第139話、謎の男、勇者に親身になる

 

「……そっかぁ、命令があるから助けに行きたいけど行けないのかぁ……。……果たしてアウトロー一筋の俺がいい案を思い付けるんだろうか」


 腕を組み、無駄に胸を張って頭を悩ます謎の人物。


 温かい日差しの下、涼しいそよ風が二人に吹き付ける。


「…………」


 闇夜の如き黒髪、力強い黒い瞳、スラリとしながらも鍛え上げられた身体……。


 男らしくも穏やかな気質を持ったその男の年齢の程は、二十歳かその辺りだろうか。


 セレスティアの存在やブレン誘拐などは伏せ、試しにと不甲斐ない悩みを切り出してみた。


「…………ん〜、あの娘が言ったならこれが最善なんだろうけど……」


 謎の人物は何事かを呟いているのを、壁に背を預けて見上げる。


「……うん、これは……君が何を目指しているかによると思う」

「何を目指しているか……?」


 立派な騎士だろうか、誰もが尊敬する勇者だろうか。


 どちらにしてもそのような存在だ。愚問であった。


「君の目指すところが、命令に忠実な騎士や兵士なら行くべきじゃない。会議に出席したんでしょ? 君は戦力として見られてるって事だから尚更だね」

「…………」

「これはこれで立派だよ。統率された精強な軍隊には必須だ」


 騎士の基本である。常に高潔たれ、命令に忠実であれ。


「ただ……剣を取った理由が護りたいものを護るため、とかだったら事情は変わってくるかもね」


 この人がそうなのだろうか。護りたいものを護っているのだろうか。


 瞬時にそう思う程、淀みなく真っ直ぐに紡がれていた。


「君はどうなりたい? なんで強くなりたいのか考えてみたら?」

「オレ……オレは……」

「色んな人達が色んな生き方をしている。流儀だって正義の在り方だって、騎士一つとっても様々だ」


 漠然としていたように思う。


 剣を取った理由は漠然とみんなを護りたいという理由だったように思う。


 そして見習いながら騎士になって、命令に従って魔王を倒そう……それが使命なのだと決心していた。


 間違いだとは思わない。多くの騎士はそうして王国を守護して来たのだから。


 だが……護りたいものを護るため……、この言葉が妙に胸に残る。


 心に染み込む。


「…………そうなのかもしれない。オレはまともな騎士にはなれそうにないな。問題児だ」

「君の友達もお転婆らしいじゃんか。お似合いだ」

「止めてくれっ。それにあいつ……師匠の人が贔屓してるから、どんどん強くなってるし」

「そんなこと思ってんの!? 師匠の人だって頑張ってると思うよっ……!?」


 知らない人だからか、どこか親しみ易いからなのか、いつになく会話が弾むハクトが愚痴を漏らしてしまう。


「でも最近、その仲間がどんどんその人に似てきてるんだよな」

「いい意味では、無さそうだね……」

「旅の途中でケンカした時なんて“ここにマグマが流れてたら放り込んでやるのに!”って言われたし……」

「師匠さん、関係ないと思うよ? マグマに放り込むって、人外の発想だもん……」


 愚痴を存分に吐き出し、いよいよハクトは心を決めた。


「……そうだな。ありがとう、お陰で俺自身の方針が見えた」

「…………」

「…………」


 表情晴れやかとなったハクトと村人風の男の間に沈黙が生まれる。


「……えっ!? 行かないのっ? こんだけ相談乗ったのにっ。行きたいとこがあったんでしょっ?」

「い、いや、大剣が部屋にあるし、持って出ようとしたらバレるから今回は行けないんだ」

「あぁ……それは確かにマズいな……」


 すると男は皺の寄った眉間を指で揉んだり、唸りながらハクトの前を行ったり来たりし、数分悩み……。


「……この壁殴りマイスターが、ちょっといい技を教えてあげようか」

「技って……あのな? 実戦で使える技っていうのはそんなに簡単には使えるようにならないんだぞ? コツコツと積み重ね、練り上げ、研ぎ澄ましていくものなんだ」

「…………あ、あぁ、そうなんだね」


 とある使用人から散々聞かされた話をあたかも自分の言のようにそのまま伝え、やたらと筋肉質な村人っぽい男に教えてあげるハクト。


「まぁでもやってみたら? この壁みたいに固いものをさっきみたいに殴ってたら怪我しちゃうでしょ?」

「さっきはついカッとなっただけで、普段はものにあたったりしないぞ。両親にちゃんと育てられたんだ。扉を傷付けた時のママなんて怖くて怖くて。パパも全然助けてくれないし――」

「いいからいいから、手の平に魔力を思いっきり集めてみてくれ。そしたら次は――」


 男に強引に促されるままに、どうせ暇だからと左手に白い魔力を溜め……そして言葉通りに実行する……。


 破砕音が響き渡る。


「…………」


 ぺたんと、尻餅を突くハクト。


 自分で行使したにも関わらず、これまでとは桁の違う強力な技に驚愕していた。


「そこそこいいでしょ、これ。力任せな面もあるけど、結構使えるからたまに使うんだよ」


 同じ背丈の……蜘蛛の巣状にひび割れた壁をノックし、自慢げに言う。


 確かにコレが使えるなら、あちらで戦闘となっていた場合にも明確な助力となるだろう。


「い、今……でもっ、オレはそこまで力は入れてないぞ……」

「君の魔力は質が良いんだ。それは非常識なレベルでだ。それに加えて……」


 差し出された手を反射的に取り、引き起こされる。


「……これはそれなりに高度で繊細な魔力操作を要求される。本当はそんな簡単にできるものじゃないんだ。君は日々地道に鍛えていたようだね。立派だ。これは鍛錬の積み重ねが生んだ大きな成果だよ」

「っ…………」


 まるで兄にされるように褒められながら白髪を撫でられ、照れてしまい顔が熱くなる。


 しかしそんな時は長く続かず、すぐに何事かと音を聴きつけた衛兵達が屋敷の方から声を上げるのを耳にする。


「……ほら、上司の説教に怯える大人の説教が迫って来てるよ。君はしばらく外で遊んで来なさい」


 ハクトの肩を掴んで町の方へ振り向かせ、背後から問う。


「君が今、本当に護りたいものはなんだろうか。また迷った時には、自分に訊いてみたらいいんじゃないかな」


 問われて鮮明に脳裏に映るのは…………やはりあの子であった。


 他の光景が入り込む余地はなく、戦う理由に申し分なく。


「ここは何とかしておくよ。俺に任せてくれ」


 男の大きな手が、ハクトの背を押す。


「…………」

「行ってらっしゃ〜い」


 柔らかく押されるがままに四歩前進し、振り返ったハクトに男は告げた。


「……っ、この恩は返すぞ!!」

「恩を売ったつもりはないよ。楽しく会話をしてただけだから」

「それでもだ! 絶対に返すから覚えていてくれ!!」

「……あぁ、覚えておくよ」

「絶対だ! 絶対だからな!」


 悠然としつつ穏やかに自分を見送る男にそう叫び、少年は駆けていく。








 ………


 ……


 …













「…………とは言ったものの」


 少年の背が見えなくなると、ふと嘆息と共に呟いた。


「この町をざっと見て回った限りだと一人・・だけ、ハクトでも傭兵達でもどうにもならない奴がいるみたいだからなぁ……」


 腕を組み、ほとほと困ったという様子で。


「話を聞く限りだと、あそこに行く気だよね……。困った……」


 しかし困っているにしては、不敵な雰囲気はそのままである。


「う〜ん……」


 背後の壁越しから物音を聞き付けてやって来る衛兵達の声を、遠目に聴きつつ一人で唸る。


「――君はどう思う?」


 突然に、語るクロノを巨影が覆う。


「……戦いとなれば、情けでもかけられない限り生還はできぬでしょう」


 クロノの背後に山の如く聳えるアスラが応えた。


 厳めしい雰囲気、暴力的な眼光、急所を覆う朱色の鎧越しにでも見て取れる異常に盛り上がった筋肉。


 ぴりぴりとした鬼気に、ひび割れた壁からぱらぱらと破片が地に落ちる。


「俺は行くところがある。君ならどんな相手でもやれる筈だ」

「御身を除き、尽くを」


 戟の柄を地に打ち付け、誰もが卒倒しそうな圧力で上から魔王を仰ぎ見る。


「あそこには有名な傭兵達がいても、全く話にならないくらいに群を抜いて強い奴がいる。だから任せられるのは君しかいない」


 紫のオーラを滲ませて無言で首肯し、阿修羅像を彷彿とさせる立ち姿で黒天画戟を握り締める。


「どうするかも、どこまでやるかも君に任せる」

「…………」

「ただ見るに耐えない悪党なら……分かってるね?」

「無論、跡形も無く滅してみせましょう」

「んっ」


 魔王が軽く頷き……ふと逡巡する素振りを見せてから口を開いた。


「君の言う通り、あの子はこのままだと高確率で死ぬ。でも定めなんて知ったことじゃない」


 猛獣の如き顔付きのまま、片眉を上げて不思議がる。


「悪いけど、俺の代わりに頼んだ」


 魔王の爽やかながら淀みなく紡がれた“代わりを務めよ”との言葉。その瞬間、鬼の闘気が溢れ出し、背後のひびだらけとなっていた壁が砕け散る。


 同時に、遠くからこちらへ向かって来ていた衛兵達が固まる。


 石の像が並んでいるかの如く、動作途中の不恰好なまま僅かに震えて凍り付く。


「…………」


 昨夜のアレにより再認識させられた『畏怖』。


 あまりに強引に揺さぶられた『闘志』。


「委細、お任せを……」


 魔王の破壊的な『力』に当てられて昂ぶっていた鬼の口元は、目にした者を震え上がらせる獰猛な笑みを浮かべていた。

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