3月28日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「康太くん」
瞬の家にお邪魔して、二人で春休みの課題をやっている時だった。休憩に「おやつ」を持ってきてくれた志緒利さんが俺に訊いてきた。
「瞬は……学校ではどんな感じなのかしら?」
「どんな感じって……」
俺は宙を見上げて考えながら、志緒利さんが持ってきてくれた「おやつ」に手を伸ばす。
ちなみに今日の「おやつ」はたこ焼きだった。二つ先の駅前に、有名なたこ焼きチェーンの店が出来たらしく、帰国したばかりだと言うのに、この手の情報に敏感な志緒利さんは早速行ってきたらしい。
……というのはさておき。
「……むぐ、何?」
「……」
口の端に海苔を付けて、リスみたいにたこ焼きを頬張る瞬をじっと見る。どんな感じって言ってもなあ……。
「うちにいる時とそんなに変わんないと思うけど……」
「あらぁ、そうなの?じゃあ、ガールフレンドとかはいなさそうねえ……」
「いないっすね」
「ちょ……んぐ、ちょっと!何か、失礼じゃない……っ?」
焦ってたこ焼きを飲み込んだのか、けほけほ、と瞬がせき込むので、俺は背中をさすってやる。ついでにその辺にあったティッシュで、口元を拭ってやった。
それから、歯にも海苔をくっつけてたらおもしれえなと思い、「いーってしてみ」と瞬に言った。瞬は素直に「いー」して、俺に前歯を見せてくれたが、残念。さすがについてなかった。「つまんねえな」と言ったら、瞬はぷくっと頬を膨らませて、脇腹を小突いてきた。俺は仕返しに瞬の頬をつまんで「たこ焼き」にしてやった。瞬が「やめてよー」と頭を振る。楽しい。
「一分間で何回イチャイチャできるかっていう世界記録が取れそうねえ~」
それを見た志緒利さんがのほほんとそんなことを言った。何だそのアホな記録……ていうか、別にイチャイチャしてなかっただろ。0回だろ。
「何言ってんすか」と呆れつつ言うと、志緒利さんは「うふふ」と笑ってから言った。
「もういっそ、康太くんと付き合っちゃえばいいのに」
「か、母さん!」
その冗談に俺よりも先に反応したのは瞬だった。見ると、瞬はその場で立ち上がっていて、何か焦ってるみたいな顔をしている。何だよ……どうしたんだ?
「瞬?」
「え、あ……ごめん。何でもない……」
首を振る瞬は、すぐにまた座る。志緒利さんは瞬の様子に、眉を下げて「悪いこと言っちゃったかしら」と呟く。
「ううん、大丈夫だよ母さん。ちょっと……その、もうずーっと前に揶揄われたことを思い出しちゃっただけだから……」
「そう?」
「……」
──揶揄われたことって、「噂」のことだよな。
まだ記憶に新しいことだが、それをあえて「ずーっと前」と言うのはワケがあるんだろう。たぶん……両親にあんまり心配かけたくないんだろうな……昔から、揶揄われやすい奴だったし。
──でも。
「瞬は、学校で……すげえちゃんとやってますよ」
「康太くん?」
目をぱちぱちさせる志緒利さんに俺は言った。
「今年もクラス委員やってて、それも皆から推薦されてなんです。クラスの仕事もきっちりやって、もちろん文芸部もちゃんと顔出して、活動して……勉強も頑張ってて。今年は、一人暮らし始めて、すげえ大変だったはずなのに、何もおろそかにしたり、適当にやったりしなかったんです。俺は一緒にいるだけだったし、むしろいっぱい瞬の世話になってたけど……本当、すごい奴だなって。これでもまあ……尊敬してるし、変な意味じゃなくて、そんな瞬が俺は好きって言うか……」
ちらりと瞬を見遣ってから、俺は続ける。
「こんなこと俺が言うのは……変だけど。俺は瞬がこっちに残ってくれて、よかったって思ってます」
──言い過ぎた。
立花親子にじっと見つめられ、俺は急に恥ずかしくなる。クソ……志緒利さんに、瞬は心配いらないし、大丈夫って言いたかっただけなのに……つい喋りすぎた。
「康太くん……」
「こ、康太……」
「いや……えっと」
戸惑う俺に、志緒利さんがふふ、と微笑んで言った。
「じゃあ、私は……瞬を置いて行ってよかったのね?」
「か、母さん……?」
首を傾げた瞬の頭を志緒利さんが優しく撫でる。
「ちょっと、もう」
「ふふ。瞬……とっても大事にされてるのね。やっぱり一人で置いて行くのは少し心配だったけど……杞憂だったわ」
「……うん。康太のおかげだよ」
「そうみたいね。でも、これからはあなたも、康太くんを大事にするのよ」
「……うん」
「だって、こんな素敵な旦那様、簡単に離しちゃダメだもの」
「……うん。うん?」
「お母さんも、そうやってお父さんを捕まえたのよ。いい?男の人は分かってるくせに、なかなか本当の気持ちを言い出せないものなの。だから、ある程度シチュエーションを整えてあげてね、大事なのは既成……」
「ちょっと、母さん!?」
不穏なワードを遮るように、瞬は志緒利さんの口にたこ焼きを突っ込んで塞いだ。志緒利さんは「あらこれ、とっても美味しいわねぇ」と暢気にそれを頬張った……この人には敵わない。
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