第78話、レプリカ
ハナムが固まって動かない。
震えるでもなく、怯えるでもなく、ただ魂が抜けたように微動だにしない。
まるで、悪夢の中に意識が囚われているかのようである。
「早く報告しないか!! 明らかな異常の連続であるのに何故報告しない!? 何がどうなったのかね!!」
想像を絶する光景に思考を手放していたハナムが、ザンコックに強引に揺さぶられた事により我に帰る。
「……少尉、直ちに『弐式』に帰還命令を。少年の姿をした何かが乱入し、【沼の悪魔】が敗北しました……」
「……な、何を言って……いるのかね」
「一刻も早く撤退しましょう。少尉、我等に猶予はありません」
冷や汗塗れの青ざめたハナム。
人が変わったように鬼気迫る進言に、さしものザンコックもタジタジとなり……。
「……後で詳しく報告したまえ。罰則ものだぞ、君。――『弐式』よ、戻るのだ」
そして、ザンコック隊は曇り空の下でカース湿地帯に背を向け、焦燥する心中を現すように『弐式』を待たずして先んじて撤退して行く。
ハナムの持つ……未知の少年、そしてこの沼地で起こった現実とは俄かに信じ難い戦いの情報と共に……。
♢♢♢
「無事で何よりだよ、2人とも」
「我が身を案じて頂き、身に余る幸福に御座います」
跪いたカゲハが、硬い口調でクロノに返答する。
「……ご心配おかけして、すみません……」
【沼の悪魔】の恐ろしさを目の当たりにし、自分達がどれだけ浅はかだったかを知るリリア。
カゲハの隣でショボンと項垂れながら、か細い声で謝罪する。
「リリアのくせに抜け駆けするな」
「レルガに言ってるんじゃない。お願いだから黙ってて」
レルガの口元に付いたお米をハンカチで拭き、軽く睨んで言う。
「自分でできる事を探すのはいい事だ。でもあんまり危険なのは止めてね?」
「はっ」
「はい……」
十分に反省しているようであった為、多くを言わずに最低限に止めるクロノ。
「ちなみに、何であの魔物は頭だけなの? 多分だけど、体は別にあるよね」
クロノの視線が……骨の下級魔物に抱かれた山羊の頭蓋骨に向く。
「コっ!? お、お許しを……魔王様……」
怯えるソルナーダを何とも言えない目で見るクロノへ、カゲハが簡潔に答える。
「道中の道案内に、首だけ跳ねて持参した次第です」
「……すぅ……………」
息を吸ったはいいが、言葉が出ないクロノ。
道すがらにいたから、ナビ代わりとして首を跳ねたと言うカゲハに、どう返していいか分からないのだ。
魔物で無ければ山賊も真っ青の所業である。
「……まぁ迷ったら困るもんね。それで……………何でそんなに離れてるの? もっと近付いておくれよ」
それよりもクロノが気になって仕方ないのは、陸地の端にまで下がって受け答えする女子チームの意図だ。
中心にいるクロノからできるだけ離れて会話している。
『……』
「我々……と言うか、私はどうなるので御座いますか? モリー様はどうするおつもりに御座いますか?」
『……』
「魔王様! わ、私だけはお助けを――」
『恥を知れっ! なぁんで自分だけ助かろうとしとるんじゃ! 儂が死ぬ時はお主等もっ、いやお主だけは必ず道連れにしてやるわぃ!』
小さく口論するモリーやソルナーダの方が、クロノに近いくらいだ。
「……」
「その……」
言い辛そうにする女子達に、まさかステーキ食いながら観戦してたのがバレたのかと、一気に不安になる魔王。
さりげなく……考え事をするような仕草などに混えて、口元に食べカスなどが無いか確認する。
「クロノさま、こいつら臭い」
「「っ!?」」
歯に衣着せぬ物言いのレルガが、クロノに歩み寄りつつリリア達の言い出せない核心を突く。
「あぁ、そっか。沼だもん。流れが無いから水が腐ってるんだと思う。濡れたんだから気になるよね。早く川か何処かで洗おうか」
「……はっ」
「お、お願いします……っ」
天狗の面で顔を隠すカゲハと、レルガを猫のように目を吊り上げて睨み付けるリリア。
「じゃあ――」
『魔王……陛下よ』
陸地より黒刀を抜き、逆手に持って帰る意思を感じさせるクロノだが、モリーが止める。
「貴様……今、主の言葉を遮ったか?」
モリーへの激情が殺意となって溢れる。
天狗の面から覗く瞳が、狂気にも似た危険な光を放つ。
「嫌い……」
「……? ガルルゥ……」
嫌悪の眼差しのリリアと、よく分からないがとりあえず威嚇するレルガも続いて、モリーへ剣と牙を剥く。
『カカカッ! お主等がこの儂とやる気かぁ? ちっぽけな人ぞ……メス如きが』
「人族って言った。またクロノ様を罵った」
『言っとらんわボケェ!!』
どうやらモリーとリリアは相性が悪いようだと、クロノは頭が痛くなる。
「……モリーは何を言いかけたの? 君等への初仕事はもう決めてあるんだけど、その事かな」
『……いや、そうでは無いでのぅ。陛下に、ちと見せてやりたいもんがあるんじゃ』
「……?」
そう言って何だろうかと疑問符を浮かべるクロノから、モリーが水辺へ視線を向けた。
すると、泥水の中から一体の魔物がその姿を現した。
と言っても特別な個体には見えず、ソルナーダを持つ者と何か変わっているようにも見えない。
違う点があるとすれば、その手にある物だ。
「……それは、あの魔獣の鎖だね」
『うむ』
その魔物が掴んでいたのは、霧の魔獣の首を縛り付けていた鎖の魔道具。
「切れちゃってるじゃん」
『これはのぅ、陛下が吹き飛ばした折に千切れておったものを回収させておったんじゃ。おそらく『遺物』の複製じゃな』
「マジで?」
静まり返る。
ソルナーダも、カゲハやリリアも何気なくされた会話に愕然となる。
過去からの過ぎたる兵器。伝説の顕現。
地上の者達が理解できない、未知なる力。
それを複製など、世界にどれ程の影響を与えるか計り知れない。
規模が大き過ぎて想像すらできない。
「へぇ〜、そんな事ができるなんて聞いた事無かったよ」
『儂もじゃな。無論、本物の『遺物』はこんなものでは無いじゃろう。これはかなり劣化版で、魔道具の域を出ん』
しかし、それでもとモリーは続ける。
『付けただけであの魔獣が抗えぬ魔道具など、そうとしか考えられぬわ』
「あの子、なんか凄い能力持ってたしね」
『うむ、加えて無理矢理強化されとったようじゃしのぅ』
「無理矢理? それは……………」
モリーとクロノの会話が唐突に中断される。
「……すん、すん」
クロノとモリーの視線の向く森の先から、続いてレルガが何らかの獣臭さを察知する。
「――」
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