3月23日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「……げ」
放課後、廊下を歩いている途中だった。覚えのある後ろ姿を見かけたので近づくと、俺に気付いた「そいつ」は実に嫌そうな顔で振り向いた。
「げ、ってなんだよ。まだ何も言ってないだろ、
「……」
「何か言えよ」
「うるさい」
「……」
相変わらず不愛想な奴だな……思わず、俺の方が黙っちまった。
文芸部唯一の一年生──「菅又」。
見ての通り、愛想がなく、態度も悪い奴だ──いや、それは俺にだけか。
こいつと会ったのは、丹羽達に誘われて文芸部に遊びに行った時なんだが、他の二年にはここまでじゃなかった、と思う。まあ、もともと口数の少ない奴みたいだし、こんなもんと言われればこんなもんかもしれないが……。
「そういやお前、最近あんまり部活行ってねえらしいな。猿島が気にしてたぞ」
「……関係ないでしょ」
「そうだけどよ……」
菅又が俺を見る目がぐっと険しくなる。嫌われてるよな……これ。そんなに話したこともねえし、嫌われるような謂れはないと思うんだが……まあ、人の好き嫌いって色々あるしな。俺も神とか嫌いだし。
これ以上、嫌いな先輩に拘束されてるのも可哀想だ。俺は菅又の背中をぽんと叩いた。
「今日は部活あるんだろ、たまには行けよ。瞬、お前が入部してきた時、後輩ができたって喜んでたんだぜ」
じゃあな──そう言ってその場を去ろうとした俺に、菅又が吐く。
「きっも」
「……おい」
──さすがに我慢ならない。
去り際の背中に刺さった菅又の言葉の矢を引き抜きながら、俺は菅又を振り返る。
「俺の何がそんなに気に入らねえんだ。いくら嫌いだからって、先輩にそれはねえだろ」
「俺はあんたの後輩じゃないし」
「確かにそうだ。でもいきなりキモいはねえだろ、何かしたか?俺」
「自覚がないのが増々キモいんだけど」
「悪いな、察しが悪くて」
言いながら、菅又の額をデコピンで弾く。菅又は「いた」と目をぎゅっと瞑る。大人しくしてりゃ、可愛いもんなんだがな。目を開けた菅又は、威嚇している猫みたいに俺をきっと睨んでいる。
「本当、何なの……早く卒業すればいいのに」
「残念だが、俺にはまだ一年ある。留年だってありえなくねえぞ?」
「自慢することじゃないでしょ」
菅又がはあ、と呆れたように息を吐く。それから言った。
「……てか何、この辺うろちょろして……もしかして今日も文芸部来る気なの?」
「いや、うろちょろはしてねえけど……普通に補習だ。何回か授業サボったりしたから、こういう学期末みてえな早帰りの日はよく呼び出されんだよ」
「それ普通じゃないから」
返す言葉もなかった。菅又の俺への視線に軽蔑が込められているのを感じる。菅又も何か優等生っぽいしな……もしかして、こういうところが嫌われてる原因なのか?
首を捻る俺に、菅又がぼそりと呟く。
「……瞬先輩、よくこんなのと一緒にいられるよね」
「こんなのってなんだよ。ま、確かに瞬が一緒にいてくれるのは、ありがてえって思うし……愛だよな」
「■■」
「おい!言っていいことと悪いことがあるぞ!」
ド直球の悪口だった。とてもじゃないが、先輩──いや、人に向かって言っていいことじゃないだろ。全く──そう思っている間も、なおも菅又の口撃は続く。
「馬鹿じゃないの。人前で平気でべたべたしたこと言って、そんなんだから、あることないこと言いふらされるんだよ。ざまあ」
「なんだ、お前も知ってたのか。一年まで知ってるって、やっぱ、あれの拡散力って馬鹿にならねえもんだな……」
「……何でそんなに冷静なわけ?」
「あることないことって言うか……まあ、あることもあるし」
瞬には俺がついてるってこととかな。
多少、脚色されたところもあったが、俺の発言として、しっかり載せてくれてよかった。まあ、おかげでどこ行っても、「痛いものを見る目」というか、「あれは触らんとこ」って目で見られてる気はするけどな。
「……」
──ちょうど、今の菅又みたいな目で。
「……やってられない」
菅又が首を振って、俺に背を向ける。さっきまで歩いてた方向と別の方へ歩き出すので、俺は声を掛ける。
「何だよ、帰るんじゃねえのか」
「あんたが来ないなら、今日は文芸部に行く」
「……本当、お前、俺のこと嫌いだな」
「そうだね」
一瞬、俺を見遣ると菅又は言った。
「大嫌い」
それだけ言って、すたすたと去って行った。何が気に入らねえんだか……今日もよく分からなかったな。
。
。
。
──へえ、菅又か。一年だろ。先輩ばっかだと色々、やりづれえんじゃねえの。俺は別に、遊びに来てるだけの奴だからあれだけど……何か、部の連中には言いづらいこととかあったら言えよ。
──俺、後輩ってなんか……初めて見たな。ちょっと「先輩」とか言ってみてくれよ。
──悪くないもんだな、後輩。
「本当に……嫌な先輩」
☆
「おう、瞬」
「あ、康太」
補習が終わり、昇降口に向かっている途中。ちょうど向こうから歩いてきた瞬と鉢合わせた。
聞けば、瞬も部活が終わって、帰るところだったらしい。二人並んで昇降口へと歩きながら、そういえば──と俺は思い出す。
「補習に行く前に菅又に会ったんだけどよ。あいつ、今日部活来たろ」
「あ……そうだったんだ。うん、来たよ。ちょっと久しぶりだったから、皆喜んでた」
「そうか。あいつってさ……俺いない時どんな感じなんだ?」
「え?康太がいない時……?別に普通だけど……何も変わらないよ」
そんなわけねえだろ、と思う……が、そういえば、俺がいても、瞬とか、他の連中もいる時はあそこまでひどい態度はとらねえな。
「猫被ってんな……全く」
そう呟くと、瞬は「うーん」と少し考えてから言った。
「康太といる時はリラックスしてるんじゃない?ほら、なんていうか……精神年齢が近いというか」
「どういうことだよ、それ」
俺がガキってことか?いやでも、俺はともかく、菅又はそこまでガキじゃないだろ、たぶん。
そんなことを考えていると、瞬がふふっと笑いながら言った。
「あんまりお喋りするタイプじゃないけど……自分の意見を持っててしっかりしてるよね。菅又くん」
「ある意味な」
「ていうか、猫被ってるのは康太の方だよね。菅又くんいると、ちょっと年上ぶるし」
「ぶってねえよ」
「どうだか」
その時、ふと気付く。あれ……瞬、何か、拗ねてる?
「瞬?」
「何?」
「どうしたんだよ」
「どうもしてないけど」
嘘だ。この口調の時の瞬は拗ねてる。何だよ、菅又といい、瞬といい……沸点が分からん。
分からんけど──俺はとりあえず口を開く。
「瞬先輩」
「……何それ?」
「瞬も先輩ぶりたいのかと思って……あ、もしかして、俺が勝手に、瞬の後輩に先輩風吹かせたのが面白くなかったか?」
「全然違うし……ってか、別にそんなことで怒ってないよ」
「そうか?」
「そうだよ、むしろ……」
言いかけて、瞬がはっとする。首を振ったかと思ったら、急に「何でもない」と言った。何だよ。
「気になるな」
「な、何でもないよ、本当に……康太先輩」
「おー……」
何だろうな……悪くない。瞬なりに、さっきの俺にノリを合わせてくれたんだろうが……うん、悪くないな……後輩の瞬。何かこう……胸に来るものがある。
「何その反応……うんうん頷いたりして」
「うまく言えねえけど……なんか、今の瞬、良いというか……好きというか……そんな感じだ」
「ごめん、ちょっと気持ち悪い」
瞬はそんな俺に引いていた……後輩になると、皆先輩に毒づくもんなのか?
それなら、瞬はやっぱり「幼馴染」なのが一番良いか、と俺は改めて思った。
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