3月29日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「ふんふーん♪」
「あら、瞬。なんだかご機嫌ね」
「あ……母さん」
声に振り返ると、母さんがにこにこ笑っている。それから、キッチンで俺が作っていた「あるもの」を見て言った。
「すっかり上手になったわねえ、玉子焼き」
「そうかな……?まだ、母さんみたいに上手くはないけど……」
「ふふ。お母さんの真似なんかしなくていいのよ?瞬は、瞬の玉子焼きが好きって言ってくれる人のために作ればいいんだから」
「俺の、って……」
──『玉子焼き。瞬の』
──『一番好きだからな』
「……っ」
「あら、どうしたのかしら?急に頭を振ったりなんかして」
頭に浮かんだことを見透かしたみたいに、母さんがくすくす笑う。俺は「何でもないよ」とちょっと、棘のある言い方をしちゃって……でも、母さんのことを見れなかったから、手元の玉子焼きに集中する。焼きあがったそれは、もう十分冷ましたので、あとは切るだけだ。
無心で玉子焼きに包丁を入れていると、隣からぱっと手が伸びて来る。びっくりして、包丁を止めると、伸びてきた手は玉子焼きの端っこをつまんでいってしまった。ちょっと!
「康──」
「あら?どうしたの?」
言いかけた「奴」の名前をすんでのところで、飲み込む。玉子焼きの端っこをつまみ食いしたのは母さんだった。
当たり前だ……康太が今、ここにいるはずがないんだから。
──考えすぎでしょ。
自分で自分に呆れる。昨日くらいから、俺は気持ちが宙に浮いてるみたいにふわふわしてて、落ち着かなかった。理由は……すごく単純だ。
──『こんなこと俺が言うのは……変だけど。俺は瞬がこっちに残ってくれて、よかったって思ってます』
……思い出すたびに心がぽかぽかする。誤魔化しようがないくらい、あの言葉は嬉しかった。
他でもない康太が、俺が「こっちに残ってくれてよかった」って言ってくれたんだ……そりゃあ、鼻歌だって歌うし、朝から「康太に持って行ってあげようかなー」なんて、こんな時なのに奮発して玉子焼きだって焼いちゃうよね?……なんて、ちょっと開き直ったみたいな気持ちにもなってきた。
「どう……?美味しい?」
玉子焼きをもぐもぐと頬張る母さんに訊いてみる。母さんは玉子焼きを飲み込むと「んー」と少し考えてから言った。
「他にそれを言ってもらうべき人がいるんじゃないかしら」
「じゃ、じゃあ先に食べないでよ!」
ふふ、と楽しそうに笑う母さんが、キッチンの戸棚からタッパーを出してくれた。「持って行くんでしょ?これに詰めていきなさい」だって……やっぱり、お見通しか。
「今日は天気が良いから、公園にお花見にでも行ったらどうかしら?」
タッパーを持って、玄関を出る時、母さんがドア越しに空を見て言った。俺は首を振る。
「花粉がすごいもん」
「じゃあお部屋でまったりかしら?楽しんできてね」
「そんなんじゃないって、もう」
相変わらずにこにこと暢気な母さんに手を振って、家を出る。階段を降りてすぐが康太の家だ。目を瞑っててもたどり着けるくらい、もう何回も行ってる。
「どうした?」
ドアを軽くノックすると、すぐに康太が顔を出した。「これ」と手に持っていたタッパーを康太に渡しかけて……俺はほんの悪戯を思いつく。
「母さんが康太くんにって。朝、焼いてくれたんだよ。俺もちょっと焼いたけど……どれが俺のか分かる?」
「瞬の?……どれ」
康太がタッパーを開けて適当に取った一つつまむ。もぐもぐしてから、すぐに頷いて言った。
「これだろ、瞬の」
「へえ……何で?」
「志緒利さんのよりしょっぱいのが瞬だ」
「……それ、美味しくないってこと?」
拗ねたふりをして、訊いてみる……でも、康太が何て言うか、ちょっと分かってて、期待もしてて……そうしたら、康太はこう言った。
「これが好きなんだろ。これがいい」
言いながら、康太は二つ、三つと口に放り込む。それから首を傾げて「あれ?全部瞬のか?」とか呟いている。俺はそれを、そわそわと踊り出したくなるような気持ちでそれを見ていた。
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