第68話、リリアの剣術
「ルルノアさん、こちらです。紳士な僕が先導しましょう」
デレデレとしたオズワルドが、紳士気取りでルルノアを誘導する。
ハクトとその護衛として認められているオズワルドの先導で、王城へ連れて来られたルルノア。
「……ホントにあたし、行かなくちゃダメなのかなぁ〜。シャノンもリズも買い物に行ったし、あたしも行きたかったなぁ……。スカーレット商会のデパートで大安売りしてるんだってさぁ」
慣れない堅苦しい王城の気配に居心地を悪くしているルルノアは、修練場の扉前でつい願望を漏らしてしまう。
「協力してくれるって話だろ? 拒否権もあるけど、危険の無いものは出来るだけ手を貸してもらうぞ。それに……あんたの気にしてた黒騎士も来てるって話だぞ」
「えっ、マジ?」
ハクトの思いがけない言葉に、ルルノアの顔が一瞬にして興味津々と言ったものになる。
「あぁ、さっき門番の兵士がやたらと興奮してたから訊いてみたんだ。弟子を剣聖候補に推薦したんだってさ。オレも訊きたい事があるし、丁度いい」
そう言い、真剣な面持ちで扉を開ける。
すると……。
「は、は? 何がどうなってんだ?」
ハクト達の目に飛び込んで来たのは、乱闘……ではなく、言うならば、舞踏。
「――ヌォォオオオオ!!」
重装の大男が、無骨な剣を振り下ろす。
遠目からでも分かる可愛らしい見た目のメイドへと。
しかしその異様とも思える光景は、更に異質なものへと変わっていく。
「ふッ!!」
メイドがギリギリで剣を避けつつカットラスを奔らせる。
メイド服姿でクルクルと華麗に舞い、男の手首を峰で強かに叩く。
「ぃダぁっ!?」
「なっ!? 名前は知らないが、あの大男を一瞬で!!」
手首を押さえて膝を突く大男を見て、ヒエールの警戒心が一気に跳ね上がる。
「名は知らんが、あの男を一撃で無力化する、か……」
マンティスも姿勢を低くし、すぐさま戦闘体勢へ移る。
「ならば淑女ではなく、一人の剣士として相対そう……。……参るッ!!」
「ッ!!」
己の獲物をしかと握り直し、ヒエールとマンティスがリリアへと斬りかかる。
「あ、あの少女は……」
「間違いありません! リリアさんですよ! やはり黒騎士の元へ向かっていたようですね! 良かった、ご無事で……。たった今ご無事じゃなくなりそうなのが気になりますけど……」
オズワルドがホッと胸を撫で下ろし、すぐにハラハラし始める。
だがハクトは、あの弱々しかった少女の変貌ぶりの方が気になって仕方がない。
それもその筈、剣聖候補3人を相手に……あのか弱かった少女が1人で大立ち回りを繰り広げているのだ。
ハクトの記憶では獣人の少女は兎も角、リリアは正直に言って一般人の中でも武の初歩すらも知らぬ素人であった。
「……ねぇ、ラコンザ。黒騎士はどこにいるの?」
「うん? おぉ、ルルノアか。黒騎士なら席を外しとるようだ。だが、あの少女がおるなら必ず戻って来る。焦る事はない」
「ん〜〜〜、……そうね」
辺りを見回しながらのルルノアの問いに、観戦席のラコンザが親切に答えた。
古い知り合いであるルルノアとラコンザ。
先日王城にて偶然再会した2人。
世間話がてら雑談をしていると、両者の目的が同じであるのが判明したのだ。
「あの少女。黒騎士の弟子らしい。今はあの者を見ておいた方が良さそうだ」
「へぇ……。あの子かなり強いじゃん。流石は黒騎士の連れね。剣捌きだけでもかなり上手い。あの若さじゃあ中々お目にかかれないレベルだわ」
「うむ」
弟子であれならば黒騎士本人の剣技とはどのようなものなのか、ラコンザの胸はそれを思うだけで期待に踊る。
ヒエールとマンティスという剣の猛者に挟まれる形のメイド。
だが、リリアなる少女はカットラスを巧みに扱い、
「凄い……」
「……」
オズワルドやハクトでは、もはや何が起きているのか、どうやっているのか理解出来ないレベルであった。
「くぉぉ!! や、やり辛いッ!」
「チィッ……」
位置取り、絶妙なフェイント、迷いの無い剣撃、その他も含めてリリアの剣はヒエールとマンティスの剣を鈍らせていた。
「すぅ……フワァァァァォアっっチャアーッ!!」
いきなり奇声を上げたマンティスの怒涛の斬撃。
コメカミや体中に血管を浮き上がらせ、限界まで魔力を使った乱撃をリリアへ見舞う。
「ッ!」
それを下がりながらカットラスで受けつつ、メイド服を僅かに裂かれながらも……。
「えいッ!!」
女の子っぽい掛け声で放たれたとは思えない鋭い剣。
「ナニッ!?」
マンティスの剣が弾かれ、もう一方の剣の軌道上へ。
急には止まらない剣は自らの剣を打ち、マンティスに一瞬の隙が生まれる。
「終わりッ、――くッ!!」
「――この攻撃すらも見切られるのですか!!」
ヒエールの渾身の氷柱攻撃も、リリアは咄嗟にバックステップを踏んで躱す。
単調な攻撃時は狙われ易いとの師の教えが、止めと踏み込むリリアを押し留めていた。
そして、すかさず追って来たヒエールの剣を迎え打ち、師から教わった剣術で、
「えぃ!!」
「なんの! ……なっ!?」
カンと情けない音が聴こえた、その瞬間――
「グハ!?」
空いたヒエールの腹部に、リリアの掌打がまともに打たれる。
『誘導剣術』。
黒騎士がリリアに教えた剣術で、目線、体捌き、フェイント、戦術、間合い、相手の意識、戦闘のスタイル、それらを駆使して相手方の行動をある程度制御して誘導する。
いつ出会うとも知れない怨敵に備え、リリアは1週間という短い期間で、見事にこの剣術の初歩を会得していた。
「くぅぅ……」
苦しそうに腹を抑え、ヨロヨロとマンティスの隣まで後退りするヒエール。
「……不覚」
「悔しいですが、剣技や体術は我等よりも……」
闘志の炎が、リリアの卓越した実力に鎮火していく。
「あなたは子供のように2つの剣を振り回しているだけ」
剣を突きつけて言うリリアに、マンティスの炎が再燃する。
「あなたは論外。魔剣頼り。凍らせようとし過ぎ。氷柱出し過ぎ。困ったら氷柱」
ヒエールが怒りのあまり白目になり、血管が切れそうになる。
「……よし、治った。……おおおおい召使い!! お前の命もこれまでだぁぁ!!」
手首の感覚の戻った大男が、元気よく剣を拾い、振り回して叫ぶ。
「あなたは……」
「……」
「えっと……」
「……」
「……ごめん。なんでもない」
「チっキショオオオオオオ!!」
これと言ったコメントも挑発も引き出せなかった大男が、涙ぐみながらドスンドスンと鈍重にリリアへ駆けていく。
「そいつは俺がやる」
「ん〜〜、いえっ!! 私に譲って頂きます!!」
3人が、リリアへと殺到する。
「……」
リリアもカットラスを前へ構え、応戦の姿勢を示した。
「――もう止めんか」
3人の進撃が止まる。
突然に3人の背後に現れたラコンザにより、マンティスとヒエールの襟首は掴まれ、
「なっ!? 武王!? け、気配など……」
「いつの間にっ……」
「うるへぇぇジジイ!!」
出遅れていた鈍重な鎧の大男は、盾で吹き飛ばそうと己の身体ごとラコンザへ突っ込む。
「やれやれ……」
「どけどけどッけぇー!!」
2人から襟首を離したかと思えば、瞬時に大男の側面へ移動し、鎧の脇腹にそっと手を添える。
「あんたは図体だけ。――チェイッ!」
「ふげぶッ!?」
掛け声と共に押し出され、横へ派手に吹っ飛ばされ転かされてしまう。
大男は失神し、マンティスとヒエールはラコンザの瞬間的な速度に目を丸くする。
「うえぇっ!? ラコンザ様は今確かにここに……」
「な、何をしたんだ……? 魔術か?」
オズワルドとハクトも、目の前にいた筈のラコンザの瞬間移動に驚愕を現す。
「……相変わらず、とんでもなく速いわね」
ルルノアも妖艶に微笑み、旧友の変わらぬ実力を楽しそうに観戦する。
力のルルノアだとすれば、速さと技のラコンザ。
「これ以上は見るに耐えん。この先は……ワシが相手になろう」
笑顔で話すラコンザ。
「……」
「……御老人。素手で、私達2人を相手取れるとでも?」
心中穏やかではない2人は、かの有名な【武王】ラコンザにも噛み付いてしまう。
「気を遣いなさんな。あんた達が百人、二百人おったところで何も変わりゃせん。それにな、あんた達はどの道剣聖にはなれん」
「……なぜ――」
「当然よ。少女の挑発にまんまと乗り、あろう事か数人がかりで襲いかかる始末。そして敗北。……そのような者共が相応しいと思うのか?」
「「……」」
ラコンザの有無を言わさない正論に、押し黙ざるを得ない剣聖候補。
「……はぁ。情け無い。今更自分の浅慮に気付きおったのか。とりあえず……、――眠っとれ」
ラコンザの2人の顔の前に翳した両手がブレ、……2人が糸の切れた人形のように倒れる。
「……」
目にも止まらぬ早技により2人を戦闘不能にしたラコンザに、リリアの警戒心は最大へと跳ね上がる。
「安心なさい。お嬢さんには手は出さん。黒騎士殿に嫌われたくないしの」
「……」
主の教えに従い、“安心しろ”や“お前の為”などという輩には容赦なく疑ってかかるリリア。
カットラスも当然抜身のままだ。
「……くく、くわっはっはっは。油断無き眼。実に良い。……ふむ、少し試しとうなって来たわ」
ニヤリと笑い、ラコンザが後ろで組んでいた手を下ろす。
「ちと我が流派の技でも見てみてくれんか。これは、伝説の“一喰い巨虎”から影響を受けて作られた技なんだが……」
「……」
両手を広げて、斜め上へ……お化けだぞと驚かすような珍妙なポーズを見せる。
「……行くぞ?」
「早くして」
「……本当に良いのか?」
間の抜けたポーズのまま何度も訊き返すラコンザに、リリアの可愛らしさの際立つ顔が険しくなる。
「……来ないなら――」
――死を、予感した。
「……」
「……これが、その技よ。結構凄いっしょ?」
息遣いを感じる飢えた巨大な虎が、リリアを襲った。
受けたリリアだけでなく目にした皆がそう思わされる、生きた技であった。
「「……」」
「……ッ」
息を呑む事すら憚られる武王の洗練された技。
ゾクリと跳ねたリリアの顔の前に一つ、腹部辺りに一つ……。
喰らい付いた巨大な虎の
喉元に牙が添えられているように錯覚させられたリリアが、微かに震えている。
風よりも早く、猛虎のように強い……自らの主のような圧倒的な実力。
「……素晴らしい才能だ」
技の体勢を解いたラコンザが、心底から感心を現す。
弟子でさえ久しく耳にしていなかった感嘆の声音であった。
「まさか……反応するとは思わなんだ。このまま修練をすれば、先程の技を破る事もできるやも知れん。……ん〜、才ある若者というのはいつ目にしても眩しい……」
リリアの僅かに跳ね上がっていたカットラスをチラリと見て、しみじみと言う。
「時に、お嬢さんは剣を持ってどのくらいかな?」
「……7日前に黒騎士様に教えを授かって以来」
「なんと!」
誘導剣術を使う事もできずに負けて歯噛みするリリアの答えに、驚きを隠せないラコンザ。
たった1週間で、紛う事なき猛者を正面から打ち倒す技量を得たのだ。
才能にしろ胆力にしろ、驚異的、その一言に尽きる。
しかしその内、どこか腑に落ちたと言ったような表情となり……次第に興奮を現す。
「しかしなるほどな、どうりで……。まだまだ伸びしろがありそうだ。……そしてこの弟子を一週間で育て上げた黒騎士殿の手腕。同じ導き手として感服の一言よ」
♢♢♢
上機嫌で興奮ぎみに去ったラコンザと、全くの入れ違いにやって来たアルト王子。
「それで、どれだ?」
「はっ、こちらの少女が新たな【剣聖】内定者となります!」
大剣を背負い、いつもの小さな王冠を頭に乗せ、軍服姿で登場した。
「……この娘が?」
審査長の自信満々な返答に、リリアを目にしたアルトが当然の如く再確認する。
こうまではっきりと答えるのなら間違いは無さそうだが、任命する以上は確認するくらいはすべきだと。
「はっ。何でも彼女は、かの黒騎士殿の弟子らしく」
「ん。それは聞いている。思っていたよりもチ……か弱そうだがな」
チビと言いかけたに違いないと察したリリアの目尻が吊り上がる。
「はっ。一見するとそうですが、他の候補者達を一挙に相手取り制圧する実力があります。また、リリア殿は剣を握って1週間らしく、この先有望な事もあり――」
「1週間?」
候補者をまとめて倒したと聞き、任命する気でいたアルトが思い止まる。
「は、はっ!」
「……誠か?」
アルトが作業のような声音でリリアへ問う。
「……本当」
「り、リリア殿っ!!」
いくら黒騎士の弟子と言えども、敬語もなく答えるリリアへ審査長や兵士達が狼狽する。
「……確かめる」
しかし当のアルト王子は気にした様子もなく、背より大剣を抜き……。
「――っ!?」
咄嗟にカットラスを抜いたリリアが、容赦なく振り下ろされた大剣を受ける。
「ぐぅ!!」
受けて尚も押し潰そうとする威力に、身体の力が抜き取られていく。
数秒間も耐えなければ勢いが殺せない程のアルトの大剣。
とても、片腕だけで無造作に振り下ろされたものとは思えない。
「す、すげぇ……」
「……」
黒騎士や魔王を目にしたハクト達も、未だ自分達よりも遥か高みにいるアルトに目を見張る。
「くぅぅ、えぃ!!」
「……確かに強い」
負けじと繰り出されるリリアの剣術の数々を受けながら、アルトが呟いた。
リリアの無駄を省いた模範的な剣を、野生的な動きで避け、大剣で受けるなどしていくアルト。
(しかし……)
「ふん!!」
「っ!」
アルトの一振り。
リリアによって誘導されたその一振りは、空を切る。
そしてその隙を逃さず、リリアはカットラスで斬りかかる。
「えぃ! ――ッ!?」
「……やはりか」
僅かに当たる距離にまで、故意に前進したアルト。
リリアは咄嗟にアルトから剣を引き、距離を取り、構え直す。
「……何の真似?」
「お前、……人を斬った事が無いな?」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
連絡事項
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
次くらいには、湿気を抜いた黒騎士が帰って来ます。おそらく……今日更新できるかなぁ……。
ありがとうございました。
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