第95話、ナリタス
激闘のアーク大聖堂前広場。
「…………」
「キエーぃっ!!」
アルトと暗殺人の攻防は例えようのないほどに不変であった。
剛撃一閃のアルトは隙を探りながら魔力を温存し、暗殺人は……少し、いや、かなり離れた位置から投げナイフに徹していた。
追う分だけ必死になって離れる。
最初の剣戟の際に思っていたより速かったからなのか、即座に作戦を切り替えていた。
だがルルノア側は単純明快。
「女は黙ってフルスイングっ!!」
魔力の流し方で様々な形状に巨大化できる棍を用いて、魔殺人の魔術をぶっ叩いていた。
通常の形態で取り回し、
「スイングッ!! またスイングっ!! も一つおまけぇぇ!!」
「ちょっ、メチャクチャ過ぎ……!!」
打撃の際にのみ巧みに魔力を流し、伸ばすのみで細枝の如く、あるいは片側のみ巨槌の如く、または全体的に柱の如く。
重量もきちんと増して、打たれた地面が容易に爆散している。
剛撃連打、いつものルルノアが霞む程の無敵ぶりで福音を使う魔殺人でさえも押されていた。誰もが時間の問題と分かってしまう。
………
……
…
それを眼下にする獣殺人の少年は、王城方面の空を眺めていた。
「——こんにちは、暇を持て余しているようですね」
「セレスティア王女。暇ではないよ、待ってるだけ」
隣に舞い降りたのは、金髪と眩い美貌の乙女であった。
「私は少数の協力者にお願いして質問をして回ってもらったのですが、あなたと暗殺人だけ調べられなかったので確認させてください」
「何を?」
「あなたは、天使ですか?」
「…………」
「答えないのですね。では次————」
躊躇する素振りもなく、セレスティアは淡く生み出した黒い装飾剣を眼下の素っ首へと振り下ろした。
「…………怖いのは黒騎士様ですか? 魔王様ですか?」
「怖いのは意義を果たせないことだよ」
今、この目でも装飾剣を確認した。首元直前で“衣”と呼ばれる上位格の壁に阻まれ、微動だにせずに停止している。
この剣はエンゼ教にとって……世界にとってただならぬ真実を意味する。
黒騎士は件の魔王と何らかの関係がある以上、決して関われない。黒騎士が城に出入りしているらしい報告は受けている。我が身を賭して王城に乗り込み王の遺物を引き出す手は打てず、考えて出した策が擬似聖槍。
「大昔のものから……マヌアさんの文献を探していて気になることがありました。度々、一定間隔で不自然な大司教が粛清部に着任していたのです」
「天使に成長はない。天使には人生がない」
「だからといって、あのようなお粗末な経歴にしなくてもいいのではないですか? 特に魔殺隊が多いようでしたが、他の粛清部にも在籍していた。天使は得意な事が多いようですね」
お粗末な経歴。そうだっただろうかとナリタスは首を傾げる。
「目に付く他の大司教の経歴を真似していたでしょう。連続して文献を眺めていれば、思考傾向と規則性が見えてくるのですよ?」
「君くらい」
天使の姿は可能な限り取りたくない。
意義である“エンゼ教の未来は安泰”には、仮の立場や内側を見張れるキャラクターが必要である。
また一からになってしまうと“悪い芽”の隙ができかねない。
「ライト王の遺物は強力。今、使ってもらわなければならない」
「…………」
………
……
…
「…………」
「……なんだ、アレは……」
騎士達が見上げるのは、アーク大聖堂の正面斜め上。
静かに、粛々と、控えめに、こっそりと、複雑に、異様に、不気味に、悍ましく、変体していく。
生殖器と表情のない男型が浮かんでいた。誰のようにも見えるし、自分かもしれないとすら思えてしまう不思議な顔付きであった。
隈なく白い全身に纏うのは、白い炎のように揺らめく羽衣のみ。
大きな彫像そのもののようであれども、明らかな生命体である。
何故なら、その彫像の背にある翼は生きている。
骨組みのない真っ白なふわふわとした掴みどころのない翼が極めて生物的な動きで羽ばたいた。
「あなたの権能をお訊きしても?」
『〈維持〉』
「……何ができるのですか?」
『物質の固定。文明、成長の停滞。魔術陣の保持』
「…………」
屋根から訊ねたセレスティアが言葉を失う。
聞いて損をすることはなかったが、想定よりもあまりに強力だ。
『〈維持〉』
広場が固定される。
変貌を察することなく続いていた戦闘も、それによる事象も、影響も。
モニュメントになった水流、宙で固まる石片、留まるナイフ。風は強く吹き付けられているのに、その影響を全く受けていない。
「…………」
「あれはぁ……ちょっと契約外かも……」
異変を察して慄くアルトと震え声のルルノア。人間では無く、魔物でも無く、怪物というには神性を有している。
「っ…………」
「……ナリタス様……?」
粛清部の二人も、我を失ってナリタスを見上げていた。
言葉を交わした数も少なくない。受け答えが淡々であるという印象しか持たなかったが……。
『…………』
「……ッ、光よッ!!」
ナリタスが視線を向ける先とその意味を瞬時に理解し、セレスティアが光を飛ばす。
光がアルトを包み込む。
「っ、なんだ……? …………っ」
…………たった二人を除き、人間までもが固定される。
天使を前に人間はなす術はない。そう証明するように、固定人間はナリタスの意により姿勢そのままに宙に浮く。
主の元へと導かれる。
そして人間達はナリタスの周りを守護するかの如く旋回する。水流、石飛礫、ナイフ、万象の物質と共に。
(……視認が必要、しかし魔力によるものではない……)
咄嗟に自分とアルトだけは光の屈折で視認させられずにいられたが……。
………
……
…
天使が現れた以上、取れる選択肢は一つだけ。
『この剣が絶対的に必要で、どれだけの犠牲により生まれたか分かりますか?』
天使を調べる為に、長年従順に徹した。
少しの期間を置いて戻って来たアークマンは、笑顔を浮かべてあろうことか『エンゼ教を狙った大規模呪術だったみたいです。また共に頑張りましょう』、抜け抜けとそう言ってある耳飾りを私に手渡した。
無邪気な子供も健気な信徒も問わず、あれだけの大虐殺の後に平然とこの呪殺を命じた。何も知らない無力な人間だと思って……。
どうやって手に入れたのかは分からない。だが耳飾りを握り締め、確信した。
天使は存在してはいけない。
その時、改めてそう確信した。
『《聖域》失敗後、帰還したアークマンは……私が生き残ったのは、たまたま祈っていなかったからだと思ったみたいです。言われるがままにたくさん殺しましたから、それで信頼を得ていたようです。誰が祈るものですか。完全に舐めているのですよ、人間を。奴等からするとあまりに小さな存在過ぎて、虫との区別も付いていないのです』
新たな協力者を見つけ、殺され、それでも自身は進み続けた。
目の前で協力者がナリタスにより固定され、空高く放られ、冷酷に落下死させられることもあった。
『天使を殺すため……父と弟をもこの手にかけたっ……』
見覚えのある族長の耳障りと、見覚えのない族長の耳飾り。
震える手で、涙を流し、許しを請いながらも、天使を殺す術を見つける為に呪殺を行使した。
『この剣を造る為にっ……数多の友とエンゼ教徒、殺してしまった者達っ、家族さえも犠牲にして造り上げた!!』
長い時をかけた。剣殺と暗殺、二人の友の武器を重ね合わせ、呪いを注ぎ続けた。人の欲望、負の感情、魔力、それらを喰らい、天使を呪う決定的な武器になれと。
『もぅ……もう止まれないっ!! 私達の剣は天使を殺し尽くす!! 必ずだっ!!』
もう爺であった。遂に秘密の祭壇で呪剣を作り終え、振り向いたそこには……ナリタス。
腹部を刺されるも、お前の手で死んでなるものかと自ら心臓を突き刺し、自分も皆の後に続き、天使を呪う一助となった。
『……私達の剣は、天使を殺す。必ずだ……』
今一度、小さく呟いた。
自分に言い聞かせるかのように。
これは罪。何人もこの手にかけ、仲間達を死なせてしまった罪だ。罪には罰が必要で、自分にとってそれは……どれだけの時を要したとしても天使を殺すことに他ならない。
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