第204話、麒麟児はたった一つの真実へすぐに辿り着く

「……ここが二人目の被害者が連れ去られた場所だね」


 天に百物を与えられし者セレスを連れて、時間があると言うものだから戯れに事件を解決してもらう。


 近い場所から見て周りたいと言うので、二件目の殺人から領主館……それから一件目のダンスホールに行こうと思っている。


 エンゼ教の支部と化した場所に、大胆にも王女が入り込むことになる。


「で、川を挟んで向こう側の広場で、バラバラ遺体が発見されたらしい」

「……周囲は見通しのいい場所ですか?」

「茂みの中だね」

「ここの殺人はすぐに発見されたのですね」

「うん、悲鳴が上がってすぐに駆けつけたってさ」

「その悲鳴は同行者以外に聞いた者がいましたか?」

「いたみたい。何人だったかな……二人か三人だったと思う」

「どちらが先に見つけたのですか?」

「地元住民の人だってさ」


 何の意味があるのか、絶え間なく質問が投げかけられる。


 表情一つ変えずに淡々と三度だけ問い、セレスは絡めた俺の腕を軽く引いて告げた。


「何故……クロノ様ご自身で解決なさらないのでしょうか。先程のように私には及びも付かない神算により、瞬時に犯人など割り出せる筈です」

「考えてもみて欲しい。俺は魔王だよ? 人間の為に頭脳を使ってもいいと思う? 配下に示しが付かないよ」


 先程っていうのがどの事なのかは分からないが、魔王的話術により流れ作業でセレスを捌く。


「では不干渉を貫くのが良いでしょう」

「犯人は知りたいと思ってしまうんだ。しかし頭脳は拒否している。だったら、君しかいない」

「……ならば呼び付ければ良かったのです」


 表情も変えずに、されど心なしか拗ねた口調でお小言を言われる。なので髪型を崩さないよう頭を撫でて機嫌を取る。


「…………ありがとうございます」


 ……あんなに多忙なセレスを呼び付けるなんてできる?


 朝起きて、仕事の報告聞いて指示して、王女としての公務に勤しみ、エンゼ教やクジャーロに関する会議を度々に渡って挟み、本格始動したクロノスを率いて多岐に渡る決定と命令を下している。


 セレスだけではない。ヒルデもモリーもカゲハもリリアも、最近ではアスラまでオークの訓練に丸一日かけて働いているのに、誰を呼べると言うのだろう。


 それこそレルガやペット達…………あとはジェラルドくらいだろう。


 まぁ、そのレルガにも振られてしまったのだが。しかも敗因は母ちゃん。


 川に沿って歩道を歩く。光により視覚情報を得ていると格好付けて自慢しただけで、自分の姿を偽る術を手に入れたセレスを連れて。


 観光客、身なりの立派なご老人、どこか楽しい場所へお出かけなのか派手に騒ぐ貴婦人達、家族連れの一団…………すれ違う人達は、あのセレスに何の興味も示していない。


「どうしてこのような無意味な地に留まるのか疑問だったのですが、お陰様で全てが好転しました」

「うむ…………ところで君ってバイオリンとかできる?」

「バイオリン、ですか。いえ、聴くことはありますが、触れたことはありません」


 ……いいこと聞いちゃった。こっそり弾けるようになって自慢しちゃお。


「興味がおありならば、すぐに習得します」

「いや? ぜ〜んぜん興味なし。バイオリン引くくらいなら、コーヒー豆を挽くね」


 驚かされてばかりだから、こういう新たな特技や地球の知識で勝負するしかない。猛練習して、魔王が音楽にも通じていることを見せ付けてやろう。


 そして程なく、領主館へとやって来た。


「先生の……お弟子さん、ですか」

「凄く頭の良い子だから、ひょっとしたら犯人が分かるかもと思って来てもらったんだ」


 入れ替わり立ち替わりにメイドでひしめき合うデューア君の自室で、早速セレスを紹介する。


 彼はいきなり完治させると怪しまれること間違いなしなので、少しずつ程々に治している。なのでまだ酷い怪我は治りかけとりいった段階で、全身は包帯だらけだ。


 明日の朝くらいには完全に治しておこうと予定している。


「ティア、新弟子のデューア君だよ。今、剣とトレーニングをみてあげてるんだ。もうね、真面目な好青年そのもの。長く見ていなかった人格者だよ」

「自分はそこまで優れた人間ではありませんが……ご協力に感謝します。気軽にデューアと呼んでください」


 キラキラしそうな顔面でベッドから手を差し出す。今日は特に周りに取り巻くメイドさん方が花のようにデューア君を引き立てている。


 やはり主人公。


 けれどセレスは虫を見る目で見下ろすばかり。


「……すみませんが、私は男性アレルギーなもので」

「あっ……そ、そうでしたか」


 男性アレルギーって何? 今まさに俺の腕を掴んで離さないのだが、どういう効果で相殺されているのだろう。


「きっと人見知りが出たんだと思うから、大目に見てあげてくれる?」

「勿論です。それで……おそらく資料が見たいんですよね?」

「そういうこと。あと、現場も見たいんだってさ」

「では現場をご覧になられている間に、私が資料を用意します」


 自分でやろうとベッドから降りる動作を見せると、周りは一斉にデューア君へ殺到する。


「危ないっ!」

「まだ動いてはいけません! ベッドにお戻りください!」


 着ようとした上着を剥ぎ取り、ズボンを引きずり下ろされそうになっている。中には強引な手段に出る者までいる。


「デューア様っ、お痛はメッです!」

「ぐほぉ!?」


 タックル紛いの制止に、吐血せんばかりの咳を余儀なくされている。


 異常な程に異性から好かれている。ここまでモテる男でなくて、心底良かったと思う。


 それに……やはり魔王たるもの、恐れられてなんぼの存在。早く誰かを怯えさせたくて堪らなくなって来た。


 こうして苦戦すること数分、すぐに戻るからと何とか抜け出したデューア君と領主館を行く。


 すると、


「…………」

「おやおや、デューア君。まだ出歩いてはいけませんよ?」


 表情に鋭さが宿るデューア君が見据えるは、現在アルスにいるエンゼ教を統率するパッソであった。


「……先生、場所はご存知でしたね。この鍵を持って先に行ってください」

「オッケー」


 何だか雰囲気が怖いので、逆らわずに先ほど入手した鍵を受け取り、パッソの横を通り抜けていく。



 ………


 ……


 …



 ここ数日、パッソとデューアは顔を合わせていなかった。


 部屋を訪れることもなく、日常生活を送る上で必要な最小限の移動の際にもその姿をちらりとも見ることは叶わなかった。


 パッソは意図してデューアを避けている。


 時間を置けば、少しは頭が冷えるだろうとして。


「……言いたいことは分かります」


 あの日、パッソは全てを知っていた。


 ガニメデの野心を知っていたパッソは、現場で交わした言葉のみで犯人を察していたのだ。


 声の張りは高揚に満ち、少女への憐憫など皆無。前日ならば悲しみに涙したかもしれない。


 けれど、その時のガニメデは…………獣へと変貌していた。


「どうして私達で殺し合わせた……」

「落ち着いてください。今にも殺されてしまいそうだ」


 常に冷静沈着を貫くパッソですら、今のデューアを前にしては身が竦む思いである。


 この数日間でまた一段も二段も強くなり、纏う気質も研ぎ澄まされている。


「デューア君がカナンさん達を家族と呼ぶように、私にとってエンゼ教は“拠り所”なのです」

「…………」

「私にとっての拠り所。信者にとっての拠り所。仲間達にとっての拠り所。私は私のやり方で、これを護らなければならない。何故なら、私は大司教なのだから」


 領主ギャブルから貸し出された武具を、パッソはデューアとユミへ優先的に渡した。


 それからガニメデ陣営へも、二人には劣るものの平等に武具を与えた。


「ミッティさん亡き今、ガニメデさん達は国軍と争う上で主力でした。信者と仲間達を護ると考えたならば、必要不可欠。されど罪人…………私は天に委ねることにしたのです」

「とても納得のいくものではありません」

「決してカナンさんを軽視しているわけではありません。いつもの私ならば、グーリーを山に返すべきと言い出すとは思いませんか?」


 餌代のかかるグーリーはパッソの性格上、ただのお荷物でしかない。常に節制を徹底するパッソからは、飼手を失ったグーリーの世話を見るという行いは確かに考え難い。


「…………」


 だが、パッソがグーリーを戦力として見ていれば別だ。額面通りには受け取れない。


「それに、あそこでガニメデさんを追及すれば、暴れ出したかもしれません。いずれにしろ、デューア君とユミさんに託すしかありませんでした」

「どちらが勝つか……ではなく、どちらが勝っても良かっただけでしょう。言っていることは、戦争の戦力が残ればいいというだけの話です」


 困り顔で笑うパッソに構わず、歩みを再開した。


「資料はこちらで用意します。デューア君は傷を癒すことに専念してください」

「…………」


 ベッドに寝るだけの療養の間も、しっかりと監視されていたことを知る。



 ………


 ……


 …



 許可を得てあるので、捜査資料を用意してもらっている間に現場をセレスに見てもらう。


「…………」

「…………どう?」


 その部屋は当時の状況のまま、捜査が滞っており簡単な清掃のみが終わっている状況であった。


 セレスは入室するなり血の跡が残るフロアマットを見下ろし、次に窓。更に扉に目をやり、開けたままドアのノブを回している。


 行動が実に不可解である。


「――資料が揃いました」

「あれ、デューア君はどうしたんですか?」


 満面の笑みを浮かべたパッソさんが、何故か部屋へと呼びにいらっしゃった。


 アルスに残った最後の重鎮であるわけだが、本人が直々に。


「傷の治りが遅くなると大変ですから。デューア君でなくとも私共が便宜を図りますので、次からはこちらにお願いします」

「あぁ……すみませんでした」


 傷の具合を知っているからデューア君に頼んだのだが、控えめに注意を受けてしまう。


 しかし言わんとするところは、ごもっとも。


 気分を入れ替え、パッソに連れられて用意された部屋へ移動する。


 セレスは一言も発することなく、恐ろしいペースでパラパラと資料を流し読みした。それも、ものの数秒で終えてしまう。


 耳障りの良い音を立てて資料は閉じられ、やっと彼女の口が開いた。


「……犯人は、この屋敷で働くメイドの中にいます」

「……………………はっ?」


 全身にぞぞっと寒気が駆け抜けた。

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