第96話、解放の時



 マヌアの慟哭が終わり、時間もない現状で出す決断は一つであった。


「……よっし!! やろうぜ!!」

「ハクト君……」


 天使が本当に出て来たなら、剣は早急に届かなければならない。しかしマヌアの口調から察するに、呪剣は解放されればハクトに何かしらの害を為す。


 言い出せずにいることを察したであろうハクトが先んじて歩み出た。


『……これは長き時の間に王都の民が生み出す欲望と感情を吸っています。朽ちることなく、今が全盛期。あなたを喰らい、さらに強くなる』

「死ぬつもりもないし、なんかあってもオズワルドがいる。あんたの恨みも合わせて持ってってくれればそれでいい」

『…………』

「オレは、こいつは王国を救ってくれると思うんだ」


 純白の解放。紛れもなく、天使の魔力。


 呼応するようにマヌアの呪剣が掻き立てられる。オーラを倍増させて食い付かんと叫んでいる。


「今のを聞いてこの剣ならやれる。そう確信した。だからぁ……」


 荒れ狂う呪いを押し退け、マヌアの呪剣と祭壇を固定する拘束紐を両手で掴み上げた。


「ッ——————」


 一瞬、紐に吸われて薄まった純白が穢され、ハクト自身を蝕もうとする。


「がっ、ぐぉおおおおおおおおっ!!」


 配分など気にする余地もなく、全力で魔力を送りながら引き千切らんと腕力を込めていた。


「…………」

「……完全には事情を掴めていないが、吾輩も付いているぞ」

「ありがとうございます……」


 魔眼を用意し、腰元を押す新たな友人と呪剣に備える。


「オオッ————ッ——!!」


 気合いの雄叫びも搔き消える程に燦々と純白を輝かせている。


 青い呪いがハクトの魔力を伝い、手を蝕む。毒のように染み渡る。蓄積した怨念が呪いとなって天使を毒す。


「ッ——————!!」


 しかし常軌を逸して強固だった紐も……徐々に綻び始める。


 来る、もういつ千切れてもおかしくない。


 じりじりと崩れる紐を集中して注視する……。


「——あっ、悪い子発見であるっ!!」

「っ……!?」

「すんごい悪い子発見である!!」


 扉を開けて目が飛び出る程に憤慨するは、ショック神父である。


 彼がここにいるということは……。


「……嘘だ……」


 頭の中が真っ白になり行く。


「オズワルドっ!!」

「っ…………」


 ショック神父へと駆け出したコォニーの一喝に、我に帰る。


「あのジェラルドが死ぬはずがないっ! 他ならぬ喧嘩で奴が死ぬものかっ!!」

「ぐぬっ……!? 小癪なゴブリンめ!! …………つよっ!?」

「こちらは吾輩が受け持った!! そちらに集中するのだ!!」


 ショック神父に跳び蹴りを放ち、通せんぼする形で背中越しに語りかけるコォニー。


「……はいっ」


 友への信頼なのだろう。気休めではなく、確信している言葉に意識が切り替わる。


「もぅすこしだっ……ッ————!!」

「っ、来るっ……」


 騒動など耳に入らないのだろう。ハクトは既に最後の一押しとばかりに残りの魔力を振り絞っていた。


 その一押しにより、——紐が千切れ飛ぶ。


『あぁ……我等が呪剣よ……』


 マヌアの呪剣が、青いオーラを爆発させて浮遊した。


 千切れた勢いに上空へ跳ね上がるも、倒れ伏す標的・・を見つけて切っ先を向ける。


「くそっ……!!」


〈魔眼・引力〉により自身の右手に引き付けるも、呪剣の勢いは怨みを表すが如く凄まじい。


 気休め程度の阻止にしかならず、ずんずんと気を失ったハクトへと呪剣が突き進む。


「くぅぅ……」


 魔眼の輝きは過去一番に強い。


 限界を感じる程に魔力を込めている。


 しかし切っ先はハクトの頬に赤い筋を流すに至り……。



 ♢♢♢



『…………』


“オレは、こいつは王国を救ってくれると思うんだ”……。


『…………』


 ……………………呪剣の切っ先が矛先を変え、オズワルドへと向かう。



 ♢♢♢



 突然に方向転換したマヌアの呪剣が、オズワルドへ直進する。


「っ……!!」


 指が切れ飛ぶだろうが、抱え込むように受け止めるしかない。


 刃に刺されて死ぬわけにはいかない。


 ここまでやったが、届かなければ意味はない。


「——こうするのが良かろうっ!!」


 自身を飛び越えて躍り出た小さな影が、青の渦巻く呪剣の剣身を手で挟み取った。


「…………」

「コォニーさんっ!!」

「……あの奇天烈な男なら心配無用。——やはり来たぞ」


 僅かに蹲っていたコォニーの視線を辿ると、そこには……。


「…………」

「ぬぉぉうっ!? なんでなんで!?」


 ショック神父の頭を背後から鷲掴みにして持ち上げる……血塗れのジェラルドがいた。


「その者は頼むぞっ! ジェラルド!」

「…………」


 特に答えることもなく、呪剣を持って横合いを駆け抜けたコォニーを見送る。


「っ……」

「ぉうっ————!!」


 通路の外までショック神父を力任せに投げ捨てると、初めて見る深手を追う姿を、じっと見つめていた自分へ横目を向けた。


「……さっさと行け」

「っ…………はいっ」


 あの日と同じ力強いジェラルドに背中を押され、また送り出される。


「来たか、オズワルド!! 果たしてこれをどこに届ければ良いっ!」

「アーク大聖堂です!!」


 コォニーに追い付くと呪剣はオーラを立ち昇らせるも大人しく、そこには不気味な程に感情的な意志があるように感じられた。


「オズワルドよ、よく聞くのだ」

「何ですか……?」

「この剣はおそらく所持している者の魔力と


 駆けながら横目に見ればコォニーの顔色はゴブリンながらとても優れない。


「肌身に当てているからなのか、魔力がこの剣の燃料として持って行かれている……」

「では交互に運びましょうっ。少しでしょうが、片方が回復する時間を作れます」

「いや……渡すのは人間でなければならないだろう。吾輩が力尽きてから——」

「っ、納得できません。共に戦っているのに、人間だのゴブリンだの……それは、男が廃る」

「っ……そうか…………そうだな」


 けれど行けるところまでは抱いていくつもりらしい。


「柔らかくも真っ直ぐな言葉だ。懐かしさが溢れてしまった……」


 自然と面影を重ねて少しだけ声を震わせ、コォニーは奮起して速度を上げた。


「……ベルナルドに似ている」

「えっ……僕がですか?」

「うむ。ジェラルドもだがな。やはりどこか似ているのだ」


 だとすればそれはとても——誇らしい。

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