第83話、閑話、前半『帰還』、後半『旅』
霧の翼がはためき、金剛壁中腹へと降り立つ。
その巨体から、3人が軽々と飛び降りる。
「ご苦労様。後でご飯あげるから休憩して待ってて」
操られていた時と違い、非常に温厚なミストにリリアが語りかける。
「さて、レルガ。念願の主の居城へ帰還したばかりではあるが、我等はあまり内部を知らない。そこでだ、お前に案内して欲しいのだが、できるか?」
「ヤダ。ドウサンに言え」
未だ警戒心を持つカゲハへと背を向け、レルガが大扉の中へと向かっていく。
「……ふぅ、困ったものだ。誉れある門番とは言え、飼っているペットに言えなどと」
「私の時はもっと酷かった。最初であれなら、まだマシな方」
可愛く思えてきたのかミストを撫でながら言うリリア。
「ふむ……」
肩をすくめていたカゲハも、大人しく頭を下げて撫でられるミストに興味を持ち、無言で参加する。
そして満足すると大扉の中へと入り込む。
大扉の中は、2度目と言えども自然と目を釘付けにされる光景であった。
別世界。
光沢のある黒い壁や天井は異様なまでに平らで、無駄な装飾のない神秘的な広い空間が目に飛び込む。
思わず息を呑むそのエントランスの中心に、トグロを巻く派手な色合いの大蛇。
早くもダラけ出したレルガを乗せて、独特な存在感でそこにいた。
「ドウサンとはこの蛇の方だったな。フクロウの方は見当たらないが……。このような種は過分にして知らない。固有種だろう」
「うん。……レルガ、その子の餌って――」
カゲハと共に歩み寄ったリリアが、指を差して何を食べるのか訊ねる。
訊ねようとしたのだが、……リリアの手がペシリと払われる。
「……」
蛇の尻尾によって。
「……指差すんやないわ。パイセンやぞ」
喋った。
「ドウサン、うるさい」
「うるさいってなんやねんっ! 言うべき事は言うてかなアカンねん! クロノ様の舎弟やぞ! ナメられたら終わりやねん!」
鎌首をもたげ、当たり前のようにレルガと会話するドウサン。
「ワイの目の届く範囲で後輩にデカい面はさせへんで。……お前かてナメられんねんぞ! 分かっとるんか!?」
「レルガは“けるべるす”だから大丈夫」
「魔王城警備チーム『ケルベ“ロ”ス』やろがっ! ええ加減覚えろや! 何べん教えりゃええねん! 疲れてまうわ!」
蛇に教えられるレルガだが、慣れたものなのか知らんぷりして昼寝している。
呆気に取られるリリアとカゲハ。
「あなた、話せるの……?」
「……見ての通りやろ。何言うてんねん……」
理不尽に呆れられるリリアだが、クロノのペットなら有り得るかなと一気に持ち直す。
「それでドウサンは何を――」
「敬語」
「「……」」
言いたい事は分かるが、確かに最古参であっても蛇は蛇。
敬語を使えと言われても素直には頷けない。
「……レルガとは普通に話しているようだが?」
「クロノ様から仲良ぅせぇ言われとるからや。それにや……言うても聞かへんねん、レルガは。けったいなやっちゃで。何を……何をどう言うてもやで? どないなっとんねん、こいつ……」
どうやらレルガに敬語を使わせようと努力はしたようだ。
「まぁワイは同じ警備チームの先輩としてこいつの世話したっとんねん。お前らは平の後輩やろ。敬語は常識や。徹底せぇ、アホゥ」
「……あなたの理屈で言うと、私はあなた達の世話をクロノ様から任されてる」
「ん、ん? な、なんやて……?」
兄貴分気取りで小さくフリフリされていた蛇の尻尾が、ペタンと地に落ちる。
「私は更にこの主の居城の指揮権も与えられている。はっきり言ってしまうと、現在主の留守の間は私が最高位だ。お前の上司となる」
「……嘘やん……」
不憫な程に萎れるドウサン。
やはり、クロノの名を出されると何の反抗も出来ないようである。
「……けっ、気ぃ悪いわ」
再びトグロを巻き、不貞腐れながら眠りに就こうとするドウサン。
「ドウサン……お腹減った」
「あん? そらえらい事やがな。腹鳴る前に言わんかい」
思い出したようにお腹を鳴らすレルガに、不貞寝しようとしていたドウサンが唸り始める。
「ほな行ってくるで。ヒサヒデのアホンだらが帰って来たら、飯取りに行った言うて伝えるんやで」
「肉、待ってる」
「まともな返事せぇアホ! 野菜も食わなアカン!」
分厚い溶岩色の鱗でニョロニョロと這って、おまけに説教しながら出て行くドウサン。
「……? なんや、このデカブツは。新入りかぁ?」
「――」
行儀良く座るミストを睨みつけるドウサンを余所に、リリアが少し悩んだ後に口を開いた。
「……待って、私も行く」
「リリア?」
カゲハの不審そうな呼びかけの前に、ドウサンがすかさず応える。
「安心せぇ。ワイはクロノ様の一の子分やで? ケチな事は言わん。ワイの領域からお前らの分も狩って来たる」
「違う。近くの森にある食べられそうな山菜を確認したいだけ。クロノ様がお戻りになられた時に出せそうなら出す」
カゲハが小さく「ふむ、そういう事か……」と呟き、ドウサンもクロノの為ならばと……。
「……まぁええやろ。守りもこいつとそこの嬢ちゃんで十分やろうし。……ほな行こか。離れるんやないで」
………
……
…
西の森。
金剛壁を取り巻く東西南北は、それぞれまるで異なる環境となっているが、この西の森は取り分けキノコや果実、木の実などの多い一帯だ。
ヒサヒデの領域であるが、他の森よりも遥かに食料の確保がし易いこの森に、ドウサンとリリアはやって来ていた。
「……あなた、東の主じゃないの?」
「そうやで。よう知っとるやないけぇ。しかしやなぁ、ワイんとこは食いもんが少ない上に、所々毒ガスなんかも噴き出とるらしい。クロノ様が言うとったから確かや。お前が耐えられるか分からへんから連れて行かれへん」
「私達、街で東が安全って聞いたから、東から金剛壁に来たんだけど……」
リリアを乗せたドウサンが、蛇の身で器用に溜め息を漏らす。
「バッカ、お前アカンで……。毒が効かん言うても、あん時はたまたまや。ヒサヒデがお前らの魔力を見て、クロノ様の関係者や言うから見逃したんやで。普段ならお前ら人間なんぞ丸呑みや」
「……」
「人間共は魔物の数が少ないからそうテキトーこいとるだけなんやろ。クロノ様の知り合いなら西。普通の奴等でも、一番安全なんは南やな」
レルガがいるので、もしドウサンに遭遇しても大丈夫であっただろう……とは口が裂けても言えなかった。
「毒にしてもそうやで? クロノ様が効かんから言うて真似しとったらアカンわ。あの御方は特別やし、毒にも種類が仰山あるんやから。ワイのなんて、お前ら一瞬で溶けてまうでぇ? ヌハハハハ!」
未だ喋り続けるお喋り大蛇の重厚な鱗の手触りは、自分やレルガ……もしかすればカゲハでも傷付けられるか分からない強度を持っていそうだ。
少なくともリリアには正確に測れないレベルの力を持っていそうであった。
「……ッ!?」
こちらに急接近するいくつかの気配に、リリアがドウサンから飛び降り、メイド服をフワリと浮かせながらカットラスを解き放つ。
「……囲まれた」
草木をかき分け、瞬く間にリリア達を囲む影。
正しい名称は分からないが、緑色の狼達。
正面の2体は牙を剥いて威嚇。
気を引くその狼以外は、周りをウロウロとしながら仕掛ける隙を窺っている。
「……」
一対一、もしくは一対三……四、そのくらいならば負ける気はしないが、群れで動くこの狼達は十を超える。
ドウサンが半数を受け持ってくれない限りは怪我もやむなし……などとリリアが考えていると、
「――あ〜、アカンアカン」
ドウサンが窘めるような声で、前方のボスらしき狼の前に出る。
「こいつらは不味いらしいわ。ワイは丸呑みやから分からんけども、レルガは嫌や言うとった。食えたもんやないらしいわ」
「うっ……熱ぃ」
ドウサンの鱗が本物の溶岩のような暗い輝きを宿し、同時に近くにいるだけで服が燃えてしまいそうな熱を放ち始める。
「そう言う訳や、せやから威勢よう来たとこ悪いけどな。ワイが腹減らん内にさっさと―――――去ねや」
牙から垂れた粘り気のある液体が、熱で焦げる地面を更に溶かす。
その大蛇の眼は、王者の風格で狼達を縮み上がらせた。
今まさに守られているであろうリリアさえも、ドウサンの熱と獰猛な殺気に堪らず呻く。
威圧される当の狼達は更に恐れ、経験などあろうはずも無い未知の圧力にプライドも忘れて逃走してしまう。
「……なんや本当に逃げてまうんかぃ。これやから西のもんは根性無し言われるんや。……言うとるのワイだけやけども……………おぉ?」
失望を隠せないドウサンの右斜め前から、細身の木々を押しやり巨大な影が現れる。
「……」
額から汗を流すリリアが、徐々に見上げていく。
先程の狼など、歩く過程で容易く踏み潰されてしまうであろう象かと見紛う……猪。
「……」
「なんや、ええのがおるやんけ。よっしゃ! そしたら直ぐこいつを絞め殺して、血ぃ抜いて……って、お前かぃ……」
「え……?」
巨大な獣に目を釘付けにされていたリリアが、ドウサンの言葉に我に帰る。
そしてドウサンの視線の向く先へ、自分も目を向けると……。
「……ヒサヒデ?」
猪の隣の木には、いつの間にか白い梟が留まっていた。
毛繕いをしながら何気なく。
「ど、どう言う事? この猪の魔物は仲間なの?」
「ちゃうちゃう。こいつは今、ヒサヒデの魔眼で絶賛精神乗っ取られ中やねん」
乗っ取られるなどと言う恐ろしげな話を何となしに言うドウサンだが、よく観察すれば確かに目の前の猪の目は虚で、夢の中に囚われているような状態である。
「こいつ程度ならそれくらいの魔眼で十分なんやろ。大方レルガから事情聞いて素っ飛んで来たんや」
まだいくつも魔眼の能力があるかのような物言いだ。
「っ!」
「な、何すんねん! 言われんでも火事には気を付けとるわ!」
飛翔して来たヒサヒデにカリカリと頭を引っ掻かれ、ドウサンが普通に会話している。
どうやらヒサヒデは言葉を話せない常識的な梟のようだ。
凶悪な魔眼がある事を除けば。
「ええから、はよこれ運ばんかい! 人間っちゅう奴等は調理せな食えへんねんぞ! 胃腸ヨワヨワなんや! 時間かかんねんボケぇ!」
「……っ!」
散々苦情を現したヒサヒデが巨大な猪の背に鉤爪を突き刺し……飛び上がっていく。
「ふん、一々喧しい。さっさと行けぇ。……ほな、ワイらは野菜やらを確保に行くで。バランスよく食わなアカン。クロノ様は漬け物で補っとったらしいけども、ワイは作れへんからな」
「……う、うん」
飛び去っていく猪という奇妙な光景を見届けながら、生返事する。
「あっ!」
「っ、な、なにっ?」
仕舞おうとしたカットラスを驚きにぎこちなく抜き放ち、ドウサンの上げた声に構える。
「……うっかり大事な事を言い忘れとったわ」
「……それは言って。重要な事なら絶対忘れないで。クロノ様のお住まいの事なら尚更」
「すまんすまん」
カットラスを戻しながら少し苛立たしげに言うリリアに、ドウサンが向き直り鎌首をもたげる。
「ワイが喋る事はクロノ様には秘密やで。絶対言うなや。あの小娘にもよう言っとけ」
「は?」
「初めて会った時、ビビって声が出んかったなんて知られたら、このドウサンの名折れやからな。……ええな? 厳守せぇや」
そう一方的に言うと、ぽかんとするリリアを置いてニョロニョロと進んで行く。
「……はぁ。……待って、ここら辺にもキノコはいっぱいある」
「なんやて? ……人間の食えるもんはよう分からんわ。苔は食われへん。新芽は食う。木は食われへん。キノコは食う。訳分からんわぁ」
ブツブツとボヤきながらも大人しく戻ってくるドウサンに、少し安心する。
「あなたは案内するだけでいい。私が採るから」
「へいへい。野菜も入れるんやで。野菜には“びたみん”があるんや。“びたみん”が」
勿論クロノの影響が大きいのであろうが、比較的付き合い易そうな蛇である。
「……」
一目でその強大さを見破り、こっそりと付いて来ていたカゲハも静かにその場を後にする。
ドウサンもヒサヒデも非常に強力であるが、クロノの味方に害を与える可能性は無さそうだと判断した。
「……お前、バカやろ。カゴが無いやんけ。どうやって持って帰んねん。浅はかやわぁ〜。ワイが逐一言わなアカンやん。こらこれから大変やで」
「蛇は黙ってて。入れる袋はちゃんとある」
「し、知っとったわボケぇ!」
クロノのいないクロノ邸は、クロノの想像以上に賑やかなのだ。
〜・〜・〜・〜後編〜・〜・〜・〜
男は、飢えていた。
未だ自分を満たす強者は現れず、噂を耳にし根拠もなく高まる期待は尽く裏切られていた。
男は耳にした。
【夜渡り】なる存在を。
おそらく……剛槍の一振りにて決する闘いだ。
しかしそれでも男の血が足を向かわせた。
騒ぐ血が、金剛壁へと。
そう……『鬼』の血が滾るのだ。
………
……
…
ラルマーンとライト王国の国境付近。
面倒の少ないライト王国側の荒野を歩く大きな影。
地を踏み締める脚は力に漲り、身体中から隠しきれない強者のオーラを放つ全身ローブの人影。
ギラギラと照り付ける日差しや吹き荒ぶ砂埃を物ともせずにしっかりと歩んでいく。
そこへ……。
「――そこの者、直ちに止まれッ!!」
岩陰から飛び出し、ローブの大男を取り囲むように魔物を連れた部隊が素早く位置取る。
連れられた魔物は猟犬のようなものから巨大なネズミのようなものまで様々で、一人数体を連れている。
「……ラルマーンの雑兵が、俺に何の用だ」
「口の利き方に気を付けろ。怪しい奴め……、名を名乗れ!」
雑兵という言葉が神経を逆撫でしたのか、ラルマーンの隊長が声を荒げ問い詰める。
その時、一陣の風が大男のフードを取り去る。
「ッ!!」
隊や魔物が気圧される。
その男の眼光に。
物理的な力で押されるように錯覚する程の眼力であった。
「……ここはライト王国の領土だ。貴様らに名乗る義理は無い」
「戯言をッ! 鬼族が人間の問題に口を挟むな! この場に部外者は不要だ! 貴様など――」
恐ろしい鬼の闘気に咄嗟に剣を握った隊長が、
軽く振るわれた大槍によって胴が両断され、血や臓物が飛び散った。
「た、隊長!!」
「……」
「愚かな。放っておけば素通りしてやるものを……。この国の者であれば、それなりの筋は通すが……」
ローブが取り払われる。
「ッ!!」
「ッ……」
巨体である事は分かっていた。
尋常でない強者である事は、今の一撃で嫌でも知らされていた。
しかしその露わとなった身体付きに、隊員達は呼吸が止まる。
「噂には聞いていた。この時期、この辺りはラルマーン共和国とライト王国との小競り合いがあると」
はち切れんばかりに盛り上がった岩のような筋肉。
上位者と思しき雄々しい魔力の気配。
強風に煽られるようなプレッシャーに、隊員達が少しずつ後ずさる。
「……他国からわざわざ争いを求め、剣に手をかけるのであれば、覚悟しろ」
槍の刃先に、魔力が込められる。
どこか邪悪な紫色の……強大な。
「……くっ、行け!!」
「ッ!? か、噛み殺せッ!」
「行くんだ!」
初めの一人を皮切りに、連れの従魔に命を下す。
「――」
槍が振るわれる。
技など最低限、邪魔者を振るう為だけの力任せに振るわれる。
その槍は愚直に真っ直ぐ獲物を捉え、無残に惨殺していく。
「……愚かな選択だったな。雑魚は雑魚らしく生きればいいものを。軍人ならば判断を誤った己を恨め」
決着は数秒。
飛びかかる魔物を殺し、その後逃げる隙も与えず使役者を屠る。
もはや人や生物の形は見る影も無くなった肉片に背を向け、再び木に引っかかっていたローブを纏い、砂嵐の中へと歩んで行く。
(ライト王国からの怪しげな依頼の前に、【夜渡り】なる賊に出会えればいいが……)
ラルマーンの隊員達にとっての不運は、この鬼がある男と出会う前であった事だ。
出会った後であればあるいは……。
♢♢♢
「――フンッッ!!」
森が揺らぐ。
数週間後、鬼の手には失った槍の代わりに漆黒の戟が握られていた。
「ふーっ、ふーっ、……ふぅ。……やっとまともに振るえるようになったか」
余波にて激しく荒波を立てていた湖の水面が、少しずつ凪いでいく。
汗だくの上半身は裸で、戟を振るう身体は血管が浮き出ている。
かつてない筋疲労を覚える毎日。
破壊神、武神、魔神……正体不明なれど、信奉すべき存在から与えられた武器を十二分に扱えるようにとの旅。
初めは一つ振るうだけで身体の力の一切を奪われたかのように感じられた。
湖に降り注ぐ陽の光が反射し、キラキラと眩しくアスラを照らす。
「……あまりお待たせする訳にはいかん。急がねば……」
濡らした手拭いで身体を拭きながら、思わず漏れた焦りの声を押し殺す。
何故かライト王国からの怪しげな依頼を代わりにこなしたいと提案され、ゆっくりでいいと励まされはしたが早いに越した事はない。
装いを整え、再度旅へと戻る。
(何か目安になりそうな手頃な相手がいればいいのだが……)
この付近で言えば、【炎獅子】【沼の悪魔】。
だが、【炎獅子】はクジャーロを転々と移動する為、見つける事が難しい。
【沼の悪魔】は強力な魔術を扱うらしいが……。
(……魔術師などは手応えがあった試し無し。時間の無駄だな)
ローブから覗く眼光からは考えられない困り果てた男の耳に、子供の悲鳴が届く。
微かな音だが、確実に数人規模の悲鳴を皮切りに伝染するようにその叫びは増えていく。
「……」
全く興味は生まれないが、何となくその悲鳴の方角へ歩みを向ける。
悲鳴は絶えず生まれ、同時に地鳴りも響き渡る。
思いの外、その場所へは早く辿り着いた。
「キャァ!!」
「なんで竜がこんなところに!!」
そこは人里離れた森の外れにある辺境の村だった。
道が整備されている事や、ある程度の規模の村である事から、廃れた場所ではなく人も多い。
その村に、……中型の竜が襲いかかっていた。
「――――――ッッ!!」
「ガァァ!?」
「う、うぅ……」
逃げ惑う村人達が動きを止め、怯む程の咆哮。
地竜のような身体には苔などもあり、緑色の森の主といった印象を受けた。
が、
(……縄張り争いにでも負けたのだろう。行き場を無くして行き着いた先が、人間の村か……)
龍は強い。
神と崇められる程に。
そのほとんどは独自に進化したユニーク種だが、この個体はおそらくそのレベルに遥か及ばない一般的な地竜の一種であろう。
しかしそれでもドラゴン。
「ガッ!?」
「グァッ!!」
人間ではなす術はなく、蹂躙されるのみ。
ドラゴンの身体が掠れるだけで家は削れ、人は飛び、まさにやりたい放題である。
「……」
森からその様を眺める鬼は、人族の問題だとして無関心に踵を返す。
弱者の争いに惹かれるものは無しと。
「―――――!!」
「ッ、ぁ……」
恐怖に腰を抜かした子供に、ドラゴンが気づかぬままに踏み潰そうと前進する。
「ッ! 止めて!!」
赤子を抱いた母が取り残された子供に気付き、悲痛な叫びを上げる。
「ッ!! ……………?」
「―――――ッ、ッ!?」
こんな場面に出くわそうと鬼は決して見向きもしない。
「……」
子供の目の前には、必死に駆けようとするドラゴンがいる。
何故か足を空回りさせ、一向に前進していない。
「……何故自分を殺さないのかを問うた時、あの御方は仰られた」
自分を遥かに上回る巨体のドラゴンの尾を掴み、突進を軽々と止める……鬼。
「“命は奪わない、奪われないに越した事はない”。俺はそこに強さの極みを見た」
「―――――ッ!?」
戟を振るうようになってまた格段に増したパワーで、ドラゴンを村の入り口へと投げ飛ばす。
まるで小さなトカゲを投げるように易々と。
「真に強いからこその生命の尊重。……あの御方に仕えるならば、俺もその強者の流儀を持つべきだ。そうだろう?」
手を開いて握りを何度か繰り返して手応えを確認し、怒り狂いながら牙を剥くドラゴンへ向き直る。
「―――――――ッッ!!」
「ッ!?」
「くっ!!」
家々が軋む咆哮の後に、蹲り、怯える村人達に見向きもせずに鬼へと突進する。
「ッ、危な――」
急死に一生を得た子供が、無意識の内に危機を叫ぶ。
だが、この鬼においては無用。
「――弱者に振るう戟は無し」
村が跳ねる。
突き進むドラゴンへと無造作に振り下ろされた、鬼の拳槌によって。
「……………」
ドラゴンの脳が額ごと潰され、ビクビクと筋肉を小刻みに跳ねさせている。
呆気なく終わりを迎えた蹂躙劇。
ドラゴンなどという常識を逸脱した存在が、夢幻の如く一撃で撲殺されたのだ。
まるで、鬼の信奉する神の如き一撃。
「……ふん。敗北し、逃げた先で俺と出会うとはな。運の無い奴だ」
そう冷たく言い残し、茫然と村人達には目もくれずに立ち去ろうとする鬼。
「……ぁ、ありがとぅ……」
「お、お待ちください! 何かお礼を!!」
腰の抜けたままの子供や、一早く正気に戻った子の母が声を上げる。
「いらん。仕える主の教えに従ったに過ぎん」
鬼は振り返る事もなく、
「落雷に助けられたとでも思うがいい……」
そう言い、村を後にした。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「おぉ! 有り難や有り難や……」
「救いの鬼だ……」
その大きな分厚い背には、姿が見えなくなっても暫く感謝の声がかけられていた。
噂を聞き付け直ぐにやって来た軍が聞き取りをしようとも、村人全員が口を揃えて落雷の仕業だと言って聞かなかったと言う。
ドラゴンの死体から察せられる死因は、明らかに落雷では無いにも関わらず。
晴天に降り注いだ落雷がドラゴンを殺したのだと言い張って、誰一人それ以上の詳細を語る者はいなかった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜
連絡事項
すみません。言い忘れていましたが、「小説家になろう」様での投稿も始めました。
ただこちらが先行して更新されるので、こちらをご覧になられる方はそのままで問題ありません。
あちらはのんびりと時間稼ぎと宣伝がてらの更新です。
ありがとうございました。
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