3月27日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「~~~~~~~~~~~~~っ!!」
布団を被って枕に顔を埋めて言葉にならないものを叫ぶ。ついでにシーツをぽこぽこ叩いて、足もバタバタさせた。やってられない!思い出しただけで、身体がむずむずして……もう、自分が嫌になる。
──何で、どうして、あんなこと……!
昨夜、俺は父さんと母さんと康太と実春さんで、いつもの居酒屋に行った。そこまでは覚えてる。
問題はその先だ。
メニューの端っこに見つけた「こどもビール」の文字に俺はつい誘われて、康太や父さんの目を盗んで(まあ、盗む必要はなかったんだけど……)それを頼んだ。それを飲んでからだ……おかしくなったのは。
ただのビールそっくりな炭酸なのに、もしかしたら本物みたいに身体がふわふわして、熱くなって……気が付いたら、俺はソファで寝ていた。父さんと康太が「もう帰ろう」と言って、康太がおぶってくれたのはなんとなく覚えてて……それからは、自分でも自分が何を言ってるか分からなくなっちゃった。
ただ、康太の背中は温かくて、気持ちよくて、ずっとこうしていたいような気がして、マンションがもっと遠かったらいいのにって思って……それで……。
──しちゃった……康太に、キス……。
要するに俺は何もかも覚えていた。
母さんがたくさん飲んだ次の日、「あら~あんなに楽しかったのに、なあんにも覚えてないわねえ」なんて言って笑ってるけど、俺は違うみたい。しっかり記憶に残るタイプだった……何でだよ。
「うぅ……もうほんとやだ……昨日に戻りたい……」
今は朝の十時で、もうとっくに起きてなきゃいけないんだけど、俺は気分が悪いフリをして、布団でこうやって、頭を抱えてごろごろさせてもらってる……ああ、本当に嫌、どうしたらいいの?
「ていうか、ほっぺってノーカンだよね……?挨拶でもするもんね?」
まず大事なところはそこだ。康太の大切な……たぶん、最初のキスの相手が幼馴染の俺なのは、あんまりすぎる。康太みたいに格好良い人には未来があるのだ。未来の康太のお嫁さんに申し訳ないよ……だからこれはノーカンであってほしい。誰がカウントしてるのかは知らないけど。
──康太だって、嫌だと思うし。
そもそもだ。康太だって、初めての相手を選ぶ権利がある。康太とそういう話はあんまりしたことないから分かんないけど……選べるなら、絶対俺じゃない方がいいだろうし、男にされたって嬉しくない……いや、ほとんど家族みたいな人にされたら嫌なはずだ。家族は……幼馴染はそういうことはしない。
「謝らないと……ダメだよね」
俺はベッドに身体を投げ出して、天井を見上げる。点いてない蛍光灯。まだ閉じたままのカーテンから漏れる光がちらちら揺れている……いつまでも、こうしてはいられない。
俺は枕元のスマートホンを手に取る。電源を入れると──康太からメッセージが来ていた。
『具合、悪くないか?』
『迷惑料、覚えとけよ』
「……ふふ」
文字だけだけど、康太がどんな顔で、どんな声で言ってるか想像できてしまう。まるで、すぐそこで話してるみたいだ。本当に悪いことしたな……とは思うんだけど、つい笑ってしまう。
──払いに行かなくちゃ。
俺はようやくベッドから身を起こした。よし。
『おはよう』
『昨日は本当にすみませんでした!』
『今から会って話せる?』
☆
「……夢、じゃないよな」
目が覚めて、天井に向かって思わず呟く。普通なら当然返事なんかないし、自分で自分の頬をつねったりするもんなんだがな。
「ちゃうで。しっかりリアルや」
「……そうかよ」
生憎、俺には、二十四時間監視して証人にまでなってくれるクソ神もどきが憑いてる。昨日のことなんかより、こっちの方がよっぽど非現実じみてるが、俺にとっては「昨日のこと」の方がアンビリバボーだった。
「言うほど奇跡体験ちゃうで。まあいずれこうなるやろなって感じではあったやん」
「そんなわけねえよ……瞬に……されるなんて」
「何を?」
「うるせえ」
俺はムカつく顔で笑っているクソ矢を片手で払いながら、もう片方の手で頬に触れた……昨日、瞬の唇が触れたあたりに。
──ここに……瞬が……。
あの後、電池が切れたみたいに寝落ちやがった瞬を背負って、どうやってマンションまで帰ってきたのかもう覚えてねえくらい、あの一瞬は衝撃的で、まだここに残っていた。
家に帰って来てから、振り払おうと、何度も水で擦ったけど、まだ消えない……瞬の唇の感触が。
そんな俺に、クソ矢が眉を寄せて言った。
「うわ……自分の頬っぺた触りながら余韻に浸ってるの、ばりキモいな」
「浸ってねえよ!ただ……何ていうか、信じられねえっていうか。何であんなことって……」
「ここまで来て何でとか言うてるんもキモいわ。そんなんもうアレやろ」
腰に手を当てたクソ矢がやれやれと首を振る。
「何だよアレって」
「自分で考え。ま、お前には無理やろな。せやからこんな目に遭うても文句言えへんわ」
「意味分かんねえよ」
ただでさえ、頭がぐちゃぐちゃなのに、ますますこんがらがる。ばりばりと頭を掻きむしると、その隙にクソ矢は消えていた……ムカつく。
──どうしろって言うんだよ。
まあ、どうもできない。瞬はあれだけ酔ってたし、覚えてないなんてこともありえる。会ったら、瞬の方はけろっとしてて、普通に話しかけてくるかもしれない、
でもそれで、俺はなかったことにできるわけじゃない……俺の頬にはあの感触が残ってる。……しかも、不快だったかって聞かれると、まるっきりそうだと言い切れないのが厄介だ。瞬のことは嫌いじゃないし、ああいうことをされても……よくはないけど、受け入れられる。
あんなことがあっても、拒んで、距離を置きたいとは思えない。俺にとって瞬は、そういう存在だった。
まあ、そもそも……いくら家族同然の幼馴染だからって、いや、だからこそ「あんなこと」はしないが……なんて。
──俺も、瞬のことは言えないだろ。
俺だってこの前……瞬に勝手に触れてるもんな。しかも、俺はそれを黙ってる──言って、瞬に拒まれるのを恐れて。
それなら、瞬にだって、何もなかったことにするくらい許さなきゃ不公平だ。俺にそれを咎める資格はない。
──普通に……普通にすることから、始めてみるか。
どのみち、いつまでもこうはしてられない。俺はベッドから身を起こして、枕元のスマートホンを手に取った。
『具合、悪くないか?』
『迷惑料、覚えとけよ』
すると、しばらくして瞬から返事があった。よかった……とりあえず、元気みたいだな。
「……」
メッセージを見てから、俺はすぐに身支度を整えて、部屋の外に出た。
☆
「……おはよう、康太」
「おはよう、瞬」
マンションの前の小さな広場で待ち合わせた俺達は、空いていたブランコに並んで腰かける。
何気なく、空を見上げるといつの間にか、桜が満開になっていた。薄桃色の花びらが時折、風に乗ってひらひら舞う。さわさわと木々が揺れる音が、静かな広場に響いた。
──なんて切り出すか。そう考えているうちに、先に口を開いたのは瞬だった。
「康太」
「ん?」
「昨日は……ほん……っとうに、ごめんね!」
「何だよ。別に……気にすんな」
たっぷり溜めるから何を言うのかと思えば。
手をぱちんと合わせて、俺に頭を下げる瞬に可笑しくなってしまった。俺が笑っていると、瞬は顔を上げて、唇を尖らせる。
「わ、笑い事じゃないよ……!だって、俺……その、康太に取り返しがつかないことしちゃったから……」
「……取り返しがつかないことって?」
「それは……その……」
瞬が恥ずかしそうに顔を逸らすので、言わずとも「アレ」のことだと分かる。ああ、覚えてたんだな……瞬は。
言わせるのも何なので、もう分かった──と先を遮ろうとしたのだが、瞬は口をもごもごさせながら言った。
「ちゅー……した」
「……」
「ちゅー」て。
そう言われると、俺も恥ずかしくなる。もっと何か言い方ねえのかよ……小学生じゃあるまいし。
なんとかこの恥ずかしさを誤魔化そうと、俺は口を開いた。
「って言っても、頬だろ……あんなん、取り返しも何も……ちゅーのうちにも入んねえよ、たぶん」
「や、やっぱりそうかな?俺ももしかしたら、セーフかなって思ってたんだけど……康太もそう思う?」
「そうだろ。そういうことに……しようぜ。幼馴染はあんなことしねえって思ったけど、うん……まあ、仲が良ければ、することもあるだろ…それでいこう、な」
「うん、そうだね……」
──何がセーフで、どこへいくんだろう。
俺は言いながらよく分からなくなっていた。
ただひとつだけ……今、俺も瞬も望んでいるのは「いつも通り」でいることだった。それだけは確かだった。俺達は俺達のまま、何にもならず、このままでいたかった。その気持ちを今、確かめ合っていた。
──これでいいんだ。
そう思った時だった。ふいに、瞬が言った。
「……俺にされたのは、嫌だった?」
「は……?」
瞬はブランコを揺らしながら、続ける。
「セーフとか、なんとか……言ったけど。康太は嫌だったとしても、たぶん、俺のこと面と向かって拒絶したりしないんじゃないかなって……そんな気がするんだよね。だから、その分……我慢とかさせてないかなって」
「我慢とか、そんなの……」
実際、瞬の言う通りだった。俺は瞬を拒まない。でも、昨日のあれは──今、風が撫でていく、頬の、あのあたりに残る感触は──。
「……分かんねえ」
「そっか」
俺は答えられなかった。その答えは、俺の中にないような気がした。
代わりに、俺は分かっていることを瞬に言った。
「俺は、瞬が好きだから」
瞬はいつもみたいに、ちょっと呆れた感じで笑いながら「ありがとう」と言った。
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