第198話、カナンの英雄


「ヌゥッ――――!!」

「オオッ……!」


 変幻自在に力強く振られる双斧。剣より素早く取り回し易く、加えて斧自体の頑強さもあって近接で無類の強さを誇る。


 対して、遊びもなく型通りに振られる双剣と、高い跳躍力と育まれた運動神経が生む俊敏な足捌き。デューアの剣は歴戦を制して来たガニメデに一歩足りたりとも譲らない。


 近接戦で迎え撃ち、尚も譲らない。


「ヌォォォォォッ!」

「ッ――――!!」


 怒りと怒りがぶつかり合い、ドス黒い憎悪が渦巻く。


 殺意に塗れて止まらない双剣と双斧は、嵐の中で立て続けにかち合う。


 大司教屈指の武を誇る二人。ほぼ拮抗する技量により、熾烈な剣戟は幾度も繰り返され、他者が入り込む余地を無くす。


「蹴ッ!」

「グッ……!?」


 いや……〈痺翠〉の斬撃を受けていなければ、パワーで上回るデューアには勝てなかっただろう。


 僅かな隙に胸を蹴られ、泥濘をデューアが転がっていく。


「良いことを教えてあげるわッ!」

「っ……!?」


 恋人を殺してしまい、この者もまた怒りに震えていた。


「カナンの死に様を考えたのはこの私なのよッ!」

「っ、フンッ……!」


 右斜めから突かれた槍を〈夜の剣〉で巧みに逸らし、激情を露わに地面へ叩き付けてから左の剣で斬撃を飛ばす。


「っ――――!?」

「任せろ」


 同格五人を相手にして尚も魅せる技巧に、息を呑む。横合いからの水の刃により相殺されていなければ、首が飛んでいたことだろう。


「ラァァァァ!!」

「ッ……!!」


 背後から怒声と共に振られる大槌と見紛う煙管を、揃えて並べた双剣をぶつけて受け流し、そのままもう一回転。身体が流れて体勢整わない女へ、憤然と斬り付ける。


「――――ガッ!?」


 風玉らしき衝撃を受け、身体が容易く素飛ぶ。


「っ……!」


 体勢を整えて顔を上げた時、ガニメデ方面から放たれていた淡く光る斧を見る。


 ガニメデが得手とする〈投擲爆トマホーク・ボム〉。大司教の馬鹿げた魔力を込めて放ったならば、緩やかな曲線を描いて到達後、その斧は爆発する。


「ぬぅ……!?」

「対処法を知っているのが自分だけだと思うなっ」


 この事態を予想していたのか、いつかミッティより聞かされた攻略法。


 〈夜の剣〉で軌道を曲げる。斧の刃と持ち手の接合部に剣を引っかけ、後方に逸らした。打ち払えば爆破するも、柔らかく受け流せば無効化できる。


 だが、不運が訪れる。


「っ――――」


 背後で起こった爆発は、不幸にも巨大な剣闘士の石像を支える支柱を爆砕してしまう。


「フハッ、天は儂等に立てと決めたようだなぁ……」


 内なる醜い感情を満面に表す歪な笑みで、ガニメデは降り掛かる巨影を天の裁きとしてデューアを嘲笑った。


「クッ……!!」


 あと少しで、整った・・・というのに。


 無情にも勝利の女神に見放されてしまう。倒壊する速度と範囲は回避できるものではなく、その体積は剣で打開できるものでもない。


 静かに落ちゆく戦士の石像。一瞬の静寂後に、終幕の轟音は鳴り響く。


(ッ、使うしかないかっ)


 だが躊躇する思考の狭間で、あの音・・・が鳴る。


「ッ――――」


 異常な回転音と共に、雄大なその背が現れた。


 手に持つは鬼の際とは比較にならない高速回転を見せる大斧二つ。回る刃は黒い魔力を撒き散らし、右の斧一つで剣闘士の像を両断していく。


 漆黒の全身鎧を纏うその者が、両側に分たれて沈む石像の最中に振り返る。


「……黒騎士……」

「…………」


 初めて目にする黒騎士は、その威圧感から先刻の石像よりも大きく見えた。


「……取り決めを忘れたか。ミッティとの決闘で不干渉を結んでいるのだろう。騎士と名乗る身で恥を知れ」

「約束は守る。手を出すつもりはない。悪人以外は、な」

「…………」


 言葉一つでガニメデは押し黙り、苦虫を噛み潰したように顔を歪める。


 次いで黒騎士は、若干の警戒心を秘めるデューアへ簡潔に問う。


「……手は必要か?」


 敵対関係である間柄で、どうして手を貸そうと考えたのかは分からない。


 だが……。


「……いや、既に粛清の時はすぐ間近にある。あとは纏めて始末するのみだ。今のだけ有り難く世話になる」


 悲運は砕かれた。敵と言えど、今はただ感謝するばかりであった。


「そうか。ならば俺は撤収………………」


 突然の地鳴りが、去ろうと決めた黒騎士を引き留める。


 森からたった二度の跳躍で都市に到達してしまったそれは、建物の屋根へ一息に飛び乗って姿を見せた。


「マンティコアだとっ!?」

「どうして人間の都市に……古い遺跡群に棲み着く魔物だぞっ……」


 重量著しい様で跳び上がったのは、マンティコアであった。屋根に乗り、ある一人を見つめている。


 獣としての野性もなく、生物としての本能もなく、空虚な眼と表情で黒騎士を見つめていた。


(……なんだ、あの模様は)


 稀有とは言え、あのマンティコアと同一かは分からない。デューアに区別できるものではないが、そのマンティコアの身体には光る紋様が走っていた。


 神々しくも、不気味に光る紋様が……。


「…………あれは俺に用があるみたいだな」


 鬼族の膂力を上回り、噂すら霞む怪力で小枝の如く両大斧を操る。


「感謝する」

「…………」


 黒騎士は担いだ右の斧を軽く振って応え、不気味な様子のマンティコアへ無警戒に歩み去っていく。


 そして、時が迫る。


「……やっとだ。お前達を殺したくて殺したくて、それを堪えるのにどれ程の辛抱が必要だったか……」


 三十六合を、終えた。


 〈夜の剣〉で受け続けた三十六合。苦渋の時を堪え忍び、あと六合を残すところとなる。


「勝機を二度も手放し、まだ吠えるか……」


 新たな斧を腰元から取り外して手に取り、ガニメデは顎をしゃくって部下を向かわせる。


 伸びる槍が右手側からしなり、打ち付ける。


「一っ……!」


 続けて剣を逆手に持ち替え、前衛の煙管を受け流す。


「二っ、ッ……!」


 跳び退きに合わせて撃ち出される二つの風玉と三度の水玉は数に入らず、鋼の刃と揃って数を増やしながらも打ち払う。


「……三、っ……四ィッ……五ォ、六ッ!」


 飛散する鮮血に構わずに、飛び出した槍使いと四度の刃合わせで鎬を削り、〈夜の剣〉のみの六合が達成される。


 合わせて、四十二合。


「……残りを今からやる。見ていてくれ、カナン……」


 仕込みが終わり、初めて〈夜の剣〉に魔力を通す。夜の闇に、星々が刻まれていく。


 剣から漂う魔力にも星空の輝きが宿り、異様な迫力を孕み始めた。


「ドラァァァ!!」


 受けるのみに徹していた〈夜の剣〉で、振り下ろされた煙痲キセラに軽く当てる。


 重厚な大槌が、消失した。


「アアアアッ、ぐっ、うあぁ……」


 煙痲が弾けて破裂し、持ち手の女は両肩が外れて転倒させられる。凄まじい速さで飛ぶ鉄塊を、全力で打ち返そうとしたかのような手応えであった。


「ウウっ……くっ…………」


 腕が外れた状態で、何とか立ち上がる。


「“力を手にする”とは、正にこれを言うのだろうな」

「っ……――――」


 眼前に迫っていた眼の冷たさに寒気を覚えた女傑の身体が、直後に臍辺りから真っ二つに千切れ飛ぶ。


 軽く当てられた〈夜の剣〉により、嵐に巻き上げられた紙切れ同然にデューアの後方へと飛んでいった。


「…………夜の、剣……」


 常軌を逸した光景を前に、ガニメデが嗄れ声を漏らした。


 領主の“大自然を宿す剣”という話は、決して誇張されたものなどではなかった。


 夜空には何人も呑み込む深みがあり、故に星の輝きは世にも美しく映えて見える。それは逆もまた然り。


 剣戟を重ねる毎に剣身の夜空に星が生まれ、星の数だけ“重さ”が加わる。


 積み重ねられた数は四十二。今の〈夜の剣〉が放つ魔力に宿る重さは、例えるなら双塔オックス一つ分の重量程もあることになる。


 オックスを、剣の形と刃の速度でぶつけられるようなものであった。


「…………」


 ついに訪れた粛清の時に、デューアの殺意は高まる一途を辿る。眩く昏い〈夜の剣〉を手に壁へ歩む。


 あの剣の強力さを知れば、打ち合わなくなる。対策が取られ、五つの命に届くことなく、返り討ちにされてしまう。


 だからこそ、デューアは下調べで知り得ていた上限である四十二合を待った。


「…………」


 壁際へ歩んだデューアが切っ先を思わせる鋭利な眼光をガニメデへ向けて、星空の魔力が滲む剣で壁を叩く。


 元高級宿を囲う見上げるまでに高く分厚い壁と言えど、夜の重みには一瞬足りとも耐えられはしなかった。


 破砕。


 壁が爆発するように粉々に砕け、雨霰となって横合いからガニメデ達を襲う。


「ヌァァァァッ!?」

「ぐぉおおっ、ぐっくっ!!」


 身体を打つ岩礫に苦悶する中で、ガニメデはその眼差しを見ていた。


「――――」


 殺意の絶頂が近付くデューアの表情は、猛雨のせいか怒り顔にも泣き顔にも見えた。


 超自然を押し込めた剣を手にするその姿が、壁の破片が視界を遮った際に消える。


「ッ……周囲を警戒しろッ! 固まるなっ、奴に一網打尽にされるッ!!」


 瓦礫が額を掠め、血を流しながらも怒号を発して注意を叫ぶ。


「っ…………」

「…………」


 ……嵐の騒々しさが忌々しい程に煩わしい。


 高鳴る鼓動を尚も早くと打ち付け、囃し立てる雨。業風を思わせる風音、雨音。それら全てが五人を死地へ責め立てる。


「………………ッ、上よッ!!」


 微かに視界の左上を掠めた影を察知して、女が叫んだ。


 その声に反応して、全ての視線が空へ向かう。


「ッ――――!!」


 二階屋上から五人の中心へ飛び降りたデューアは、大地に“夜”を突き立てた。


 薄い刃に沿って亀裂が走り、地盤は左右に分たれる。


「グヌッ……!?」


 あの剣には、神が宿っている。


 揺れる地面に脚を揺さぶられながらも、ガニメデは剣を手放させなければと辺りに目をやり打開策を模索し始めた。


 対して災害を容赦なく奮い始めた悪魔デューアは、ガニメデ達を分断させるとその内の二人に狙いを定めた。


 狙うは――――〈アクア〉と〈風仙〉という辛酸を舐めさせられた遠距離攻撃持ちの二人。


「ちぃぃっ! う、撃てっ、とにかく撃てぇーッ!」

「分かっているっ……!」


 大司教の翼が嵐に舞い、水球と風玉が出鱈目に撃ち出される。


「ふぅぅ……――――ッ!!」


 その場で一つ息を吐くと、デューアは真正面から双剣を振るう。


 突き進む九つの球体を〈夜の剣〉と鋼の剣にて次々と斬り払う。


 そして星空の魔力が連撃の余韻を残す間に、双剣は揃えて振りかぶられた。福音の翼が羽ばたき、腰を落として踏み出そうとしている。


「っ…………」


 その修羅の形相が発する怒りに、〈夜の剣〉への危機感も忘れて身を固められてしまう。


「っ、何をしているっ……!! 〈廻旋アクセル〉が来――――」


 満天の夜空が視界を横切って流れ行く。星雲の川を残して駆け抜けた。


 慌てて視線で追った時には、二人の身体は三分割に斬り分かられて宙を舞い、円を描く星空に儚く散るのみ。


(なんだあの初速はッ……! 以前に見たものと別物ではないか!)


 足元が炸裂し、考えられない速度で駆け抜けてしまった。


「っ…………」


 ふと、ガニメデが何かを発見した。



 ………


 ……


 …



「っ……!」

「ヤメっ!? こ、来ないでっ! 来ないでよ!!」


 半端に振るわれる槍が伸びて来るも、単調な攻撃が今更になって当たるわけがない。


 怯えを露わにする槍持つ女へと走る。


 夜と星が混ざり合うオーラの立ち昇る剣を、手元で回転させるだけ。それだけで先端から斬り飛ばされ、特異な槍も徐々に短く刈られていく。


「貴様がアレを提案したのだったな……」


 地へと深みある魔力を滲ませる〈夜の剣〉を打ち付ける。


「ッ――――!?」


 星空の重みを受けて大地が隆起し、女を高々と空へ打ち上げる。


「――――グッ!? ウッ、くぅ……!!」


 投げ出されて建物に激突し、死に物狂いに不時着した。


「クソっ、あいつ……! 早く逃げない……と……」


 起き上がり見上げたところ、盛り上がった地面からこちらを見下ろすデューアに気付く。


 その姿は激戦を物語り、満身創痍にも見える。泥と血に濡れ、息も上がっている。


 けれど剣から一際多くの星空を立ち昇らせるデューアは、嵐の渦中にあって更に怒気を爆発させていた。


 左の剣を空へ投げ上げ、〈夜の剣〉を両手でしかと握る。


「ッ――――!!」


 福音の翼と共に、右下から袈裟懸けに斬り上げる。生まれた星空の斬撃は見るも巨大で、怪鳥の如く重く緩やかに飛翔した。


 青暗く、星々の煌めく斬撃は頭上を通過し――――轟音を響かせる。


「えっ……?」

「その顔も、身体も、何もかも、跡形もなく押し潰れて消えろ……」


 アルスの東西南北には、コンロ・シアゥへと続く大きな門がある。剣闘士が戦いに赴き、無事に帰って来られるようにと時の権力者が敬意を払って創設したアーチが。


 ここには、それを模して作られた擬似的なゲートがあった。建築様式は違えども、規模や形は同質の立派な凱旋門だ。


 それが瓦解し、女へと降り注ぐ。


「…………イヤぁぁ――」


 崩れ落ちる巨大な物体に、呆然自失としていた女が金切り声を上げる。だが知った事かと倒壊するゲートは、その勢いを緩めない。


「………………っ!?」

「やってくれたなぁ! デューアぁぁぁ!!」


 吹き付ける嵐により、近付くガニメデの気配を寸前で察することとなる。


「くっ……!!」

「裁定の女神も怒りに震えているだろうッ!!」


 飛び退くも〈痺翠〉の刃が腹を斬り、迫る悪鬼の面持ちをしたガニメデを睨む。


 その顔が見せる怒りの情に理性が千切れ、傷にも構わず咄嗟に〈夜の剣〉を殺意のままに斬り付ける。


「クオォォォォッ!!」

「遅いッッ!」


 振りかぶった剣の柄頭を蹴られ、〈夜の剣〉は建物二つ越えた先まで飛ばされる。


「これで勝機はナガッ――」


 空になった手でそのまま殴り付け、ガニメデの顔面に拳をめり込ませる。


 〈夜の剣〉では得られない痛快な手応えを感じながら……怒り任せに拳を振り抜いた。


「――――シィッ!!」

「グホァっ……!」


 老人の歯を飛び散らせながら、ガニメデが斜面を転げ落ちていく。


「ちぃぃ……」


 刹那に左腕を斬られており、肩が上がらない状態を察しながらも追走に走る。


 踏み出した一歩は力強く、〈痺翠〉が渡っていようとも闘志が尚も盛っているのを自覚した。


「ぬぅぅ……ッ――グァァァ!?」


 昏倒するガニメデの右手を踏み砕き、左の剣を利き手へ持ち替えて脳天へ切っ先を、


「グゥッ!?」

「この童がぁぁぁぁ!!」


 切っ先を定めようと差し向けるも、踏み付ける太腿へ振り下ろされた斧が先に打ち込まれ、肉を深々と抉る。


「クッ……――――」

「貴重な大司教達をこのように減らしてっ、ベネディクト様に顔向けできるのかッ!」

「知ったことかァァァッ!!」


 突き込んだ剣も避けられ、無理矢理に踏まれた右手を引き抜いて〈痺翠〉を手に立ち上がったガニメデと剣を交わす。


 ただひたすらに、剣を振るう。


 同時に福音が背より弾け、翼を展開させて魔力を込めながら、殺意をぶつける。


「おおおおおおおおおッ!!」

「嗚呼ぁぁぁッ、ヌァァあああああッ!!」


 満面を怒りに染めるガニメデの〈痺翠〉と、鋼の剣が何度も何度も激突する。


「あれの遺言を教えてやるッ! “止めて”だっ! 機会をくれてやったのに幾たびも命乞いを――」


 瞬間…………脳裏に、あの光景が思い浮かぶ。突き立てられた数多の矢。変わり果てた妹の姿。隣に立っていた、元凶。


「ッ、オオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「グヌゥッ!?」


 やけに剣を握る手に力が入り、踏ん張る片脚も幾分に頼りになる。


 後の事などお構いなしに、次々に剣を叩き付ける。


(保ってくれっ……!)


 あと少しだ。


 あと少しでガニメデを押し切れる。


 連発している福音の翼と〈痺翠〉に削られていく身体能力を考えるなら、ここで倒し切るしかない。


「無駄だ……」

「っ…………」

「数えて三つ……三……二……一……」


 血脈を走るように巡っていた福音からの魔力が、途絶えた。


 その時から、鍔迫り合いをする手が押され始める。


「儂がどれだけ福音を使用して来たと思っている」

「クッ……!」

「量も正確に把握できる。貴様にどれだけ残されているかも手に取るようになぁ……」


 挑発の言葉も、打ち合いに徹した剣技も、ガニメデは上手を行っていた。


「剣戟の度に〈痺翠〉の鱗粉が散り、軽くなっていく事実にさえ気付かんか……」


 老獪極まれり。


「ユミには通じずとも、お前のような小娘一人に大義を失う未熟者には通じる」


 福音が健在なガニメデは剣をいとも容易く弾き、


「ガッ……!? っ……っ…………」

「……血の繋がり無くして、何が家族か」


 吐き捨てると共にデューアの腹部に〈痺翠〉を突き刺した。


「家族遊びならば裏方に回って続けておれば良かったのだ。たかだか親無しの孤児が集まり、何が家族だ。何が仇だっ……!」

「…………」


 〈痺翠〉から灯る新緑の光に毒され、デューアの身体が弱々しく沈む。


「イーロス達には輝かしい未来があった。ベネディクト様の旗の元、宗教弾圧の魔の手から正面切っての大戦に臨む英傑達だった。それなのに貴様はッ……」

「…………」

「あぁ……貴様を連れ帰ったのは失敗だったか」

「っ…………」


 聞き捨てならない言葉であった。


「冥土の土産に教えてやる。……エンゼ教では特定の条件下にある子供を、選び抜かれた精鋭達が秘密裏に集めていた。方法を問わずな」


 聞きたくは無い言葉が続く。


「貴様の両親を殺して、赤子のお前を連れ帰ったのは……儂だ」


 二度も、家族を奪われていた事実を知る。


「儂が憎いか? それだ、血縁を殺された憎しみはそれだっ! 比べものにならんだろうがッ、キサマぁ!! ただの外れであった寄せ集めなのだ、貴様等はぁぁ!!」


 眼下に頭を垂れるところへ、口汚く怒号が飛ぶ。


「であるのに儂のたった一人の孫を――――ガァッ!?」

「ガニメデ」


 脚から引き抜いた斧でガニメデの膝を割り、剣を持つ左腕と襟を掴み込む。


「ぐぉぁ……グゥゥッ……!」

「何も変わらない」


 福音をバタつかせて離脱を試みるも、片脚では中々振り解けずに激痛を堪えるしかない。


「私はお前を殺す。それも変わらない」

「まだ言うかッ!」

「そしてカナンは家族だった。今、お前から両親の話を聞かされて確信した」


 巻き上がる怒りに、安堵した。


「同じ怒りで、同じ悲しみだった。私とカナンは、確かに家族だった」

「ッ、何をぉ……? そもそもここからどう転じるっ? 今の斧で仕掛ければ多少の可能性はあっただろうに……あの上位者にでも頼むか? あろうことか黒騎士にねだるかッ?」


 その必要は無い。


「考えてみれば、私よりも適任がいた」


 吹き荒ぶ嵐にも負けず、雨も焼き焦がし、その火は猛々しく燃えていた。


「…………まさかッ」


 思い至ったガニメデは周囲に目を配らせ、瓦礫を駆け上がるその姿を見付ける。


 奇しくも同時に、ガニメデの姿も捕捉される。


「聴こえるだろ? カナンの英雄が来たぞ……」


 滾る憤怒に支配されるグーリーが、怨敵を目にして咆哮を上げた。


 身体から昇る炎が延々と爆ぜ、見たことのない危険な状態となっていた。


『グォォォォォーッ!!』

「は、離せッ、離せキサマァァァァ!!」


 頭突こうとするも、殴ろうとするも、力みが衰えない足腰と握力で押さえ付ける。


 今のグーリーに勝てる者などいない。ここまで恐怖に焦る様を見れば、ガニメデもしかと理解している。


「どれだけカナンが思われていたか。私達がどれだけ思っていたか。知るといい。これが私からお前へ贈る、断罪だ……」


 死相を浮かべて足掻くガニメデを、やって来たグーリーへ押し出す。


「嗚呼ァァァァぁぁ――――」


 巨躯に覆い被されたガニメデは、焼けた爪に肌を破られ、


「ギャッ!? ヤメッ、ヤメテッ……!?」


 腕や脚を噛み砕かれ、


「ギャァぁぁぁ嗚呼ァァァァ!?」


 肉を噛み千切られ、内蔵を喰い出され、


「ガハッ、ゴゥフ……ゴフッ……!」


 暫し怒りをぶつけられた後に、


「ぁぁ……ァァっ…………――――」


 涙を流して朦朧としていたガニメデの頭部が、丸々噛み砕かれて散った。


「…………」

「……グーリー……」


 存分に殺した後、グーリーは微動だにせず無言で立ち、やがて悲痛な咆哮を轟かせ始めた。


「……そうだな。私も同じだ……」


 霞む目で嵐の空を見上げ、もう戻っては来ない在りし日を想う。


 仇を討っても、雨は晴れない。


 復讐を遂げても、心は晴れない。


 怒りは薄まり、悲しみが増すのみ。


 ここに、あなたがいないのだから。

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