第81話、次なるは……

 

 村人達のお墓作りを終えたクロノが、いつものようにダッシュで王都に帰還していった翌日。


 雑務を済ませてカース湿地帯へ戻って来たモリーの前に、3人の先輩配下達が先輩面をして立っていた。


 クロノの次なる命令をモリーへと言い渡す為だ。


『……この儂が、このような人種如きに……』

「黙って。骨臭い」

『ほ、骨臭い……? 骨臭いってなんじゃ。どう言う了見じゃっ』


 カース湿地帯中央の陸地にて、容赦のないリリアの罵倒が飛ぶ。


「おいたわしや、モリー様……」

『……儂だけだと思うとるのか? 鏡見てみぃ、立派な頭蓋骨が映っとるから。自分らは関係ないとでも思うたか。そこら中、骨だらけじゃろうが』


 憐むソルナーダに苛立ちを抑えながらにモリーが言うが、リリアは淡々とクロノの指示を告げた。


「クロノ様の命。ここに屋敷か城を作って。できるだけ見栄えのいい豪華なものを」

『……断る。意図が分からぬし、人種如きに指図される謂れは無いわい。カッカ!!』

「カゲハ。モリーが反旗を翻したとクロノ様に――」

『嘘じゃボケぇぇええ!! やってやるわぃ! 天高く聳え立つ城を築いてやるわぃ!』


 モリーの念を受け、森中の魔物達が蠢き出す。


「後、臭い」

『あと臭い!? ……ついでのように傷付けおって。喧嘩なら買うてやるぞ?』


 モリーから緑の魔力が燃え上がる。


 主の力の片鱗に、カース湿地帯の魔物が怯え始める。


「……ごめん、間違えた」

『……ふん、分かればいいんじゃ。童ならば年長者への口の利き方に気を付けい』


 クロノの配下である手前、矛を収めるモリー。


「その布が臭い」

『ほ、骨臭くて布も臭かったらッ、紛れもなく悪臭の権化じゃろうが!!』


 傷心から高々と膨れ上がる魔力だが、リリアは澄ました様子で蔑むように見つめる。


「はぁ、やれやれ……。もう良いから、モリー。こちらの新しい布と替えるのだ。臭うのは事実。二度と主の前で着させる訳にはいかん」


 見かねたカゲハが、清潔な布を差し出して仲裁する。


「あ〜あとな、これからは湿気を作り出す事も許さんぞ。主のお住まいが建つのだから、霧はともかく湿気は悪影響だ」

『……ちぃ』


 布を乱暴に受け取り、腰元のボロボロの布切れと取り替える。


「……骨の癖に布いるの?」

『また噛み付いて来おった……』


 モリーが緑の炎でお古の布を燃やしながらリリアを威圧する。


 何故かクロノに気に入られているモリーの事が、リリア達は逆に気に入らないのだ。


 本来の毒舌が発揮され、リリアは率先してモリーに突っかかってしまう。


「……何それ、何で布巻いてるの? 何で腰だけ巻いてるの? オシャレのつもり? 意味わかんない」

『お? 怯えておるのか? 己よりオシャレな儂に怯えておるのかぁ? 羨ましいのかぁ?』

「は?」


 今度は煽り返されてカチンと来たリリアが、カットラスに手をかけた。


「止めるのだ、1人と1体とも。これからは同じクロノ様の配下同士支え合って――」

『カッカッカ!! よう言うわい!!』


 カゲハの再びの仲裁を笑い飛ばすモリー。


 その不敵な眼差しでカゲハを見つめ、リリアを相手にするよりも一段と低い声音で言う。


『儂が、お主からの殺意に気付いておらんとでも思うておるのか?』

「な、なんの事であろうな。私には何がなんだか……」

『韜晦せんでもええわい。陛下が居らんようになるや否や、刺すように殺気をぶつけおって。痺れていかんわい。貴様に比ぶればその小娘の方が遥かにマシじゃろうて』


 ナイフのように尖った顎でリリアを指して言う。


 骸骨の空虚な穴に緑の光が灯り、カゲハの刀のように鋭い目と睨み合う。


 一触即発の不穏な空気が2人の間に漂う。


「……はっはっは。……その、すまん。本気では無いのだ」

『カッカッ、儂は一向に構わ――』

「ただ主に頼られたお前が殺したい程嫌いなだけなのだ」

『……タチ悪ぅないか?』


 動機や殺意を隠す気のないカゲハに、モリーも翻弄されていた。


「……あのモリー様がこのように楽しげに……ん?」

「……だら〜」

「レルガお嬢様、何か……?」


 モリー達を我関せずと眺めていたソルナーダの前には、いつの間にかレルガが……ヨダレを垂らして立っていた。


「……骨は美味い」

「わ、私は骨である前に仲間ですよっ?」


 どうやら少女達と相性が悪いのは、モリーだけでは無いようだ。


『フン。もうええわい。それより、儂ぁ建築なんぞの経験は無いぞ。陛下から例の魔道具を調べるよう命も受けとる』

「分かってる。設計図はこれから私が作るから、あなたは木とか切っておいて。石や岩も、たくさん」

『……どれだけ大雑把な計画なんじゃ』


 ブツブツと文句を言いつつ、新たな念を魔物達に与えるモリー。


「れ、レルガお嬢様。モリー様の方が噛み応えがあると思いますよ?」

「はぐはぐ……?」


 ソルナーダがモリーに近付き、自分の山羊の頭蓋骨に噛み付いて離れないレルガに提案する。


『何を言うとる』

「……」

『……』


 ソルナーダの頭から、レルガがジッとモリーを見下ろす。


「……臭いからヤダ」

「そ、そうですか……」


 失敗し項垂れるソルナーダへ、カゲハが救いの手を差し伸べる。


「レルガ、そろそろクロノ様の居城へ戻るぞ。――ミスト」


 カゲハがレルガへ指示してすぐに虚空へ呼びかけると、


「――」


 クロノによって“ミスト・サイゾウ”と名付けられた『弐式』が舞い降りた。


「では我等は戻る。明日にはまた来るのでそれまでにある程度の素材は用意しておくのだぞ」


 飛び乗ったカゲハに続いてリリアとレルガも乗り、ミストが3人を軽々と背負い羽ばたく。


『……主等だけ陛下の居城に戻りよるのか。面の皮が厚いのぅ』

「骨しかないあなたよりはね」

『……』


 上手い事を言われて二の句の出ないモリー。


「では私達は、“メフィス島”へは向かわなくていいので御座いますか?」

「メフィス島?」


 聞き慣れない地名にリリアは首を傾げる。


「あの孤島の正式な名称なのだ。……何を勘違いしているのかは知らないが、あそこなどと一緒にするな。主次第だが、むしろ敵だ」

『……』

「……そう、なので御座いますか?」


 何故か押し黙るモリー達を置いて、ミストが空へと飛び去った。


「……まさかメフィス島と別口とは予想外でした。てっきり代替わりした魔王なのかと。……敵対関係の新たな魔王様のようで御座いますな」

『うむ……』





 ――無謀じゃのう……。





 どうしたものかと、モリーはカゲハ達の飛び去った空を眺めながら溜め息混じりに言う。


 ソルナーダも同様に口を噤む。


『……しかし……契約は契約かのぅ』


 諦めにも似た声音でモリーが呟いた。


「コッコ! これから忙しくなりそうですね。私もお役に立てれば良いのですが」

『いつになく饒舌じゃのぅ。コキ使われるのがそんなに嬉しいのか?』

「これまではここを徘徊するか、宝石類を磨くくらいしかする事がありませんでしたから」

『嫌味か?』

「まさかそんな。誤解を招いてしまったのでしたら謝ります」


 ここ数十年で最も会話の進む2人に、暫しの沈黙が舞い降りる。


『……ソルナーダ』

「何か?」


 モリーが何気なく沈黙を破る。


『人間の言うところの……“湯浴み”を用意せい』

「本当に傷付いてらしたのですか!?」


 沼の王は、殊の外ナイーブであった。





 ♢♢♢




 静寂にあるアーク大聖堂。


 エンゼ教総本山であるこの大聖堂の中には、全ての大司教が祈りを捧げていた。


 そうする事4時間後、入り口の大扉がゆっくりと開いていき、大司教達が慌てて道を作るように両サイドに並ぶ。


「今帰りました。皆さん、苦労をかけてしまいましたね」


 最高司教、“ベネディクト・アークマン”。


 痩せ型かつ小柄で、シワだらけの柔らかな表情。品のある少しの顎髭と薄くなった毛髪の老人。


 他の大司教達と同様に上質な祭服を着てはおれども、何処にでもいそうな年老いた男であった。


「とんでも御座いません!」

「おぉ……ベネディクト様」

「あぁ……よくぞご無事で……」


 全ての大司教達が拝み崇める中、代表とされていたアマンダが前に出る。


「ベネディクト様の留守を預かっていながら……申し訳御座いません」

「おぉ、アマンダ大司教。いえいえ、よくやってくれましたね。手紙をありがとう。……本当に大変だったでしょう」


 旅のお供の大司教達を引き連れ、俯くアマンダに歩み寄ったベネディクトが手を握り労う。


「ベネディクト様……」


 慈愛の微笑みのベネディクトに、アマンダも目頭が熱くなる。


「あの手紙と貴女達のお陰で、帰路の段階から動けました。大方の話はまとまっていますので、後は『白の天女』様の御心次第です」

「それは……どう言う……」


 ベネディクトはアマンダの問いに微笑を強め……答える事なく前方の『白の天女』像を見上げた。


御子みこから、新たな命令を受けたのです」




 ♢♢♢




 スカーレット商会。


 チャイナドレスのような装いのヒルデガルトが、部下を引き連れて出先から戻る。


 大胆なスリットから覗く真っ白な太腿や、張り裂けそうな程に膨らんだ胸に見惚れるなどという命知らずはこの中にはおらず、怯えながら付き従う。


 愛らしく、美しく、そして……苛烈。


「まだ足りない。もっと売り上げを引き離せ」

「これ以上となると、幾人かの得意先から犠牲が出る恐れがありますが」

「やれ。利より優先すべき事はない」

「分かりました。すぐに」


 軽く目を通した羊皮紙をサーシャへと押しつけながら命じる。


 部下達は、ヒルデガルトとサーシャとで交わされ恐ろしい会話も意識的に聞き流し、ひたすらに先頭を行く小さき女皇の後を追う。


「すぐに茶を持って来い。種類は何でもいいが、いつも通りとにかく熱くしろ」

「か、かしこまりました。ただちにっ」


 ヒルデガルトはその召使いの言葉を待たずして、カインの開けたドアより会長室へと一人で入る。


 パタンと、背後でドアが閉まるのを聞きつつ、デスクへと向かう。
















 ――待ってたよ








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