦なく突き刺さる正拳。


「…………」

「…………」


 微動だにしない。


「……何がしてぇんだ、親父」

「ほげっ!?」


 拳骨一つで撃沈するジェラルドの父、ベルナルド。


 歓楽街の近くにある小さな道場を受け継ぎ、これもまた小さな賭博場も経営している。


「お、お爺様!!」


 駆け寄る小さなオズワルド。


「あぁ……オズワルドくん……。……最後は最高の女性に看取られたかった……」

「えぇ……?」

「ほっとけ、そんな男は」


 門下生のほとんどは、幼少の頃から師範のベルナルドを超え、少年時代から伝説を積み上げるジェラルドを慕う不良達。


 たまに威厳を取り戻そうとジェラルドへ挑むベルナルドだが、勝てるはずもなく……。


「おいジェラルド、そろそろ……あぁ、また師範が倒れてる……」


 苦笑いの門下生の一人が、ベルナルドへ歩み寄る。


 ジェラルドの幼馴染みの門下生で、彼は昔から優しいベルナルドを慕っていた。


「ほらほら、オズワルドを困らせないで。早く起きてくださいよ。今日は女将と約束がどうのと言ってませんでした?」

「そ、そうでした。女性をお待たせする訳にはいきません」


 よろよろと起き上がり、着替える為に道場の奥へと……門下生により背負われていく。


「おい、お前は親父があんまり遅くならないよう、ラナと見てろ」

「あっ、はい!」


 父からのいつもの指示に、ベルナルドを追っていくオズワルド。


 ジェラルドが賭博場で夜遅くまでいないので、深夜や日中はベルナルドがオズワルドや子供を見る事になっていた。





 ………


 ……


 …





 いつもの居酒屋。


 歓楽街の片隅に店を開く、知る人ぞ知る小さな店。


「ラナっ、僕の分を食べないでください!」

「うっせぇ! 皿に乗ってたら全部ラナのだ!」


 店の者に取っても、常連客に取っても、夕食時の聞き慣れた子供の喧嘩。


「こらこら、足りなかったらまだ作ってあげるから喧嘩しないで? ね?」


 居酒屋の女店主が、温かい笑みで仲裁する。


 これもまたいつもの光景。


「仲が良いのはいい事です。ですがレディの前では常に笑顔でいなければ、一流の紳士とは言えませんよ?」

「……ちょっとした夕食を強奪するラナは、大きく分類すると、ほぼゴブリンです」

「てめぇ!!」


 ラナが小さい身体をジャンプさせて、元気いっぱいにオズワルドを襲う。


 見慣れた喧嘩。


「とりゃっ! どうだ! 謝れば少しだけ許してやる!!」

「謝っても完全に許されないんですか!?」


 小動物を思わせるラナに馬乗りにされる、同年代では背の高いオズワルド。


 戯れ合いのようなもので、運動し足りないようだ。


「こらこら、怪我をしてしまいますよ?」

「ハハっ、また始まったな」


 止めつつも温かく見守る酒場の者達。


 そしてオズワルド達が眠る時刻になると、自宅の道場へ向けて帰路に就く。


 これが日課だ。


「オズワルド、明日は何頼む?」

「僕は……スパゲッティにしようかなぁ」

「おぉっ、気が合うなぁ。ラナは肉を食べるぞ」

「“気が合う”って、意味分かってます? ものが全然違うではないですか……」

「お前は本当にバカだな……」

「ふぇ!?」


 正論にまた軽く殴られると思っていたオズワルドが、何故か呆れるラナの言葉に素っ頓狂な声を上げる。


「明日はスパゲッティと肉をどっちとも食べたい気分だったんだ。こんなピッタリになるの中々ないぞ」

「また奪うつもりではないですか!! お爺様にお願いして別に頼めばいいでしょう!!」

「ベル爺のお金が無くなるだろうが!!」


 子供の言い合いに、大通りの売り子や呼子達から笑い声が生まれる。


 余裕の無い者も多いこの一帯では珍しい時間。


「おいおい、ベルさん。子供にゃ腹一杯食わせてやんな」

「安くしとくからウチ来いよ! ガキ共にたらふく食わせてやるぜ!!」


 昔馴染みの者達が次々にベルナルドへ声をかける。


「はっはっは。見て分かるでしょう? 2人ともこんなに元気なのですからお腹いっぱい食べたばかりですよ。なのでまた別の機会に皆さんのところにお邪魔させてもらいます。サービスはしてくださいよ?」


 笑い声が一際大きくなる。


「な、なぁ、ベルさん……。ちょっと相談があるんだが……」

「おや、また夫婦喧嘩ですか? では――」

「すいません……。ベルナルドさん、ですよね……。ウチの悩みも聞いて欲しいんですけど……」


 引っ掻き傷だらけのボロボロの男と、娼婦らしき女がベルナルドへ恐る恐る話しかける。


 ベルナルドは歓楽街の者達の世話を焼く事も多い為、すっかり相談役となっていた。


「勿論構いませんとも。しかし子供達を寝かさないといけませんので、どちらかは明日以降に――」


 だがその会話を聞いた通路の影の子供が、朗らかなベルナルドへ忍び寄る。


「――ッ!!」

「あっ! こら待て!!」


 ラナの制止の声を無視して、ベルナルドの財布をスッた子供が逃走を謀る。


「――」

「うあっ!?」


 オズワルドが魔眼で子供の足を地に縫い付けて止める。


「……いけませんよ?」

「ご、ごめんなさい……」


 大衆の前で魔眼を使ったオズワルドの頭に手を乗せ、軽く咎める。


「気を付けましょうね。……おやおや!」


 そして転んでしまった子供の元へ慌てて駆け寄るベルナルド。


「大丈夫ですか!? おお、膝は擦り剥いていなさそうですね」


 財布を取り上げるでも無く、子供を抱き起こして傷の具合を診る。


「…………」

「傷は肘だけで、浅そう……ですね、良かった。でも盗みはいけませんよ? ね?」


 てっきり手を上げられると怯えていた子供は、呆気に取られるばかりだ。


 満面の笑みで自分を見るベルナルドが、少しも分からないのだ。


「そうだ! 明日から僕の道場に通って、僕の技を受け継いでくれませんか? 無理にお金は取りませんから」


 子供を道場へ誘う。


 いつもの事である。


 周囲も変わらぬベルナルドの人の良さに苦笑いだ。


 本当に少しも憎めない。憎める訳がない。


 金を取る気などなく、歓楽街の子供の世話を道場で買っているのだ。


「運動も出来て、護身の技も会得出来ますよ? 来てくれますか? 僕お手製のご飯も付けます」

「……行く」


 訝しげにしていた子供がご飯と聞いて空腹に堪らず頷くと、満足げに財布を受け取り……。


「これを。僕が残したものを女将が包んだものです。明日から通ってもらえるように、ちょっとしたサービスです」


 ジェラルドへの差し入れに買ったものを子供に手渡す。


 本当にいいのかと度々振り返る子供に微笑み、「お行きなさい」と手を軽く振る。


 歓楽街では度々目にする光景であった。


 近くに教会が建つまで、歓楽街の子供達が日中の間に稽古と称して遊びに集う場は、ベルナルドの道場であった。


「いやぁ〜、門下生がまた増えましたね。流派の跡継ぎに恵まれるばかりです」

「敵わねぇなぁ、ベルさんには……」

「よぉ! これ持って行きな!」


 各所から思わず差し出される差し入れ。


 警邏していた兵士達も、あまりのお人好しに苦笑いだ。


 ベルナルドは歓楽街に愛されていた。


 荒くれ者や無法者の多い歓楽街にある人情。


 人々に笑顔を向けられ笑顔を向ける祖父を、目を輝かせて見上げるオズワルド。


 この楽しい日常がいつまでも続くと、幼いオズワルドは信じて疑わなかった。


 だが、ジェラルドに叩きのめされた者達はそうはいかない。


 復讐に手をこまねいていた裏組織だが、オズワルドの魔眼は売れる。


 魔眼は欲しい者には高価で売れる。


 それが子供であれば尚高くなる。


 故に人質に出来ないかと、オズワルドを見張っていたその裏組織の者達は……。


「……おい」

「あぁ……」


 ジェラルドを相手取るとしても狙う価値が生まれる。


「……………ん? ラナ?」


 オズワルドの後ろにいた筈のラナの姿が見当たらない。


 さっきまでいた筈の幼馴染みの姿が。


 それはただの勘違い。


 誘拐犯達には、スリの子供に真っ先に気付き、制止を叫んだラナが魔眼を使ったように見えてしまっていたのだ。


「お、おい! ベルさん! あんたんとこの女の子が2人組の男に連れ去られてったぞ!」


 横合いの裏路地から、貧相な姿の男性が焦りを露わにしながら飛び出して来た。


「何ですってッ!?」

「ラナが!?」


 その男の話によれば、以前にジェラルドに返り討ちにされた組織の新人達であったとの事だ。


「――っ!!」

「オズワルド君ッ!?」


 選択肢など、この時のオズワルドには無かった。


 大切な幼馴染みが連れ去られた。


 ならば助けに向かう、それだけだった。


「待ってください!! くっ!? ……すみません。至急お願いしたい事があります」

「なんでも言ってくれ! ベルさんにはいつも世話になってるんだ!」

「おい、どうしたベルさん。なんか手助けが必要か?」

「……ベルナルドさん、どうかなさいましたか?」


 ベルナルドの普段とは違う様子に、屋台やカジノ、娼館の者まで次々と問いかける。


 日頃の感謝を少しでも返そうと、我先にと名乗りを上げる。


「心強い……。では、息子へこの事を伝えてください。頼りになる僕の最高の息子へ」




 ………


 ……


 …






 オズワルドは小さい身体を駆使して、ラナの連れ去られた組織のアジトへ乗り込んだ。


 それは見かけはただの娼館だったが、4階建ての最上階部分を事務所としていた。


 従業員や構成員の目を盗んで、4階まで辿り着いたオズワルドがそれらしき一際立派な扉へ耳を当てると……。


『バカ野郎ッ!!』

「っ!?」


 突然の怒声に声を上げそうになる。


 オズワルドが耳を当てる扉の内側では、裏組織のボスが若い衆に怒鳴り散らしていた。


「てめぇ!! リスクと利益を秤にもかけられねぇのか!!」

「す、すいやせん!!」

「ちっ……。……それで、誰にも見られなかっただろうな?」

「は、はい! 見すぼらしいジジイが転がっていましたけど、それ以外に人はいませんした!」

「ッ……!! ……見られてんじゃねぇかコラァ!!」


 ボスが焦燥感を滲ませて怒鳴る。


「ッ……」

「ほっとけっつっただろうが!! 組織巻き込むんじゃねぇ!!」


 先日ジェラルドに喧嘩をふっかけてズタボロにされた若い衆2人。


 以前にジェラルドに返り討ちにされた事のある組織の方針は、一切ジェラルドに関与しないというものであった。


「で、ですが、魔眼持ちなら人質にも出来るし、何なら売っちまえば……」

「あのジェラルドが人質でどうにかなる訳ねぇだろ。親父が襲われようが怪我しようが、昔っから変わらず暴れ放題だあの野郎は。それにな……目撃者がいるなら今にでもジェラルドが来ちまうだろうが!! 売るなんてどこにそんな時間あんだ!!」

「す、すんません!!」

「はぁ、はぁ、はぁ……。それで……その魔眼のガキはどこだ」


 息切れする程に怒り続けたボスがラナの所在を訊ねる。


「は、はい、とりあえず隣の部屋に……」

「…………」


 使えない新人2人を始末する事は決定している。


 問題は、攫って来たラナをどうするかであった。


「……………おい」

「はい」


 新人を取り囲む部下の中で、最も古株の者へ告げる。


「ガキをこいつら共々、殺せ。その後、誰にも見られない川にでも捨てとけ」

「そんなっ!!」

「ボス!? や、やめっ――――」


 今更ラナを返したところで、ジェラルドは見せしめとして完膚なきまでに組織を叩き潰すだろう。


 ならば、破門にしていた新人が再加入目的の手柄欲しさに勝手に誘拐し、その途中で他の組織に殺された事にして知らぬ存ぜぬを貫こう。


 かなり苦しい言い分だが、それが最善とボスは決定した。




 ………


 ……


 …





「……ラナ、ラナっ」

「ん、……………んぅっ、んんっ!」


 手足を縛られ、口を塞がれて眠るラナをオズワルドが起こす。


「しーっ! 助けに来ました。早く逃げますよ」

「ぷはっ。た、助かったぜ……。流石兄貴の息子だ」

「静かにっ。隣の部屋にあいつらがいるんですからっ」

「っ!!」


 大袈裟に口を塞ぎ、オズワルドが足の縄をナイフで切るのを待つ。


「あと……もう少し……」

「…………」


 ラナを傷付けないように慎重に、だが急いでナイフを動かす。


「……ガキが増えてんじゃねぇか」

「「ッ!?」」


 扉の方から、野太い掠れた声が生まれた。


 汗を滲ませたオズワルドが跳ねるように立ち、ラナを背にしてそちらを睨む。


「…………」

「おいおい、ジェラルドの息子じゃねぇか……。どうなってんだ?」


 血の滴る剣を持った者が数名、背後の者達を含めれば十数人。


 勝てない。


 ジェラルドの息子としてそれなりの場数を踏んでいるオズワルドだが、子供であるのに変わりはない。


 ジェラルドのように子供時代から無双できる訳はない。


「……ちっ、もういい。纏めて殺せ」

「ッ……」

「ヒッ……」


 息子までいる以上、大人しく返してもジェラルドは止まらないだろう。


 怯える子供2人に、取り巻き達が歩み寄る。


「……ッ」

「ごめんなさい、ラナ。僕のせいで……。でも……」


 足にしがみ付くラナを守る為、オズワルドが覚悟を決めてナイフを握り直す。


「運が無かったな、坊主。――あばよ」


 一人の男が、剣を振り上げた。


 その時、隣の窓が割れる。


「――――」

「ガッ……!?」


 飛び込んだ影から何か小さな矢のような物が射出され、斬りかかろうとしていた男の首を貫く。


「……うちの子達に、何か御用ですか?」


 立ち上がった男が、冷たい声音で問う。


 普段の柔らかな雰囲気から一変。


「……ベルナルド・アーチ」


 鋭い殺気を放ち、裏組織の者達と相対す。


「お爺様!!」

「べ、ベルじぃぃ……」

「すみません、お待たせして。あと少しの辛抱です。ジェラルド君ももうじきに到着するでしょう」


 子供達とベルナルドの会話に、組織のボスの眉根が寄る。


「クソがッ!! ……もうやるしかねぇ。数を集めろ!! こいつら諸共ジェラルドもやっちまうぞ!!」

「ま、マジか……?」

「ジェラルドが来るならそれしかねぇだろ!! あいつ殺せば俺らの天下だろうがぁ!! 腹ぁくくれや!!」


 歓楽街を手中にできる。


 その甘い蜜を垂らされ、怯え気味だった部下に勢いが付く。


「……うらぁ!!」

「ハッ!!」


 剣の突きを躱し、顔の側面に掌底を放つ。


「カッ、コ……」

「ジェラルド君には到底敵いませんが、僕もあなた方程度でしたらいくらでもお相手しましょう」


 崩れ落ちた男に目もくれず、組織の頭に告げる。


「……おいッ!! 何してやがる! 取り囲んでとっとと殺せ!!」


 その怒号に組織の構成員達がベルナルドへ殺到する。


「なんのなんの!!」

「ゴワッ!?」


 しかし仮にも道場を開く腕前。


 老いていると言えども剣は届かず、打ち倒されるばかり。


 着実にボスの元へ迫っていく。


「クソッ!! 増援はまだか!?」


 周囲の手下の数を確認していると、ふと目障りな2つの人影を見付けてしまう。


「……おいッ、ガキだけでも先にやっとけ」

「なら俺がやりますわ」


 ボスの命令にガタイのいい男が進み出て、オズワルド達に向かう。


「……ッ!!」


 特に感慨も無く、楽な仕事と歩み寄り……量産された安物の剣を振りかぶる男。


「くぅ!!」

「――――」


 大立ち回りを繰り広げるベルナルドが、即断する。


 少しの迷いも無い。


 両手の袖に隠してある、2つの暗器。


 隠しクロスボウ。


 一つは突入時に使用した。


 今が、もう一つの使い時だ。


「ッ!? ガ、カッ……」


 オズワルドとラナへ剣を振りかぶっていた男のコメカミに、小さな矢が突き刺さる。


「お、お爺様!!」

「ベルじ…………………」


 ラナの喜びからベルナルドを呼ぶ声が、途切れる。


「無事ですか?」

「…………」


 いつもの微笑み。


 月明かりに照らされるベルナルドの柔らかな表情。


 その腹からは―――――月光を反射する刃が生えていた。


「お爺さまァァァァァァァ!!」


 オズワルドの慟哭。


 ベルナルドの戦い方は、計算されたものであった。


 武術の師範と言えど、ベルナルドは常人。


 複数人相手に余裕があるはずもなく、相手の動きや位置を調節してギリギリの優勢を保っていた。


 一つずつ着実にやるべき事をこなす作業のような戦法。


 背後を取られないように動き、時には机や椅子を使い、一度に相手取らないよう戦い数を減らしていく。


 その歯車が少しでも狂えば……。


「グッ……。……ハァ!!」

「ギッ!?」


 背後から腹部を貫いた男へ回し蹴りを放つ。


 そこには力強さがあった。


 今までのような余力を計算したものでなく……残された時間で最後の力を振り絞るような力強さが。


「ベルじぃ……ベルじぃぃ……」


 溢れる涙がラナの顔を濡らす。


 拭っても拭っても溢れ出る。


「…………」


 言葉を失う。


 青褪めるオズワルドはどうか夢であってくれと、ただそれだけだ。


「ハァァァァァァァ!!」


 もはや回避に回す体力などなく、次々と斬撃を身体に受ける。


 生暖かい血液が飛び散る。


「ハァ、ハァ、ハァ……」

「な、なんだこいつ……。なんで死なねぇんだよ……」


 しかし、傷を受ける度にベルナルドは力が増している。


 確実に。


 残り僅かな命を燃やし、力に変えていく。


「ちっ……。おいコラァ!! 怯むんじゃ――」


 扉が吹き飛ぶ。


 全員の視線が、そちらへ向く。


「…………」

「あぁ……ジェラルドくん……。さ、すが、僕の息子です……」


 両手に組織の手下を掴んだジェラルドの到着に、限界を超えたベルナルドが倒れる。


「…………」

「…………」


 視線が交わされる。


 託す視線。


 受け継ぐ視線。


 言葉は無く、目と目が一秒と少しだけ交差する。


「……ッッ!!」

「ギャァあああ!?」


 手にしていた人間を投げ付け数人の手下を潰し、ジェラルドが暴れ始める。


 いつもの伝説が霞む程に激しく、何かを押し殺すように過剰に暴れ始める。


 人間を振り回し、敵を薙ぎ払う。


 化け物そのものの所業だが、ジェラルドは止まらない。


「ヒィィ!?」

「――ッ!!」


 骨が砕け、叩き過ぎて肉が柔らかくなったものは使えない。


 新たに、武器も持たずこの部屋にいた唯一の人間を武器と定め、すくうように足を掴む。


「あァァああぁぁアア――」


 これがジェラルドの武器とされた、組織のボスの断末魔。


 全身が砕け、腕が弾け、血の涙を流し、これ以上使えないと判断されるまでひたすらに振るわれる事となる。


「お爺さま……」

「ベルじぃ、大丈夫だよなっ。治るんだよなっ。なぁ、なぁ」


 部屋中の敵を殺戮したジェラルドが、残党を探して部屋を後にした後、這うようにしてオズワルドとラナが横たわるベルナルドへ寄る。


 揺すってベルナルドへ話しかけるラナに、ベルナルドは優しげな微笑みで返す。


「……すみません……僕は、ここまでです……」

「ッ……!!」


 いつもの“心配いりません”の言葉を期待していたオズワルド。


 堰を切ったように、涙が噴き出る。


「やだ!! やだっ、やだぁ……やだよぉ……」


 血の気の引いていくベルナルドの身体を揺すり続けながら泣くラナ。


「……僕の、望みが叶いましたね……」


 ラナの手を握り、ただただ優しく告げる。


「最後は……最高の女性に……看取ってもらえました……」

「ベルじぃぃ……」


 いつもの茶目っ気。


 死するその瞬間、いやその後もベルナルドは流儀を曲げない。


「それが……自慢の孫と一緒なのです……………最高の終わり方ですとも……」


 泣きじゃくるオズワルドへ手を伸ばす。


「オズワルドくん……ハンサムが、台無しですよ……?」

「……おじぃさま……」


 冷えていく指で、オズワルドの涙を拭う。


「そろそろ……眠くなってきました……」

「っ!? 待って!! まってくださいッ!!」


 最後の最後に、オズワルドとラナの頭を抱き寄せる。


「……ジェラルドくんにも伝えてください……」


 それが、ベルナルドの終わりの言葉。


「……最高の人生を、ありがとうございます……」








 ………


 ……


 …





 街外れの墓地。


 多くの、様々な人々が涙を流す。


 道場の門下生、カジノの従業員、行きつけの酒場や飯屋の者、歓楽街の人間、兵士や衛兵達。


 そこにジェラルドの姿は無い。


 未だ組織の関係者を潰して回っているからだ。


「…………」

「…………」


 墓前の前で、オズワルドとラナが流れる涙をそのままに懸命に冥福を祈る。


 全ての者達が、瞑目して冥福を祈る。


 ベルナルドが好きだった白い花で埋まる墓。


 一陣の風が、お礼を言うように人々を優しく撫で、花を巻き上げる。


 ベルナルド・アーチ。


 歓楽街で最も愛された男であった。


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