第143話、天使の魔力が伝われば

 

 グンドウの屋敷の玄関を押し開け、ハクト達が踏み込む。


「やたら広いな……」


 そのエントランスは、何もない空間がやけに広く、調度品などもなく、あるのは正面から両側へ続く二階への階段。


 そして、正面階段の上の壁を覆い尽くす程に大きな絵画。


『グンドウの微笑み』と名付けられた、グンドウが微笑んでいるだけの人物画であった。


「――やっと来たかぃ。兄者の見立てだと、もそっと早い筈だったんだがなぁ」


 低身長に筋肉質な身体、そして口元を覆う髭。


 ドワーフであるグンドウの弟【破城槌ハンマー】である。


 無骨かつ巨大なハンマーを片手に、膝を打って階段から腰を上げる。


「…………」


 ハクト達の背後の扉が、静かに閉められた。


 ちらりと視線を向けると、そこにあったのは重厚に過ぎる岩石で出来たような鎧。


 背丈程もある大楯を右手に、メイスを左手に、置物の如くそこにあった。


「おっしゃ!! 【大楯パヴィス】、んなら儂等も一年かかった大仕事にかかろうかぃ。兄者の顔に泥塗んなよ?」

「……久しぶりにやるのが、これか。いまいちだなぁ……」


 気怠そうな【大楯】と、やる気十分の【破城槌】。


「……ハクト、作戦変更だ」

「また!?」

「ま、まただ」


 ほんの一分の内に変わってしまった作戦に、ハクトが仰天する。


「いいか? 目の前の【破城槌】、背後の【大楯】……そんで右の二階にもう一人いる。多分、【投擲オナガー】だ」

「お、オレは誰を相手すれば……」

「お前には構わずブレンをと言いたいが、おそらく下手に背を見せると【投擲】に狙われる。だからお前は、ランスと後ろの【大楯】をやれ。俺が【破城槌】をやる」

「……【投擲】は?」

「それも俺に任せろ。……行くぞっ!!」


 飛び出したソウマが、炎を両手に纏い【破城槌】に殴りかかる。


「グゥゥッ、やるのぅ!!」

「ちっ、やっぱそいつが厄介だな。オラァ!!」


 次いで回転しながら何度も蹴りつける。隙間のないソウマの素早いコンビネーションに押される【破城槌】を見て、【投擲】が援護し始めた。


「…………」

「変に捜索に向かおうとしなければ、ソウマさんが標的になってくれる。自分等はその間にあいつをやるよ、ハクト君」

「あ、あぁ」


 ランスに促され、圧巻の実力を見せるソウマに驚くハクトが腰にある片手剣を抜く。


「いいかい? グンドウだけじゃなく、前衛のこの二人も〈魔雷撃〉が使えるらしい。ただこの技はグンドウ以外には連続して使えない。その直後に痺れて暫く無防備になるからだ」


 突撃槍を構えて、いつもの飄々とした気配の失せたランスが指示する。


「はっきり言って、見た感じ……倒すのはかなり難しい。【投擲】がいなければ無視した方がいいんだけど、この空間は広過ぎて狙われ易いから……。……こんな用途不明なくらい広いと思ってなかったから、ごめんね?」

「いやいいけど、用はブレンを助けるにはこいつを倒さなきゃいけないってことか?」

「そういうこと。……やるよ!!」


 踏み込み、鋭い突撃槍を高速で力強く突き出す。


 それは生半可な鎧などは軽々と突き破る鋭さであるのは、ハクトの目から見ても明らかだ。


 しかし……弾かれる。


 岩石の如き大鎧には、針が突き立てられたかのようであった。


「ウオッ!? ……やっぱりちょっと面倒だなぁ」

「…………」


 メイスではなく大楯での打撃をバックステップで避けたランスが溜め息混じりに呟く。


「――おらッ!!」


 素早く背後に回ったハクトが、疾い掌底で大鎧の頭部を狙った。


「ッ――――……ふん」

「くっそ!」


 咄嗟にメイス側の手甲で受けた【大楯】が軽く浮かび上がりながらも難なく体勢を整えた。


「……へぇ」


 聞いていたよりも遥かにいい動きと集中力を見せるハクトに、ランスは素直に感心していた。


「いや、いいよハクト君。結局は鎧の間に自分の突きを捻じ込むしかない。その怪力で援護してくれ」

「了解っ」


 と、快調なハクトに指示するも、思いの外に硬い。


 やるならば自分の武器が使えなくなる前に決めねばと、密かに決意する。


 しかし相性の問題もあるのか、攻める二人は決め手に欠けていた。


 寡黙にも怠惰な【大楯】は小さな動きと時折見せる……。


「……〈魔雷撃ブリッツ〉」

「ッ、くっ!!」


 雷の如き魔力の奔るメイスが、突撃槍の側面を容赦なく凹ませて弾いた。


「オラァ!!」

「…………」


 混戦に慣れている【大楯】は右手の大楯を手放し、同様の材質の手甲で背後からのハクトの魔力宿る手刀を受け止める。


「っ……!? ……くっ、手が痺れる……!!」


 続けて放つ盾を使っての打撃を、ハクトは大きく飛び退いて避ける。


 少し離れた場所で激しい激音などが聴こえる。


 ソウマが二体一で戦っている以上あまり時間をかけられないのだが、この男は堅牢に過ぎる。


「…………」


 退屈そうな眼差しが、兜の僅かな隙間から二人に送られる。


「こっちをソウマさんに任せたかったね……。でも……苦境は嫌いじゃない」


 真顔のランスが、明確な殺意を秘めて突撃槍を再度構える。


「――よっ!!」

「んっ……っ」


 ドンと直線的に突く槍を、細かく打ち、更に強弱を入れながら【大楯】を攻め立てる。


 盾やメイスで塞がれようとも、鎧に無効化されようとも、構わずに。


「っ……!?」


 だが次第に穂先が揺れていき、それまでの愚直な軌道に慣れつつあった【大楯】が、翻弄され始める。


「――っ」


 急激に方向を変えて跳ね上がった穂先が、兜を掠める。


 盾が槍の変化について行けず、防御し切れなかったのだ。


「……っ、ちぃぃ」


 投石を思わせる衝撃で後頭部を強打した蹴り技に、もう一人の存在を思い出す。


 呼吸が合うにつれて、二人組タッグの強さが増していくのは道理とも言える。


 武器が壊れる前に、これでは兜の隙間から串刺し……。ここに来てやっと、【大楯】はその危険性を意識し始める。


 だから――


 頭部を突撃槍の腹が強かに打ち付けた。


「ハクト君っ!!」

「――シッ!!」


 脇腹の少しの隙間に、背後から魔力伴う手刀を突き入れた。


 肉へ突き刺さる確かな感触。その指先を更に強く差し込――


「――ガハッ!?」


 それは、ランスの苦悶の声であった。


「え……?」

「グァッ!!」


 見れば、投げ付けられたメイスがランスの脚を掠め、今まさに大楯で突き飛ばしているところであった。


「だりぃな……」


 兜越しに聴こえる気怠そうな声音。


 今現在、肋骨辺りまで手刀に抉られている男の出す声音ではない。


「痛覚がないのか!? ――ウッ!?」


 刺された傷跡に見向きもせず振り返り、ハクトの首を鷲掴んで持ち上げる。


「ちっ、……雑魚が手間かけさせんなよぉ」

「ぅ……ぁ……っ」


(っ、こいつ、魔草かなんかやっているのか……)


 ふらつきながらも槍を支えに立ち上がるランスが、真っ先にある薬草を思い付く。


 魔草の一種には、ある程度の痛覚を消したり気を高揚させる効能のあるものがある。


 無論、依存性や副作用があるものがほとんどであり、服用はそのほとんどが違法であった。


「あぁ……もう……夜には悶絶だぞ、こんな傷……。……どうしてくれるんだよ」

「ガッ……ぁ……」

「ハクト君っ!!」


 抉られた太腿を引き摺り、焦るランスが懸命に歩み寄る。


(ヤバいな……。こっちは手が離せない。急げよ、ランス……!)


 このレベルの者達を二体一で相手取るソウマに余裕はない。


 途轍もない速さで眼前を通り過ぎる電撃奔る大槌を躱しながら、ただ願うしかない。


 それが分かっている【大楯】は脇腹に構わず、ランスがギリギリ間に合わない加減で握力を増していく。


「……こいつもだけど……意味わかんねぇ……」

「なに、がっだ……」


 首にめり込む五指に抗いながら、何とか自慢の魔力と握力で鎧を削ろうと――


「――なんであんな何の価値もない、くだらねぇガキの為に……」


 ……ハクトの動きが止まる。


「……なんだ? 諦めたのか?」


 兜越しから聴こえる、心底残念そうな呟き。


「…………」


 引き出されていく純白。


 その両手に白の魔力が迸り、それを余すことなく手甲に浸透させる。


 その瞬間、【大楯】の頑強な手甲が薄氷の如く握り砕かれた。


「――――ッ!! ァァアアァァアアアアアア!?」

「ぱ、【大楯パヴィス】ッ!!」


 彼の前腕もろとも……。


 砕けた骨が肉をいくつも突き破り、尖った先から血が滴り落ちる。


「……おいおい、マジかよ……」

「…………」


 冷や汗が滲むソウマやランスでさえ、寒気が止まらなくなる高純度の魔力。そして、謎の技巧……。


「黙れっ……」

「コノッ!! ァァッ、グゥ……」

「何も知らないやつが、オレの友達を語るなよ……!!」


 拘束から解放され、首を押さえてよろよろと立つハクトが右手に魔力を輝かせながら呟く。


 【大楯】が痛みに呻きながらもハクトへ憎々しげな視線を向ける。


 だがこちらを睨むハクトの瞳もまた、憤り一色であった。


「何が才能だよ……、好きだって才能だろ……!!」


 ハクトがブレンの周囲へ抱えていた憤然な思いを吐露する。


 部外者の自分は、本来なら決して口にしてはいけない。ソッド、キリエ、ラギーリン等への不満。


 あまつさえ何も知らない男に小さな友を吐き捨てられ、同時にそちらにも火が付いていた。


「…………ッ」


 両掌に収束した白光は、どこまでも眩しく、無情で……。


 それに加えて、今はうってつけの技がある。


 優しげな男から教わった力技。


 男のような体術の心得はない。極めて繊細な魔力操作も。


 しかしあの信頼に足る男はこの魔力は特別で、この技はぴったりだと言った。


「――ッ!!」


 駆け出すハクトの足元が、白い残滓と散らして砕ける。


「ッ……!? コノッ、小僧ぉぉ!!」


 だがその速さは、【大楯】自慢の盾による〈魔雷撃ブリッツ〉により丁度迎え打てるものである。


「――ヌゥゥウンンッ!!」


 右手からの〈魔雷撃〉により自慢の盾に電雷が奔り、愚かにも一直線で疾走するハクトへとぶつけられる。


「フンゥッ!! ――ッ!?」


 しかし手元に返って来た手応えは、――樹木の如き力強さ。


「んぐっ、おおおおおおおっ!!」


 大楯を上下に広げた両手で受け止め、足りない分を額で受け止め、血を流しながらも足腰で踏ん張る。


 次には、白く眩い魔力を手の平、そして指先から染み込ませる。


 ゆっくりと染み始めた感覚を掴むと同時に、残りの魔力を急速に流し込む。打ち込むように。


「ッ――――!!」


 大楯にビシリと、幾重もの亀裂が入る。


 〈白轟びゃくごう〉が、装備破壊を容易になした。


 不落の大楯が、瓦礫と散る。


「……ァァアアアアアアアアアアアアア!!」


 目を疑う【大楯】が、崩れ落ちる残骸の隙間から飛び掛かろうと姿勢低くするハクトを捉える。


 攻城戦を戦い抜いてきた歴戦の大楯を壊され、未熟な少年に砕かれ、憤慨が炸裂した。


 メイスでするように左腕を叩き付ける。


「ッ――――」


 ハクトが翳した白に輝く左手へ当たるなり、剛腕はするりと左方に滑り落ちてしまう。


 そして、


「おおッ!!」


 下がった【大楯】の兜を、ハクトは両手で挟み打つ。


 波動の如く伝わっていく高純度の異物に、兜は悲鳴を上げて粉々に破砕される。


「ぐあっ!? このガキぃッ――――」

「ふっ……!!」


 そのまま頭部を掴んだハクトの膝蹴りが、鋭く鼻っ面に打ち込まれた。


「ガッ――ギッ――ッッ…………っ……」


 【大楯】はふらふらと微かな意識を残して後退りするも、すぐに倒れて静かな沈黙を見せる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「す、凄いね……。この威力はソウマさんでもなかなか出せないよ……」


 予想を遥かに超える威力に動揺し、息の上がるハクトへと足を引き摺るランスが肩を叩いて讃える。


「ありがとう、ハクト君。なんだかんだで足を引っ張っちゃったね。これは君の勝利だ」

「はぁ、はぁ……あ、あの人がいなきゃ、絶対に、勝てなかったな……」

「ほら、あっちも決着が着きそうだよ」

「っ……!」


 ランスの指差す方へ視線を向ければ、【投擲】の投石を避けつつも【破城槌】を攻め立てるソウマの姿があった。


 擦り傷はあれども二人との戦いの要領を得て来たのか、鮮やかな両手の炎が生き生きと、猛々しく振るわれる。


 そして――


「ヌォォオオオ――」

「ッ……!!」

「ヌゥ!?」


 相打ち覚悟で大槌を大きく振りかぶり迎撃しようとした時、ソウマが不自然に飛び退いた。


「ぶひょぉ!? よけろっ!! 【破城槌】!!」

「――ッ!? ッ、ヌンッッ!!」


 引いたソウマの背後から迫っていた投石を、慌てて大槌で砕いた。


(してやられたわぃ!!)


 どうやら【投擲】が投げるタイミングを見計らい、その軌道を【破城槌】と重なるよう誘導していたようだ。


【破城槌】はともかく、普段このような連携など全くせず頭も弱い【投擲】がそれに気付くはずもなかった。


「これで倒れてくれよっ!!」

「ヌッ!? マズいわぃ!!」


 空中で縦回転しながら迫るソウマに、反射的に大槌を掲げて防御する。


「――〈巨門〉ッ!!」


 一際猛烈な炎を宿した足による、回転の勢いのままの踵落とし。


「なんのっ、兄者譲りの腕っ節を見せて――」


 踵が大槌の柄に接触した瞬間、【破城槌】が爆炎に呑み込まれた。


「――カッ、…………っ」


 顔面から全身に浴びた爆炎が消えた時、焼かれて尚も立ち続ける【破城槌】の姿があった。


「つ、強い……。でもあいつも、あんな技を食らってても生きてるのか……?」

「ソウマさんの技で即死しないのは確かに驚きだね。だけど……終わりだよ」


 ……【破城槌】は口から煙を吐き、よろよろと失神寸前なのは明らかであった。


「は、【破城槌】っ、もうやめとけ!!」

「……その通りだ。今回は俺の勝ちだろ。いいからガキ返せ、クズ共」


 いい腕なだけに子供を拐うという卑劣さが尚更に許せないソウマ。


「ふざ、けるなぁ……。わし、は、兄者の――」

「――またあなたはそのような事を言っているのですか?」


 ソウマやランスの背筋が震える。


 野太く、穏やかな声音で、階段を降りて来るその男に。


「あ、兄者……」

「ノッホッホッホ。タイドウ、負けは負けです。ソウマさんはお強い。何も恥じ入るところなどありませんよ。……それにです。仮にソウマさんを倒しても……」


 興味深げなグンドウの視線が、白髪の少年へ向けられる。


「うっ……!」

「……またお会いしましたね。私もまだまだです。まさかあの時の少年が、ここまでのものを秘めていらっしゃるとは。少しも見抜けませんでした」


 凄みを感じさせる語りをするグンドウに、ハクトは思わず怯んでしまう。


 そっとランスが庇うように位置取る。


「ノッホッホ! そう構えずとも――」

「シッ!!」


 葉巻を取り出すグンドウの鼻っ面に、ソウマの鍛え抜かれた炎拳がめり込む。


「ソウマっ!!」

「…………」


 期待を滲ませて叫ぶハクトと…………ほんの少しの反応も見せず、尚且つ首が少しも仰け反らないグンドウに冷や汗を流すランス。


 いや、無防備どころか、変わらず葉巻を取り出して……。


「グッ……!?」

「火を拝借……ムフゥ〜〜〜ッ」


 ソウマの腕を掴み、炎により葉巻に火を付けてしまった。


 そしてソウマを赤子を抱き抱えるように、脇の下から持ち上げ……。


「……分かりますかな? この肌が痺れる気配が。城そのものが押し寄せるが如き雄々しき気質が。やっと、我々の宴が始まりますよ?」

「な、何を言って……っ」


 グンドウより遥かに遅れて、ソウマやランスがそれに気付く。


「ど、どうしたんだ……、あんなに固まって。…………ッ!?」

「……ね? いるんだよ、外に」


 少しばかり遅れてその気配を捉えた時、ハクトの身動きも停止する。


 断定できてしまう程に鮮烈な気配。


 このすぐ近くに確実に、あの者がいる……。


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